64近づく距離
キィ
「み、神子様!?いけません、こんな場所に来られては!」
「王の許可は貰ったわ。これ書状ね。ドラゴニス王子を釈放してあげて?」
「か、畏まりました!」
地下牢に行き見張りに書状を渡してドラゴニス王子を牢から出してもらった。困惑しているドラゴニス王子を有無を言わさず薔薇の咲き誇る庭園へと連れ出した。
「何故私を助けてくれたのですか?」
「私昨日の事あんまり覚えてないのよね」
「え?」
「それに私を好きになってしまったから、貴方は可笑しくなってしまったんでしょ?なら私の責任だよ」
「いえ、悪いのは私です。貴女が欲しいと思う気持ちのあまり…」
今までのドラゴニス王子とはまるで様子が違うその姿になんだかイラッとしてしまった。男ならしゃんとせんか!!咲き誇る薔薇をぐしゃりともぎ取って野球選手の様に大きく振りかぶり、思いっきり薔薇の花をドラゴニス王子の顔にぶちまけた。そんな私の行動に、あっけにとられているドラゴニス王子の顔が面白くて笑ってしまった。
「あはは!変な顔してる!」
「み、神子様!?急になにを…」
「私が許すって言ったら許すの!ねぇ、綺麗でしょ?その薔薇。庭師が丹精込めて育てたその花には愛が込められてるの。花一つにだって愛を注いでくれる人がいるのよ」
「愛…」
そう呟き、投げられた薔薇を手に取ってそれを眺めている。うっすらと思い出して分かったの。この人の求めてる愛は私じゃない埋められない。私に向けて言っていた言葉は自分に向けての言葉だったんじゃないかな。
「目には見えないから不安になるし、疑う事もある。もしかしたらドラゴニス王子が気付いてないだけで愛を注いでくれていたかも知れないよ?」
「………」
「もしそうじゃなくても不安に思う必要はないよ。少なくとも私は昨日の様に暴走しちゃうような駄目な部分も全て引っくるめてドラゴニス王子の事が人として好きだよ」
「…神子様には敵いませんね。全て見透かされているようです。私は誰かにそう言ってくれるのを待って居たのかも知れません」
「ふふ、実はこれ受け売りなの」
「そうなのですか?」
近所に住んでた三個上のお姉さんにね。お姉さんが好きだと言ってくれるだけで、一人じゃないんだと思えた。ありふれた言葉だけど、幼かった私の心に沁みたんだよね。
「うん。ありのままの自分を誰か一人でも受け入れてくれたら怖いものなんて無い。そう思ったら心が軽くなったの」
「確かにそうですね。もっと自分と向き合ってみます。今のままでは神子様の隣に立つ資格がありませんから」
「資格なんていらないよ」
「いいえ、もっと成長していつか私を振った事を後悔させてみせますから」
え!?諦めてなかったの!!?と驚く私の顔を見て、可笑しそうに笑ったドラゴニス王子の素の笑顔に私も嬉しくなった。
「その時は乗り換えて頂いても結構ですからね」
「乗り換えません!」
「どうですかね、人の気持ちは変わりますから」
いつものドラゴニス王子が戻ってきたようだ。余裕のある笑みを浮かべて不敵に微笑んでいる。さっきまで地下牢に入れられてた人には見えないわね。
「もう!…でもそっちのがドラゴニス王子らしいわ」
「有難う御座います。神子様も今の方が何倍も素敵ですよ」
「ありがと!嬉しいわ!」
そドラゴニス王子の両手を包み祈りを捧げた。どうか幸せになれますようにと願いを込めて。ドラゴニス王子は謝罪と感謝の言葉を述べて、馬車に乗り込み国へと帰って行った。薔薇は祈りの力で何とかなったのでそのままリハルト様の待つ方へと足を進めた。
「リハルト様!」
「全くお前は。俺の言う事なんて全然聞きやしないのだから。…なぁ…本当に俺の事好きなのか?」
「え?どうして?好きだよ」
「あんな目にあったのにお前はドラゴニスの事しか頭にないではないか」
険しい顔でそう言われてしまった。言われてみればそうだったかも知れない。でもあのまま放っておく事なんて出来なかったからな…。
「あ、もしかして妬いてる?」
「違う」
「え、違うの?じゃあ何?」
「…自分で考えろ」
そう言い捨ててリハルト様は行ってしまった。ん?怒らせちゃった感じ?えっ、どうするのが正解だったの!?助けちゃ駄目だったのかな?でもリハルト様はそんな心の狭い人ではないし…。
バアーーーン
「っファルド様!!」
「紗良様。ドアは静かに開けて下さい」
珍しくファルド様がリハルト様の部屋ではなく、自分の部屋で仕事しているとマリーに聞いたので、押し掛けたのだった。
