72マシュマロは凄いんです
ジェンシャン国からローズレイアに数日かけて帰るなり来客があった。今私の目の前に座ってる人達だ。モノクルを掛けた黒髪の女性と黒髪の少年と赤髪の女性の三人だった。
「やぁ久しぶり。あんたは厄介ごとが好きだね」
「…初めましてでは?」
「そういや、記憶無かったんだっけ?面倒だな」
「神子様お久しぶりです。こちらは師匠のレイシアと僕は弟子のマースです」
二人は薬師なんだって。レイシアさんはとっても凄い人らしい。どうやら私の記憶が無くなった時にリハルトさんが使いを出したらしく、こうやって赴いて来てくれたのだとか。
「すみません覚えてなくて」
「いやいいさ。そこで今回の件は私の範囲外でね、詳しい者を連れて来た」
「初めまして神子様。リールと申しますニャ」
「…ニャ?」
リールと名乗った女性は赤髪をツインテールに結んでおり、フリフリの赤いミニドレスを身に纏ったロリ系だった。つり目で金の目は確かに猫っぽい。
「変わりモンだが腕は確かだよ。私が言うんだから間違いない」
「師匠も大概ですけどね!」
「にゃははは!マースは毒舌だニャー」
「リールさんは何をされてる方なのですか?」
「ん?あ、そうだった。リールは呪術師なのニャ」
どうやらこのロリ猫が呪術師らしい。本当に大丈夫なのだろうか?幾つかの質問を受けた後(と言っても覚えてないのでほぼ答えられてない)、じっくりと見つめられた。その顔は真剣そのもので先程のふざけた喋り方をする人と、同一人物には見えない。
「リン、どこかに種があるのを探すニャ」
「キキッ」
「きゃっ、ふふ、くすぐったい!」
リンと呼ばれてリールさんの懐から出て来たのはリスザルだった。首元には赤いリボンを付けられていて可愛かった。女の子なのかな?リスザルは私の体を何かを探すようにチョロチョロと動き回るので、それがくすぐったくて身じろいでしまう。
「キー!」
「ん、やっぱり頭か。ちょっと厄介だニャン」
「厄介とは?」
「加減を間違えると頭パーンになるニャ」
「それは困る」
頭パーンってなんだろうか。爆発でもするのだろうか…。それにしても見事に全身真っ赤だな。まるで血塗れになった人みたい。血塗れに…?あ、頭が痛い…。
グラッ
「紗良!?」
「いや、いやあああぁぁぁ!!!」
「紗良!おい、どうしたのだ!?」
「姉ちゃん!!?どうしたんだよ!!」
頭を抑えて流れる映像に悲鳴をあげる。沢山の死体のの中で誰かが笑ってる。そしてリハルトさんが私を何度も斬りつけるんだ。冷たい氷の様な顔で、眉一つ動かさずに私を殺すんだ。あれから毎晩と見た夢を私は何で忘れられたんだろうか…。
「いや、触らないで!!いや、もう止めて!!や、いやなの!!!」
「落ち着け!大丈夫だから!!」
「っ、お願い、早く殺して…」
「なっ!?」
俺の服を掴み、焦点の定まらない目で泣いて懇願する紗良。何を言ってるのだ?俺が紗良を殺す筈がないと言うのに。紗良はフッと意識を失って倒れ込んで来た。
「王子、神子から離れるニャ。神子は今、呪いが見せる世界の中にいるニャ。目が覚めたら何をするか分からないニャン」
「…紗良が見ているのは、俺に殺される夢か?」
「恐らくは。呪いがかなり進行してるニャ。この呪いは身体の中に根を張り成長するタイプのもので、忘れられた古の手法なのニャ」
「呪いを返せないのか?」
「返すとかの次元じゃないニャ。完全に消さなくちゃならないのニャ」
成長した根を完全に取り除かなければ、呪いは消えないらしい。呪いをかける側にとってリスクのない方法らしい。
