52騎士団長オルフェス
「おっ!神子様。今日も見学か?」
騎士達が休憩している所から、少し離れた場所で寛いでいる男の目の前に私は仁王立ちで立った。筋肉質の大柄な体に、短髪の栗色の髪、40代半ばに見える男はにかっと白い歯を見せて此方を見ている。
「ちょっとオルフェス!リハルト様にバラしたでしょ!」
「ん?何のことだ?」
「私がここで見学してる事、内緒ねって言ったのに」
「そうだっけか?がははは、すまんな」
実はこの男、騎士団長のオルフェス・マクレガーだ。リハルト様曰く、歩くスピーカーと呼ばれているらしい。それを知らずに口止めした私が馬鹿だったわ。これでよく団長が務まるものだが、任務になると別人の様に変わるらしい。
「今は休憩なのね」
「あぁ、もう少しで終わりだけどな」
「はぁ、…シャツ姿って最高よね」
「オッサンみたいな事を言うな」
「いいじゃん。私の楽しみなんだから。オルフェスは筋肉質すぎて好きじゃないから、安心して!」
他の騎士達がこちらを見ていたので、にこやかに手を振ると立ち上がってまで頭を下げて来た。そこまでしなくていいっていつも言ってるのに。本当に皆キチッとしてるよね。こんな団長なのに。
「いつになったら慣れてくれるのかな?」
「あいつらの中では清廉な神子様だからな。慣れることはないだろう」
「それじゃあ、まるで私が清廉じゃないみたいな言い方じゃない」
「がははは!煩悩にまみれておるくせに、どの口が言うのだ」
「もう、本当に失礼なんだから」
気を使うとかお世辞を言うとか一切ないのよね、オルフェスは。ただの小娘扱いだからさ。まぁそこが気に入っているんだけどさ。
「人間なんて煩悩まみれじゃない」
「仮にも神子であろうに」
「外では上手くやってるからいいの」
「そうかそうか」
オルフェスは笑いながら体を起こして、騎士達の元に向かった。休憩は終わりで鍛錬が始まる様だ。マリーが遅れてやって来て、お弁当を手渡してくれた。料理長に外で食べれる様にお願いしたのだった。
「うん、今日も美味しい」
いつもこうしてお弁当を食べながら、鍛錬を見ている。私の安らぎの時間の一つだ。これはリハルト様には今の所知られていない。…多分。
「ねぇねぇ、あの緑頭の子って強いのね」
「あの方は小隊長のラルド様ですよ」
「そうなんだ。まだ若いのに凄いね」
「あのファルド様も一目置く存在ですわ」
それって相当凄いよね。まだ幼さが残るが体つきもいい感じに仕上がってるし、将来有望だなぁとお茶を飲みながらマリーと暫く眺めていた。一度ファルド様が立ち会ってるのを見てみたいな。リハルト様曰く、暫く使いものにならなくなるらしい。怖…!
「団長」
「なんだラルド」
「神子様から物凄い視線を感じるのですが…」
「気にするな。集中力が足りんぞ」
「すみません」
私の癒されゲージがたまり、満足した所で片付けをマリーに任せてオルフェスの元に向かう。鍛錬中の騎士達も手を止めて此方を見ていた。
「今日はそろそろ戻るね」
「そうか。またいつでも来るといい」
「うん。皆さん残りの時間も頑張って下さいね」
「「「「はい!!」」」
ヒラヒラと手を振ってマリーと合流して、この場を後にした。温室に行って金の薔薇作りしなくちゃ。
「今日も可愛かったな神子様」
「暫くは頑張れるな!」
「オレ達にも優しく接してくれるし、聖女の様だよな」
「僕この城の騎士で良かったです!」
「いやぁ、気合い入るよな」
騎士達が神子様の後ろ姿を見ながら、ざわめき出したので喝を入れて鍛錬のメニューを倍にしてやった。神子様が来ると文句言わずにやってくれるから助かるな。だが神子様は鍛錬しているお前達じゃなくて、鍛錬しているお前達の体を見ているだけだぞ。
「よし、今日はここまでね」
「数が増えて来ましたね」
「うん、何かあった時の為にね。それに今度の視察に試しで持っていくから増やさないと」
