66神子の役割に代わりはいない
恭平が城に来てから数日経ったのだけど、私の時と同じく講師をつけられていて忙しそうだった。こないだ見せてもらったら、充実したカリキュラムで過去を思い出して涙が出た。辛かったあの日々を恭平が頑張ってるのね。
「ねぇ、紗良様はお兄様のどこに惹かれましたの?」
「え、それ聞くの!?恥ずかしいよ」
「いいじゃありませんか!だってあんなにもお兄様の気持ちに気付かない紗良様を見ていたんですもの。誰だって気になりますわ」
「んー…。ラッケルタに行ってジョセフィーヌと話してた時なんだけどさ…」
リチェに自分の気持ちに気付いた経緯を話す。それをリチェが嬉しそうに聞いてくれるものだから、最後の方は惚気になってしまった。
「ふふ、幸せそうで良かったですわ」
「リチェもあれからいい人居た?」
「そうですわねぇ…」
リチェのいい人は国にどれだけ有益かでの判断なので、聞いていてムズムズした。そんな堅い話が聞きたいわけじゃないのに!素敵な人がいて〜みたいなキャッキャウフフな話がリチェとしたいのだけどな。
「あ、じゃあロレアスでいいじゃない!」
「確かにリリーファレスは大国ですけれど、少し遠いですわ。近隣国との縁も大切ですのよ?」
「ならハイドランジア?ドラゴニス王子以外に年が近い人いるの?」
「ハイドランジアは無いでしょうね。お父様が前回の件でお怒りでしたもの」
「…すみません」
謝れば私の所為ではないと言われてしまった。なら他にどこが有るのだろうか。相変わらず周辺国しか分からないけど、もう少し離れた場所の国の王子が良いのではないかと話をしているらしい。
「マンジュリカ国のロイス王子ですわね」
「マンジュリカ国ってどんな国なの?」
「そうですわね、山に囲まれた自然溢れる場所ですわ。鉱山や炭鉱も多いですし、薬になる高価な植物も多く自生してますわね。そして何よりロイス王子がとても純粋な方ですの」
「おやおやー?リチェさんそれは恋の話じゃ」
「違いますわ」
リチェ曰く私のような人らしい。それ止めといた方がいいよと言えば感性の話だと言われてしまった。自分で止めた方がいいと言うのも変な話だけどね。ただ少し優し過ぎるので王には向いていないんだって。
「優しい人だから他の人が気付かない所にも気付ける、いい王様になるかもよ?」
「そういう考え方も出来ますのね」
「どんな人が王に向いてるかなんてよく分からないから言えるんだけど、そういう人でも周りに恵まれていたら大丈夫なんじゃない?王になる人が何でも出来る必要なんて無いと思う」
「…紗良様とお話し出来て良かったですわ。私少し視野が狭くなっていたみたいです。それに紗良様の言う通り、自分の為にも色々と考えてみますわ」
まだ決まってない相手を心配しちゃうあたり、そのロイス王子に興味はあると思うんだけどな。
「うん!リチェが幸せだと私も幸せだよ」
「ふふ、ありがとうございます!」
「リチェの選んだ道が幸福に溢れてますように」
「わ、何度見ても綺麗ですわね。この光に包まれてる瞬間が一番幸せですわ」
にっこりと笑うリチェが綺麗で少し見惚れてしまった。金の髪に粒子が溶けてなくなる。あぁその髪は神子の祈りそのものね。手にとって光に当てればキラキラと光輝くのだ。
「綺麗…。私の髪はこんな風に輝かないから羨ましいな。黒は闇に溶けてしまう色だもの。陽に溶けるその色が欲しいわ」
「紗良様はその色が嫌いですの?」
「…あんまり綺麗だと思わないかな」
この世界じゃ貴重な色でもあまり好きではない。だから前の世界では良く染めていた。嫌いなわけじゃないけれど、なんの面白味もない色だと思う。絵の具で色を混ぜれば良くわかる。他の色は綺麗な別の色を生むのに、黒を混ぜてしまうと台無しになってしまう。自然の中で綺麗だと思う景色に黒は殆ど無い。
「私はその美しい黒が好きですわ。何色にも染まらない高貴な色ですのよ。月や星が美しいのは何故か知ってます?」
「分かんないけど、月の光は太陽によるものよ。太陽がなければ輝けない」
この世界ではまだ宇宙の事まで解明されてないんだけどさ。月は自分では輝けないのだから。
