74次の王
あれから日数が経ち、漸く元の姿に戻れました。マリーやリチェには物凄く残念な顔をされたけどね。解放感が半端ないよ!だってなんでも自分で出来るもの!!ただ自分の体の幅の感覚がまだ戻らなくて、色んな物にぶつかるんだけどね。
「ジェンシャン国第一王女カシュア様がいらっしゃいました」
「お久しぶりですダーヴィット王。知らなかったとは言え父上の失態を見過ごしてしまった事を詫びに来ました」
急に呼び出されたと思ったら謁見の間で、この重苦しい空気の中で初めて見る第一王女がやって来た。聡明で活発な女性と聞いていたけれど、見た目は普通のお姫様だった。釣り目で気の強そうな女性には見えるけどね。
「謝罪で許される事ではないぞ」
「えぇ、分かっております。我が国は神子様に危害を加えるつもりはありません。全てはザルドによるもので御座います。ですからダーヴィット王にお土産をお持ちしました」
カシュア姫の従者がダーヴィット様の玉座の前で膝まづいて、大きめの麻袋を差し出した。それをダーヴィット様の従者が中を見て顔を顰める。顔を顰めるようなお土産って反感を買うだけじゃないのかな?
「そちらは前国王ザルドの首で御座います。どうかそちらで怒りを鎮めては頂けないでしょうか?」
「っひ、く、首!?」
あまりにもショッキングな言葉に声が出てしまった。その声でカシュア姫が此方を振り向くと今度は私に向けて謝罪をした。淡々と話しているけれど、仮にも自分の父親の首を刎ねるなんて…。悲しくはないのだろうか。
「申し訳ありません。神子様には刺激が強かった様ですね」
「い、いえ。私は大丈夫です」
「それで?誰があの国を治めるのだ」
「僭越ながら私が女王として即位させて頂きます。古き制度は無駄以外のなにものでもありません。もとより男児が生まれない呪われた地でございますから。今後王位は女性に受け継がれていく事でしょう」
この人はとても逞しい人なんだ。国を守る為、父を殺して自分が上に立つ。こうまでしなきゃいけない世界なのかな。にしても呪いを掛けたのがザルド王だったなんて…。
「ふむ。どうかね神子。神子はどう思われる?」
「それは私に判断を委ねると仰るのですか」
「そうだ。処罰されるべき人物はもういない。後は神子の裁断に任せよう」
「…でしたらもう充分です。血を流すのは好きではありません」
「だそうだ。寛容な神子に感謝するのだな」
どうしてダーヴィット様は私に判断を委ねたんだろう。国同士の問題じゃないのかな?ザルド王も別に殺す必要なんてなかった。私もこうやって無事でいるんだし。そんな風に考えるのは甘いのかな?
「神子様。お許し頂き感謝申し上げます」
「いえ、気になさらないで下さい」
何度かお礼を重ねたのち、カシュア姫は新しいジェンシャン国のトップとして、ダーヴィット様と難しい話を始めた。私は麻袋が気になるのもあり、リハルト様を残し恭平とその場から退出して部屋に戻った。
「首ってまじかよ…。自分の父親だぞ?」
「…中が見えなくて良かった。流石に見たくない」
「まぁ、昔は斬首刑とかさらし首とか普通だった事を考えれば、ありえない話じゃないのかもな」
「この世界のルールがあるもんね。私達が口を出せる問題じゃないよ」
私達の世界みたいに平和で法に守られてるのが当たり前だとは思ってはいけないよね。神子に呪いを掛けて禍を招こうとしたって事は重罪なのかも知れないし。…あの小さな姫は悲しんでいないだろうか?約束も守ってあげられなかった。
「…私を恨むかな?」
「誰がだよ」
「ザルド王の娘達」
「なんで姉ちゃんが恨まれるんだ?逆だろ」
「だって私がいなければ死ぬこともなかったでしょ?」
あの国に行ったのは私の責任ではないけれど、私が初めから存在してなければ、今も生きていて違った未来があった筈なんだよ。それを私が壊したんだ。私に関わった所為で死んでしまったんだ。
「紗良様の所為ではありませんよ。ですから涙を流す必要はありません。ザルド王は人生の選択を誤った。ただそれだけです」
「そうだよ!姉ちゃんに呪いを掛けた奴だぞ!?泣くなよ」