「この種を作るのに何人もの犠牲者を出す酷い術ニャ。買ったのか作ったのか知らないけど、知ってる者はそう多くはないニャ」
「実行した人間は間違いなくいかれ野郎さ」
「レイシア様も製法を御存知なのですか?」
「来る途中に聞いた」
「まぁ知らない方が幸せだニャン。時間もあまり無さそうだから準備するニャー」
模様のある布の上に寝かせて薬草やら宝石やらの色んな物を紗良の体や周りに並べていくリール。サルも尻尾を揺らしながらそれを手伝っている。呪術師は初めて見るのもあり、疑わしい存在だと思っていた。呪いとか実在するのだな。
「あ、起きちゃったニャー…。困るニャー」
「姉ちゃんを抑えればいいのか?」
「いや、触らないで欲しい。この陣からは出られニャイから」
「布に陣か…。魔法みたいだな」
「似たような物だニャン」
恭平は言われた通り紗良から離れて俺たちの元へ戻ってきた。紗良は目を開けてはいるが微動だにせずに横たわっている。リールは何やら呪文のようなものを唱えており、それが呪いを解く方法なのだとか。なんとも不思議な話だが、守護者とかいるぐらいだから有りえない話ではないのだろうな。
「…して…る」
「何かを紗良様が呟いてますね」
「あぁ。何て言ってるのだろうな」
「……ハル、ト……寂し……に」
不意に紗良が起き上がり、体に乗せられていた物が落ちる。リールは変わらずに呪文を唱え続けている。虚ろな目をした紗良は近くにあった短剣を手に取り、なんと自分の腹を刺した。白い布が血で染まっていくではないか!!
「紗良!!!」
「姉ちゃん!!」
「たわけ!!リールに言われただろう!何があっても近付くなと!!」
「しかしそれでは紗良が死んでしまうではないか!!」
「死なせはしない。その為に私も来たのだ」
レイシアもまた耐えていたのだ。駆け付けたくなる衝動を。兎に角リールが呪文を唱え終わらなければ、手当すら出来ないのだ。何も出来ぬ歯がゆさから、強く握り締める手からは血が滴り落ちた。
「っ!げほごほっ!がはっ!!」
「っリール早くしろ!!!姉ちゃんが死んじまう!!!」
「…よし!今吐いたのが呪いの種ニャン。レイシア手当を早くするニャ」
「あぁ!マース急ぐぞ!!」
「はい!!」
「待ってくれ!俺がやる!」
恭平がレイシアやマースを押しのけて力を使った。微かな粒子が紗良の傷に溶けていく。それを三人が驚いたように見ていた。聖杯だと知らないから当然だろうな。
「傷が傷痕すら残さずに消えた…?」
「俺の力は傷を治せるんだ」
「成る程。しかし失った血は戻らんだろう。マースあの薬を取ってくれ」
「はい!こちらです師匠」
マースが赤い液体の入った瓶を渡すと、レイシアはそれを紗良に飲ませた。すると青白くなっていた顔に少し赤みが戻る。荒かった紗良の呼吸も平常時のように落ち着いていた。眠る紗良の頭をそっと撫でた。
「良かった…」
「冷や汗もんだな」
「全くだ」
「安心するのはまだ早いんだニャン。問題はこの種ニャ」
「なんだまだ終わってないのか?」
どうやらこの種を処分しないと呪いは解けたと言わないらしい。だがこれを跡形もなく消さねばならぬのだが、普通の火では傷一つつかないらしい。砕いても破片が残るので意味はないそうだ。
「なんの火なら燃えるのですか?」
「伝説級の獣の火だニャー。骨をも溶かす灼熱の火を噴いて浄化してくれるんだけど、ババーの使い魔でしか見た事ないニャン」
「獣で火か…ちょっと待ってろよ!」
ババーというのはリールの師匠のようだ。恭平は何か思い当たる事があったのか、部屋から走って出ていった。呪術師は使い魔という獣と契約をしているらしく、それぞれ能力が違うのだとか。