「リハルト様を怒らせちゃったみたいなの…」
「だからと言って何故私の元に?」
「だってリハルト様の事ならファルド様が一番知ってるじゃない」
迷惑そうな顔されたけど、話は聞いてくれるらしい。と言ってもファルド様には既に理由が分かっている様だった。
「他の男をずっと気にされていたら誰だって嫌でしょう。御自分に置き換えてお考えになれば分かるのでは?」
「それは分かるけど、でも放っておけなかったし…」
「不安になるのでしょう。紗良様はあまり愛情表現をされませんから」
「だって恥ずかしいもん…」
私がしないんじゃなくて、こっちの人の愛情表現が豊か過ぎるのよ。でも一昨日に好きだと伝えたばかりなのにな。それもドラゴニス王子の所為だけど。
「何で不安に思うのかな?リハルト様の事、ちゃんと好きなのに」
「それはリハルト様に直接聞いたらどうですか?」
「出来ないよ。だって私の事を置いてっちゃうぐらい怒ってるのよ?」
「そんなのキスの一つでもすれば問題ないでしょう」
そういうもん?と聞けばファルド様は頷いた。「男なんて単純ですよ」と言ったのを信じる事にした。日にちおいちゃうとドンドン気不味くなっちゃうからね!思い立ったら即行動!!
「そっか、ありがとファルド様!」
「いえ。紗良様がいると仕事になりませんので」
「…すみません」
ファルド様の部屋を飛び出して、リハルト様の部屋にノックもせずに入った。ノックして入るなとか言われたら立ち直れる自信ないもの!
「…あれ?いない」
部屋にいると思ったんだけどな。使用人達に聞きながらリハルト様を探すも見付けられない。こういう時にリハルト様が何処に行くか分からない私は彼女失格かも知れない。
「うぅ…どこにいるのよー…」
最初の元気もなくなり、半泣きになりながら温室に向かった。気分を変えて金の薔薇の製作をしようと思って。鍵を差し込み捻るも音がしなかった。あれ?開いてる…?そっと開いて中を見るとリハルト様の背中が見えた。
ギュッ
「………」
「………」
思い切って抱き着くも、リハルト様は無反応だった。何も言わないし、何も言えないしで気不味い沈黙が流れる。
「…御免なさいリハルト様」
「………」
「その、怒ってるよね?私がドラゴニス王子を優先したから…」
「あいつの名など聞きたくもない。離せ」
「嫌っ」
リハルト様が口を開いたと思えば、冷たい声に体が震えた。抱き着く腕に更に力を込める。リハルト様が冷たいのなんて初めてだわ。優しいリハルト様に甘え過ぎていたのかも。
「やっと見つけたのに…離したらまた居なくなっちゃうもの」
「………部屋に戻るだけだ」
「なら私も一緒に行く」
グイッ
「昨日の今日だ。まだ万全ではないだろう。お前は部屋で休め」
私の頭を撫でて温室を出て行ったリハルト様。力ずくで引き離された腕が痛い。ううん、痛いのは私の心だわ。声にならない声が出る。我慢出来ずにその場に泣き崩れた。あの空気でキスする勇気はなかった。
『紗良、部屋に戻ろう』
蒼玉が泣いている私を抱き抱えて部屋に連れて行ってくれた。姿を見られるとか、気にしてられない程に私は動揺していた。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆
『可哀想に。紗良凄く泣いてたよ』
「………っ」
『違うとか言ってたけど、ただの嫉妬でしょ?何をそんなに不安に思う必要がある?紗良はリハルトしか見てないじゃないか』
「…五月蝿い」
僕はリハルトの机に腰掛けながらチクチクと嫌味を言う。紗良が泣いたのは堪えたのか動揺が見られるも、すぐに戻ってしまった。
『素直になりなよ。俺を構って欲しかったんだーって!』
「五月蝿い!そんな情けない真似出来るか!!」
『何がだよ。今のリハルトの方がよっぽど情けないけどね!紗良に愛想尽かされて嫌われても知らないからな!!』
壁をすり抜けて紗良の部屋に戻る。泣き疲れたのかロレアスから貰ったクマのぬいぐるみを抱き締めながらベッドで寝ていた。ロレアスを殴るとか思ってた割には愛用してるじゃないか。
「ん…」
何時の間にか寝てしまってたのか、部屋は薄暗くなっていた。起きたら布団を被っていたのでマリーが一度来て被せてくれたみたい。のそりと起きて電気をつけてシャワーを浴びた。時計を見ると針は七時をさしており、かなり寝てしまった様だ。
「喉乾いた…。水」
