65聖杯
ドゴォーー!!
「っ!!?いってええええぇ!!」
「ふん」
「おい!?お前何して…」
突如酒場に現れたフードを被った女に、飛び蹴りを食らわされて吹っ飛んだ。女と一緒に入って来た男も同じように頭からフードを被っており顔が見えない。そしてそんな女の行動に驚いている。なんだ!?行商人じゃねぇのかよ!!!
「ちょ、お客さん!?こいつが何か気に障る様な事でも…?」
「してねーよ!!いきなり攻撃されたんだよ!!」
「えっ!?」
店内の客も何だ何だと酒を片手にこちらの様子を面白そうに見ていた。見世物じゃねえんだよ!!倒れた体を起こしながら、呑んだくれのマスターを見る。こんなんでも元王国の騎士だったんだからな。女なんか一ひねりだぜ!
「すみませんお客様。どうかなされましたか?」
「えぇ、すみません。そちらの愚弟がお世話になっております」
「っ!!これは失礼致しました」
マスターがすぐさまひざまつき、頭を垂れる。それはまるで王に忠誠を捧げる兵士のようだった。ん?待てよ、今「愚弟」って言ったか?ちょっとばかし聞き取りづらかったんだけど確かに言ったよな!?
「まさか、姉ちゃん!!?」
「なんだ、本当だったのか?」
「私も自分の目で見るまで疑ってたわ。久しぶりね、恭平」
パサリと外されたフードからは黒髪がサラリと流れ落ちた。まさしくその姿は姉ちゃんである、三上紗良だった。あれ?なんかすっげえ美人になった気がするんだけど…。整形でもしたか?
「お?なんだ、お前の姉ちゃんえらい別嬪さんじゃねぇか!」
「ぶわっはっは!全然似てねえな!!」
「おいヤーティス!なんでそんな事してんだぁ!?」
「そういや昔、騎士だったな」
一瞬姉ちゃんを見て静まり返っていた店内が再び騒がしくなる。おいおい、あんなに見たがってた神子様だよ!気付かねぇのか?まぁ、あの距離でしか見た事ないなら仕方ねぇか。
「馬鹿野郎!この方が神子様だ!!隣にいらっしゃるのはこの国の王子、リハルト様だぞ!!!」
「へ?王子も来たのか…」
「あぁ。紗良を放って置くと怖いからな」
外されたフードからは、見た事無いぐらいの整った顔が現れた。くそ、神様って本当に不公平だぜ。まさしく王子様に相応しい顔だった。こんなイケメン捕まえた姉ちゃんすげえな。
そしてマスターから二人の正体を聞かされた客は目玉が飛び出るんじゃないかぐらい驚いていた。そして一斉に床に伏せだした。え?そんなに神子って凄い存在なのか?
「皆さん頭を上げてください。今日は神子としてではなく、紗良として来ました。どうかお気になさらず飲んで下さい」
「…そりゃ無理な話だろ。俺達には中々お目にかかれない存在なんだとよ」
「そう?本当は私も町に遊びに来たいのよ?でもリハルト様が駄目だって言うから」
「当然だろう。神子なのだぞ?もう少し危機感を養え」
「あ、あの!良かったらどうぞ!つまらない物ですが」
「ありがとう!」
サリナスが震える手で飲み物と食事を出すと、笑顔で礼を言う姉ちゃんの表情に一気に顔を赤くさせていた。女が見ても緊張する顔なのか?サリナスが運んできたのはこの酒場の看板メニューで俺が考案したフライ系だ。酒のつまみには合うって評判なんだよな。といっても元の世界のメニューなんだけどさ。居酒屋でバイトしてた経験が色々と役に立っている。
「ん、美味しい!」
「ほう、確かに美味だな」
「で?なんの用だよ」
「あんたが本物かどうか見に来たのよ。あ、そうだ!ここの支払い全部持つので皆さんもどうぞ遠慮なく」
その言葉に酔っ払いどもが歓喜して再び騒がしくなった。金持ってるやつは違うな。確かに本物かどうかは直接見るしかないもんな。先日マスターと一緒に狐竜獣と俺の力の件で王に謁見をしに行ったのだけど、その話が姉ちゃんの元に届いたかららしい。手紙届いたか?と聞けば何それと返ってきた。やっぱりな。
「それで?その力は神子の物とは違うの?」
「それが違うみたいなんだよな。色々調べたんだけどさ、印ってのがあるだろ?神子のとも、ほかの黒髪の奴が持つ印とも違うんだよ」
「新しい印か。それを調べるのは城に戻ってからにしよう」
「そうね。ほら行くわよ。準備して来なさい」
「は?」
どういう事かと聞けば、神子の弟で力もあるのなら城で保護してくれるんだとか。え?急に城に住むのかよ!!慌てて二階に駆け上がり、荷物を纏めて(と言ってもあんまりないけど)寝ていた狐竜獣を皮袋に突っ込んで下に降りた。
