77毒りんごは勘弁
翌日、回復した私は酒場に来ていた。恭平がいたヤーティスさんの経営する酒場だ。勿論ローブを着てフードを被ってるわよ。騒ぎになったら困るからね。一つのテーブルにリールさんの師匠さんと二人で座っている。リールさんは師匠さんにこき使われて買い出しに行ってるみたい。
「昨日は有難う御座いました。師匠さんのお陰で私もマシュマロも元気です」
「わざわざそんな事を言いに来たの?」
「はい!直接お礼を言いたかったので」
「いい心掛けだけどそんな気軽に外に出ていいのかしら。仮にも神子なんでしょ?」
師匠さんはお酒が入ったグラスを机に置いて、そう尋ねてきた。なので日頃は出られないことと、最強の警護(守護者と別のテーブルにリハルト様とファルド)がいるので平気なことを伝えた。
「鳥籠の中鳥みたいね」
「ふふ、そうですね。神子だから仕方ないです」
「本当にそう思う?神子は誰よりも尊くて自由なのよ。人間なんかに縛り付けられない」
「えっと…?」
「私達は神人族なのよ。知っているでしょう?」
師匠さんは一体何処まで知ってるんだろうか。もしかしたら私よりも知っているかも知れない。師匠さんの言葉に頷けば当然といったような顔をされた。守護者に教えてもらったんだけどね。
「私はその中の王なんですよね」
「そうよ。まぁ、知っている者も少ないのだけどね」
「私もあまり詳しくは知らないんです。あ、そうだ。白銀の一族達をご存知ですか?」
「あぁ、呪われた地に住まう者達でしょ?皆白銀の髪らしいわね」
つまみを口に含みながら、思い出すように答えてくれた。でも小耳にはさんだだけで詳しくは知らないんだって。なんだ、残念だな。知ってたらそこには絶対に近寄らないでおこうと思ったんだけど。
「呪われた?」
「えぇ、なんでもその者達以外が住むと死んでしまうらしいわよ。だから呪われた地だそうよ。それで?その者達になんの用があるの?」
うへぇ、そんな場所に住んでるの?怪訝そうに師匠さんが聞いてくる。なので白銀の神子が守護者の力を奪っている事を伝えると眉を顰めた。
「力を欲するのは必要としてるからでしょ。奪わなきゃいけない程に」
「そこなんですよね。だから私は、そんな事をしなきゃいけない理由を知りたいんです」
「神子の力を狙っているかも知れないのに?」
「…はい。意味なく奪ってる訳ではないと思ってますから」
静かに頷けば、師匠さんの顔が更に険しくなった。神子としての話し方ではなく、普通の敬語なんだけど、今話してる言葉は凄く神子っぽい筈なんだけどな。何か気に障ってしまったのだろうか?ちなみに普通に会話してるけど、周りは騒がしいので誰かに聞かれてる事は無さそう。だからこそ酒場を選んだんだけど。
「ねぇ馬鹿なの?」
「へ?」
「名前も素性も知らない相手にベラベラと話すもんじゃないわよ。しかもこんな場所で。私が白銀の者と繋がってたらどうするの?神子に呪いを掛けるなんて造作もないのよ」
「…師匠さんはマシュマロを助けてくれたのでいい人ですよ。リールさんも私を助けてくれました。だからその師である師匠さんもいい人なんです」
ニコッとそう言えば、溜め息を吐いて頭を抱えた師匠さん。そして席を立ちリハルト様達のテーブルに行き、何かを話している。何を話しているんだろうか?とソワソワしてると、ドンっとテーブルに食べ物が置かれた。
「へいお待ち!」
「こんにちはヤーティスさん。今日はお酒呑んでないのね」
「いやぁ、神子様が前に来て下さったお陰で繁盛してるんでね。呑む暇がないんですよ」
「あら。じゃあ恭平返しましょうか?」
「いやいや、頑張ってるみたいじゃないですか。邪魔は出来ませんよ。恭平に伝えて下さい。男ならやりきれよと」
戻ったら必ず伝えると答えると満足そうに戻っていった。ヤーティスさんにとって恭平は息子みたいなもんなんだろうな。例え一緒にいた時間がそんなに長くなくても。
「うわぁ、混んでんな…。あ、そこ空いてんじゃん」
「お、本当だな。相席いいっスか?」
「え?あ、どうぞ?私はあちらに移動するので」
「いいっていいって。君一人なの?」
「いえ、連れがあちらで話してるので大丈夫です」
