60生誕祭
今日は朝から私の生誕祭で町中がお祭りをしているので、大変賑やかだった。外行きたい!お祭りを私も楽しみたい。でももう勝手に行きませんと誓約書書かされてるし、何よりも今日のメインは私なので抜け出せない。
「紗良様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうマリー」
「沢山のプレゼントが届いてますよ」
案内された部屋には天井まで積み上げられた大量のプレゼントがあった。これは想像以上で吃驚したわ。知り合いからのプレゼントを探すのも一苦労ね。
「うわ、私こんなに貰ったの初めて!」
「ふふ、ロレアス王子からも届いておりますよ」
なんだろうと大きな包みを開けると、巨大なクマのヌイグルミだった。…今日会ったら殴ってやろうと思っていると、マリーがクマの首にかけられた袋に気が付いた。その袋のなかには小包があり、開封すればハート型にカットされたピンク色の宝石のピアスだった。
「何だろうこの石」
「ピンクダイヤでは?」
「それって高いんじゃ…」
「勿論です。神子様の誕生日ですから生半可な物は送られてきませんわ」
そんな高価な物怖くて着けられないよ。無くしたら嫌なので後でしまっておこう。バルドニア王子からも届いており、開けるとこちらは黒の宝石がついた派手なネックレスだった。これも着けないので置いておこう。数が多すぎて全て開けるには時間が足りないけれど、宝石類が多いように感じる。ピアスだったり、ネックレスだったり、指輪だったりと形状は様々だけれど。
「やっぱり宝石が無難なのかな」
「そうですね。プレゼントには宝石を贈る事が多いですね」
「ドラゴニス王子はお花なのね、いい匂い」
「ハイドランジア国にだけ咲くカミーレというお花ですよ」
ドラゴニス王子と同じ滅紫色の花弁がフリルみたいにひらひらとしている、愛らしくも優美な花だった。宝石よりもこういうお花の方が嬉しいな。鉢つきなので暫くは楽しめそうだな。
「カミーレ…」
「花言葉は「私の事を思い出して」ですね」
「そっか、素敵ね。ドラゴニス王子っぽいわ」
「リハルト様の前では褒めてはいけませんよ」
「分かってるって」
「私の事を思い出して」ってロマンチックすぎるでしょ。思わずときめいちゃったじゃない。駄目よ、私にはリハルト様がいるんだもの。控えめだけど存在感のある花言葉は私の中に深く残った。
「あれ?もう一つあるわ」
「お花と同じ色のドレスですね…」
「これを着て欲しいって事?」
「かも知れませんわね」
妖艶な紫の色じゃ私に似合わないと思うんだけどな。どちらかと言えば俺色に染めてやるぜ!的な?…まさかね。それにドラゴニス王子は王位継承権が低いし、私に拘る必要がないもの。国としては神子が欲しいかも知れないけどさ。
「あ、ジョセフィーヌからだ。何かな〜、あ!最新作の化粧品セットだ」
「あら、いいですね。ジョセフィーヌ嬢の作る化粧品は貴族の女性の間で人気らしいですよ」
「そうなんだ!使わなくちゃ」
使用した感想を聞かせてとメッセージに記入されてたのでさっそく今日の夜から使わせて貰おう。その後ルーナスさんとレイニーさんからは鮮やかなブルーのドレスを、レイシアさんとマース君からは色々な薬と本が届いた。
「何の本だろう?」
「表紙には何も書いてありませんね」
「薬草の本かなー」
表紙を開きパラパラと中を軽く見てから無言のまま閉じた。
「「………」」
「まぁ、必要な知識ですけどね」
「本を読まなくても知ってるわ」
「え!?そうなんですか!!」
「私もういい年齢だよ?」
「そうですけど…」