「ふふ、博識ですわね。でもそんな事は関係ありませんわ。その光を月は自分の美しさに変えてしまっているもの。そしてその美しさを最大限に引き出してくれるのは夜空に広がる黒ですわ。他の色ではその景色を作り出せないのですよ」
「そうかな…」
「そうですわ!金が一番綺麗に見えるのは黒ですし、逆もまたしかりですわ。お互いがなくてはならない。まるでお兄様と紗良様の様ですわね」
恥ずかし気もなく力説するリチェに力が抜けた。そう言われるとそうかも知れない。私は少しだけこの黒の髪を好きになった。
「リチェもリハルト様も台詞がくさいわね」
「そうかしら?紗良様はお兄様の事を呼び捨てで呼ばないのですか?ロレアス王子や最近はファルドも呼び捨てにされるのに」
「リハルト様はリハルト様だもの」
よく分からないと言った顔のリチェ。リハルトって呼び捨てにする様な感じじゃないのよね。だって王子様だし!ロレアスは王子って感じしないからいいんだけどさ。
「あ、でもリハルト様はどっちの方が良いのかな?」
「そうですわねぇ。聞いてみたらどうかしら?」
「そうする!」
リチェの部屋を出て温室とエドガーさんの元に寄ってから、リハルト様の部屋に向かった。
「ふんふんふふーん」
「おい。何をしている」
「ん?飾り付けてるのよ?」
「何故だ」
「綺麗だから」
エドガーさんに薔薇を沢山貰って来たので、半分をリハルト様の部屋にお裾分けをしたのだ。薔薇の香りが広がって落ち着くなぁ。リハルト様の髪にも挿してあげた。
「うん、可愛い。でもすぐに落ちちゃうね」
「男に可愛いはないだろう。花ならお前に挿した方が一番似合う」
「会った時よりも髪が伸びたね。切らないの?」
「そういえば鬱陶しくなってきたな」
髪が伸びたリハルト様も格好良いけど、やっぱり短い方が好きだな。髪の隙間から前にあげたサファイアのピアスが見えた。ずっとつけてくれてるんだよね。そう言えば来月はリハルト様の誕生日だ。何か欲しい物あるかな?
「婚約発表が最大のプレゼントだな」
「私はまだ認めてないからね!」
「もう決まった事だ。お前も大分髪が伸びたな」
「うん。切ろっかなぁ」
「は?駄目に決まってるだろう。こんなにも美しい髪なのに」
ショートにしたいと言えば即効で却下された。軽くて早く乾くし楽なんだけどな。それと貴族や王族の女性は皆髪を伸ばす習わしなんだって。
「リハルト様も長い方が好きなの?」
「そうだな。短いのもお前なら似合うだろうが、長い方がより似合う」
「そっか。分かった伸ばすね」
リハルト様の膝の上に座らされてイチャイチャしていると、呆れた様にファルドが溜め息を吐いた。そういえば当たり前過ぎて気にならなかった。
「仲が良いのは結構ですが、私のいない場所でお願いします」
「あ、ゴメンねファルド」
「この時間は騎士の鍛錬を見ているのではなかったのですか?」
「だってリハルト様に禁止されたんだもん。俺以外の男の体を見るなって言うのよ?酷くない?」
「酷いかどうかは別として、男性の体を眺めるのは神子として止めて頂きたいですね」
不満なのか?とリハルト様に言われてしまったので、滅相も御座いません!と返した。リハルト様の体はいつ触っても引き締まってるけど、いつ鍛錬しているんだろうか。
「あ、ファルド。今度恭平を騎士の鍛錬に参加させてもいい?」
「恭平様を?何故ですか?」
「あいつの体弛んでるのよね。まぁ護身術ぐらいは身に付けた方がいいと思うの。男だし」
「成る程。考えておきます」
「後、私も護身術習いたい」
何かあった時にババッて敵をやっつけたら格好良くない?戦える女性って憧れるんだよね!と言えば却下された。リハルト様は過保護過ぎるのよね。今度こっそりオルフェスに習おうっと。
「私は賛成ですけどね」
「駄目だ。紗良が怪我でもしたら困る」
「そしたら恭平に治してもらうから」
「………」
あ、黙った。恭平が来てからちょっとした怪我でもすぐ治してくれるから楽だわ。自分でやれよと言われたから、自分じゃ無理と答えたら複雑な顔をしていたのよね。何だったのかな?
