49白銀の一族
大陸の果てにある名前のない村と森。いや、昔は名がついていたと言った方が正しい。遠い昔に忘れられた地、かつては聖地と呼ばれていた場所は、重い瘴気が立ち込める。
「ふぅ…。今日も始めますか」
ここでは命ある者には死をもたらす呪われた地だ。そんな場所に住まう者達がいる。この場所で唯一生きる事を許された種族。穢れた血を体内に流す、白銀の一族の者達が住んでいた。
「願うは青き空 思うは緑の大地
許せ古の神子 静まれ呪いの怒り
返そう聖なる力を 返そう聖なる血を
我らの命を 喰らいし神子よ
生けるものを死する闇を 葬り給え」
まだあどけなさが残る一人の少女が、深き森の中で呪文のようなものを歌うように唱えると銀の粒子がこの地を包んだ。森に村に粒子が取り込まれるも、周りの風景は何も変わらない。これはいつもの事。もう1000年も続いて来た光景だ。
ガサガサ
「ミルお疲れ」
「アル!」
ミルと呼ばれた少女は、自分によく似た少女に笑顔で抱き着いた。その反動でアルと呼ばれた少女のフードが取れ、白銀の髪が揺れた。腰まで伸ばされたその髪は、この暗い場所でも良く見える。
「ミル、アル。抱擁はいいが此処は瘴気が強い。早く戻るぞ」
「分かってるよ兄貴。行こうミル」
「うん!」
現れた青年と共に二人の少女はこの森から出て、隣接する村に佇む、数あるうちの一軒の家に入った。
「ただいま父さん。二人を連れて来たよ」
「おぉ、ありがとなエルドラ。さあ二人共ご飯だよ」
「お、腹ペコだったんだー!」
「私も!」
あたしはアルと呼ばれている方で、アルティナという名前だ。あたしと、双子の妹のミルティナ、兄のエルドラと父と四人でこの家に暮らしている。母はあたし達がガキの頃に森の瘴気にやられて死んだ。森は中心が一番瘴気が濃く、神子だった母は瘴気に毒されて早死にした。歴代の神子は皆早死にだな。今の神子はあたしとミルだ。本来は一人だけど双子で生まれた為に二人で力を分けている状態だ。といってもあたしの方が力が強い。
「ねぇアル。次はいつ行ってしまうの?」
「あー、また三日後には行くよ」
「そう…。またお別れなのね」
「仕方ないだろ。呪いの力が強くなって来たんだから力を集めないといけねぇんだよ」
「アルティナ。いい加減言葉使いを直しなさい」
「うるせー」
ミルが寂しそうに言う度に少しイライラしてしまう。行きたくて行ってる訳じゃねぇ。それにこっちの方がシンドイんだ。あたしだって、この場所に居たいっつうの!そりゃミルのせいじゃないのは分かってる。先祖が神子を殺した事がそもそもの発端だからな。ミルはあたしよりも力が劣るので、守護者から力を奪う事が出来ない。なのであたしがやるしかないのだ。
「本物の神子を前に見た」
「え!そうなの?何で黙ってたの?エル兄」
「ミルが騒ぐから」
「酷ーい!だってミル本物の神子様の話、聞きたいんだもん」
「はん、聞いてどーすんだよ」
本物の神子をあたしはこの目で見た事はないが兄貴曰く、見目麗しい守護者よりも美しいのだとか。綺麗で力があって、人から守られていて…。出来すぎて笑えるよな。
「(世の中はいつだって不公平だ)」
何がどうなって今更現れたのか知らねぇけど、本物ならこの地を如何にか出来るだろ。まぁ手伝ってはくれねぇだろうな。だってあたし達は神子殺しの一族だから。なら見つけたら攫って来てやる。
「本物の神子様が来たら、ここを浄化してもらうんだぁ。そしたらアルも、もう酷い事しなくても良いでしょう?」
「力を分けて貰ってるだけだ。別に酷い事じゃない。それに消滅したら困るからギリギリで生かしてる」
「アルティナは優しいのか、そうじゃないのか分からないな」
「優しくねぇよ!」
父さんが穏やかに笑いながら、茶を取りに席を立った。優しかったら力なんて奪ってこない。力を奪ってその地が荒れようがあたしには関係ない。この地が広がっていく方がヤバイからな。
「大体、本物の神子なんか来たら殺されるぞ。あたしが本物なら消すね」
「そんな野蛮な人じゃないよ、きっと。私達だって頑張ってるもん!話せば分かってくれるよ」
「どうかな?自分を喰うかも知れない奴らを野放しにするかよ」
忘れちゃならねぇのは、あたし達が咎人だって事。この忌々しい髪と目はその証だ。町にそのままの姿で行ってみろ。化物扱いされて殺されるのがオチだ。人喰いだぞ?