本の内容は夜伽の仕方でした。そりゃ自分の気持ちに気付くのに時間がかかった鈍感だけれど、未経験ではない。そっち系には疎そうに見えるのかも知れないけどさ。マリーの反応を見るからにそうだろうな。
「リチェにあげようかな」
「おやめ下さい」
「じゃ、しまっておいて」
「分かりました」
準備しなきゃいけない時間が迫り、残りは後にして黒のドレスを身に纏った。今日のもルーナスさん作のドレスだ。そこに薔薇を付け加えていくと、久しぶりの薔薇ドレスになった。髪も少し伸びてきたけど、まだ長いとは言えないので付け毛で背中までの長さを出して軽く巻いてもらった。
「今日も素敵ですわね。リハルト様がお待ちですよ」
「はぁい」
リハルト様も正装に身を包み、町に近い塔まで一緒に移動した。中盤まで登ると辺りが見渡せる開けた場所があり、そこに立てば民衆の歓声が聞こえた。リハルト様の腕に手を絡めたままひらひらと手を振る。距離があるので声は届かないけど感謝の気持ちを伝えた。
「うわぁ、凄い人!」
「神子は貴重な存在だからな。他国からの民もかなり来ているそうだ」
「そうなんだ。生誕祭終わったら仕事しなくちゃね」
相変わらず各国から要請が来ていて、こんな事をしてる間にも困ってる人は沢山いるんだよね。でも私の体は一つしかないし、神様でもないから出来る範囲でしか活動出来ないんだ。もどかしいけど仕方ないよね。
「神子が一人では永遠に終わる気がしないな」
「ね、もう一人ぐらい欲しいよね」
「…それは催促か?」
「馬鹿!なんでそうなるのよ」
「二人とも民の前ですよ。真面目にお願いします」
もう、リハルト様の所為でファルド様に怒られちゃったじゃない。気合を入れなおして再び手を振った。そして出血大サービスだけど、私の独断で祈りの力を使った。
「皆さんに、ささやかな幸せが訪れますように!」
「おい、紗良!」
「はぁ、紗良様は何度注意しても懲りませんね」
「いいじゃない!だって私の為に集まってくれたんだから」
粒子が下に集まっている人々に降り注いで、消えていった。私のこの幸せな気持ちを共有したいのよね。あ、これ夜ならもっと幻想的で綺麗だったかも!今度試してみようかな。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆
「よ、誕生日おめでとう!」
「ロレアス王子。プレゼント有難う御座いました」
「何だ着けてないのか?」
「あんな高価な物、怖くて着けれませんわ」
「…紗良が身に付けてる物の方が高価だと思うけど」
「え?」
ロレアスの言葉にリハルト様を見れば、にっこりと微笑まれた。その笑顔に頬が染まる…じゃなくて、いつもそんなに高価な物用意してるの!?
「当然だろう。紗良には最高級の物を用意しているのだから」
「何でもいいのに…」
「リハルトは金持ってるからね。気にする事はないさ。それはそうと、やっとくっついたんだって?」
「あぁ、こないだな」
「良かったねリハルト。応援してた俺は嬉しいよ」
リハルト様の肩に手を置いて喜ぶロレアスの背後から、バルドニア王子がやってきた。誰が聞いてるか分からないので、神子用の口調にしなきゃいけないのが辛い所よね。
「神子様!誕生日おめでとう御座います」
「有難う御座います、バルドニア王子」
「プレゼント気に入って頂けましたか?」
「えぇ。とても華やかで見ているだけ満足してしまいますわ」
「良ければ今度着けてみて下さい」
笑顔で頷けば満足してくれた様だ。バルドニア王子を皮切りに他国の王子や姫、貴族が集まってきてお祝いの言葉をくれたが、その余りの人数にリハルト様とロレアスと逸れてしまった。大半は皆知らない人なので、適当に話を聞き流しながら逃げる算段を立てていると、見知った黒髪を見つけた。
