59惚れたら負け
「おい、紗良!大変だぞ!!」
「んー、何?ジラフ」
「朝からお前を城の騎士達が探しているんだよ!」
「えぇ!?そんな事したら民にバレちゃうんじゃ」
「いや、神子がとは言わないが人探しをしてるとは聞いた」
動きが早いわね…。そう言えば私脱走してきたんだったわ。どうしよう、騒ぎを大きくしたくは無いのだけど…。そうだわ、蒼玉に手紙を渡せばいいのよね!ナイスアイデアだわ、思いついたら即実行よ。ジラフから紙を貰い、手紙を書き始めた。
『なになに…、「誕生日までには戻るので探さないで下さい。リハルト様のバーカ!」こんな内容じゃ渡したくないんだけど』
「だってこうなったのはリハルト様の所為だもん。直接じゃなくて、リハルト様の机に置いてくるだけで良いから」
『もう少し内容考えてよ』
「ならいいわよ、もう手紙なんか出さないわ。慌ててればいいんだから!!」
書いた手紙をビリビリに破ってゴミ箱に突っ込んだ。そうよ、リハルト様が悪いんだから、私が気にする事じゃない。私はこのまま身を隠していればいいんだから!そう考えていると何だか下の階の店が騒がしい事に気付いた。物音を立てない様に階段から覗くと、城の騎士達がいた。その中でも一際大きな体の人物、騎士団長オルフェスの姿もあった。
「(げ、なんでオルフェスが!?)」
まぁでもそうよね、前に交流があった場所にいる可能性が高いもんね。ここに身を隠したのは迂闊だったかも知れない。様子を窺っているとジラフとジラフ父が事情聴取のような質問をされている。いつもはユルユルなくせに仕事となると人が変わるんだから…。
「リハルト王子はこの場所に神子がいると考えておられる。すまないが隅々まで調べさせて戴きますのでご了承を」
「それはちょっと…中には取扱い注意の薬もありますし、それに本当に知らないですよ。あの日に会った以来はお会いしてませんので」
「そうだよ、こんなとこに来るはずないだろ!神子様なんだからもっといい所じゃないと耐えられないだろうよ」
「いないと分かれば撤収致しますので。お前ら、なるべく薬には触れるな。神子が隠れそうな場所を探せ」
「「「はっ!!」」」
なんてこった。ここまで迷惑かけちゃうとは…はぁ、短い脱走だったな。仕方ない出て行くしかないか、これ以上迷惑はかけられないし。ドレスに着替えて私は下に降りた。
「もういいわ、私はここです」
「紗良!何で…」
「神子様。やはりここでしたか」
「この人達に迷惑を掛ける事は許しません。下がりなさいオルフェス」
「それは出来ません。我々も命令で動いてますので」
オルフェスの普段とは違う言葉使いにムズムズする。だけど外だし仕方ないよね。こちらがキツめに言うも一歩も引かないオルフェス。
「私は帰るつもりはありません」
「何故です?」
「リハルト様が原因なので」
「それでもお戻りいただきます」
「〜っ、オルフェスの馬鹿!何で分かってくれないのよ!絶対嫌!戻りたくないの!!」
神子らしく振舞ってきたけどもう限界!思いっきりそう叫んだらオルフェスが何とも言えない顔をしながら頬を掻いた。何その表情と思っていると、店のドアが開いてリハルト様が入って来た。
「やはり此処に居たか、紗良」
「っリハルト様…!?」
「お前達ご苦労だった。下がっていいぞ」
「は!帰るぞお前ら」
オルフェス達が帰って行き、流れる沈黙が重い。ジラフとジラフ父もどうしたものかと、様子を伺っていたがジラフ父が気を利かせて二人でどうぞとジラフと一緒に店を出て行った。つまり逃げたんですけどね。
「…すまなかった」
「………」
「本当は凄く嬉しかったのだ。だけど信じられないのと、照れ隠しと言うか、その、どう表現すべきか分からなくてだな…」
「……ダサ」
「ぐ、否定は出来ない」
気まずそうにリハルト様が謝る。素直に信じられない程に私はやらかしていたのだろうか?ならどうすればちゃんと伝わるのかな?ちゃんと伝われば喜んでくれる?