「この子は呪いのある箇所を見つけるのが得意なのニャ」
「キキッ」
「ピンポイントで見つけて対処しないと効果ないのニャー。ババーは見ただけでその場所が分かるのニャ。だから呪術師にとって最高と言われている使い魔を連れてるのニャーン」
こいつの話を聞いていると、師匠を慕っているのかそうではないのか難しい所だな。その師匠にきてもらった方が早かったのでは?と聞けば行方不明だそうだ。そんな言い方をすると語弊があるのだが、色んな場所に神出鬼没で現れるのだとか。
「リール様もその使い魔を探せばいいのでは?」
「馬鹿いうニャ!伝説級っていったニャン!!見つけるのも使い魔にするのも困難なのニャー!!それに私じゃ無理な理由があるのニャ」
バン
「はぁはぁ、こいつも確か火を噴くぞ!!!」
「マシュマロじゃないか…」
恭平が連れて来たのは小さな獣、マシュマロだった。あいつ火を吐くのか?知らなかったな。恭平に聞けば、前に母親の狐竜獣に火を吐かれそうになったのを思い出したんだとか。良く無事だったな…。
「ニャーー!!それこそ伝説級の獣、狐竜獣だニャ!!なんであんたが飼ってるニャ!!」
「怪我を治してやったら懐かれたんだよ」
「しかもまだ子供ニャんて激レア中の激レア。羨ましいニャ…」
「そんな事より、これを燃やせばいいのか?」
「そうニャ…」
崩れ落ちているリールを気にも留めずにマシュマロに火を噴くように指示している恭平。伝説の生き物だとは聞いていたが、そんなに凄い生き物だったとはな。
「うざいぞリール。そもそもあんたじゃ無理なんだから諦めな。これで呪いも解けるんだし、いいじゃないか」
「レイシア酷いニャー。マース、リールを慰めてニャーン」
「黒髪に生まれ変わったら如何ですか?」
「この二人本当に冷たいニャ…」
どうやら狐竜獣は黒髪の者にしか懐かないらしい。だけど黒髪だからといって懐く訳でもないそうだ。力のある者にしか服従しない気高い獣らしい。そう言えば、恭平と紗良以外には触らせてくれないと前に聞いた気がするな。
「いいかマロ。これを火で燃やしてくれ。じゃないと姉ちゃんの呪いが解けないんだ」
「キュー!!」
「よし、やってくれ!!」
マシュマロが大きく息を吸い込むと、大火力で炎が出た。あの小さな体のどこにこんなに大きな炎を噴けるのだろうか。お蔭で種は跡形もなく消えたが、机も一緒に燃えてしまった。
「はぁ、子供でもこの威力。惚れ惚れするニャン」
「キュ…」
「そうだな、変な人いるな」
「失礼だニャン!!」
「おい、机も燃えたのだが?」
「ごめんごめん。でもこれで呪いは解けたんだろ?ならいいじゃないか」
そうじゃない。危険な生き物だと言いたいのだが?まぁいい、紗良の呪いが解けたのも事実。仕方ない、大目にみてやるか…。今までに火を噴いた事もないそうだしな。
「ん…」
「紗良?」
「姉ちゃん!!」
「キュー!」
目を開けると皆が私を覗き込んでいた。え…何事ですか?目を開けた私に気付いたマシュマロが顔に突っ込んで来たから視界は真っ白になった。フワフワして気持ちいい。マシュマロとそのまま戯れていると、引きはがされてしまった。あぁ、私の癒しが…。
「紗良、俺が分かるか?」
「え?分かるもなにも、リハルト様でしょ?」
「そうだ。記憶も戻ったのだな」
「記憶?なんの話?」
「覚えてないのですか?」
話が全然見えないんだけど、どうやら呪いを掛けられたらしく、それで記憶を失っていたのだとか。リハルト様に怯えていて話もままならなかったらしい。それでレイシアさん達と知らない人がいるんだ。良く分かんないけど、お騒がせしちゃった感じ?