若い二人組が混雑している店内で、私が一人座ってるテーブルにやって来た。なので譲ろうと席を離れようとすると、二人の内の一人に腕を掴まれた。
「うわ、君スゲェ美人だな!」
「え?まじっスか?うわ、ヤベェ本当だ!」
「あ、あの、離して下さい」
「そのフードとって見せてよ。チラッとでそんだけなら、もろに見たらあり得ないぐらい綺麗なんだろうな」
「自分もみたいっス!」
「え、あ、ちょっと!!」
先輩と後輩なのだろうか。後輩の方が私のフードを取ろうと手にかけたのを、私は必死で抑えた。フードで顔を隠していても、下から見られたら見えちゃうのよね。迂闊だったわ。サッサと去れば良かった。フードを死守して抵抗していると、グイッと誰かに引き寄せられた。
「俺の婚約者に何の用だ」
「っリハルト様!」
「なんだよ。男いるんスか?」
「ばっかお前、リハルトって言ったぞ!リハルトって聞いたらこの国の王子だろうが!?」
「はは!こんな場所に王子なんていないっスよ」
「…それもそうだな。あーあ、白けたな。他行こうぜ」
そう言って若者は店を出て行った。しまった、咄嗟に名前を呼んでしまったわ。危うくバレるところだったけど、あの二人が馬鹿で良かったわ。特に後輩の方が。
「彼奴ら紗良にベタベタと触りおって…」
「御免なさい。思わず名前出しちゃって」
「構わん。ああいう時は助けを求めろ」
「流石トラブルメーカーですね」
「いい意味でも悪い意味でも人を寄せ付けるのね。話は終わったわ。サッサと安全な場所に帰りなさい」
リハルト様に心配され、ファルドに皮肉を言われ、師匠さんには帰宅を促された。ただ座ってただけなのに、まさかこんな目に遭うとは…。その内ファルドから紗良様と呼ばれそうで怖い。
「あの!お名前教えて下さい!」
「好きに呼んで頂戴。名前なんてあってないような物だから」
「んー…では、魔女で!」
「ドロシーよ」
すかさず名前を名乗った師匠さん。魔女は嫌だったのだろうか?死神でも良かったんだけどな。ドロシーさんか、やっぱり魔女っぽい名前だわ。
「ドロシーさん本当に有難う御座いました。また何かあったらお願いします!」
「気が向いたらね」
「はい!リールさんにも宜しくお伝え下さい」
お辞儀をして酒場をリハルト様とファルドと一緒に出た。途中マリー達へのお土産に美味しそうなお菓子を購入した。ピンク色をしたフワフワな綿アメみたいなお菓子で、つい昨日出たばかりの新作らしい。女子が好きそうな見た目なので、マリーにもリチェにも喜んでもらえると思う。
「女は甘い物が好きだな」
「幸せになれるからね」
「そうか」
「お店も可愛い内装だし、本当は皆でここでお茶したいんだけどね。でも、お城の庭園も充分素敵だからそこでお茶にするわ」
笑顔でそう言えば、何か言いたそうな顔をリハルト様がしていた。だけど何でもないという表情に変わり、頭を撫でられた。優しいけど、どこか憂いを帯びた様な目だった。
「リハルト様」
「なんだ」
「手を繋いでもいい?」
「…あぁ。珍しいな、お前がそう言い出すの」
嬉しそうに差し出してくれたリハルト様の手に自分の手を重ねた。こうして手を繋いで歩くのって何気に初めてかも!ファルドが居なきゃデートになるんだけどな。
「私はリハルト様といられたら、どこでも幸せだよ」
「お前には敵わんな。俺の考えてる事をお見通しか」
「リハルト様は顔に出るもの!」
「そんな訳ないだろう」
「紗良様の前では感情駄々漏れですよ」
ファルドの言葉にショックを受けているリハルト様。感情を隠すのは得意らしいけど、結構分かりやすいよ?すぐ顔に出るから何度ヤベっと思った事か。思った事をすぐ口に出す私がいけないんだけどさ。
「そういえばさっきドロシーさんに何を言われてたの?」
「お前は気にするな」
「へ?なんでよー。どうせ私の事でしょ」
「紗良様は人を疑う事を覚えろとの事です」
「…絶対違うよね?」
「いえ、本当です」
なんだか誤魔化された気がするけど、こういう時のファルドはそれ以上答えてくれないのを知っているので諦めた。ファルドはしれっと嘘を付くのよね。リハルト様も答えてくれなさそうだし、話題を変える事にした。
「あ、あれ可愛い!」
「どれだ?」
「あの花の髪留め!鈴蘭の花ですっごく可愛いの!」