「リハルト様一発いいですか?」
「…致し方ない。気の済むまで殴れ」
そう言って目を閉じたリハルト様に近付いた。悔しいくらいに整っている顔を殴れる筈がないじゃないか。リハルト様が謝ってくれた時点で許してしまってる私はべた惚れなのかも知れない。背伸びをしてリハルト様の頬にキスを一つ落とした。
「っ!許してくれるのか?」
「だってしょうがないじゃない、好きなんだもん…」
「っ紗良!」
「きゃっ!」
リハルト様に思いっきり抱き締められた為、驚いて声が出てしまった。ちょっと苦しいな…。
「夢だったら困るな」
「夢かもよ?」
「嫌な事を言うな。夢でたまるか」
「リハルト様が言ったのに…」
小さく笑ってそう返せばリハルト様も笑った。そのままゆっくりと顔が近付き唇が重なる。今この瞬間がとても幸せで、誰かにお裾分けしたいぐらいだ。
「やっと手に入れた…」
「リハルト様はいつから私の事好きなの?」
「…それを此処で聞くのか?」
「うん」
「割りかし早い段階だな。気付けばもう好きだった。お前の事を知れば知るほど惹かれていくのだ」
こういう話って少し照れくさいね。でも良かった。リハルト様は私の内面もちゃんと見てくれて、好きになってくれたんだね。
「そっかぁ。良かった」
「初めてだ。人をこんなにも愛したのは」
「あ、愛…。直球すぎるよ…」
「本当の事だからな」
「だからって!」
「…成る程。お前がそうやって怒るのは照れ隠しだったのか」
ちょっ!冷静に分析しないで頂きたい。怒ってる訳じゃなくて控えて欲しいなって思ってるというか、照れているだけというか…。そうです、照れ隠しですよ。
「もう知らない!」
「そうか。なら俺は先に戻るからな」
「え?」
アッサリと引き下がったリハルト様はドアに向かって歩いて行く。あぁ、馬鹿な私。押されると逃げたくて、逃げられると追いたくなる。なんて分かりやすいんだろうか。だけど体は勝手に動き出すんだ。
バフッ
「おっと、何だ?危ないだろう」
「私も帰る…」
「くっ、はは、可愛いなお前は」
「馬鹿にして…」
リハルト様にタックルという名の抱き着くと、少し揺らいだものの芯がしっかりしてるのか、倒れる事はなかった。意外に鍛えてるのよね。だからこそのあのバランスのとれた体が出来ているんだけどさ。
「あ、これからはリハルト様の体も触り放題ね!」
「好きに触ればいい。但し襲われても文句言うなよ」
「へ?…見るだけにします」
「何だ残念だな」
ニヤリと笑うリハルト様の背中をバンっと叩いてドアを開けると大勢の人が目の前に居たので、再びドアを閉めた。後ろを振り向けばリハルト様が笑って此方を見ている。
「俺がここに入っていったからな。神子がいると何処かで情報が漏れたのだろう」
「そういう事は先に言ってくれる!?思わず閉めちゃったじゃない!」
「お前飛び出して行ったんだろう」
「だって…。わ、なんか外が騒がしくなった」
「神子なぞ滅多に見れないからな。それに今はお前の生誕祭に向けて準備をしているから余計にだろうな」
どうやってここから出るの?と聞けば外に出て馬車に乗り込むしかないと言われてしまった。にこやかに手でも振ればいいのかな?何か言うべき?と考え込んでいると、頭に何か被せられた。
「ローブだ」
「それを被れ」
「え、でもさっき見られちゃったよ?」
「一瞬だろう」
「でもさっき被ってなかったのに、今被ったら可笑しくない?」
「まぁそうなんだが問題ない。気にする奴はいないだろう」
そういうもんなのかなと思って大人しく被る事にした。リハルト様にエスコートされて店から出ると大歓声が響いた。凄い熱気だわ。神子だけじゃなくて、リハルト様に向けられた歓声でもある。
「神子様ー!」
「リハルト王子ー!!」
「神子様ご加護を!」
「生誕祭楽しみにしております!」
「きゃーリハルト王子!!カッコイイ!」
