78ホワホワなのに可愛くない
近くで水が凄い勢いで流れる音がする。そして体には浮遊感がある。あれ?私は今どこに居るんだろうと、目を開けると巨大な滝壺の中にいた。少し離れた先にはかなり上の方から大量に水が流れている。滝から離れてて良かった。
「えっと…?」
状況が掴めないけど、とりあえず仰向けに水に浮いてる状態から体を反転させて陸地を目指した。陸地寄りにいたお蔭ですぐに辿り着いて這い上がる。力を使い衣服や髪に付いた水を乾かした。水を吸ったドレスって死ぬほど重いからね。
「現実なのかな?それとも精神世界?」
『精神世界だよ。現実で落ちたら大変な事だよ』
「蒼玉!」
『こっちで守護者が出るのは紗良の力の消費が激しいから、あんまり出られないけどね』
「そうなんだ。この世界にいると全然分からないのよね」
ここが精神世界なら何処かに守護者がいる筈だわ。そう言えば昨日は国境近くのダーヴィット様の弟君が治めるカルデラの地に来てたんだけ。婚約の報告と仕事で来たのを思い出したわ。弟君はダーヴィット様にはあまり似てなかった。金髪緑目は一緒なんだけど細いのよね。ルイヴィスさんって言うんだけど、昔から体が弱くてこの年齢まで生きれたのは奇跡だって言ってた。でも笑った顔はダーヴィット様に似てたのよねー!!
「ルイヴィスさんも素敵だったなー!」
『紗良はオジサンが好きだよね』
「おじ様と言いなさいよね。誰でもいいワケじゃないのよ?ダーヴィット様が一番素敵だわ」
『またそんな事を言って…リハルトに怒られるよ』
いないから言えるのよ。前にそれで接近禁止令を出されたのを忘れてないんだから。そんな話をしていると蒼玉が戻ってしまったので、また一人になってしまった。てか戻るの早くない?
「すいませーん!誰か居ませんか?」
滝壺から離れて森を抜けると、オレンジの花が咲き誇る開けた場所に出た。100メートル先には台のような物があり、その上には守護者らしき存在が横たわっている。寝てるのかな?
ユッサユッサ
「すいません、ちょっと起きてくれない?」
『…誰だ俺様の眠りを妨げるのは』
「神子です」
『神子か。後にしてくれ』
黄蘗色の髪をした守護者は目も開けずにそう言い放った。神子なんて激レアな存在が来たのに、まさか睡眠欲に負けるなんて。でも気持ち良さそうに寝ているから、起こすの可哀想だな。
「すー、すー」
『…ん?誰だこいつ…。おい女!起きろ』
「んん…あ、おはよう…」
『誰だお前』
「神子よ」
何時の間にか守護者の側で寝ていたらしく、よだれを拭いながら身体を起こした。神子と名乗ればマジマジとガン見された。長い黄蘗色の髪をうっとおしそうに払いながら「ふむ」と頷いた。
『まだ子供だな』
「立派な大人ですけど」
『…馬鹿なのか、知らないのか』
「何を?」
私を哀れむ目で見てくる守護者に内心舌打ちをした。本当に失礼な守護者だわ。この地はまだ守護者の力が弱ってないのに、どうして精神世界に来てしまったんだろう?彼が呼んだのかな?
『お前の力だと約2世紀は生きるぞ。だからまだ子供だと言ったのだ』
「はい?」
『お前の耳は詰まってるのか?』
「…え、本当に?2世紀って200年よね?」
『そうだ。力の強さによって生きる年数は違うが』
いやいや、冗談だよね?200年って何?200年生きたら化け物じゃんか!え?だから若く見られるって事!?誰が嘘だと言ってよーーー!!