「ちゃんと挨拶しなさいよ。ここには気軽に来れなくなるんだから」
「え?そうなのか?」
「そうよ」
「分かった。マスター、サリナス!世話になりました!!また遊びに来てもいいか?」
「おう、いつでも来いよ!神子様、そいつの事宜しくお願いします」
「あんたが神子様の弟だったとはね。元気でやりなさい」
客達も笑顔で見送ってくれて少しだけ、うるっと来た。皆良い人ばかりで暖かい場所だったからな。少しだけ寂しい気持ちを隠して、初めて乗る馬車に興奮していた。皮袋から狐竜獣のマシュマロ(通称マロ)を取り出して見せると、姉ちゃんもメロメロになっていた。恐るべき可愛さだからな。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆
「はぁ、緊張疲れした…」
「ダーヴィット様とマーガレット様は優しい人よ。後はリチェもいるんだけど、また明日ね」
「俺酒場のままで良かったかも」
「キュイ」
「何言ってんのよ。リハルト様の部屋に行くわよ」
ダーヴィット様達への謁見を済ませて、リハルト様の部屋へと向かった。先に戻っている筈なので恭平と歩いていると料理長に出会ったので紹介しておいた。そしたらクッキーをくれたのでそれをつまみながら歩く。誰かがいた咎められるけど、幸い恭平しかいないので二人で分け合った。
「ここがリハルト様の部屋で、隣が私の部屋ね」
「ヤバイな!城って初めて入った!!」
城の内装にはしゃぐ恭平。私もここに来たばかりの時、こんなんだったな。懐かしいわ。っとここで時間を潰すわけにはいかないので中へと入る。リハルト様に遅いと言われてしまった。
「あの黒髪の人がリハルト様の従者でファルド様よ。基本的には逆らわない方が身の為ね」
「え、なにそれ怖いじゃん」
「紗良様がもう少し考えて行動してくだされば私も口煩く言わずに済むのですけどね」
「う、すみません」
肩を竦めて謝る私に恭平は怯えて背筋を伸ばしていた。ソファーに座りこの世界に来た経緯を聞くと私と同じ様な感じだった。寝て起きたら知らない世界でしたっていう笑えない話よね。今ではこれて良かったと思うけど。
「印はどこにあるのだ?」
「あ、腕に!」
服を脱ぎ上半身裸になった右腕には大きめの印が刻まれていた。神子とは違うタイプの花のようなマークの中に十字架の様なデザインが施されている。それを見ながらファルド様が以前神子の印と紋章が載っていた書物で調べると、どうやらあったようだ。
「傷を治す事に特化しているようですね。命を与える事も奪う事も出来る唯一の存在で「神」や「死神」と呼ばれるそうですよ」
「極端な呼び名だな」
「死神!?神!?もっとまともな呼び名ないのかよ…」
「って事は私より上かな?生意気だわ…。もういっその事、魔王でいいじゃない」
「もっと嫌だ!!」
投げやりに姉ちゃんがそう答える。そのまま退治されそうで怖いから断固拒否する!!命のやりとりが出来る能力ってぶっ飛びすぎだろう!?なんなんだこの世界は。
「あぁ、ありました。「聖杯」ですね。神子の力がなければ使えないそうです。一人だと傷を治すのが精一杯なのでは?」
「ホッ、良かった。そんな怖い力俺一人で無理だからな」
「そうなんだ。それってどうやるのかな?」
「そこまでは載っていませんでした」
「まぁ滅多に使う事はないだろうな。その力に見合う代償がないとも言い切れまい」
王子の言う通りそんな強大な力を使うには必ず代償を払わなきゃいけなくなりそうだし、使わないに越した事はない。誰か知ってる人でも居たら話が早いんだけどな。と言えば姉ちゃんの傍に突然赤髪の男と青銀髪の男(守護者と呼ばれているらしい)が現れた。え、姉ちゃんの中に住んでるのか?どういう仕組みになってんだよ。
「紅玉なんか知らない?」
『知らんな。前の時代には聖杯なんていなかった』
『そうなの?居ないとかあるんだ』
「必ず現れるって訳じゃなさそうね」
「キューイ!」
「何だよマロ。腹でも減ったのか?」
大人しくしていたマロが騒ぎ出したので、持って来た木の実を与えると大人しくなった。その様子を青銀髪の男が興味深そうに眺めている。蒼玉という名前らしい。王子に顔が似てる気がするのは気の所為なんだろうか?