リチェに似合いそうだなって見てると、リハルト様が「欲しいのか?」と聞いてきたので首を横に振った。私には似合わないからと返事をしてお店の前から離れた。優しそうな、儚さそうな人に似合う花だと思うのよね。私のイメージではない。ちなみに私の中のジョセフィーヌに似合う花は百合ね。凛とした佇まいが素敵なのよね。
「似合うと思うがな」
「ううん、私じゃなくてリチェに似合うと思って見てただけだから」
「そうか。お前には薔薇が一番似合うからな」
「っ、道のど真ん中でそういう事言わないでよ。薔薇は好きだけど、華やか過ぎて私が負けちゃってるわ」
「そんな事ありませんよ。紗良様には薔薇がよくお似合いです」
ファルドまでそんな事言うなんて…。恥ずかしいから止めて欲しい。私は薔薇の引き立て役でいいんだから。あの香り、色、形全てが美しい花に私が勝てる筈もないのにな。私は道端に咲くタンポポの花で充分だよ。この世界でたんぽぽ見た事ないけどね。
ドンッ
「わっ」
「大丈夫か?」
「うん、ありがとうリハルト様」
ズシャ
「ふ、ふええぇえぇええん!!」
よそ見をしながら歩いていると誰かが私に思いっきりぶつかり、体のバランスを崩したところをリハルト様に支えられた。危うく地面と対面する所だったわ。ホッとしていると子供の泣き声が聞こえたので、視線を下にずらせば男の子が泣いていた。私にぶつかったのはこの子のようだ。リハルト様の生誕祭で町はいつも以上に賑やかだからね。その子の前に視線を合わせるようにしゃがんだ。
「大丈夫?あ、膝を擦りむいちゃったのね」
「おい紗良?」
「うう、痛いよー!うわぁあぁぁん」
「ならお姉ちゃんがおまじないを掛けてあげるね。そしたら痛くなくなるよ」
「ぐすっ、おまじない?」
「そうよ」
男の子の膝に手を翳して「痛いの痛いの飛んでけ」をしてあげた。するとあら不思議!膝の怪我が治ってるではありませんか!!…ふふ、手品みたいにやってみたかったのよね。男の子は感嘆の声を上げて、目をキラキラさせている。
「凄い!お姉ちゃん神子様みたいだ!!」
「治って良かった。じゃぁ、気を付けて帰るのよ」
「うん!ありがとう神子様!」
「え、あ、ちょっと!」
男の子は大声でそう言って走って行った。また転ばなきゃいいけど…ってそうじゃない!せっかくさりげなくやったのに、そんな大声で言われたら周りに注目浴びるじゃない!ギギギギっと首を動かして周りを見ると、あっと言う間に人だかりが出来ていた。
「はぁ、外で力を使うなと言っただろう」
「だって泣いてたから…」
「リハルト様、説教は後で。一先ずここから離れましょう」
前にもお忍びで来ていた事が知れ渡ってる所為か、神子を一目近くで見ようと大勢の人が集まっていた。神子じゃないですで通用しないだろうか?…しないだろうな。だってさっき怪我を治したのを見ていた人が居たらしく、その話をしてるのが聞こえるからだ。
「どうしよう…」
「仕方ありません。紗良様失礼します」
「え?きゃあ!」
「走るぞファルド」
「はい」
突然ファルドに抱きかかえられたと思ったら、人の隙間を器用に潜り抜けながら走ってその場から逃走した。町から少し離れた場所で、ようやく地面に降ろされた。それにしてもドレスで結構重さがあるのに、軽々と抱きながら走れるファルドは凄いわね。息も切らしてないし、流石としか言いようがない。
「ごめんなさい。重くなかった?」
「いえ、大丈夫です」
「だってドレスも重いし、私だってそんなに軽い訳じゃないし…」
「私はそんなに貧弱に見えますか?紗良様は羽の様に軽いですよ」
「っ!」
「おい、紗良を離せ」
踊る様な格好で腰を引き寄せられてそう言われた。顔を赤くする私にリハルト様が不機嫌そうに抱き寄せたので、ファルドから離れられた。パッと見華奢に見えるんだけどな。今度一度でいいからファルドの体を見てみたいものだ。普段は薄着にもならないから、せめてシャツ姿だけでも拝みたい。
「何を考えている?紗良」
「ふぇ、と、特に何も…」
「ほう」
私の邪な考えを読み取ったのか、不敵に笑うリハルト様が怖い。だって目が笑ってないんだもん。「ごめんなさい!リハルト様の体が一番です!!」と言えば、ファルドが噴出した。その姿にリハルト様もぽかんとしている。