「もう私達は二度と食べないよ!」
「はいはい。ごちそうさん。じゃあ寝るわ。明日はあたしが森に行くから、来なくていいからな」
「分かった。アル宜しくね!」
「お休みアルティナ」
「腹出して寝るなよアル」
兄貴は何時の話をしてんだよ。腹なんか出して寝るかっ!もう15だぞ?もう少しで成人だ。ガシガシと頭を掻いてベッドに寝転んだら長い髪が広がった。邪魔だから切りたいんだが、髪は神子にとっての命だからな。
「翠玉、暑い。風」
『…まったく。守護者使いが荒いのぉ』
「はん、使わねぇと損だろうが」
『風邪引かぬよう、微風にしとくからの』
「どうも」
そよそよっと弱い風が体にあたる。気持ちいい…。明日は力を使わなきゃならないから、早く寝なきゃな。弱った守護者を見つけるのも楽じゃないぜ。
「ふわぁ…」
翌朝になり、禊を済ませて森に向かった。奪った力は此処で使うのだ。本物の神子が現れた時期から、急に強くなった呪いの力を抑える為に。この古の神子の呪いは段々と広がっており、今ではあたし達の住んでいる村まで到達してしまった。代々神子が力を注いで進行を抑えてきたのだが、力が足りずにこの有様だった。だけどこのままにしてしまうと、この全土を飲み込んでしまい、人の住めぬ地になってしまうのでやるしかないのだ。
「あんたもしつこいな、古の神子。今じゃあんたの力は人を殺すんだよ」
かつては人を救う存在だった者が、今や人の住処や命を奪う者に成り果てている。だけど一番憎い筈のあたし達一族がこの地で生きていけるのは、皮肉なものだよな。
「我ら穢れた一族を恨むがいい
お前の血肉を喰い お前の力を得た
決して消えぬ呪いの刻印
与えたお前を 我らは恨まぬ
憐れな神子よ 我らと滅びゆかん
清き神子はもういない
静かに眠れ 我らが生贄だ」
高らかに言葉を紡げば、銀の粒子が大量に地面や神子の眠る祠に吸い込まれていく。それでも景色は変わらない。何度も何度も力を奪ってはこの場所に与えてきた。だけどあたし達の力じゃ幾ら与えても浄化は出来ない。呪いの進行を止めるだけだ。
「見つけてやるよ、神子」
力を貸してくれねぇのなら、無理矢理やらせる。ただそれだけだ。白銀の者と子を作らせたら、その子はどっちで産まれるんだろうなぁ。黒髪で生まれたならばこの地の浄化をさせてやろう。そしたら神子はもう要らねぇ。あたしらもお役御免だぜ。
「くっ、あははははは!!あたしはあたしのやりたい事をする!神子が再び滅びようが関係ねぇ!見てろ古の神子。あんたを消してやるよ」
ガサッ
「誰だ!?」
「…お前はこの瘴気の様に真っ黒だな」
「はん!どうせあたし達は悪役だろうが!!ただ殺されるのを待つ訳にはいかねぇ!兄貴だってそう思うだろうが!!」
あたしはミルみたいに純粋にはなれない。人を信じた馬鹿な神子はあたし達一族に喰われたのだ!その真実を知ったら絶対に許さねぇだろ…。危険因子は一人残らず抹殺される、そういう世界なんだ。
「我ら一族は罪を償わねばならん。お前も分かっているだろう?」
「償ってるだろうが!!1000年もの間!あたし達一族はこの地を抑えて来た!!」
「だがこの地にしたのは我ら一族だ。当然の報いであろう」
「ならいつまで続ければいいんだ!あたしは!あたしはっ…!」
思いが溢れて声が詰まる。あたしはただミルを解放してあげたいだけなんだ!あんな優しい子が殺される事なんてねぇ!この地の為に早死にする必要なんてないんだよ!!あの子は綺麗で純粋なんだ。あたしなんかと違うんだよ…。
「俺がお前らと変わってやりたい。何度そう思ったか分かるか?」
「っ知らねぇよ!興味ねぇ!」