『狐竜獣なんて僕初めて見たよ』
「ほとんどの方がそうだと思いますが」
「俺も初めて見た。あの森にその様な生き物が住んでいるとはな」
「こいつの母親はもっとデカかったよ」
両手を広げても足りないぐらいと言えば皆驚いていた。俺もおしっこちびるかと思ったもんな。この一年程、姉ちゃんが何をしてきたのかを話してくれた。一番その場に居なくて良かったと思ったのは、死者が動き回る墓地の話だな。そんなん見たら気絶する自信がある。
「なんにしても、姉ちゃんが元気そうで良かった」
「あっちでは私はどうなってるの?」
「普通に行方不明者だよ。荷物も全てそのままで消えたもんだから、神隠しじゃないかって噂されてたな」
「あはは!あながち間違いでもないわね」
「笑い事じゃねぇけどな。母さんだって心配してたぞ」
そう言えば「そっか」で終わらされてしまった。姉ちゃんには元の世界への未練はないらしい。その様子に王子が安心したように息をついたのを俺は見逃さなかった。どうやら王子の方が姉ちゃんにべた惚れみたいだな。
「恭平は帰れる方法が見つかったら帰りなよ」
「当たり前だろ!あっちに彼女いたのによ…」
「紗良はいいのか?」
「うん。私この世界の方が好きだもの。リハルト様もいるしね」
「おい、弟の前でいちゃつくな!俺は彼女に会えなくて傷心なんだけど!?」
姉ちゃんの言葉に王子が嬉しかったのか、抱き締めていた。突っ込みを入れるとファルドさんが「いつもの事です」と教えてくれる。お似合いの二人だからいいけど人前で何やってんだよ…。
「暫く会わない内に姉ちゃん性格まるくなったな」
「あー…そうかもね」
「もっとキツイ性格だったのか?想像出来んな」
「口も悪いしすぐ殴っ……ナンデモアリマセン」
「?」
王子の隣に座る姉ちゃんからすげぇ睨まれたので口を噤んだ。これ以上喋ったら後で殴られる!!王子の中にはそんなイメージがないらしい。酒場での飛び蹴りを思い出して欲しい所だけどな。
「ファルド様。恭平の部屋は何処に用意するの?」
「そうですね、紗良様が最初に居た部屋でどうでしょうか?」
「そうだね。ここからは少し離れてるけど、良いんじゃないかな」
「寝れたら何処でもいいけどな。それにしても何で姉ちゃんがファルドさんに様をつけて呼ぶんだ?神子のが上なんだろ?」
どうやら最初に呼んでいた名残りらしい。「だって様をつけるにあたいするぐらい厳しいもの」と姉ちゃんが後でコッソリ言っていたのは、ファルドさんには内緒だ。
「じゃあ、ファルドって呼ぶわ」
「そうして下さい。恭平様も私の事は呼び捨てでお呼び下さい」
「え、でも年上だし…。俺に「様」とかいらないんで!!」
「聖杯でしたら神子と同じぐらいの存在かと。お気になさらず」
「ファルド様…じゃなくてファルドは言い出したら聞いてくれないよ。諦めたら?」
町民から一気に偉くなったみたいでむず痒いな。姉ちゃん曰く、そのうち慣れるらしい。部屋に案内されて侍女をつけられた。俺よりも若い双子の侍女だった。
「年が近い方が頼みやすいだろう。幼いが仕事は問題なく出来る。侍女頭からお墨付きを頂いてるから安心しろ」
「…年が近い?」
「リハルト様。恭平と私は年子よ?」
「…そうか、お前と同じ感じか」
双子の侍女はどう見ても15.6だった。どうやら俺はそれぐらいに見えるらしい。姉ちゃんもそうらしくて、「最近は年齢下げようかなって思う程よ」って言ってた。確かに毎度訂正するのも面倒だよな。
「初めまして恭平様。今日からお世話させて頂きますメイリンです」
「レイリンです。ご用があれば何なりとお申し付け下さい」
「あ、どうも宜しくお願いします…」
ペコリと頭を下げると止めてくれと言われてしまった。高貴な存在は軽々しく頭を下げてはいけないのだとか。いや、そんな大した人間じゃないし。急に周りが変わると戸惑うもんだな。