「すみません。馬鹿っぽかったのでつい」
「紗良が馬鹿だからな」
「うん?酷いよ、婚約者なら貶さずにフォローしてよ!」
「そこも含めて好きだぞ」
「そ、そういう事じゃない!」
ファルドの笑いは一瞬だけで、またいつもの表情に戻っていた。ファルドが噴出して笑ったのを見たのは初めてだわ。多分リハルト様もあまり見た事ないと思うんだけどな。驚いた顔してたし。激レアな姿だったから後でリチェに自慢しようっと。
「表はまだ騒がしいと思いますので、裏から戻りましょう」
人目につかない場所を移動しながら、辺りを見回すと怪しげな人や店がいくつかあった。知る人ぞ知る通り道なのかな?表からはかなり離れており、まともな人はあんまりいなさそうだった。どこにもこんな場所ってあるんだね。
「ひっひ、お嬢さんリンゴをお一つどうかね?」
「え、あ…ごめんなさい。大丈夫です」
私を呼び止めた老婆の手には、見るからに毒々しい色をしたリンゴがあった。こんな赤黒いリンゴを誰が食べると言うのか。それともこの世界のリンゴはこんな色をしているのかな?。そしてこれはまるで白雪姫に出てくるお話みたいだわ。え、私白雪姫じゃないよね!?
「ここの人間に構うな。行くぞ」
「う、うん」
「基本無視して下さい」
「分かった」
リハルト様に手を引かれてその老婆の前から立ち去った。姿が見えなくなるまで見られてる気がして、なんだか落ち着かなかった。城に戻ったら料理長にこの世界のリンゴを見せてもらおう。
「それにしても昼間でも薄気味悪いのね」
「裏側の人間が溜まるような場所だからな」
「放置してていいの?」
「こういう場所も多少は必要なのですよ。全てを排除すればいい訳ではありません」
「そうなのね」
あえてこの場所を見てみぬ振りをしてるんだな。光あるところに闇はあって、片方を排除してもまたすぐに出て来ちゃうもんね。町が大きければ大きいほど、そういう場所はあるんだって。それに目立った騒ぎを起こしているわけではないので放任されてるんだと思う。
「正面は人だかりが出来てますね。裏から行きましょう」
「うわ、そんなに神子を見たいもんなのかな?」
「人は自分の欲を叶えるのに必死だからな。神子に願って貰いたいのだろう」
「…そっか。私は神様じゃないから全員は無理だわ」
神子なんて名ばかりで皆を幸せにしてあげられる力はない。身近な人や守護者に使うので精一杯だ。不公平な世の中は仕方がないのかも知れない。だけどその中でも一生懸命生きている人に出会ったら祈ってあげたいな。ささやかな祝福が訪れるようにと。
「キュー!」
「え、マシュマロ!?」
「キュキュ!(外、嬉しい!)」
「良かったわね。恭平は?」
「キュー(あっち)」
「じゃあ一緒に戻ろっか」
裏門から入るとマシュマロが飛んできた。城の敷地内なら出してもいいと言われたからだ。勿論来客がこない場所だけどね。昨日の一件で力を使わなくてもマシュマロの言葉が分かるようになってしまったのだ。マシュマロと会話する私を不思議そうに二人が見ていたので、そう説明すると驚いていた。
「言葉が分かるって事は、使い魔になったのでしょうか?」
「えー、特に何もしてないんだけどな」
「ですが何かあった時に言葉が分かるのは、便利だからいいのでは?」
「それで?なんて言ってたのだ?」
「外楽しいって。室内じゃ限界があるもんね」
横で飛ぶマシュマロを撫でると嬉しそうにすり寄ってくる。恭平にも分かるようになったら、きっと喜ぶだろうな。マシュマロに何で言葉が通じるようになったのか聞いてみるも、分からないそうだ。まだまだ子供だもんね、仕方ないか。
「マロー?」
「キュー!(恭平の声!)」
「ただいま恭平」
「姉ちゃん!あ、マロもいるな。なんだマロは姉ちゃんが好きだな」
「キュイ!キュキュー!(恭平も好き!紗良も好き!)」
「恭平のことも好きだって」
マシュマロの言葉を伝えると嬉しそうに恭平がマシュマロの頭を撫でた。後でマシュマロに、リハルト様の事をどう思ってるかこっそりと聞いてみよっと!
12月と年末年始は多忙の為、更新遅れます。申し訳ないです。