前と同じ温室ではなく、別の厳重に管理されている温室で金の薔薇を育てている。この薔薇一つでどれぐらいの効果があるのか、実験も兼ねて使用するので、これが使えるとなると量産しなくちゃいけない。だけど急には出来ないので、少しずつ力を与えながら育てているのだった。
「この子達は良い感じになってきたわね」
『俺達にも使えるな』
『うん、万能だよね』
「紅玉、蒼玉。駄目でしょ勝手に出てきたら」
『此処には限られた人間しか来ないだろ』
『そうそう』
確かに見張りと鍵が付いてるから問題ないんだけどさ。此処に来るとしたら、リハルト様達ぐらいしか入れないし。まっいっかと許可して、蒼玉に薔薇に水を撒いて貰った。
『俺の力は攻撃専門だからな。そういう事は出来ない』
『代わりに僕の力は攻撃には向かないからね』
「紅玉の力は暖炉の火を灯す時に、便利よね」
「それ冬限定では?」
「あ、そうだね」
紅玉の力は城にいたら使う事ないのよね。火ってあんまり使わないのよね、風とかだったら便利だったかも。例えば魔物やらが存在している様な世界であれば、大活躍だったかも。
『力を使わないならそれに越した事はない』
「平和って事よね」
『そうだな』
『水やり終わったよ』
「ありがとう蒼玉!」
お礼を伝えると、嬉しそうに抱き着いて来る。可愛いな蒼玉は。紅玉はそういう事しないからなぁ。硬派だよね。
「あれ?これだけ青くない?」
「青というより、青銀ですね」
『ごめんごめん。紗良のを見よう見まねでやったら、色が変わっちゃった』
「そうなの。でも綺麗ね」
『でしょ?』
青銀に染まった薔薇からは、金ではなく青色の粒子が出ていた。試しに紅玉にもやって貰ったら薔薇が一瞬で燃えてなくなった。
「きゃーー!!薔薇が!」
『あ』
『ぶはっ!紅玉は力の制御が下手なんだね』
「灰になってしまいましたね」
貴重な金の薔薇がぁ…。項垂れる私の肩にマリーが慰める様に手を乗せた。何日かに渡って力を込めた薔薇だったのに。蒼玉が紅玉に力の使い方を教えているのを横目に、灰になった薔薇を見つめていた。
『そっとだよ?繊細に力を出すんだ。人に流す様に…そう!その感じだよ!!』
『意外に大変なのだな』
『火を出すのとは違うからね。お、紗良!見てよ』
「…ん?わ、凄い!やれば出来るじゃない!!」
力の使い方を覚えた紅玉が薔薇に力を注ぐと、赤から真紅に染まった。まだ粒子が出る程ではないけれど変化はしている。そこでいつもより少し多めに力を注げば、粒子が出た。
『俺には向いてないな』
『紅玉は大雑把だからね』
『細かい作業は昔から向かないのだ…』
「意外ね、得意そうなのに」
知的派かと思えば肉体派だったらしい。真紅の薔薇と青銀の薔薇を並べて置いといた。高く売れそうだなって思ったのは内緒だ。温室を出て鍵をかけて、リチェの部屋に遊びに行く。スケジュールはマリーにチェックして貰ってるんだぁ。
「リチェー!遊びに来た…よ?」
「紗良様!」
「なんだ紗良か」
「どうしてリハルト様がいるの?」
「妹と話していたらいけないのか?」
別にいけなくはないけれど、珍しいなって思っただけだもの。お邪魔かなって帰ろうとしたら、リチェに引きずり込まれた。マリーには戻って自由にしていいよと伝えた。
「今ね、紗良様のお話してたのですよ」
「そうなの?」
「えぇ。キスした事まで聞きましたわ」
「んごっ!…ゲホッガハッ、ゲホッ」
予想だにしない発言に飲んでいたお茶が気管支に入って、死にそうになった。涙目でリハルト様を睨むも、澄ました顔でお茶を飲んでいるだけだった。お願いだから一発だけ殴らせて。
「リハルト様!何言ってるのよ!!」
「聞かれたから、事実を述べたまでだが?」
「そ、そうかも知れないけど、言うことじゃないでしょ!」
「やっぱり本当でしたの!?どうでした?お兄様とのキスは!」
「ちょ、リチェ落ち着いて!!そんな事言う訳ないじゃないの!」
リチェがキラキラした目をしながら、グイグイと迫ってくる。それを嗜めながら席に座らせた。質問可笑しいでしょ!?そんな質問に答える人なんていないわよ!