「あ。そうだ、マシュマロと遊んで来ようかな」
「あの狐竜獣か」
「うん。すっごく可愛いのに、リハルト様はあんまり生き物好きじゃないもんね」
「好きじゃない訳ではなく、リハルト様は小さい生き物が苦手なだけですよ」
「ファルド!」
リハルト様にも苦手な物があるなんて何か意外だな。ん?小さい生き物って事は子供も苦手なのかな?聞こうと思ったけど、気まずそうな顔をしてたから止めた。
「その、そうなればじきに慣れると思うよ、うん」
「…なんの話だ」
リハルト様の頭をポンポンと撫でて部屋を出た。何時ものお返しだ。恭平の部屋に行くと双子の侍女がいて、マシュマロの世話を焼いていたのが微笑ましかった。
「紗良様」
「レイリン、メイリン。恭平とはどう?上手くやれてる?」
「はい」
「そう、良かった。マシュマロー!会いに来たよ」
「キューン!!」
両手を広げればマシュマロが胸に飛び込んで来た。人懐こくて可愛いのよね!顔にスリスリしていると、双子の視線を感じた。何だろう?
「マシュマロ様は紗良様に凄く懐かれてますね」
「え?元々懐っこい子でしょ?」
「マシュマロ様は恭平様と紗良様以外に触れられるのは嫌がります」
「そうなの?」
「はい」
何でだろうか。兄弟だから匂いが似ているのだろうか?それとも黒髪の一族だからだろうか。狐竜獣も謎の多い生き物だし、考えても分からないわね。
ガチャ
「人の部屋で何してんの?姉ちゃん」
「マシュマロに会いに来たのよ」
「姉ちゃんにも懐いてっからな」
「あ、そうそう。私達来週から暫く仕事で居ないから」
また他国に行かなきゃ行けないんだよね。リハルト様の誕生日までには戻って来る予定だと言えば、俺も行きたいとか言い出した。
「他国だから粗相あったらダメなんだよ?」
「姉ちゃんよりは上手くやれる!」
「恭平様。紗良様の神子様は完璧で御座います」
「は!?マジかよ!」
「当たり前でしょ。そういうの得意なの」
腰に手を当てて偉そうに笑えば、悔しそうな恭平の顔。歴も違うしね。それに聖杯だと他国にはまだ秘密にしておきたいだろうし、連れて行くにしてもダーヴィット様やリハルト様に聞かなきゃ駄目だと思う。
「私の力じゃあんたを連れてけないよ。自分の力でどうにかしてみなさい」
「ぜってぇ一緒に行ってやるからな!」
「はいはい。行けたとしてもカリキュラムは減らないからね」
「べ、別にそんなんじゃねぇよ!」
本当に分かりやすい子なんだから。まぁ馬鹿な子程可愛いって言うしね。でも気持ちは凄く分かるけどね。私も何度逃走したか。恭平には内緒だけど。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆
「聖杯ではなく、紗良様の従者としてなら構いませんよ」
「本当か!?有難うファルド!」
「では来週までに言葉遣いを完璧にして下さい」
「え…」
「何を驚いているのですか?ローズレイアの名に恥じない様な振る舞いをお願いします」
カリキュラムから逃れるどころか、自分から増やしちゃうなんて馬鹿よね。でも私に従者ついた事無いから実感湧かないな。リハルト様が基本側にいるから必要ないしね。
「って言うか聖杯だとバラしても何だそれになるでしょう?このまま従者としての立ち位置のがいいんじゃないの?」
「はぁ?」
「確かに、それもそうですね。しかし人を癒せるその力を使うには、やはり聖杯でなければなりません」
「そっかぁ」
只の従者が傷を治したら変だもんね。あ、それなら神子を恭平にやらせて私従者やりたいな!