「お前が荊の道を行くならば、俺も共に行こう。一度っきりの人生だ。きっと誰もお前を責めぬよ」
「ばっかじゃねぇの!?兄貴面すんなよ!力もない癖に偉そうに言ってんじゃねぇ!」
「…確かに俺には力は無い。だがお前の兄貴で、家族だ。お前は何をそんなに怯えているのだ?」
あたしは何にも怖くなんかねぇ。怯えて生きているのは皆の方だ。いつかくる運命を受け入れて、何処か諦めたように生きてるなんて、死んでんのと変わんねぇ。
「怯えてんのは皆だろうが。あたしには力があるんだ。何も恐れる事などない。今だって守護者から力を奪う事が出来るのはあたしだけだしな」
「…本物の神子はな、ミルみたいな子だったよ。守護者の状態に心を痛める純粋な女の子だった」
「…はん、そんなの演じてるだけだろ」
「アル…。お前が本当は優しい事を皆知っている。無理して強がる事はないんだ」
無表情のまま兄貴はあたしの頭を撫でた。今まで生きていた中で、兄貴の表情が変わった所を見た事がない。人形の様にずっと無表情なのだ。周りからは気味が悪いとか言われてるけど、あたし達は知っている。頭を撫でる手が優しい事を。
「話せば分かる相手だよ。争いはもう止めなければ。俺逹は先祖とは違うのだから」
「……皆こんな優しいのに、何でこんな姿なんだろうな」
「こんな姿だからこそ、優しさを知ったのかも知れないな」
「そっか。そういう考えもあるんだな」
争いは争いしか生まない。分かってた筈なのに忘れてた様だ。最近思考が黒く染まる事があるんだ。自分の様で自分じゃない誰かが叫ぶ。神子を殺せとさらなる力をと耳元で聞こえるんだ。その闇に危うく飲まれる所だったよ。兄貴には感謝しなきゃ。
「戻ろう。ここは人の心をも狂わす」
「あぁ。ありがとな兄貴」
「お兄ちゃんだからな」
久しぶりに繋いだ手は昔と変わらず、暖かかった。神様いるなら叶えてよ。どうかあたし達に平凡な人生を。他には何も望まないからさ、頼むよ。
『っこんな事をして許されると思うなよ!穢れた一族め!!』
「へいへい。あ、そうだ。神子に会ったら伝えとけ。その首いつか貰い受けるとな」
「なんでお前は挑発するんだよ」
「はん、その方が盛り上がるだろ?あたしらはそれぐらいの扱いを受けるべきなんだよ。分かったか?リーファン」
「分かるか!」
守護者の髪の力を取り込み、その場を離れると付き添い兼、護衛で来ているリーファンがそう尋ねて来たから、それっぽいのを返しといた。悪役は悪役らしくいかねぇとな。
「知ってるか?守護者の力を奪うのも罪なんだぜ?」
「知るかそんな事」
「神子に殺されるのはあたしだけでいいんだよ」
「お前一人を死なせるかよ」
「リーファンは義理堅い男だよな」
まぁそんな所が好きなんだけどな。リーファンの首元を掴んで口付けをする。あたしにはこいつがいるから、例え何が起ころうと平気だ。リーファンといるとあたしは普通の女でいられるんだ。
「乱暴なキスだな」
「いつもの事だろ」
「まぁな。そんで?いつエルドラに言うんだ?」
「リーファンが言えば?」
「やだよ、殴られそうだからな」
そんな幸せな時期があたしにもあったんだ。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆
「リーファン!!!!」
「く、逃げろアルティナ!!!」
『愚かな穢れた一族め。お前如きの力で私の力を奪えると思うなよ』
「っくそ!!リーファン!おい、死ぬなよ」
「俺は、いいから…ごふっ、早く行け」
誤算だった。力が弱っていたと思って居たのに、どうやら神子が来た後の様だった。力を奪う筈が攻撃をされてしまい、リーファンの体を貫いたのだった。くそ!なんでこんな事に!?
