75婚約
今日は紅月の七日、そうリハルト様の誕生日です!私の時同様に町では一週間お祭りがあるのよね。そして王子が神子と婚約した事により、さらなる賑わいを見せている。それを塔の上で手を振りながら見ていた。
「いいなー、私も祭りに参加したい」
「無理だと何度も言っているだろう」
「最終日ならいいでしょ?お忍びで行こうよ!デートとしてさ」
「デートか…。悪くないな」
「何を言ってるのですか?駄目に決まってるでしょう。さぁ戻りましょう」
せっかくリハルト様から合意を得たのに、ファルドに却下くらってしまった。ち、やっぱりファルドは手強いな。
「わ、今日のドレスはいつも以上に凄いね」
「当然だ。お前は今日から俺の婚約者なのだからな」
「でも恋人なのは変わらないから、実感湧かないね」
「俺はそうでもないぞ。婚約者になったのだから、これからは何をしても許されるな」
「っ、許されません!」
リハルト様に抱き寄せられて、手に口付けされる。確かダーヴィット様との約束は婚約するまで手を出さないとの事なので、今日から自分の身を守らなければならなくなった。嫌とかじゃないけど、まだ恥ずかしいから無理!!
「おい、そこのバカップル。少しは人目を気にしろよな」
「何故気にしなければならんのだ?」
「私は気にしてるんだけど、リハルト様が…」
「構わんだろう。恋人であり、婚約者なのだから」
「俺が居づらいから二人きりの時にしてくれ」
恭平が呆れたような目で見てくる。最近は私も毒されたのか、リハルト様しか目に入らなくなる時があるのよね。気を付けなくちゃ。
「あ、そうだ。恭平と一緒にリハルト様のプレゼントを用意したの!」
「いつの間に?」
「内緒!恭平持ってきて!」
「おう!」
別の場所に隠しておいたプレゼントを恭平に持って来てもらう。実はファルドにも協力してもらってるのよね。だって町に出られないんだもん。そしてわたしのお金を管理してるのファルドだから、そこから出してもらったのよね。
「…短剣?」
「うん!柄と鍔は私で、鞘は恭平がデザインしたのよ」
「綺麗な短剣だな」
「ふふ、でしょ!リハルト様をイメージしてデザインしたんだから」
鞘には表面に神子の印を、裏面には聖杯の印が彫られている。鍔部分には高級なサファイアを埋め込んでもらった。短剣にはリハルト様を護ってくれる様に祈りの力を込めてあるので、護身用に枕の下にでも忍ばせといてと伝えた。
「ありがとう。大事にする」
「私のも作ったんだー!」
「俺のも」
「お前は駄目だ。危ないだろう」
「大丈夫だよ、子供じゃないんだから」
短剣で遊んだりしないし、飾っておくだけなんだからさ。本当は常に持っとくのがベストなんだけど、ドレスに入れる場所ないのよね。かと言って短剣ぶら下げる神子なんて変だし。恭平の分は集られたわ。この世界のお金がないけど欲しいんだって。
「過保護過ぎるのも問題だよなー」
「遺伝でしょうね…」
「は?」
「陛下もそうでしたから」
ファルド曰く、ダーヴィット様もマーガレット様を溺愛していて過保護なんだとか。だからマーガレット様はポヤーンとしてるのかな?それとも、元々の性格なのかな?
「紗良の場合、何を仕出かすか分からんからな。危険な物は少しでも少ない方がいい」
「姉ちゃんはトラブルメーカーだからな」
「とらぶるめーかー?」
「問題を起こす人の事をそう言うんだ。自分が起こすのも、巻き込まれるのも一緒の事だからな」
本当に失礼な弟だな。なのに、ファルドもリハルト様も納得した様に頷いている。確かに昔からトラブルは多いけど、トラブルメーカーだなんて…。私の人生が可哀想だわ。
「神子様という立場で大勢の目に触れますしね。巻き込まれる事に関しては、ある意味仕方ないのかも知れません」
「ファルド…」
「ですが自衛出来る事もありますので。紗良様は子供の様に警戒心が薄いですからね。気を付けて下さいよ」
「…はい」
一瞬感動した私の心を返せ。やっぱりファルドは最後は説教になるんだから。それにしても、子供の様には言い過ぎだと思うんだけどな。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆
「よ、婚約おめでとさん!」
「ロレアス王子。有難う御座います」
「誕生日近いとか勘弁してくれよな。ここまで遠いんだからさ」
「なら来なければいいではないか」
「うわ、それ酷くない!?祝いに来てる友人に対して言う言葉じゃないだろ」
その言葉にリハルト様は「友人ではない」と返していたけど、笑っていたので冗談だろう。でも素直に落ち込んでいたので、ロレアスの頭を撫でてあげた。
「紗良、そいつの頭を撫でると手が腐るぞ」
「腐るわけないだろう!!」
「大丈夫ですわ、ロレアス王子。リハルト様は妬いてるだけですから」
「はぁ、いいのかい?こんな嫉妬深い男となんか婚約して。もう逃げらんないよ」
笑う私にロレアスが心配そうに聞いてきた。今は誕生祭&婚約発表のパーティーを兼ねてるので、人が大勢いるのだけど固まっていると遠巻きに見てるだけだから助かる。
「周りから固められた感は否めないですけど、「おい」ふふ、私の未来はリハルト様と共にありますから逃げる必要がありませんわ」
「っ紗良!」
「あーここだけ暑いな。ここは部屋じゃないんだけど?」
ロレアスに答えた言葉に、リハルト様に人目を憚らず抱き締められた。戻ったらちゃんと言おうと思ってて、中々言えなかったんだけど、私の気持ち伝わったかな?