「すみません皆様。少し失礼しますね」
その場から去り、黒髪の人物の元へと向かうと、あちらも気付いて此方に近付いて来てくれた。
「ルーナスさん!」
「人気者ねぇ紗良。今日のドレスもバッチリじゃない。さすが私だわ。あ、そうそう!おめでとう」
「紗良様、お誕生日おめでとう御座います」
「有難う御座います。ルーナスさん、レイニーさん」
「あら?王子は一緒じゃないの?」
逸れたと言えば「そう」と一言だけ興味なさげに返された。あんた達の関係どうなのよ?と聞かれたので、ルーナスさんに耳打ちで教えた。
「やだー!良かったじゃない!!」
「ルーナスさん声が大きいですわ!」
「何よ、さっきから上品振った喋り方しちゃって」
「神子ですからね」
「あぁ、そうね、そうだったわ。全然そんな感じしないから忘れてたわ」
扇子で仰ぎながら笑っているルーナスさん。ロングのノースリーブのチャイナドレス風の衣装に黒のファーストールを首から掛けているその格好が中国マフィアのボスみたいだ。似合ってるんだけどね。
「紗良様。ドレス気に入って頂けましたか?」
「えぇ、青のドレスなんて初めてですわ」
「明日着なさいよ。王子の瞳に合わせてあげたんだから。黒なんて初日に着てれば充分でしょ」
「リハルト様に聞いてみますわ」
「勝手に着ちゃいなさいよ!そうねぇ、潤んだ瞳で小首を傾げて「駄目?」とか言えばイチコロでしょう」
勿論上目遣いでね!とワイン片手にノリノリのルーナスさん。前に黒星病の薬飲まされる前に一度やったけど駄目だったんだけど。
「馬鹿ねぇ、状況が違うじゃないの。それは紗良の病を治す為にでしょう?」
「そうですけど…上手くいくかしら?」
「むしろ上手くいき過ぎる可能性がありますね」
「え?」
「レイニー、余計な事言わないの。ねぇ紗良、あの艶男知り合いかしら?」
ルーナスさんが目でチラリと見たのは、少し離れた場所にいたドラゴニス王子だった。ハイドランジア国の王子だよと教えると、舌舐めずりしたルーナスさんを目撃してしまった。…見なかった事にしよう。
「あんたの事、凄い見てたわよ」
「前にお会いした事あるんです」
「ふぅん。あら?こっちに来るわよ?」
「え?どうしてかしら?」
「好きなんでしょう、あんたの事が」
そんな事言われても困るんだけどな。どうするべきかとモタモタしてると、後ろからドラゴニス王子の声が聞こえた。
「私もお邪魔しても?」
「いいわよ、丁度貴方の話をしてたの」
「私のですか?…そうなのですか?神子様」
「え、あ、はい」
ズイッと私の顔を覗き込む様に顔を近づけてくるドラゴニス王子に半分素が出てしまい、慌てて直した。ヤバイ!クラッと来た!!
「それは嬉しいですね。プレゼント見て頂けましたか?」
「えぇ、素敵なお花とドレスを有難う御座います」
「花が好きだと伺ったもので。知ってますか?あの花の花言葉を」
「えぇ。侍女が花に精通してまして。あの花を見る度にドラゴニス王子を思い出しますわ」
「それは良かったです。あぁそうでした、誕生日おめでとう御座います」
私の右手を取り、チュッと口付けをされる。何回かされると慣れてくるもので平常心でいられた。ルーナスさんとレイニーさんの周りにはいつの間にか人だかりが出来ていた。そう言えば有名な人だったわね。
「有難う御座います」
「いつかあのドレスを着て、私と踊って頂けませんか?」
「その様な場所があれば」
「では私の誕生パーティーに来て下さい」
「え?いつですの?」
「銀月の二十五日なんです。神子様に祝って頂けたら最高の誕生日になります」
私の髪に触れて口付けを落として微笑むドラゴニス王子に赤面してしまった。なんで髪にキスをするのよー!予想外なんですけど!!
