58貴方を想う
レイシアさんが薬を作り始めて約一ヶ月。暦は銀月を迎えました。もうすぐ私の誕生日が迫ってます。そんな中、レイシアさんから薬が完成したとの報告があったのでリハルト様と共にレイシアさんがいる部屋に集まった。
「喜べ!薬が完成したぞ」
「さすが天才薬師と名高いだけあるな」
「{ありがとうレイシアさん!}」
「だがまだだ。完成しただけで治った訳ではないからな。マース!薬をここに」
「はい!こちらが黒星病の薬です」
ドンと机に置かれたのは小瓶に入った黒い液体だった。これ、飲めるやつですか?てかこれって薬だよね?飲まなきゃいけないんだよね?あ、何だかお腹痛くなってきた。帰っていいかな?いいよね?
ガシッ
「何処へ行くつもりだ?」
ソファから立ち上がろうとすると、リハルト様に捕まれて逃げれなかった。苦悶の表情で渋々座り直して、目の前に置かれた薬を見つめて溜め息を吐いた。
カリカリ
「{飲まなきゃ駄目?}」
「そんな顔をしても駄目だ、飲め」
「なんだ、あんた薬嫌いなのか?子供みたいだな。仕方ない味を変えてやる」
上目遣いで目をウルウルさせてリハルト様を見るも駄目だった。ち、なにやらせんだよ!と内心悪態を付いていると、レイシアさんが薬に手をかざし、微かな粒子が流れ込んだのが見えた。
「ブルズ味にしといてやったから、さっさと飲みな。結果が知りたい」
「どうぞ神子様」
カリカリ
「{…ありがとう}」
ブルズとは葡萄の様な果物だ。葡萄味のジュースと思えばいける気がする。マース君から薬を受け取って一気に喉に流し込んだ。…あれ?見た目に反して美味しい!ちゃんとブルズ味になってて感動した。
「どうだ?喋ってみろ」
嬉々としているレイシアさんは、結果が出るのが楽しみでしょうがないらしい。机に乗り出してこちらを見ている。今日のモノクルもピカピカですね。
「紗良、大丈夫か?」
「…っ、あ、声が出る…」
「あぁ、久しぶりに聞いたな。お前の声を」
「リハルト様…」
「成功だ!私の腕に間違いはなかったな!マース見たか!?これが天才薬師の実力さ!!」
「流石師匠です!あの黒星病の特効薬を作ってしまうとは!これでまた師匠の名が世界に発信されますね!!」
レイシアさんとマース君は喜びあって騒いでいたが、何かを思い出したのか私のうなじを確認した。そして再びマース君と喜びあっていた。うなじに何かあるんだろうか?
「完璧だ!マークも消えている」
「マーク?」
「首の後ろに黒い星マークが出るのが特徴でな。それが消えているから、ちゃんと治ったという事だ」
「そうなんだ!」
だから最初診て貰った時と今、うなじを確認したんだね。自分じゃ見れないし髪を上げないから気付かなかった。リハルト様も良かったと喜んでくれていた。一番心配してくれてたもんね。
「ありがとうレイシアさん、マース君」
「あぁ。あんた綺麗な声だな。嫌いじゃないよ、大事にしな」
「うん!本当にありがとう」
「良かったです神子様。お役に立てて光栄です」
落ち着きを取り戻したレイシアさんにお礼を伝えると、穏やかな表情でそう言ってくれた。この人変わり者だけど、本当に優しい人だ。会えてよかったな。マース君も良い子で優秀だから将来とてもいい薬師になるよ!
「じゃあ報酬は後日宜しく頼むよ」
「あぁ。本当に感謝する」
「いや珍しい物を見せて貰ったし、新薬もできたからな。こちらこそ感謝だ」
黒髪の者が優秀だと言われる所以が分かった気がする。そして皆自分の仕事が大好きで情熱を持っているんだね。なんて素敵なんだろうか。顔に印があるレイシアさんも神人族なんじゃないのかな?なんて、どっちでもいいよね。
「じゃあね、紗良。あんたの薬ならまた作ってやるよ。近くに来ることがあったら寄りな」
「私の名前初めて呼んでくれた!」
「師匠に気に入られましたね」
「え?そうなの?」
「面白い薬出来たら送ってやるよ。これ住所」
「わ、ありがとうレイシアさん!」
レイシアさん達の住所を入手してしまった。笑顔で受け取ると優しく微笑んで頭を撫でてくれた。何故皆、私の頭を撫でるんだろうか?撫でやすいのかな?