「私はリハルト様以外の方と生きていくつもりはありませんわ。好きにさせた責任取って下さいね?」
「あぁ。死ぬまでお前を愛すると誓おう」
「はいストーップ!続きは部屋でやってくれないか?うちの兄上は只でさえ傷心なんだから、それ以上は止めてくれ」
リハルト様がキスをしようとした所でロレアスに邪魔された。っと危ない危ない…。こんな大勢の前でキスなんて公開処刑だわ。リハルト様の持つ空気が周りを見えなくさせるのよね。怖い男だわ。
「バルドニア王子が傷心?どうかされたの?」
「は?えっと…気付かなかったのかい?」
「なにを?」
「他人事になれば、この鈍感は素晴らしいな」
「全くだね」
リハルト様には分かっている様で、私だけ置いてきぼりだ。何か久しぶりに感じるわ、この疎外感。もしかしてバルドニア王子は私の事を…?
「兄上は紗良の事が好きなんだよ」
「…そうだったの。全然気付かなかったわ」
「まぁ紗良に心を奪われた男はごまんといるからね。その内の一人に過ぎないんだけどさ」
「え、そうなの!?」
「紗良は黙ってれば絶世の美女だよ。化粧してればだけどね。化粧してないとお子ちゃまだからな」
褒められてるのか貶されてるのかどっち!?いや、両方だな。ムカついたのでロレアスに近づき、ゴミを取る振りしてヒールで足を踏んでやった。
「いっ!?」
「ふふ、取れましたわ。ロレアス王子。言葉には気を付けなさった方が身の為ですわよ?」
「…はい」
「最近気付いたのだが、案外紗良は逞しいのだ。よく恭平がその様な目に遭っている」
「恭平?」
そっかロレアスは恭平の事を知らないんだ。まだその存在を発表してないしね。発表する必要もないし、本人も嫌がってるからそのままだけど。
「私の生き別れの弟ですわ。先月の誕生日の後に再会しましたの」
「へぇ!そうなんだ。で、何処にいるんだ?」
「恭平なら端に居るとか言ってたが…。あぁ、きっとあの人集りだろう」
「え、何で人が集まってるの!?」
「今の話を聞いていたんだろうね」
普通の声のトーンで話してたのに、皆地獄耳だわ。黒髪の人間は限られているから、直ぐに見付かったんだろうな。今日はルーナスさんも多忙の為居ないしね。レイシアさんも帰っちゃったし。となるとファルドぐらいしか居ないから、嫌でも目立つのよ。そのファルドも人からはあまり見えない場所にいて、怪しい人物がいないか見てるだけだし。
「すみません皆様。弟はまだこの様な場に慣れて居りませんの」
「神子様!」
「神子様、リハルト王子。御婚約おめ出度う御座います。我が国も神子様がいる限り安泰ですね!!」
「弟君のお名前を私達に教えて頂けませんか?」
恭平に集まる人達に声を掛ければ、今度は此方に来た。恭平は急な出来事に涙目だ。男の癖に情けないわね!恭平に挨拶を促すと渋々頷いた。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。私は恭平と申します。以後お見知りおきを」
「恭平様ですね。宜しくお願い致します。私は…」
「恭平様もなにか素晴らしいお力がおありで?」
「一目見た時から違うなとは思っていました。まさか神子様の弟君だとは」
一人になった私の様な状態に苦笑する。それを見たロレアスが恭平を引っ張りだして来た。あくまでもスマートにやるのが上手いのよね。
「こ、怖かった…」
「神子の弟とは仲良くしといて損はないからね。俺はロレアス。リリーファレス国第二王子だ」
「宜しくお願いします」
「ロレアス王子。恭平を頼んでもいいかしら?」