「…っ」
「クス、漸く崩れた」
「な、何がですの?」
「神子様の仮面ですよ。頬を赤らめる貴女も可愛いらしい」
「からかわないで下さい…」
「本気ですよ。私は本気で貴女が欲しい。貴女が手に入るなら全て捨てたって構わない」
やだ、そんな目で見ないで…。そんな真っ直ぐな目で見ないで欲しい。心臓がドクドクと大きな音をたてる。やめてよ、私が好きなのはリハルト様だけなの。だから想いをぶつけられても困るの。
「わ、私には、貴方の想いを受け止める事は出来ませんわ…」
「そんな顔して言われても説得力ありませんね。夜お話出来ませんか?ゆっくりと貴女と二人きりで話してみたい」
「っ無理ですわ!」
バッとドラゴニス王子から離れて足早に扉から会場の外に出る。そのすぐ後をリハルト様が出て来て、私の手をとった。見張りの騎士達は無言のまま立っている。
「紗良!?」
「っ、あ、リハルト様…」
「どうした?急に出て。また酔ったのか?」
「…ううん、大丈夫」
グイッ
「………来い」
リハルト様に手を引かれて、適当な部屋に入った。どうやら物置の部屋らしい。色んな物が棚に入っていた。
「どうしたのだ?何故そんな泣きそうな顔をしてる」
「…リハルト様が側に居てくれないから、私…」
「すまない。中々抜け出せなくてな」
ギュッ
「リハルト様っ」
「紗良?」
リハルト様に抱き着いて目を閉じる。そんな私を抱き締め返してくれる。暖かいリハルト様の体温を感じていると額に吐息がかかり、顔を上げれば目が合った。
「俺が恋しくなったのか?」
「…うん、とっても」
「っ」
「顔赤いよ?」
「お前がそんな事を言う日が来るとはな」
なにやら感動してるリハルト様にフッと笑みが漏れた。背伸びをしてキスをすれば、今度はリハルト様から唇を重ねてくる。時間を忘れるぐらい何度も何度もキスをした。
「今日は随分積極的だな」
「…リハルト様が好きだから」
「それは知っている。他に何かあったんだろう?」
「…ドラゴニス王子から告白をされたの」
「な!?…断ったんだろうな?」
当然だよという意味を込めて頷けば、ホッと溜め息をつく音が聞こえた。
「なら何をそんなに塞ぎこんでいるのだ」
「…怖いの。私の中に入り込んできそうで」
「は?それはあいつの事を好きになりそうって事か?俺よりも!?」
「いたっ、痛いよリハルト様…」
「っすまない」
リハルト様に肩を強く掴まれて痛みで身を捩れば手を離してくれた。リハルト様よりも好きになる事なんてない。だけどあの滅紫の瞳が私を惑わせるの。リハルト様のように強く熱い視線に熱に浮かされそうになる。
「リハルト様が好き。大好きなの 」
「紗良…」
「だから私の中をリハルト様で一杯にして?他の誰も入り込めないように」
「っ、それを今此処で言うのか?」
「え?」
もっと抱き締めて欲しくて、もっと私を夢中にさせる言葉が欲しくて言ったんだけどな。どうやらリハルト様には違う風に聞こえたらしい。
「…馬鹿」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは」
「だってそうじゃない」
「好きな女を抱きたいと思うのは正常だが?」
「っ!すぐそういう事言うんだから!」
「はは、やっと何時ものお前に戻ったな」
そう言って微笑んでくれるリハルト様に私も笑顔になる。そうだ、急にあんな目で見られたから動揺しただけで、ドラゴニス王子の事を好きになった訳じゃない。世界中でただ一人、リハルト様だけを愛してる。その気持ちだけで充分だわ。
「迫られるとテンパっちゃう、私の悪い癖だわ」
「そんなお前も可愛いのだがな。ただ、その顔を見るのは俺一人でいいんだ」
「リハルト様も私にだけ色んな顔を見せてね」
「あぁ、お前以外の女には興味ないからな」
部屋を出る前にもう一度だけキスをした。リハルト様をもっともっと好きになるおまじない。腕にギュッと抱き着いて部屋を出た。
「あ、リハルト様。ちょっと待って」
「なんだ?」
「口紅が付いてる…」
「あぁ、お前がキスをせがむから」
「っ、語弊がある言い方しないでよ!」
「その通りだろう?」
口の端を上げて笑うリハルト様を睨んだけど、効果はなかった。全然怖くないのだとか。失礼しちゃうわ。そんなやり取りをしながら会場に戻って、残りのパーティーをリハルト様の側で楽しんだ。ドラゴニス王子を視界に入れない様に、リハルト様だけを見ていた。