「私の娘も生きてたらあんたぐらいだったな」
「娘さん?レイシアさん結婚してたの?」
「あぁ。ま、流行り病で娘も旦那も亡くしたけどね。そのお陰で勉強して今は天才薬師と言われてるよ」
「…そうだったの。ごめんなさい思い出させてしまって」
「いや、昔の話だ。あんた見てたら思い出しただけさ。治してやったんだからちゃんと幸せになりな」
ポンポンと肩を叩いてそう言ってくれたレイシアに抱き付いた。そしてレイシアさんが幸せになれるように祈り、粒子が吸い込まれていったのを確認してから離れた。
「レイシアさんにも幸せが訪れますように!」
「神子の祈りか、綺麗だな。では帰るぞマース」
「はい!では失礼します」
二人は馬車に乗って帰っていってしまった。一ヶ月程いたから、何だか少しだけ寂しかった。だけど二人を待ってる患者さんも沢山いるからね。応援してますレイシアさん!!
「お前は誰とでも仲良くなってしまうな」
「皆いい人ばかりだから、仲良くしてくれるんだよね。私の力じゃないよ」
「そうか?そのままのお前を見せるから、皆打ち解けてしまうんだろう」
「そうかな?私は私だから。偽りじゃなくて本当の私を知って欲しいんだよね」
何だかくさい台詞になってしまったな。でも偽りの私を好きになってくれても嬉しくないもの。だから本当は誰に対してもありのままでいたい。例えそれが神子にそぐわないと言われたとしても。
「そうだな。いいと思うぞ」
「リハルト様もずっと素のままでいればいいのに」
「何故そう思う?」
「王子のリハルト様は皆に愛想がいいから」
「それのどこがいけないのだ?」
「分かんない?」
何が駄目なのか分からないリハルト様は、首を捻っている。そりゃキラキラした笑顔の王子は素敵だけどさ、皆にその笑顔を向けるんだよ?私だけに向けて欲しいのに。
「分からんな」
「なら仕方ないね。部屋に戻ろ」
「教えてくれないのか?」
「うん、自分で考えて」
腕を組んで考え始めたリハルト様。何もこんな場所で考えなくてもいいのに。本当はこの流れで自分の気持ちを言ってしまいたかったけど、いざとなると勇気が出なかった。グイグイとリハルト様を押しながら部屋に向かって歩いていると、リハルト様が何かを思い付いたらしく、足を止めた。
「分かった」
「なにが?」
「さっきの答えだ」
「え?まだ考えてたの?」
「当然だ」
分かってもらったら困るんだけどな。多分違うと思うけれど、聞いてみる事にした。リハルト様がニヤリと笑ったのを見て、冷や汗が出た。
「お前に置き換えたら簡単な話だったな」
「な、なによ?」
グイッ
「俺だけを見て欲しい」
「な、ななな…」
腰を引き寄せられて、顎に手を掛けられたまま上を向かされた。近くで見つめる瞳には、微かに熱を帯びている様に見える。そ、そんな近距離じゃ心臓に悪いよ!!
「何か俺に言いたい事があるのではないか?」
「っ!ないよ、そんなの」
「本当か?」
「う、うん」
「なら前にキスした意図を聞こうか」
「この状態で!?」
無理だよ!声が出たら言おうと思ってたけど、やっぱり無理!!恥ずかしいもん…。それに一ヶ月も前の話を今掘り起こすなんて。
「お前の所為で何日悩んだ事か…」
「…でもリハルト様だって勝手に私にキスするじゃんか」
「それはお前が好きだからだ」
「ゔ…好きだからって駄目だよ…」
「だから今も我慢しているだろうが」
うぅ…目が合わせらんない。顔は固定されて逃げられないので目線だけ逃げる。この状態はちょっと…物凄く困るというかなんというか。
「助けてファルド様!」
「…はぁ、リハルト様。此処ではなく部屋に戻られてからお願いします」
「別にいいだろう、他に誰も居ないのだから。それよりもお前は先に戻っていいぞ」
「ならお言葉に甘えて失礼します」
「え!?ちょっとファルド様!!」
スタスタと行ってしまったファルド様。くそぅ、薄情者!!神子が助けを求めてるんだから、もう少し助けてくれてもいいと思うんだけど?誰だよ、神子が尊い存在だとか言ったやつ!絶対嘘だよ。
「〜っ、そうだリハルト様!温室に行こ!」
「温室?何故だ?」
「前にね、蒼玉と紅玉が手を加えた綺麗な薔薇があるの」
「興味はあるが話を逸らすな」
「ちゃんと言うから。だからお願い」
真剣な表情でお願いすれば頷いてくれた。リハルト様には先に金の薔薇のある温室に移動してもらい、私は少し別の場所に寄ってから温室に入った。隅っこに並べてある青銀の薔薇と真紅の薔薇を興味深そうに見ていた。