「いいよ」
恭平をロレアスに任せてリハルト様とダンスを踊りに行った。主役が踊らないとね!リハルト様と二曲続けて踊ったら疲れたので、戻って来た。
「見事なダンスだったよ」
「有難う!」
「ダンス踊れるんだな」
「練習したもの。ね、リハルト様」
「あぁ。練習中は何度か足を踏まれたがな」
言わなくていい事を…。姉としての威厳がなくなるでしょ。でも恭平は全く踊れない筈だからいいわ。飲み物を貰い喉を潤していると、ジョセフィーヌを見つけた。
「ジョセフィーヌ!」
「まぁ紗良!婚約おめでとう」
「ふふ、有難う」
声を掛けると、輪の中から抜け出して来てくれた。今日も目がくらむような美しさだわ。少し会話を交わしていると恭平の話になった。手紙では書いてたんだけど、会うのは初めだもんね。
「紹介するわ。恭平、こちらラッケルタ侯爵の娘、ジョセフィーヌよ」
「初めましてジョセフィーヌですわ」
「は、初めまして!恭平です!」
ジョセフィーヌがリハルト様に挨拶した後に恭平に紹介した。ぷぷ、ガッチガチに緊張してやんの!まぁ当然よね、こんな美女見たことないもの!ジョセフィーヌが微笑むと背後に花が咲いてるのが見える程よ。
「ふふ、可愛い弟さんね」
「え?ジョセフィーヌより年上ですわよ?」
「…まぁ!紗良と同じように若く見えますのね」
「へ?恭平年上なの?」
「あぁ。俺らよりもな」
そっかロレアスも知らなかったんだっけ。ジョセフィーヌに見惚れる恭平にコソリと耳打ちをする。ジョセフィーヌはあんたには無理だよってね。叶わぬ恋なら初めから諦めた方が傷は浅いものね。
こそっ
「俺は別に…」
「リハルト様の婚約者候補だったのよ?家柄も見た目も頭も良いのよ?女の私ですら見惚れるんだから」
「…なら王子の事好きなんじゃないのかよ」
「違うと思うけどな。応援してくれてたし」
私以上に喜んでくれるのよね。見た目も良ければ中身も良いなんて、完璧過ぎるわ。ジョセフィーヌが相手だったら敵う気しないもん。
「恭平様、良ければ一曲いかがですか?」
「へ?」
「無理ですわジョセフィーヌ。踊れないですもの」
「大丈夫だろう。講師がついていた筈だ」
「え?そうですの?」
「まぁ、一通りは…」
何てことだ!短期間で基本をマスターしてるなんて!!私より覚えが早いじゃない。それならそうと言ってくれればいいのに。にしてもジョセフィーヌが恭平誘うなんてね。良かったね恭平。
「弟大丈夫か?ガチガチじゃないか…」
「ジョセフィーヌに見惚れてるからですわ。あれが普通の反応だと思いますけど」
二人は色んな女性を見てるから麻痺してんのよね。でもその中でもジョセフィーヌはとびきり美しいと思うのだけど…。
「確かに綺麗だけど紗良見ちゃったらねぇ…」
「あぁ。目が肥えてしまうよな」
「え?どういう事?」
「お前はいつになったら自覚するのだろうな」
「口だけであんまり理解してないよね」
溜め息を吐く二人に首を傾げながら、恭平とジョセフィーヌが踊るのを見ていた。顔を赤く染める恭平が見ていて面白かった。その間にも色んな人が挨拶や祝福に来たので、あんまりじっくりは見れなかったけど。
「ねぇ紗良、今度お茶しましょうよ。色々お話も聞きたいですし」
「えぇ、私もジョセフィーヌと久しぶりにお茶したいですわ」
「決まりですわね。また空いてる日を手紙で教えて下さいね」
踊り終わったジョセフィーヌとまた会う約束をして別れた。バタバタしてて中々ジョセフィーヌと会えてなかったのよね。先月は私の誕生祭で会ったけど、あんまり話せなかったし。楽しみ!