馬車までの道は騎士達により確保されてるので民衆に呑まれる事はないのだけど、物凄い押し寄せて来た。小さな子供が巻き込まれそうになるのを見つけて思わず力を使ってしまった。声がここにいる人達全員に届くようにと。
「皆様、どうか落ち着いて下さい。お気持ちはとても嬉しいのですが、それでは皆様が怪我をしてしまいますわ。それは本意ではありませんの」
「神子様…」
「俺らの事を考えて下さるんだ」
「素晴らしいお方だ!」
「生誕祭とても楽しみにしておりますわ。皆様に神のご加護がありますように」
微笑みながら手を振って馬車に乗り込んだ。最後は台詞だけで力は使ってない。容易く使うなと口を酸っぱくして言われているからだ。それに安易に民に使ってしまうと不平不満が出て来やすくなるのだそう。
「ふはー、危ない危ない」
「見事な神子だったな」
「だって騒ぎが起きたのは私の所為だしね」
「お前が抜け出すからな」
「あら、リハルト様がいけないんだから」
そう言い合いをしながら城に戻り、ファルド様にこってりと絞られたのでした。もう二度としませんと紙に書かされた。どんだけ徹底するんですか!?それに同い年ですよね!?まるで親のようだわ。
「あぁ、そうでした。謁見の間に行ってくださいね。陛下がお待ちです」
「え、一人で!?」
「いえ、リハルト様が先に行っております」
「分かったわ」
謁見の間に入ると玉座にはダーヴィット様とマーガレット様が座っており、リハルト様がその前に立って話をしていたが、私に気付いて止めた。リハルト様の隣に立ち頭を下げた。
「すみませんお騒がせしてしまって…」
「よいよい。単なる痴話喧嘩だろう。私達もよくやったもんだな」
「うふふ、そうねぇ。あの頃は若かったわね」
「そうだ紗良さん、婚儀はいつがいいかね?」
「…はい?」
「婚約発表はリハルトの生誕祭の時にしようと思っているのだがね」
なんだか話が勝手に先に進んでるようだけど、私まだそこまで考えてなかったんだけどな。何年か付き合って、お互いを知ってから結婚じゃないの!?付き合う=結婚なの!?気が早すぎるよ!
「り、リハルト様」
「なんだ?」
「私結婚までは考えてなかったんだけど…」
「は?」
「だって結婚はお互いを良く知ってからするもんだし、何よりあんまり良いイメージが持てなくて…」
「お互いの事は充分に知っているではないか。足りない部分はゆっくりと知っていけばいい。安心しろ、不安になる間も与えないぐらい愛してやる」
それを聞いた私は沸騰寸前です。これじゃまるでプロポーズみたいじゃない!狡いよ、そんな事言われたら逃げられないじゃんか。そりゃいつかはって思うけどいざそうなると話は別だよ。
「でも…」
「分かった婚約はする。だが婚儀はお前がしたいと思うまでしない。それでいいだろう?」
「え、婚約もするの?」
「当然だ。お前は俺の物だからな。他の誰かに渡すつもりはない」
「っ!」
もう本当になんでこんな格好よく生まれて来ちゃったんだろう。でも婚約したら、リハルト様の所にも女の人寄ってこなくなるのかな?それなら悪くはないかも知れないけどさ。
「そうだな、婚儀は焦る必要はないか。ゆっくりとお互いを知りなさい。そしていつかこの国を支えていっておくれ」
「そうね。ここまでも時間掛かったもの、少しぐらい待つわ。でも早く孫の顔が見たいからあんまり長くは待てないわよ」
「ま、孫…!?」
マーガレット様がウインクをして微笑んでいる。孫って気が早すぎませんか!?それにどっちが生まれるか分からないのに。私の使命は黒髪の子を産む事だけど、この城の事を考えたら金髪の子を産まなくちゃならない。両方産むのが一番だけど、そんなに上手くいかないと思うのよね。授かりものだし。
「ごほん、父上、母上。そういう事で失礼致します」
「あぁ、こちらで進めておこう」
「うふふ、またお茶でもしましょう紗良さん」
「はい!失礼します」
ペコリと頭を下げて部屋を出る。怒られるかと思ってたけど、そうじゃなくて良かった。そのまま部屋に戻るとリハルト様も着いてきた。何でだろう?