ベッドの近くに置いてある水差しをグラスに注いで一気に飲み干した。泣いたまま寝たから水分がカラカラだったみたい。大分暖かくなって来たので前に貰ったシャツを寝巻きに、再びベッドに寝転がってボーっと天蓋を見つめていた。
トントン
「……マリー?」
問いかけるも返事はなく、ガチャリと開いたドアから入って来たのはリハルト様だった。どうしていいか分からず、クマに顔を埋める。目を見る勇気は今の私にはないから。
ギシッ
「っ!?」
「……すまない紗良」
「へ?」
ベッドが軋む音がしたと思えば、リハルト様の声がすぐ側から聞こえる。突然の謝罪に間抜けな声が出てしまった。クマから顔を上げて寝転がったままの状態で、背中側を向けばリハルト様が見えた。だけどすぐさま手で目を覆われてしまった。
「おい、動くな」
「…どうして?」
「お前今シャツ一枚だろう。中が見えそうだ」
「エッチ」
「もっと恥じろ」
だからと言って何故私の目が覆われるのか。見えそうとか言うなら逆じゃないのかな?恥じろとは失礼な話だわ。そっちが勝手に入って来たくせに。
「目を閉じて、誰を一番に想う」
「そんなの決まってる。リハルト様しかいない」
「本当にか?」
「うん。疑うの?私の気持ちを」
リハルト様の手を外して顔を見ると逸らされた。え?どうして?と思って体を起こしてリハルト様の顔を覗き込むも、反対側に逸らされてしまった。イラっとしたので両手で掴んでこちらを向かせてやった。それでも目は合わせてくれないけど。
「なんで逸らすの?」
「きっと情けない顔をしているから、見られたくないのだ」
「リハルト様はどんな顔してても格好良いよ?」
「そういう意味ではない」
今一リハルト様の気持ちが良く分からない。他の人の気持ちは敏感に察知出来るのに、リハルト様になるとてんで分からない。だからリハルト様が私を好きなのだと、言われるまであんまり分からなかった。
チュッ
「っ、紗良…?」
「…ふふ、やっと目が合った」
両手で掴んだままの顔を引き寄せて触れるだけのキスをすれば、リハルト様の青い瞳と視線を交える事が出来た。
「私、リハルト様を知らずに傷付けているかも知れない。でも、触れたいと思うのもキスをしたいと思うのもリハルト様しかいないの」
「お前も、俺と同じ様に思っているのだな。でも俺は視線すらも他人に向けられるのは我慢出来ない。足の先から頭の先まで全て俺の物だ。例え誰であろうと、お前に指一本だって触れて欲しくないのだ」
「……っ」
リハルト様は私の髪に触れて口付けを落とした。やっぱりドラゴニス王子にされた場面を見ていたのだろうか。そしてリハルト様がそんな風に思ってたなんて知らなくて、熱い想いに顔に熱が集まった。顔を赤くする私に気を良くしたのか、今度はリハルト様からキスをされる。触れるだけのキスではなく、舌を絡める激しいキスを。
「ふぁ…」
「…俺はお前の想像以上に嫉妬深いようだ」
「っだからって、こんな…」
「お前の口付けは子供のするものだ。それに、俺以外の男の事を考えた罰だ。お前は俺だけを見てればいい」
「…っ、罰になんないよ…」
だってリハルト様からのキスには変わりないし、罰ではなくて御褒美の間違いなのではないだろうか。そんな私の言葉にリハルト様が抱き締めてくれた。今のリハルト様の格好がシャツだけの簡易な服装なので、リハルト様の鎖骨あたりに顔が当たり唇が触れた。スベスベで気持ち良い。それにいい匂いがする。
「これが婚約発表後なら構わず押し倒すのにな」
「え!?」
「当たり前だろう。何を驚いている」
「……だ、だってそれは心の準備が…」
「何を初心みたいな反応をしているのだ。マリーから聞いたぞ。初めてではないそうだな。なら問題ないだろう」
くっそ、マリーめ!!余計な事を!そりゃ初めてではないけれどそれとこれば別と言うか、その、リハルト様とそういう関係になるのが恥ずかしいというか…。
「でも、リハルト様となんて緊張するもん…」
「っ!そういう事を言うな!」
「だ、だってぇ…!リハルト様は手慣れてるか平気かも知れないけど、私、死んじゃうかも…」
ただでさえイケメンでキスをするのもやっとなのに、それ以上となると心臓が爆発しちゃうよ。そんな顔を想像するだけで、ドキドキから心臓止まりそう。
「馬鹿かお前は。俺だって緊張ぐらいする」
「…え?」
「聞いてみろ」
「う、うん」
リハルト様の心臓に耳を澄ませば、大きめの音で少し早目に鼓動する音が聞こえた。あ、私と一緒だ…。リハルト様も同じように感じてくれているのかな?