「そんなぁ…」
『なんだ知らなかったのか』
「寿命がいらない場合はどうすればいいの!?」
『は?何を馬鹿な事を。200年などあっという間だ。不老不死を願う人間がいる一方でお前は死を願うのか。まったく人間というのは不可解な生き物だな』
なんだか勘違いされてるので訂正した。死にたいんじゃなくて、長生きしたくない。だって皆が先に死んじゃって一人ぼっちになるって事でしょ?そんなの嫌!耐えられないよ。
『なら与えればいい』
「え?寿命を?」
『そうだ』
「どうやって?」
『聖杯を使うのだ』
その聖杯の使い方が分からないと言うのに。そう言えば前に、紅水晶が金の薔薇に命を吹き込むと黒い薔薇になるって教えてくれたわね。それも寿命を縮める手段よね。
「聖杯の力を使うにはどうすればいいの?」
『なんだそんな事も知らんのか。お前の母は教えてくれなかったのか』
「母も何も、世界を超えて来たので最初から神子だった訳じゃないの。1000年ぶりの神子だって言われてるから前の神子とも会えないわ」
『…もうそんなに経っているのか?いかんな、時間の流れが違い過ぎてついていけんな』
なんだか年寄みたいな事を言ってるよ。まだ名前を聞いてなかったと思いだし、名前を聞けば「蛍石」と返って来た。なので私も名乗ったけれど、興味はなさそうだった。守護者って皆そうなのよね。神子であればそれがどんな名前でどんな人物であろうと気にしないというか…。中には違う守護者もいるけど、少数派だわ。
『聖杯の印にお前が力を注げばいい。そうすれば聖杯は力を使えるようになる。人に命を与える事も、奪う事も出来るのだ』
「?それならどうやって私の寿命を与えるの?」
『聖杯に与えればいいのだ。…お前、本当に何も知らないんだな』
「少しずつ情報を集めてはいるんだけどね。寿命を与える方法は?」
『簡単だ。接吻をすればいい』
「はい却下」
即答で答えれば目を見開いて驚いてる蛍石。何故だみたいな顔をしないで欲しい。守護者ってキスを軽く見てるのよね。いちいち儀式に取り込むのやめて欲しいんだけど。でもそれもちゃんと理由があるみたいなんだけどさ。
『命を与えるのは心を許した相手のみ。守護者との契約もそうだ。接吻をするのは信頼の証でもあるからな』
「なら命を奪うのは接吻じゃなくても出来るって事?」
『勿論だ。相手の胸、つまり心の臓部分に手を当てればいい』
「それだけで奪えるの?」
『奪うというのは語弊があるな。心の臓を止めるのだ。お前の言う寿命を奪う意味であれば、やはり接吻だな』
心臓のあるあたりに手を当てて力を使えば、人を簡単に殺す事が出来るんだって。なにその怖い力。恭平の印には近づかないでおこう。万が一の事があるうかも知れないしね。神子の力を取り入れられるように、聖杯自体の力はそんなに多くはないみたい。
「私の半分の寿命を人に与えたとしたら、その人も長く生きれるのよね?」
『その者が、神子と同じ神人族であるならば。普通の人間では無理だ。体が持たないからな。そもそも造りが違うのだから、当然だろう』
「…そっかぁ」
『時間の流れが違う者とは添い遂げられないのだ。だからあの王子と共になるのであれば覚悟する事だな』
「…貴方もそう思った事があるの?」
まるでかつて蛍石が経験したかのような表情に思わずそう聞いてしまう。だけども返ってきたのは否定だった。馬鹿にしたような、嘲笑うかのような顔をしていたけれど、少し悲しみを含んでいたのは気の所為ではないと思う。
『馬鹿馬鹿しいな。何故ここに来たのか知らんが早く帰れ』
「え、貴方が呼んだんじゃないの!?」
『は?神子なんぞに用はない』
「じゃあ無意識に来ちゃったのかな…」
『自分の力も制御できんとは。精進しろ』
上から目線でそう言われてしまった。うう、だってこの力自体謎が多いのにさ。事実だから反論できないのが悔しいけど、そろそろ戻らなくちゃ。ここに来て向こうではどのぐらいの時間が経ったか知らないけどさ。
『もう100年経ったな』
「え!?嘘だよね!!!?」
『嘘だ』
「へ?もう、冗談やめてよ…」
『それぐらいの感覚で生きているのでな。精々三日程だろう』
「うわ!そんなに!?またリハルト様に怒られる!」
半泣きで騒いでいると、蛍石に頭を叩かれた。五月蠅いからだってさ。酷い、何も叩く事ないのに。本当は蛍石に呼ばれたから来た気がするんだけどな。素直じゃないから本当の事は言ってくれないけどね。
「じゃあね、蛍石」
『さっさと帰れ』
「ふふ、話が出来て良かったよ!今度シレイヌさんの事教えてね」