「化粧してフード被って喋らなきゃバレないよ」
「お前がいるのに何故そんな事をせねばならんのだ」
「面白そうだから!」
「無理だって!鏡見てみろよ!なりすませねぇよ」
立ったら身長でバレちゃうから座ってる事が限定なんだけどね。仕方ない諦めるか…。いや、念の為持って行こうかな。絶好のチャンスがあるかも知れない。
「あんたもう少し縮みなさいよね」
「無茶言うなって!」
「私にそっくりな子どっかに居ないかなぁ」
「居ないだろうな」
「分かんないよ!初代神子のレジーナさんは私そっくりだったらしいし」
その子孫が他の血と混ざりながら繋がっていたら、同じ顔の子が生まれても可笑しくないと思う。まぁ色んな人の遺伝子が混ざってるから可能性は低いけれど。子孫の時点で神子になっている確率のが高いし、1000年前を最後に現れてないなら絶望的かな。
「はぁ…。あ、恭平の力を守護者に送る事は出来るのかな?」
「知るかよ。やった事ないし」
「ふむ。リハルト様!翡翠の所に行って来てもいい?近いし!」
キヌアス村なら城から半日の距離で頑張ればその日に帰ってこれる。といっても夜の移動は危険だから次の日になるだろうけど。
「何故お前達二人で行く予定なのだ」
「だって試すだけだし、リハルト様忙しいでしょ?大丈夫!こっそりやってくるから」
「わざわざキヌアスに行く必要はない。ローズレイアの守護者がいるだろう」
「翡翠の様子見も兼ねてるのに」
何を言っても却下されたので、紅水晶で試す事にした。私が呼び出そうと思ったけれど、恭平に全てやらしてみようと思い踏み止まった。
「はい、呼び出して。名前を呼びながら祈るのよ」
「えーと…紅水晶よ。この場に現れろ」
しーんと静まりかえる部屋。紅水晶どころか粒子も出なかったので、恭平の頭をはたいた。何手を抜いてんのよ。
「粒子すら出てないじゃない!もっと真剣にやりなさい!!」
「やってんだろ。神子しか無理なんだよ」
「完全に紗良様が上ですね。リハルト様、尻に敷かれるのでは?」
「いや、俺にはあの様な振る舞いはしないから心配ないだろう」
「おいそこの二人。そんな心配より叩かれた俺の頭の心配しろよな!」
しまった!恭平がいるとつい昔の癖が出ちゃうな。リハルト様の前では気を付けなくちゃ!暴力女だと思われたくないしね。
「仕方ないわね。この部屋に来て、紅水晶」
「……すげぇ、キラキラが俺の比じゃない…」
「いつもこんな感じだ」
「…綺麗だな」
粒子が消えれば目の前には紅水晶が現れた。勝手に現れたりは出来るのに、呼び出すのに祈りの力がいるのは矛盾している気がする。まぁ精神世界の世界にいるからだろうけど。
「久しぶり、紅水晶」
『久しぶり神子』
「この子は私の弟なんだけど、聖杯なの。何か知ってる?」
恭平が力を与えられるかどうかの前に、物知りな紅水晶に聞いてみる事にした。有益な情報が聞けるかも知れないしね。
『聖杯は神子と違って度々現れてた。聖女とか呼ばれてたりしてた』
「聖女?傷を治すからかな」
『そう。奇跡の力と呼ばれてた』
「もしかしてディラール教団の聖女は聖杯だったって事ですか?」
『本物は二人だけ。後は偽物』
ディラール教団は500年前に設立された、各国に支部を持っている巨大な宗教団体らしい。と言っても設立当初の初代聖女ともう一人ぐらいしか聖杯はいなかったそうだ。どこの世界にも宗教って存在するのね。
「「祈れば救われる」ねぇ…。くだらない。祈っても誰も何にもしてくれないのに。こういう団体が一番嫌い」
『神子。しわになる』
神子=聖女だから教団が預かるべきといった手紙や使者がディラール教団から来るそうで、ディラール教について詳しく書かれた書物を見ながら吐き捨てる様に呟いた。眉間に皺が寄っていたようで、紅水晶に眉間をぐりぐりされた。そうだった、この子自由な子だったわ。
「神子様という立ち位置も、似たようなものになってしまいますけどね」
「えー!一緒にされたくない!!」
それにしても紅水晶はなんでそんな事まで知っているんだろう。他の守護者より情報量が凄いのよね。
「もしかして、この国の情報なら全て知ってる?」
『そう』
「ほう、この国の守護者の総括みたいなものか」
「へぇ、守護者って色々いるんだな」
まさかな情報が聞けたところで本題に入らなくちゃ。早くしないと紅水晶が寝ちゃうのよね。聖杯が守護者に力を与えられるかを尋ねたら、無理だと言われてしまった。やっぱり?
「なーんだ。使えないわね」
「悪かったな。それぐらい神子が特別なんだろ」
「予想通りだったな」
「そうですね」
紅水晶がうとうとしだしたので、有難うと言って帰ってもらった。あ、聖杯が同時に複数現れる事もあるのか聞き忘れたな。今度機会があったら聞いてみよう。