「なんだ、会う約束をしたのか?」
「えぇ。お茶をする約束を」
「仲良いんだね」
「友達ですのよ」
ポーッとしてる恭平を引っ張って会場を後にした。人目に触れると気疲れしちゃうわね。見られるのってあんまり好きじゃないからなー。何故かロレアスも着いて来た。
「ふへぇ、疲れた…。神子でいるのも楽じゃないわね。どんな時も素でいけるロレアスが羨ましいわ」
「俺はしがない王子だからね。神子様とは格が違うからさ、気楽なもんだよ」
「私も神子じゃなかったらなー」
「そしたらリハルトと結婚出来ないよ?」
「確かに!神子じゃなかったら、姉ちゃんただの町娘になるもんな」
それはそうなんだけどさ。神子だからリハルト様といられて婚約出来るわけだし。神子じゃなかったらリハルト様は私なんか気にも止めなかっただろう。ただの怪しい女で終わっていたかも知れない。
「リハルト様は、私が神子だから好きになったの?」
「急にどうしたのだ?」
「神子じゃなかったら、どうなってたかなって思って。私自身に大した取り柄もないし」
カッコイイ王子様だったなぁで、私の中でも終わってたと思う。二度と会うことのない人で、ロレアス達とも知り合う事が出来なかったかも知れない。守護者の存在も知る事もなかったよね。
「神子だから好きになった訳ではない。きっかけだったとしてもな」
「きっかけ?」
「あぁ。神子だったから側にいてお前を知ることが出来たのだ。俺も王子だったからお前の側にいられた。ただそれだけの話だ」
出たよ、遠回しなリハルト様の話。もっと噛み砕いてくれないと理解出来ないよ。そう困っていると、ロレアスが助け船を出してくれた。
「結果は神子なワケだし、そうじゃなかった事なんて考えても仕方ないさ。紗良が神子でリハルトが王子じゃなかったら?紗良は好きになったかい?」
「…分からない」
「ね?リハルトが言いたいのはそういう事だよ。色んな条件が重なって今こうなってるんだからさ。二人は出会って恋に落ちて婚約をした。その事実だけで充分じゃないか」
そうか、そうだよね。考えても仕方のない事なんだ。ロレアスを少しだけ見直したわ。リハルト様を見れば肯定するように微笑んでくれた。
「もし紗良が神子でなくとも、俺は手放すつもりは無かったがな」
「えっ!?」
「黒髪の人間は貴重だからな」
「確かにね。優れた人が多いんだよな」
ウンウンと頷いているロレアス。レイシアさんもマース君もルーナスさんも黒髪で、ちょこちょこ見てるから珍しいという意識に中々ならないのよね。
「そう言えば、薬師も黒髪だったもんな。仕立て屋もそうだったしさ。オネェだったけど腕は確かだったな。呪術師は違ったけど、その師匠は黒髪なんだろ?」
「らしいな」
「能力は人によって違うのが面白いな」
「恭平はどんな能力なんだい?」
恭平がロレアスに聖杯だと明かした。と言ってもどんな存在か知らないので、説明も一緒にしなきゃならないのだけど。
「薬師とはまた違った癒しの力か。紗良がアルトの怪我を治した力と一緒だね」
「アルト?」
「あぁ、俺の従者だよ。アルトーラスって言うんだけどさ、前に死者と戦った時に治して貰ったんだよ」
「そうなんだ。姉ちゃん人は治せるもんな」
自分は治せないから、恭平からしたら変な感じらしい。恭平は自分も治せるからね。羨ましいわ。風邪気味でも治しちゃうんだから便利な力よね。
「にしてもこの国に力が偏るから発表はしない方がいいだろうね。よく思わない人も多いだろうし」
「それなんだけど、恭平が目立ちたくないから内緒にするつもりなの。まだ謎も多いしね」
「それが賢明だろうね。ま、神子の弟ってだけでも注目はされるけどな」
「マジで嫌だ…。あいつらの目がギラギラしてて怖かったんだからな!」
え?私の所為なの?まさか会話を聞かれてるとは思わなかったからさ。話し方崩さなくて良かったと心底思ったわ。まぁ姉弟なのはいつかバレる事だしね。
「あんたがパーティー出たいって言ったんでしょ」
「まさかあんな目に遭うなんて思わなかったんだよ!」
「一人になると大体囲まれるな」
「リハルト様といる時はそこまでじゃないんだけどね!ロレアスがいるとより来ないし」
「そりゃ綺麗所が揃ったら近寄り難いだろうよ」
吐き捨てるように恭平が言った。何故か恭平の顔は普通評価だもんね。私も大して変わらないと思うんだけどね。よく分からないわこの世界。
「そう言えばジョセフィーヌと踊ってどうだったのよ?」
「ど、どうってなんだよ!」
「えー?好きになっちゃったんでしょ?」
「ちげーし!勝手に決めんなよ!!」
「顔が赤いぞ恭平」
その後、暫く恭平弄りを楽しんだ。居たたまれなくなった恭平は拗ねて部屋に帰っていった。仕方がないから今度手引きしてやるか。お姉ちゃん頑張るね!無理だと思うけど!!