「これか?見事なもんだな」
「でしょ?まぁ、紅玉の所為で薔薇が一輪灰になったけどね」
「燃えたのか…」
「力のコントロールが苦手だったみたい」
「そうか。で?後ろに何を持っているのだ?」
リハルト様って目ざといな。私は後ろに隠していた物を前に持ってきてリハルト様に差し出した。それはレレックリアという淡い黄色の花で銀月の誕生花でもある。
「レレックリアか?これがどうしたのだ?」
「リハルト様にあげる」
「俺に?」
「うん。レレックリアの花言葉って知ってる?」
「いや、知らないな」
この花はこの世界にしかない花だ。なので私もこの花の花言葉を知らなかったけれど、こないだ誕生花の話をしてた時にマリーが教えてくれたのよね。マリーが花に詳しいなんて初めて知ったよ。
「レレックリアの花言葉は「貴方を想う」」
「貴方を想う…」
「好きです。リハルト様の事が」
「……」
「あの、リハルト様?」
固まってしまったリハルト様に声を掛けると、我に返ったのかマジマジと見つめられた。この沈黙は何だろうか。せっかく勇気出して言ったのにな…。
「それは本当か?」
「へ?」
「嘘や冗談ではなくてか?」
「…信じらんない」
これは怒っていい所だよね?告白した気持ちを疑うなんて酷過ぎる!嘘で言う程捻くれてませんけど?リハルト様を思いっきり睨んだら、拗ねたような顔をされた。何故?
「お前がいけないのだ。普段から思わせ振りな態度をしておきながら、俺を好きではないと言うから」
「っ、だって気付いたの最近だし…」
「最近とはいつだ?」
「え、それ聞くの?」
「当然だ」
何で私が悪いかの様に責められているんだろうか。想像してたのと全然違う反応に、小さく溜め息を吐いた。気持ちに気付いたのは声が出なくなる前日と答えると眉を顰められた。
「まさかそれが黒星病の発病の原因か?関係あるとは言っていたが…」
「そうみたい」
「お前が気付いた時点で言わぬからこうなるのだ」
「っ言えるわけないじゃん!だって告白だよ!?勇気いるんだからっ!」
「おい、紗良!!」
温室から飛び出してそのままずっと走った。なんで?喜んでくれると思ったのに、どうして怒られなきゃいけないの?こんなことなら言わなきゃ良かった。リハルト様の馬鹿野郎!
「はぁはぁ、もう、無理…」
かなり走って城の門の近くまで来てしまったので、門兵に見つからないように休憩することにした。いっそこのまま城を抜け出してしまおうか。でもそしたら大問題になるし、後で怒られるよね?
「……でも、戻りたくないし…」
『手伝ってやろうか?』
「紅玉!この壁を乗り越えられるの?」
『蒼玉の力さえあれば楽勝だな』
『そうだけど駄目だよ。戻ろう?紗良』
「嫌!」
よし、決めたわ!今から脱走します!!リハルト様はそれに気付いて青ざめればいいんだ!窘める蒼玉を抑えて命令する。こうすれば逆らえないもんね。紅玉の指示通りに動いて、誰にも見つからずに壁を超える事に成功した。
「よし、成功よ」
『やったな。それでどうするんだ?』
「うーん、お金もないしどうしよう…」
『だから戻ろうよ。今なら誰にもバレてないんだしさ』
「いやよ!告白した人に対してのあの仕打ち、許さないんだから」
『きっと混乱してたんだよ。リハルトは紗良にいつも振り回されているからね』
私が振り回してる?「冗談じゃない!こっちがいつも振り回されてるの!」と鬼の様な形相で言えば蒼玉は冷や汗を垂らしながら黙った。とりあえず二人をこのままにして人に見られるとまずいので、消えてもらおうとすると紅玉が姿を変えた。
「凄い!どう見ても人だわ!」
『前はよくやってたからな。流石に神子を一人にする訳には行かないし、仕方あるまい』
『それ僕にも教えてよ』
『何だ?反対してるんだろ?』
『それはそれ。これはこれ』
紅玉は長い髪を後ろで縛っており、服装はシャツにパンツといった普通の格好に変わっているので人間に見える。これなら一緒に歩けるけど、私がそのままだと意味がないので布がいるわね。
「綺麗所は二人もいらないよ。蒼玉は大人しくしてて。悪いけど同じ顔を見てると殴っちゃうかも知れないし」
『僕の所為じゃないのに!』
「とりあえず布を探して…と。蒼玉、その羽織脱げる?」