『お前も私の力で終わらせてやろう。神子の手を煩わせる程でもない』
「っ、翠玉!!あたしとリーファンを移動させろ!!」
『は、今すぐ!!』
翠玉の力があたし達を包み込み、瞬時に離れた場所に移動した。
「今、助けてやるから、だから…」
「いい…むり、だ」
「あたしは神子だぞ?やればできんだよ」
「ゲホッ!はぁ、銀じゃ…むりだろ」
「っ、分かんないだろ!!もう喋んな!!!」
リーファンの体からは止め処なく血が流れている。口からも血を吐き、呼吸も苦しそうだった。だからあたしは必死に祈った。この血が止まる様に、リーファンの傷が治る様に。だけど銀の粒子では、血は止まる処か量が増えてリーファンの命を縮めてしまった。
「なんで、なんで止まらねぇんだよ!!嫌だ!いやだっ!!」
「はぁ、はぁ、アル…聞いて、くれ」
「っなんだよ、喋んなよ…」
「あい、し、てる」
「止めろ!そんな死ぬみたいに!!!」
涙が次から次えと溢れてきてあたしの視界を歪ませる。リーファンは血まみれの手をあたしの顔に当てて、普段恥ずかしがって絶対に口にしない言葉を途切れ途切れに呟いた。
「泣く、な…。先に、い、く…だけ、だ」
「いやっ、あたしを置いてかないでよ!!一緒に居てくれるって言っただろ!!?」
「わる、い、な…アル、しあわ、せに、なれ」
「そんな事、っそんな事言うんじゃねぇ!!!あんたなしで無理に決まってんだろ!!あたしは、あんたじゃなきゃ!!」
「……………」
「……リーファン?…なぁ、嘘だろ?おい、リーファン!」
リーファンの手があたしの顔からゆっくりと滑り落ちた。声を掛けても返ってはこない。胸に顔を当てて心臓の音を聞いても、もう動いていなかった。あぁ、死んでしまったんだ…。そう気付いた瞬間、声を上げて泣いていた。
「あああああああああああぁぁ!!!!!!」
あたしの愛した男が今ここで死んだ。もう笑いかけてもくれない。あたしの名前を呼んではくれない。その腕で抱きしめてもくれない。あるのは冷えていくこの血に塗れた肉体だけだ。
「なんで!なんであんたが死ななきゃいけないんだよ!!悪いのはあたしだろうがあぁ!!!!!」
リーファンはあたしを護っていてくれただけで、力を奪おうとしたのはあたしなのに!!なんでリーファンが殺されるんだよ!可笑しいだろ!?そんなの可笑しすぎるだろう!!!?
「あいつの!神子のせいだ!!あいつが守護者なんかに力を与えたから!!!っ殺してやる、殺してやるからな!!!!!」
そうだ。リーファンが死んだのは神子のせいだ。神子が現れなきゃリーファンは死ぬことはなかったんだ!いつか、いつか必ず神子も、神子の大切な奴も全て殺してやる。あたしの命よりも大切な人を奪った報いは受けてもらう。
『アルティナ。…戻ってリーファンを埋葬してやろう』
「翠玉。あたしの力でもう一人守護者を作れるか?」
『…無理じゃよ。死ぬつもりかね』
「そうか…。いや、神子を殺すまでは死ねなくなった」
『歴史を繰り返してはならんぞ』
「知ったことか」
一晩泣き、夜が明けた。翠玉の力で村に戻り、リーファンの家族に亡骸を渡した。リーファンの家族は泣き崩れ、もう動かないその体にしがみついていた。それをぼんやりと眺めているとリーファンの母親に頬を叩かれた。
「あんたのせいで!あんたがあんな事をしているから!!」
「母さん!!知ってるだろう!?二人は恋人だったんだぞ!!!一番悲しいのはアルティナだろう!!!」
「っそんなの、そんなの分かってるわよ!!」
叩かれた頬は痛みを感じなかった。痛みも悲しみも苦しみも全て涙と一緒に無くなってしまったのかもな。あるのは無。そして憎しみ。呆然と立ち尽くす私の元に兄貴が騒ぎを聞きつけて来た。
「アル!一体何があったんだ!?」
「…………」
「アル!!」
兄貴はリーファンの家族に短い会話を終えて、何も答えないあたしを連れて家に帰った。ミルと父さんが血塗れのあたしの姿に驚いてるけど、今は何も話したくは無い。部屋に篭り着替えをして湯で体を拭いた。リーファン、ごめんな。あたしが敵をとってやるからな。
「リーファン……」
あたしは自分で自分の体を静かに抱きしめた。
白銀の神子のお話。