「でも私のが凄いよ…」
「どれ?」
ドサッ
「(ひーー!!)」
何故か押し倒されて胸にリハルト様の顔が乗せられる。貴方の所為で耳を当てなくても、全身に響いてますけど!?半泣きになっていると、リハルト様の吹き出す声が聞こえた。
「確かにこんなに凄いんじゃ死にそうだな」
「もう、離れてよ!」
「嫌だ。こんなに可愛らしいお前を前に我慢出来る筈もないだろう」
「な、ななな!?」
そう言って組み敷かれて、唇や頬、額に首筋と順にキスをされていく。そのまま胸にきて器用にボタンが外されていくのをギュッとシャツを握り妨害する。
「だ、ダメ!ま、まだ待って…」
「無理だ。もう止められない」
「っ、ダメ、恥ずかしい…の」
「そんな顔をしても逆に煽るだけだ」
両手を片手で纏められて身動きが取れなくなった。シャツのボタンが全て外されて、胸があらわになろうとした瞬間、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「マリー!たすんん…!」
ガチャ
「紗良様?目が覚めら………失礼しました」
「んんんーーー!!!」
マリーに助けを求めようと声を上げるも塞がれてしまった。状況を瞬時に把握したマリーは静かに扉を閉めた。優秀過ぎるよマリー!!でも今は望んでないんだけど!!?
「諦めて覚悟を決めるんだな」
「そんなぁ…」
ガチャ
「リハルト様、何をされてるんですか」
「ゲッ、ファルド。邪魔するな」
「いけませんよ。約束をお忘れですか?」
マリーが呼んだのか、ファルド様がズカズカと遠慮なしに部屋に入って来た。ファルド様の言葉にリハルト様が舌打ちをして、私から手を離した。すぐさまシャツのボタンを留め直して体を起こした。
「や、約束?」
「はい。婚約発表する迄は手を出さないと陛下と約束しました」
「どうして?」
「仕事になりませんからね」
「?」
よく分からなかったけど、助かったみたい。リハルト様はファルド様に文句を言われながら部屋を出て行った。去り際に「発表後は覚悟しろ」と言われたけどね。
「マリー!婚約発表を無しにしてー!!!」
「む、無理ですよ!」
「そんなぁ…」
「いいではありませんか。愛されてる証拠ですよ」
チョンチョンと首元をさす仕草をマリーがしたので、鏡を見ると赤いキスマークが付いていた。い、いつの間に!?
「も、もう無理!私出家するー!!」
「何を馬鹿な事を。お腹空きましたでしょう?お食事を準備しますね」
「うぅ…」
そう言ってすぐさま料理を持ってきて準備をしてくれた。今日も美味しい料理に感動しながら食べていれば、気分も落ち着いて来た。でもまたすぐに思い出して全身が赤くなる。もう茹でタコの状態だ。
「リハルト様も今日は眠れないでしょうね」
「私のが眠れないよ!!」
その後、眠りについたのは割と早かった。多分心臓が激しく動き過ぎて疲れたんだと思う。キスマークは消えてなかったけれど。
「こんな見える所に…!隠れないよマリー」
「では首にリボンを巻きましょうか」
「うん、そうして」
これが消えるまでは当分部屋に引き籠ろうと決めた。うっかり誰かに見られたら堪らないからね!