『!?何故お前がその名を!!』
「寝言で言ってたよ。…私は時間の流れが違っても、好きな人と一緒にいたい。たとえそれで後悔することになっても」
『…はぁ、お前の人生だ。好きにするといい』
呆れた様に笑う蛍石に笑顔で手を振った。ぶっきらぼうだけど、優しい守護者だったな。それにしても、目が覚めたらどう言い訳をしようかな。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆
「お、起きた。姉ちゃん気分はどう?」
「…恭平?リハルト様達は?」
「仕事の話をしてる」
「そっか」
「で?寝込んでたのは守護者の所為なのか?」
リハルト様が居ない事に安堵してると、そう投げかけられた。恭平はこうして目が覚めないのを目の当たりにするうのは初めてだもんね。そうだよと答えてベットから身を起こすと、マリーが入って来た。目が覚めた私に笑顔を向けてくれる。髪を整えて洋服の着替えを手伝ってから、軽い食事を貰いに再び部屋を出ていった。
「三日じゃマリーも動じないんだな」
「何回もあったからね。まぁ、久しぶりだったけどさ」
「その精神世界って姉ちゃんしかいけねぇの?」
「うーん、どうだろう。多分そうだと思うんだけど」
詳しくは私も知らないのよね。聖杯について分かった事を恭平に話した。笑えるのは私と同じような反応をしてたことかな。そして寿命の事も。私程じゃなくても、恭平には関係のある事だと思ったから。
「は!?200年!!!?(こないだ聞いた話より増えてる!)」
「うん。それでね、リハルト様には言わないで欲しいの」
「…なんで?(知ってるけどな)」
「化け物だって嫌われたくないから」
「王子がそんな事思うはずねぇよ!」
バンっと強く机を叩いて立ち上がる恭平。え、何で怒ってるの?だって人は自分と違う生き物に恐怖を抱く生き物だから。いくらリハルト様でも、自分が年老いていくのに私は若いままなんて嫌だと思うんだ。人の倍以上生きる私を、民はいつか畏怖を感じるかも知れない。
「…身を引いた方がいいって分かってるの」
「そんな必要ねぇよ!王子はどんな姉ちゃんだって受け入れてくれる!」
「うん、分かってる。だから私もリハルト様から離れられないの」
「…そうか。姉ちゃんも王子にべた惚れだもんな」
「うん。好きになっちゃったから、仕方ないよね」
恭平と顔を見合わせて笑った。恭平とこうしているのは何年振りだろうか。社会人になってから会う回数も、連絡も少なくなってしまったからな。心配してくれる兄弟がいるのも、悪くないよね。
「紗良様、お待たせしました!」
「ありがとうマリー!お腹ペコペコなの」
「三日も眠っていたので当然ですよ」
「心配おかけしました」
「もう慣れました」
マリーが笑いながらお茶を淹れてくれた。食事を口に運びながら、この三日間に起こった事を教えてくれた。何でも近くの町で連続殺人が横行しているらしい。だから神子の仕事も警備を強化しながらしなくてはいけなくなった。でもあんまり人前で出来ないんだけどなぁ。
ガチャ
「起きたか紗良。具合はどうだ?」
「大丈夫よ」
「そうか。目覚めて直ぐすまないが仕事だ」
「いいよ。私がいけないんだしね」
身支度を済ませてルイヴィスさんの元へ向かった。ルイヴィスさんは体が弱いので長男のエンリッヒさんに案内してもらう事になった。ルイヴィスさんとは違ってとても健康そうだ。
「性急ですみませんね」
「いえ、こちらこそご迷惑をお掛けしました」
「気分が優れない様でしたらすぐに言って下さいね」
「はい。有難う御座います」
リハルト様と同じぐらいだろうか?物腰も柔らかで素敵な人だった。馬車に乗り込むかと思いきや、城の後ろ側の森に来た。あ、屋敷ではないのは国境付近で要の場所なので立派な城が建っているのよね。私達の住んでるお城よりは小ぶりだけどね。立派な城壁があるので、ちょっとやそっとじゃ敵に侵入されなさそうだわ。
「これって…」
「今はこの場所だけですが、いずれこの地に広がってしまうでしょう」
「昨日見た時よりも少し広がっているな」
「そうなんだよ。ゆっくりとこの森を蝕んでいるんだ」
エンリッヒさんはリハルト様には砕けた話し方をしているのに、私には丁寧語で話してくる。別に使い分けなくてもいいんだけどなー。森の状態はというと、何かの菌糸が森を侵略しており、白くホワホワした物が辺りを覆っている。これ吸い込んだら体に毒な気がするんだけど…。もしかして蛍石も力が無かったのかな?