「だって聞きたいじゃない。紗良様が本当のお姉様になるんだもの、良いでしょう?」
「な、ならないし、良くないよ!」
「え?だってキスまで済まされた仲なのでしょう?」
「不可抗力だよ!」
マリーに口止めどころか、リハルト様にバラされるとは思わなかった!!くそぅ、リチェと二人でウフフのお茶会になる筈だったのに!何でこんな事に!?
「とにかくこの話は止め!!もう今日は戻るわ」
「えぇ!?まだ来たばかりよ?お話したいわ」
「リチェがそう言うなら。あれ?そういえばファルド様は?」
「仕事で出掛けている」
リハルト様も忙しい人だけど、それ以上にファルド様は多忙だ。なので前に町の薬屋で貰った疲労回復薬はファルド様にあげた。疲れを顔に全く出さないのが凄いよね。私なんてすぐ顔に出ちゃうからなぁ。
「ファルド様って本当に有能よね」
「昔から優秀でしたのよ」
「そうなんだ。やっぱりファルド様って格好良いな」
「俺よりもか?」
「うん」
リハルト様みたいにセクハラもしないし、なんというか落ち着いてるのよね。少し口煩いのがあれだけど、真面目だし浮気しなさそうだから、結婚するならファルド様みたいな人がいいな。…これ言ったらリハルト様に怒られそうだから、言わないけど、
「お兄様!お気を確かに持って下さい!」
「あ、あぁ」
「あ。リハルト様」
「なんだ…」
「今思ったんだけど、私年下はちょっと…」
何だか少し元気のないリハルト様にそう告げると、凄く驚いた顔をしていた。リチェはムンクの叫びみたいになっている。この兄弟大丈夫かしら。そもそも私、年下は恋愛対象外なんだよね。リハルト様が大人びているから忘れてたけど、年下なのよね。
「大体紗良の方が精神年齢低いではないか」
「…それはそうかもだけど…。実年齢の話だもの」
「何故ですの?年齢なんて大した事ありませんわ」
「女性の方が上ってイメージがちょっとね」
「大丈夫ですわ!誰も紗良様が年上だとは思いませんもの!」
リチェルさん、それは失礼ですよ?そりゃ若く見えるのは嬉しいけどさ。若く見えすぎるとちょっとね。
「年齢詐称した方がいい感じ?」
「それは良いかもな」
「そうですわね、その方が皆戸惑いませんわ」
「えー、いくつぐらい?」
「18ぐらいか?」
「15でも通りますけど、化粧されてる時はそれぐらいに見えますわね」
マリーは化粧したら20ぐらいに見えるって言ってたけどなぁ。18か…年齢−7ってキツイ気がするけどな。っていうか本当にリハルト様っていくつなの?
じーー
「………なんだ」
「リハルト様って何歳?」
「あら、お兄様ってばまだ教えてませんの?」
「あぁ。忘れていたな」
リハルト様をガン見しながら聞けば、リチェが首を傾げながら呆れた様にリハルト様に尋ねていた。忘れてたで片付けないで頂きたい。答えを待っている私にリハルト様がニヤリと笑った。あ、嫌な予感する。
「結婚したら教えてやる」
「じゃあ一生知らなくていい」
「気になるんだろう?」
「もう興味ない。一切ない」
「それは流石に言い過ぎだろう」
そもそもリハルト様が変な事を言うのがいけないんでしょ。フイッと顔を逸らすとリチェと目が合った。
「ふふ、仲良いですわね。あ、そうですわ!紗良様にプレゼントのお返しを用意しましたの!」
「え?いいのに」
「いえ、とても嬉しかったので感謝の気持ちですわ」
リチェが合図をすると、侍女が綺麗にラッピングされた箱を持って来て机に置いた。ワクワクしながら箱を開けると、中には生地の薄い衣装が入っていた。
「これはジェンシャン国の踊り子の衣装ですのよ」
「うん?」
「紗良様に似合うと思って取り寄せましたの!着てみてくださらない?」
「え!?今?」
半ば強制的に侍女に引き渡されて、着替える羽目になった。胸の布も心許ないし、お腹丸出しだし、生地薄いし、露出激しいんですけど…。部屋に戻るのをごねた私を侍女は問答無用で部屋に放り込んだ。
「きゃー!素敵ですわ!」
「ほぅ、これは良いな」
「見ないでー!」
「やっぱり紗良様は細いですわね。羨ましいですわ」
「リチェのが細いよ!もういいでしょ?」
胸やお腹を隠して床に座り込みながら、そう返した。何でこんな辱めに遭わなきゃいけないんだろうか。そしてなんかデジャブなんだけど!?前にもこんな衣装を着た気がする…。確か紋章を見られた時だ!半泣きになっていると、リハルト様が近寄って来た。
「こ、来ないでよ!」
「なら下に座らずに椅子に座れ」
「もうやだ、着替えたい」
「紗良様。プレゼントお気に召しませんでしたか?」
「ゔ…、ううん!そんな事ないよ!」
リチェが悲しそうに私を見たので、笑顔を作ってリチェの側に行った。リチェを悲しませるなら、私の恥なんて捨ててやるよ!