「いいなぁ双子。私の侍女として来る?」
「マリーはどうするのだ」
「三人に増やすの!」
「紗良様。お気持ちは大変嬉しいのですが」
「私達は恭平様の侍女ですので」
「…そう。馬鹿な弟だけど二人共宜しくね」
それに頷く双子の頭を撫でる姉ちゃん。しっかりと教育されてる双子に感嘆とした。俺もしっかりしなくちゃな。
「じゃあ、ゆっくり休んで。これからの事はまた明日ね。リチェも紹介するわ」
「分かった」
そう言って姉ちゃんは王子と部屋を出て行った。テキパキと動く双子にどうしたもんかとソファーに座ると、声をかけられた。
「恭平様。お茶は如何でしょうか?」
「何がお好きでしょうか?」
「へ?あー、何でもいいよ」
「畏まりました」
「ではローロシーのお茶をどうぞ」
机に置かれた茶を飲めば、高級な味がした。あんまり紅茶飲む習慣がないからな。コーヒーとか用意出来るのかな?そっちのが好きなんだけど。
「お気に召しませんでしたか?」
「あ、いや、美味しいよ」
「それは良かったです。何かあれば遠慮なくお申し付け下さい」
「…じゃあコーヒーとかないか?」
「コーヒー?それはどの様な物でしょうか?」
やっぱりないみたいだ。酒場に居た時も似た様な物はあったけど、味が薄くて飲めたもんじゃなかった。その似た物もいい物は高級品で民には手が出せないのだとか。名前なんだったかな?
「えーと…そうだ、珈琲だ!」
「珈琲ですね。少々お待ち下さい」
「紗良様は飲まれないので、恭平様も飲まれないかと思っておりました」
「姉ちゃんコーヒー嫌いだからな」
暫く待てば珈琲が出てきた。これこれ、この味だよ!さすが王がいる城だ。いつかマスター達にも飲ませてやりたいな。遊びに行けるときがあったらお土産に持たせてもらおうっと。
「マシュマロ様にはこちらを」
「キュー!」
「やったなマロ」
マシュマロの話も既に伝わっている様で、高級そうな果実を大はしゃぎで食べていた。寝床もゴージャスな造りになっている。お城ってすげえ!メイリンとレイリンが数冊の本を用意してくれたけど、俺読めないんだよな…。
「紗良様は本がお好きなのですが、恭平様はどんな物をお読みになられますか?」
「あ、いや…。この世界の文字読めないんだよな」
「あら大変です」
「まあ大変です」
「「講師をつけて貰わなくちゃ」」
え、勉強するって事か?覚えられる気がしないんだけど。姉ちゃんは問題なく読み書きが出来るらしい。必死で覚えたんかな?他にも絵画やマナー、ダンスなどのカリキュラムを終えているのだとか。どんどん洗練されてくな…。確かに仕草は上品になっていたけれど、根本は変わらないらしい。
「頭痛くなってきた…」
「キュ?」
ここに来たら来たで物凄く大変なんじゃないかと思えてきた。数日後に現れた仕立て屋は姉ちゃんの服を全て作っているらしい、綺麗なオカマだった。姉ちゃん曰く凄いカリスマ的な人なんだってさ。店名を名乗れる店を構えているらしく、それには尊敬した。酒屋の時もただの酒屋で店名とかは持たせてもらえないと聞いていたからだ。
「神子の衣装を作るだけあるのか…」
「そうよ。聖杯の衣装も特別に作ってあげるから感謝なさい」
「よかったね恭平。ルーナスさんの作る衣装はセンスいいんだから」
「そうなんだ。お願いします」
2週間後に届いた聖杯の衣装は黒を基調としており、ローズレイアの紋章と聖杯の印が金の糸で刺繍されていた。エクソシストが着ていそうなデザインで恰好良かった。でもこれコスプレの様だな。
「それもそのうち慣れるわよ」
あっちじゃ着る機会のないドレスを毎日来ている姉ちゃんがそう言うのなら、そうなんだろうな。今度服貸してねと言われたから丁重にお断りしといた。だってファルドの方が姉ちゃんより怖いんだよ!!!
弟再び。この兄弟の上下関係キッチリしてます。姉ちゃん最強です。