『これは力の一部なんだけどな…。ただし手を離せば消えるからね』
蒼玉の着物の羽織を借りて頭から羽織るも、逆に目立つ。せめて無地にしてくれと言えば、紗良の力で変えてと言われてしまった。成る程、力の一部なら手を加えればいいのか。
「うん、完璧。じゃあ蒼玉は姿を消してね。紅玉、行こう」
『何処に行くんだ?』
「ジラフの所!」
『あの赤目の所か』
人混みに紛れて薬屋に辿り着く。紅玉には此処まででいいと告げて中に入ると、ジラフ父が居た。お客さんは他に居らず都合が良かった。
「いらっしゃい、何かお探しかね?」
「お久しぶりです!」
「み、神子様!!本日は如何されたんですか!?」
「あ、普通にして。堅苦しいの苦手なの」
「そうかい?まさか今日も逸れたんじゃ…」
「今日は違うわよ。家出してきたの」
腕を腰に当ててそう言えば、大慌てでジラフ父はジラフを呼んだ。そして話を聞いたジラフと二人で城に戻るよう、説得されるも突っぱねた。誰が戻るもんか!壁を越えた意味がないじゃないか。
「絶対嫌」
「何でだよ、それにもうすぐ紗良の生誕祭だろ?皆楽しみに準備してるんだけど」
「それ迄には帰るわ。でも今は戻りたくないの。お願い!数日だけでいいから泊めて!」
「そんな事言っても、紗良が泊まれる様な綺麗な部屋なんてないよ」
「何処でもいいよ、寝れれば平気」
神子じゃなく普通の人として扱ってと言えば、何とか受け入れてくれた。万が一城の人間が来ても知らないで通してとお願いしといた。空いてる部屋を一部屋借りて、そこにあったワンピースに着替えた。ジラフのお母さんが着ていた服なんだって。軽くて動きやすいわ。
「そんな服に着替えてどうするんだよ」
「ここで働こうと思って!」
「は?」
「「働かざる者食うべからず」これ私の国の諺ね。タダで泊めてもらう訳にはいかないもの」
「いやいや、君に何が出来るのさ!城で生活してる神子様には無理だよ」
分かってないなジラフは。身の回りの事ぐらい一人暮らししてたから、出来るんだよ。ジラフ父に何か仕事を貰おうにも、恐れ多くてお願い出来る事はないと言われてしまった。
「神子じゃなくて今はただの紗良よ。さぁ、仕事を!」
「困るなもう。紗良は表には出られないから、家の事をやって貰う。これでいいんだろ?」
「流石ジラフ、話が早くて助かるわ」
「料理は出来るかい?」
「この世界の食べ物を詳しくは知らないけど、簡単な物なら大丈夫」
「なら夕飯をお願いするよ。食材は自由に使って貰って構わないから」
任せて!と言ってエプロンを貰い食材選びから取り掛かった。見たこと無い食材ばっかりで味を確認しながら選んでいき、時間は掛かったけど何とか四品作ることが出来た。
「見た事ない料理ばっかりだ」
「頂いてもいいかね?」
「うん、どうぞ食べて食べて!」
恐る恐るジラフ父が煮物に手を付けた。緑の芋みたいな野菜を甘辛く煮つけしてあるので、カボチャの煮付けに近い味になっている。それを食べたジラフ父が「うまい!」と唸った。
「ん、本当にうまいな!」
「良かった!芋っぽかったから煮付けてみたの。これは大根に近いと思ったからサラダにして、こっちは魚があったから南蛮漬け風にしてみたの。後は味噌があったから味噌汁にしたのよ」
「よく分からない単語が入ってくるけど、どれも初めて見る料理だ。料理上手なんだね。意外だったよ」
「これあとで調理方法教えてくれないかね?」
「いいけど、ほぼ食材の名前が分からないから調理場で教えるね」
食べたら近い物は多いんだけどな。調味料は比較的同じ物が多いので何とかなったようなもんなんだけどね。今度はここの人達が食べている物を教えてもらおうっと。食事を終えてお風呂に入りたいんだけど、一般家庭には浴槽はないらしく体を濡らしたタオルで拭いて、髪を濡らして洗うのだとか。しかも水で。それはあんまりなのでお湯を沸かして貰って、お湯で洗った。
「どれだけ恵まれていたか分かるわね」
髪が乾いた頃ぐらいに椿油を塗ってから寝た。椿油は高級品なんだって!(ジラフが後で教えてくれた)でも私の為に用意してくれたらしい。帰ったらちゃんとお礼しますね!と言えば、ジラフ父にはそんな事気にしなくていいと言われてしまった。なんて優しい人なんだろうか。
「おやすみー」
何だか全てが新鮮で城を抜け出した事なんてすっかり忘れてしまっていた。まさかあんなに大騒ぎになるなんて…。