気付けば瞳から涙が零れていたようで、マリーや恭平が私の所為じゃないと言葉を掛けてくれる。でも心は晴れないの。生きて罪を償う方法なんていくらでもあるのに…。分かってる、あれぐらいしなければダーヴィット様はお許しにならなかった。ローズレイア国はジェンシャン国よりも格上の超大国なのだから。そして手を出した相手が貴重な神子となれば、酷い処罰を与えなければ他の国に示しがつかないし、それが私の身を守る事に繋がることも分かってるつもり。
「だけどやっぱり私には重いよ…」
「俺には厳しいくせに、他人に優しすぎんだよ。今回許しても次回はもっと酷い目にあうかも知れない。誰かが死ぬかも知れない。人を呪うのは愚かな人間がやるんだよ。一度やった奴はまたやる。犠牲が出ても姉ちゃんは許すのか?」
犠牲が出ていたらきっと許さない。死は当然だと思うかも知れない。でも今回は結果的には無事だったのにと考えてしまう。無事なら何をしてもいい訳じゃない。そんな事ぐらい分かってる。でも一度の過ちで簡単に命をとっていいものなの?グルグルとそんな考えが浮かんでは消えていく。
「紗良様。こちらをどうぞ。落ち着きますよ」
「…ありがとう」
「ザルド王の首だけで済んだのでしたら、喜ばしいことですよ。陛下にしては寛大な処置ですから」
「…それはダーヴィット様が私に判断を委ねたから」
私はそれ以上を望まない事をダーヴィット様は分かっていた。だから委ねたのかな?それとも何か別の思惑があったのだろうか。
「王って立場も大変だな。考える事が多そうだ」
「そうだね。…カシュア姫か。強い人ね」
「強いってか怖ぇけどな。あの女、表情全く変えなかったぞ?」
「あの国は色々と複雑ですからね。カシュア様はとても芯の強い女性なだけで悪い方ではありませんよ」
お茶に映る自分の顔を眺める。確かに強い瞳をしていた。決して揺るぐことのない芯をカシュア姫も持ってるんだな…。リハルト様と同じ様な芯を。
トントン
「リハルト様かな?」
「かもな。話終わったんじゃね?」
「はい。あら、カシュア様もですか?すみません着替えてしまったのですけど…」
「構わん」
入って来たのはリハルト様とカシュア姫だった。先程とは違い、目が合うとニヤリと笑った。取り敢えずペコッと頭を下げると向かいのソファーにどかっと座った。え!?随分と雰囲気が違う気がするんだけど。
「改めて神子様。私はカシュア・ルナール・ジェンシャンだ。カシュアと呼んでくれ」
「え、あ、はい。紗良と申します。先程は挨拶出来ずに申し訳ありません」
「はは、そんな雰囲気じゃなかったからね。そっちの子は従者か?」
「俺か?俺は弟の恭平だ」
「彼は聖杯だ。癒しの力を使う」
あっけらかんとした気さくな話し方をされる方で、呆気にとられてしまう。恭平は特に気にした様子もなく、普通に返している。誰だよさっき怖いとか言ってた奴は。
「リハルト様…」
「紗良と話したいと言ってたから連れて来たのだ。安心しろ、悪い奴ではない」
「…そう、ですか」
私と何を話したいんだろう。イマイチよく分からなくて、戸惑ってしまう。カシュア姫は私をニヤニヤと見ていて何だか気まずい。
「リハルトがこんな綺麗な子をねぇ。だがまだ幼くないか?お前ロリの気質が…」
「断じてない!紗良はファルドと同じ歳だ」
「へ?…じゃあ年上なのか?」
「あ、はい。恭平も一つ下なだけです」
「おう」
驚いた顔をした後に急に笑い出したカシュア姫。私達が年相応に見えないのがそんなに面白いのだろうか。思わず恭平と顔を見合わせる。
「いやぁ、すまないね!堅苦しいのは苦手なんだ。楽にしてよ」
「お前の部屋ではないのだがな。紗良、こいつには素で構わない。こういう奴なのだ」
「…うん。カシュア姫は「カシュアでいい」…カシュアは私と何を話したいの?」
「ん?いや、リハルトを射止めた子がどんな子か気になっただけだよ」
え?それだけ?父親が死ぬ事になった原因の私に恨みの一言でも言われると思ったんだけど。考えすぎなのかな?
「…そっか」
「紗良?」
「姉ちゃんは気にしてんだよ。ザルド王の事」
「なんで神子様が気にするんだ?神子様の所為じゃないよ。丁度私は別の場所に行かされててね、止められなくてすまなかった」
「ううん、謝らないで…。私は大丈夫だったから。でも、カシュアは大丈夫なの?」
その問いにカシュアはキョトンとした顔をしている。何が?みたいな反応に戸惑う。え、悲しくないのかな?
