5黒に秘められしもの
あれから数日、スパルタな日々の成果か、少しずつ文字が読める様になった。まだまだ完璧とは言えないが、ゆっくりとならなんとか読める。非常に疲れるけれど。今は休憩がてら本を眺めていた。
「いに、しえの、…ち?」
古めかしい本を手にとりパラパラっと捲る。伝承などが書かれた本らしい。黒髪の人物の絵が描かれていたので手を止めた。マリーさんがこないだ教えてくれた話だと黒髪はこの世界じゃ珍しいそうだ。
「かみさ、ま、に、愛された、しゅで…」
たどたどしく本を読み上げて行く。訳すのに必死で全然頭に入ってこなかった。諦めて絵だけ見ることにして、またパラパラ捲ると手を止めた。
「これって…」
それは体の一部に模様が描かれた絵だった。本には手や足などに描かれており、模様は同じだった。何故手を止めたかと言うと、私の額に似たようなデザインのものがあるから。ただ、少し違うのだ。本の模様は蔦の様なデザインを崩したもので、私の額にあるのは花の様な形をしている。
「これって…どういう…?」
本に書かれてる内容を読もうと持ち直した瞬間、部屋をノックする音が聞こえ聞こえた。マリーさんかと思い本を読むのは後にして、返事を返す。
「はい」
「失礼するよ」
「えっ……!?」
「久しぶりだね、調子はどうかな?」
入って来たのはマリーさんじゃなくてリハルト王子と従者の黒髪の人だった。目を覚ました初日に会った二人だ。マリーさんが教えてくれたんだけど、何だったっけ…あ、そうだ!ファルドだ!ファルド様って言ってたな。
「お久しぶりです。リハルト様、ファルド様」
立ち上がりこないだ教えて貰った挨拶をすると少し驚いた様子で此方を見ていたが、すぐ笑顔を浮かべて近づいて来た。
「話は度々伺っているよ。今は字を習ってるそうだね」
「はい。会話は出来るので、まさか読めないとは思いませんでした」
「ははっ、私も最初聞いた時は驚いたよ。成果の方は出ているのかい?」
「いえ、まだ子供の様にしか読めません。」
しれっと会話してるけど、いいのかな?疑いは晴れたのかな?なんて色々考えながらリハルト王子の話に返していく。すると先程読んでいた本に気が付いたらしい。
「こういった本が好きなのか?」
「あ、それはたまたま手に取っただけです。休憩がてら中の絵を見ていただけで…」
「そうか。気になる場所はあったかい?」
「えっ?あ、はい。この部分です」
まさかそこまで聞かれるとは思わなかった。でも答えない訳には行かないので、先程の黒髪の人物の絵のページと手足に描かれた模様のページを見せた。
「あぁ、君も黒髪だったね」
「はい。この国には黒い髪の色は、とても珍しいのですよね?」
「その通りだよ。ファルドも数少ない一人だ」
「黒髪は何故少ないのですか?」
「何故だろうね」
その返答に驚いて王子をガン見してしまった。王子の立場でも知らないの?なら私が知ることは一生ないんじゃないか!気になるのに答えが分からないなんて…。今日は眠れないかも知れない。
「リハルト様、ご冗談を」
「へ?」
「はは、すまないね。大昔に黒髪を持つ民族が居たそうだ。その民族は優れていてね、その血が長い年月をかけて稀に今の時代に現れることがあるのだよ」
「その民族は少数だった為、他の民族と交わり、血を受け継いできた。その為、黒髪を持つ者はかなり少数になるのです。ご理解頂けましたか?紗良様」
「あ、はい。ありがとうございます。リハルト様、ファルド様」
そういう事だったんだ。でも、遠い昔の血が稀に現れるものだろうか?確率としては限りなく低い気もするし、奇跡に近いんじゃないのかな。あ、もしかしてあの文章はその民族のことなのかも知れない。
「神に愛された種って…」
「その民族のことだろうね。ファルドの様に黒髪の人間はとても有能でね、能力は人によって違うが、何かに特化している事が多いんだ」
「はぁ…では、私は初めてのハズレですね」
「どうしてそう思うんだ?」
「私にはそのような能力を持ち合わせていません」
勉強も運動も普通だし、顔やスタイルも普通だ。何かに優れた分野も持ち合わせていない。平凡な人間だから。もし期待をさせているのなら、早めに知ってもらわなくてはいけない。
「どう思う?ファルド」
「私には分かりかねます。早めに才能が現れる者もいますが、その分野に当たらなければ才能が開花されることはありません」
「紗良、君は何か得意なものはあるかい?」
「得意なもの……現実逃避ですかね」
苦笑してそう言えば、王子は面食らった顔をした後、爆笑した。ファルド様は馬鹿だこいつっていう目で溜め息を吐いた。
「リハルト様、人前でその様な笑い方は控えて下さい」
「くっ、だって、この子、面白い」
「それでも駄目です。王子としての威厳が無くなりますよ。現に紗良様を見て下さい。驚かれてますよ」
えぇ、それはもう驚きますよ。あのキラキラな王子様が人目を憚らず爆笑してるんですよ?私の見間違えなんじゃないかと思うほどに。まぁでも、皆の理想とする王子様の仮面を被らなきゃいけないんだとしたら、不憫だと思う。
「いえ、私が馬鹿なのがいけないので。気にしませんので好きなだけ笑って下さい」
「そういう訳にはいきません」
「はぁ…」
ファルド様は王子の教育係も兼ねてるのだろうか…。
「いや、すまないね」
「大丈夫です」
「リハルト様、今思ったのですが彼女に能力があれば印があるのでは?」
「あぁそうか。それが一番早いね。でも報告には無いよ」
「最初から無いのか、見つかりにくい場所にあるのか。それは分かりませんが、私の様に後者であれば見つかりにくいかと」
「印ですか?」
「はい、先ほどの紗良様が開いたページにあった様な模様です」
あれは印なのか。あれが出てたら今現在、何かしらの能力があると言うこと?でも私にはそんな能力は今のとこ皆無だし、何より模様が違うのよね。もし同じような意味を持つ模様だとして何らかの力があるとしたら?こき使われるよね?うーん、一度確認して違うようであれば黙ってよう。
「それは必ず、この模様ですか?」
「そうですね。これ以外の物は見たことがありません」
「でしたら、私にはこの模様の印はありません」
「本当に?」
「はい。嘘をついても意味ないかと」
そう言い切ると王子はニヤリと笑った。え?なんで今ここで笑うの?笑うとこじゃなくて納得するところだよね。
「黒だな」
「黒ですね」
「?髪は確かに黒ですが…」
「…馬鹿だな」
「その様ですね」
髪を触りながら返事を返すと馬鹿扱いされた。自分で言うのはいいけど、人から言われるのはイラっとする。王子の仮面はがれてますよ!