「ふふ、良かった。とってもお似合いですわ」
「…うん?」
直ぐに笑顔になったリチェに、騙された感が否めないんだけど。え?嘘だったんですか!?何故かリハルト様も隣に座って来たので、リチェ側に体を向けた。
「な、何でこっちに座るのよ!」
「いや、コレが気になってな」
「ひゃ!」
「お兄様、女性の体に容易く触れてはいけませんわ」
リハルト様に背中を向ける様な姿勢だった為、紋章が丸見えだったらしい。それをリハルト様の指がなぞったので、驚いて変な声が出てしまった。リチェが注意するも知らん顔をしている。
「俺が触れるのは紗良だけだ」
「っすぐそういう事言う!」
「うふふ。顔が赤いですわよ?紗良様」
「赤くない!」
「久しぶりに見たな。紋章が見つかった時以来か」
「まぁ!綺麗ですわね」
リチェが感嘆の声をあげる。背中のザックリ開いたドレスを着なければ、通常見える事は無いから、マリーとリハルト様とファルド様しか知らないのだ。私自身も鏡ごしでしか見れないので、マジマジと見た事はない。
「おい、何の真似だ」
「上着よこせ!」
「何故だ」
「こんな格好耐えられないよ!」
「なら着替えてくればいいだろう」
「そうする!いいよね?リチェ」
「仕方ありませんわ」
それを聞いた瞬間走って着替えに向かった。今日着ていた赤のドレスに袖を通して、先程結われた髪を解いて戻った。
「せっかく似合ってましたのに、残念ですわ」
「もう少し露出の少ない衣装にしてくれない?」
「軽い服が好きだと言っていたから用意しましたのに。また違う物を探しておきますわね」
「気持ちだけ受け取っておくわ」
冷めた紅茶を淹れなおしてもらい、口に含んだ。それにしてもジェンシャン国には踊り子がいるんだ。行ったら見てみたいかも。さそがし綺麗なんだろうなぁ。
「ねぇ、ジェンシャン国には王子はいないの?」
「えぇ。男児に恵まれないらしくて、全員女なのですわ。なので婿探しに力を入れていると聞いてますの」
「あの国は女には王位継承権が無いからな」
「ふぅん。あ、ならリーシア姫と結婚したらリハルト様は将来はジェンシャン国の王って事?」
こないだの集まりでもジェンシャン国の王子は一人も居なかったので、聞いてみれば案の定だった。些細な疑問を口にすれば、みるみるうちにリハルト様の顔が不機嫌になる。しまった!良く考えずに口に出すのは私の悪い癖よね。
「た、例えばの話ですわよね!紗良様!!」
「え?う、うん、そうよ!」
「…はぁ。婿を探しているのは第一王女の方だ」
「そ、そうなんだ。第一王女ってどんな人なの?」
「そうですわねぇ、聡明で活発な方ですわ。昔はよく遊びにいらしてましたのよ」
活発?姫なのに活発なの!?年齢もリハルト様と近いらしく、隣の国という事もあり仲が良かったらしい。第二王女は他国に嫁いで行ってしまったそうだ。
「並みの男じゃ無理だろうな」
「どうして?」
「手に負えぬ女だからだ」
「え?姫なんだよね?」
「うふふ、会えば分かりますわ」
今後会う事はあるのか謎だけど、とても興味深い人だわ。婿を探しと言っても他国とは限らないようだ。国を任せるのだから、自国で探した方が賢明よね。
「会ってみたいな」
それを聞いたリハルト様が嫌な顔をしたのだった。本当に、どんな人なのだろうか。