「紗良様!心配したんですからね!!」
「ごめんねマリー」
「それに知りませんでしたわ!二人が恋仲だったなんて」
「うんそれ話早すぎでしょ。正確には今日からだからね」
「まぁそうでしたか!お茶を用意しますね」
鼻歌を歌いながらお茶を用意するマリーを尻目に、ソファーに腰を掛ける。そしていつも通りリハルト様も隣に座った。やっぱりマリーの淹れるお茶が一番落ち着くわね。
「ねぇリハルト様」
「何だ」
「子供は何人産めばいいのかな」
「ブッ!!」
「ちょ、マリー!拭くもの頂戴!」
お茶を盛大に吹きだしたリハルト様はハンカチで口元を拭きながらむせていた。机に飛んだ分はマリーが拭いてくれている。何をそんなに動揺しているんだろうか。
「結婚までは考えておらんと言っていたではないか」
「そうなんだけど、いつかはそうなるんでしょう?」
「その覚悟があるならばすぐでも良くないか?」
「それとこれとは話が別だよ」
「そんなものか?」
「そんなものです」
よく分からんと首を傾げているリハルト様。気持ちの準備が必要なんです。付き合っても別れるのは簡単だけど、結婚したらそうもいかなくなるしね。あ、でも婚姻届とかなさそうだからいいのかな?…ってそうじゃなくて。別れることを想定して付き合っている訳じゃなくて、関係が壊れてしまった時にリハルト様と会えなくなるのが嫌なのよね。あれ?結局は傍に居たいってこと?んー、よく分からなくなってきた。
「何人とはなんだ。何人欲しいか聞いているのか?」
「ううん、黒髪の子と金髪の子が揃うのに何人になるのかなって」
「そんなの俺達には分からないだろう」
「まぁそうなんだけどね」
「どちらでもいいではありませんか。お世話係は私に任せて下さいね!」
「駄目よ。マリーは私の侍女なんだから」
マリー以外の侍女なんか嫌だよと言えばマリーは感動していた。でも年齢の事もあるしそんなに沢山は産めないかも。それに出産って死ぬほど痛いって言うし、耐えられないかも。私痛みに弱いのよね。
「お前が望むなら今からでもいいぞ?」
「…やだ、産む自信ないし。それに子供は結婚してからなの!」
「お前が言い出したのではないか」
「いずれの話です!それよりもお仕事戻ったら?ファルド様が待ってるでしょう?」
「…お前には少しでも一緒に居たいという感情はないのか?」
「あるけど、隣の部屋だしいつでも会えるでしょ」
離れた場所で暮らしているわけじゃあるまいし、会いたくなればすぐ会えるんだしさ。そんな事より仕事が滞る方が問題だよ。私も連帯責任で怒られるの嫌だからね!?
「恋人になられても変わらないようですね」
「全くだ。やはり早めに婚儀を済ますべきか」
「それでも変わらなさそうと思うのは私だけでしょうか?」
「…はぁ。紗良キスをしてくれ」
「え、人がいる時はやだ」
「なら戻らない」
ムスッとして腕を組んでいるリハルト様。なによ自分だって子供みたいじゃない。でもそこも嫌いじゃないんだけどさ。このまま居座られても困るので、マリーに見ない様に告げて軽くキスをした。
「はい。仕事頑張ってね」
「もう一度だ」
「っ、調子に乗るな!」
こっちからキスするのって凄く緊張するんだからね!?フンと傍を離れれば後ろから抱き着いてくるリハルト様。もしかしてベタベタしたい人なの?私人前じゃそういうの出来ない人なんだけどな。
「仕方ないだろう好きなのだから」
「だからって…」
「分かっている。もう戻る」
「リハルト様がサボると私までファルド様に怒られるんだから」
「あぁ」
私から離れて部屋を出ていったリハルト様。それをマリーが可哀想だと言う。何が可哀想なのだろうか?要望通りキスだってしたのに。
「紗良様とせっかく恋人になったのですから、いちゃいちゃしたいんですよ」
「私、そういうタイプじゃないのよね」
「その割には顔を赤くされてるじゃないですか」
「だって恥ずかしいじゃない!人前で…」
「はいはい、分かりました。今度は二人きりにしますね」
そうです、照れ隠しです。マリーには分かっているのかクスクスと笑っている。そして私達がくっ付いたのをどれだけ心待ちにしていたかを熱弁してくれた。成る程ね、リチェといつも話してたのは私達の話だったのか。普通に私の前で話をするから全然気づかなかった。リチェにも今度報告をしに行かなくちゃね。
やっと恋人になりました。婚儀はいつになる事やら…。