「改めまして、呪術師のリールニャー」
「呪術師?」
「そうニャ」
「その身なりで?」
「失礼しちゃうニャン。赤はリールの魅力を最大限に引き出してくれるのニャ!!」
呪術師とかこの世界にいるんだね。そもそも私は誰に呪いを掛けられたんだろうか。知らない間にジェンシャン国からローズレイアに戻って来てるし、分からない事だらけだわ。
「わ、服が血だらけだ!!」
「姉ちゃんが自分で刺したんだよ。んで、俺が治した」
「自分で?じゃぁこれ私の血なの?やだー」
「紗良様、あちらで着替えましょう」
「うん」
マリーに促されて隣に移動して着替えて戻った。話を聞くと呪いはジェンシャン国で掛けられた可能性が高いらしい。それで危険だと判断したのと、呪いを解く為に急いで帰ってきたのだとか。
「そっかぁ。大変だったのね」
「なんで他人事なんだよ」
「だって覚えてないし」
「話を聞いて呪いだと判断した私は、こいつを連れて急いでやってきたって訳」
「そうなんだ。ありがとうレイシアさん、マース君。後リールさんも!」
私の為にわざわざ来てくれた三人にお礼を言った。それと恭平にファルド、リハルト様とマリーにも。後マシュマロにもね。覚えてないけど、今の私に戻れたのは皆のお蔭だしね。
「報酬はその狐竜獣で良いニャ」
「あんたも諦め悪いねぇ」
「ババーに出来てリールに出来ない事はニャイと判断したニャ」
「ごめんなさい。この子は家族だからあげれないの」
「キュイ!」
家族と言う言葉に反応して嬉しそうにすり寄ってくるマシュマロを撫でながら、リールさんにそうお断りをした。この城に住んでる人達は私の中では皆家族だから、誰も欠けて欲しくないんだよね。それにこんな可愛い子を手放せないし!
「残念ニャー」
「紗良、これを飲みな」
「これは?」
「あんたの失った血を増やしてくれる薬だよ。さっきも飲ませたんだが、まだ足りないからね」
「そっか、ありがとう」
飲みやすいように味を変えてくれてたので、なんなく飲み干した。色んな薬があるんだなって思っていると、急に持っていた瓶が大きくなった。驚いてレイシアさんを見ると、レイシアさん達も大きくなっていた。え、なんで!?
「あ、師匠すみません。間違えて若返りの薬を渡してしまいました」
「見れば分かる。馬鹿弟子」
「え?えぇ!?リハルト様!私今どうなってますか!?」
「…子供になっている」
「えぇーー!!!」
周りが大きくなったんじゃなくて、私が小さくなったんだ!!下を見れば来ている服もぶかぶかになっていて脱げそうだ。手繰り寄せてなんとか肌を隠す。わーん、マース君の馬鹿!
「いつ戻るの?」
「安心して下さい神子様。これは短期間用なので一週間前後で戻りますよ」
「長いんですけど!!?」
短期間用で一週間って…。レイシアさんに聞くと長い物だと一年とかあるらしい。その分高額になるんだとか。貴族とか姫とかによく売れるのだとか。もう魔法使いの域だよそれ。
「一週間か。婚約発表の日には間に合うな」
「なんだくっついたのか?」
「あぁ。お蔭様で」
「そりゃ良かった」
自分の事の様に嬉しそうに笑ってくれたレイシアさん。本当に優しい人だな。リールさんに至っては、マシュマロに手を出して噛まれていた。マシュマロとの相性が悪いのかな?それにしても変わった人だな。
「それじゃあ帰るよ。依頼が溜まっているものでね。リール、あんたも帰るんだよ」
「分かってるニャン。リールにはリンがいるからいいのニャン」
「本当にありがとう。遊びに行けたら寄るね!」
レイシアさん達は帰って行った。また会えて良かったな。子供の姿にさせられるとは思わなかったけどね!見た目5、6歳だってさ。対象年齢かなり上な薬じゃないかな!?泣ける!