「はは、神子様は優しいんだね。私は平気だ。あれを父だと思ってなかったしね。尊敬するのは母上だけだ。もう死んでしまったけど」
「…そうなの?」
「だから神子様は気にしなくていいよ。あのクズの首一つで済んだ事に感謝してるのは本当だから。ありがとう神子様」
裏のない顔で笑うものだから、何だか力が抜けたわ。カシュアが女王になるのなら、いい国になると思う。まだ少ししか話してないけど、そんな気がするんだ。
「お前は呪いをかけられたのだぞ?全く、どこまでお人好しなのだ」
「だって、何にもなかったし…」
「記憶を失くして俺に怯えたのだが?」
「そうだよ。王子が本当に可哀想だったぞ」
「う…」
二人に責められてシュンとしていると、カシュア姫の爆笑する声が聞こえた。
「あはは!神子様カワイイな!」
「あげんぞ」
「そりゃ残念。うちの国に来ればリハルトよりいい男を紹介するよ?どうだい?」
「ううん。リハルト様が好きだから他の人じゃ駄目なの」
「紗良…」
その言葉を聞いて嬉しかったのか、リハルト様に抱き締められた。リハルト様の匂いも体温も大好きなんだよね。私もリハルト様の背中に手を回した。
「おー熱いねお二人さん」
「いつもこんなんだよ」
「ふぅん。恭平は恋人いるのか?」
「いや、今は居ないけど」
「姉ちゃん美人なのに、恭平は普通だもんな」
「うるせーよ!」
こいつこそ、姫で女王になんのにこんなんでいいのかよ。人の顔を気にしてる場合じゃねぇだろーが。黙ってればそれなりに見えるのによ。
「はは、どうだ?私の婿になるつもりはないか?」
「はぁ?いきなり何なんだよ…」
「別に気に入っただけだ」
「大して話してないだろーが!」
「私は飾らない人間が好きなんだよ。恭平は嘘がつけなさそうだしね。心を許せる人間が欲しいんだ」
口の端を上げて俺を見るカシュア。正直タイプじゃない。俺は強そうな女より、おっとりとした優しそうな子が好きなんだよ。
「断る!」
「え、カシュア恭平がいいの?」
「あぁ、気に入った。神子様が駄目なら彼をくれないか?」
「うん。あんなので良ければどうぞ」
「紗良お前は勝手に…」
二人の世界から帰って来た姉ちゃんが口を挟む。頼むから黙っててくれないか?俺は断ってんだからよ。姉ちゃんの中には俺の人権なんてないからな。
「俺は聖杯だから神子である姉ちゃんの側には必要不可欠なんだよ。だから無理だ」
「そうなのか?」
「ううん。私の仕事は出来ないし、よっぽどの事がなければ…ふがっ」
「もう喋んな!俺に恨みでもあんのかよ!!」
姉ちゃんの口を塞いだ手が外されて腕を捻り上げられた。痛みで悲鳴をあげると、パッと手離された。本当に乱暴なんだからよ…。
「やるなぁ神子様!なんだ、ただの守られてるお嬢さんじゃないんだな」
「いや、紗良は普段そんな事しないが…」
「いてて、姉ちゃん俺には厳しいんだよな」
「見よう見まねで出来るものね」
フフッと笑う姉ちゃんを睨みつければ、「なに睨んでんだよ」と更に厳しい目で睨まれた。昔から姉ちゃんには逆らえないんだよな…。俺以外の前では見る事の出来ない姉ちゃんの姿に、王子は冷や汗を流していた。
「どこで覚えたのだそんな技を」
「昔テレビで見たの」
「テレビ?」
「四角い箱に映像が映るのよ。人や動物がね」
「ほぅ。興味深いな」
この世界にはテレビはないからな。話を聞けば聞くほどに興味が湧くだろう。カシュアも興味が唆られた様で、姉ちゃんの話す内容に聞き耳を立てていた。
「そんな事より、いいのかよこんな場所で時間潰して。新しい王になったんだろ?さっさと帰れよ」
「恭平が一緒に来てくれたら、今すぐ帰るよ」
「だから断っただろ!」
「強情ね」
姉ちゃんが困ったように俺を見た。何で俺が悪いみたいな目で見られてんだよ!王子に助けを求める視線を送ると、姉ちゃんを説得してくれた。
「紗良。貴重な人材を他国に安易に渡すワケには行かないのだ」
「…それもそうね。ごめんなさいカシュア。恭平を連れて帰るのは諦めて?」
「仕方ない出直すか。神子様には会えたし。暫くはばたついてるが、落ちついたらいつでも遊びに来てよ。ま、許可出ないと思うけどさ」
それはあんな事があったばかりだからか?当然と言えば当然なんだけどよ。姉ちゃんは何かを思い出したのか、王子に何かを相談した後にマリーに何かを用意する様にお願いをすると、マリーは部屋から出て行き、数十分後には手に箱を持ち戻って来た。
「カシュア様こちらを」
「これは?」
「祈りの力を込めた薔薇なの。それを使えば荒れた大地が元に戻るのよ。でも、一時的ものだけど…。小さなお姫様と約束したから形だけでもと思って」
「ありがとう神子様。ランも喜ぶ」
あの小さな姫はラーシュという名前らしい。約束を覚えてるのは姉ちゃんらしいが。渡したのは金の薔薇が入ってる箱だった。あの薔薇だって一日で作れる物じゃねぇのによ。ホント、お人好しすぎる。
「また正式に行くね。主を見に行かないと」
「おい、勝手な約束をするな」
「そうだよ」
「中途半端は嫌いだからね」
偉そうに姉ちゃんがそう言えば、王子は諦めた様に溜め息をついた。それを面白そうに眺めていたカシュアは部屋の前で待たせていた従者と帰っていった。何なんだよ?嵐の様な奴だったな…。
「大国の王になれたのに良かったの?」
「王なんてなりたくねぇよ!」
「まぁあいつが女王になるから、王配としてだな。つまり婿だから何もする必要がないから楽だぞ」
王子まで勧めてきだしたので、無理矢理この会話を終わらせた。この話は今日寝たら忘れてしまおう。うん、それがいいよな。
眠い中書いてしまったのでちょっと修正。