「神子様ハンカチをどうぞ」
「有難う恭平」
恭平が気を利かせてハンカチをくれたので、鼻と口を多いその菌に近づく。変な形の植物みたいな物もあるけど、これも菌なんだろうか?リハルト様が戻るよう指示する声を聞き逃しながら観察していると、風が吹き菌糸の胞子が舞い上がったので急いで撤収した。ヤバイ、目に少し入ったんだけど。
「だから近づくなと言っただろう!」
「だって興味をそそられたんですもの」
「紗良様?目をどうかされたのですか?」
「ええ、さっきの胞子が目に入ってしまったみたいで…」
目を擦る私にファルドがそう尋ねて来たので答えれば、顔を思いっきり掴まれた。どうやら目を見てくれるらしいけど、顔近いんですけど…。色んな角度から見たものの目視出来なかったようで、取り敢えず急いで目を洗う事に。念の為、エンリッヒさんの居ない場所で恭平に力を使ってもらった。目で菌が繁殖したら大変だからね!
「すみませんお待たせしました」
「大丈夫ですか?すみません、この様な場所に神子様を連れて来たくはないのですが…」
「いえ、大丈夫です。この場所から力を使いますね」
先程の二の舞にならない様に、少し離れた位置から地面に手をついて祈りを捧げる。粒子が消える頃にはいつもの様に元通りに…とはいかなかった。確かに大地に祈りの力は届いたんだけど、それ程力を必要としなかった。てことはこれは守護者の力がなくなった所為で起こる異常ではなさそう。
「消えない?どうなっているのだ?」
「分かりませんわ。でも少なくとも守護者の所為ではないみたい」
「困ったな…打つ手なしか?」
「うーん、神子様でも駄目なのか…」
「いえ、この地の守護者に話を聞いてみます」
名前は精神世界で聞いたから呼び出すのには問題ない。力も無い訳じゃないなら呼べば来てくれるだろう。エンリッヒさんとルイヴィスさんには事情を説明して別室で待機してもらおうとお願いをしたら、拒否された。自分の領地の事だから守護者の事も含めて全て聞きたいらしい。
「リハルト様…」
「叔父もエンリッヒも言い出したら聞かないのだ。お前が決めろ、神子の発言なら従わざるを得ないからな」
リハルト様を呼んで小さく聞けばそう言われてしまった。随分頑固な親子だこと。でもリハルト様の良い方なら答えはもう出てるようなものだけどな。でも少しだけ悪戯心が湧いてしまった。
「カルデラ公だけでしたら構いませんわ」
「待ってください神子様!いずれは私がこの地を継ぐので関係なくはありません。父がいいのであれば私が居ても変わらないのでは?」
「…ぷっ!」
「え?」
「紗良?」
あまりの必死さに思わず笑ってしまった。堪えようとしたけど無理でした!あーあ、ファルドが怖い目で見てるわ。後で説教コースだなこれは。笑い出した私にキョトンとするエンリッヒさんとルイヴィスさんとリハルト様。恭平は私がわざとそう言った事に気付いたのか頭を抱えてファルドの顔色を窺っていた。
「ふふ、ごめんなさい。少し試させて頂きました」
「試す?」
「はい。この地を大切に思う方にしか守護者の存在を見せたくありませんでしたので」
「そうでしたか…。では私は?」
「合格ですわ」
にっこりとそう言えば安堵していた。ごめんなさい!冗談でしたとは言えないので、それっぽく返しておいた。エンリッヒさんとルイヴィスさんは気づいてない様でにこやかだけど、ファルドからの無言の圧が凄いので私の考えてる事を御見通しなんだろうな…。
執筆途中で更新してしまいました。すみません。
そして続きます。




