46帰路へ
リリーファレス国、滞在最終日
「あれ?リハルト様達は?」
「ロレアス王子の元で何やらお話されてる様です」
「そうなんだ…」
少しホッとしてしまった。昨日の今日だし、どんな顔をすればいいか分からない。それに昨日の事に触れていいのかも分からなくて、如何すれば正解なのか、誰が教えて欲しい。
「昨日、何かあったのですか?」
「え?何で?」
「昨日から紗良様の様子も変ですし…」
「ううん、大丈夫。何でもないよ?」
「そうですか…」
納得いかない顔をするマリーだけど、これ以上は聞けないと判断したのか急に明るくなった。
「あ、紗良様!こちらバルドニア王子からプレゼントですよ!」
「バルドニア王子から?」
手渡された小さな箱を開けると、カードと髪留めが入っていた。髪留めは百合の花のモチーフで私の黒髪にとても良く映えた。カードには次は踊れるのを楽しみしてますといった内容のメッセージが入っていた。
「バルドニア王子は朝から視察に行かれてしまいましたので、挨拶出来ないお詫びだそうですよ」
「そうなんだ。見かけによらず細やかな男性なのね」
「紗良様。人は見かけで判断してはいけませんよ」
「ふふ、そうね」
帰るのは昼頃なので、プレゼントしてくれた人が居ないけれど髪留めを付けることにした。マリーが何やら言いたそうな顔をしていたけど、何も言わなかったので気にしない事にした。
「ほら、友好の証みたいにならない?」
「そうですわね、紗良様の御髪にとても似合いますわ」
「次は踊ってあげようかな」
「えぇ!?」
「驚くとこ?コレのお礼があるもの」
次がいつあるかは謎だけどね。そうだお礼のカードを書いておこうかな?他国の王子だし、いい顔しといて損はないしね!
「珍しいですね。そんなに気に入られたのですか?」
「プレゼントって何気に初めてだし」
「え?今身に付けていらっしゃる物は全てリハルト様からのプレゼントですよ?」
「そうだけど、ローズレイアの王族以外での話だよ?」
「そうですね(本当は沢山来ているのですけどね)」
誕生日会とかしたら来るのかなー?ダーヴィット様とマーガレット様の生誕祭は凄かったな。二人は誕生日が近いので一緒に行われているらしい。城からしか外を見れなかったけど国中大騒ぎで城下町でも、とても賑やかで皆楽しそうだった。お城でのパーティーもかなり華やかだったのを覚えてる。期間も一週間程で町に何度行きたいと思った事か。
「あ、そう言えばリチェとリハルト様の誕生日って何時なの?」
「あら、言ってませんでしたね。リチェル様は桃月の三日ですわ。リハルト様は紅月の七日ですよ。紗良様は銀月の九日ですよね?」
「うん。リチェはもうすぐね!リハルト様って七夕の日なのね」
この世界は前の世界と同じく、一年十二ヶ月から成り立っている。一ヶ月三十日と決まっているので一年は360日で終わる。桃月は四月にあたり、紅月は七月で銀月は六月になる。
「七夕って何ですか?」
「ん?こっちの世界のお話でね…」
マリーに七夕の話をする。働き者の青年が〜から始まり、最終的には二人が一年に一度逢える日だよとザックリと説明したら端折り過ぎですと怒られた。だって面倒なんだもん。
「とにかく一年に一度しか逢えなくて、その日がリハルト様の誕生日と一緒って事よ」
「何故二人は一年に一度しか逢えないのですか?」
あー、端折ったつけが来ました。まぁ普通は気になるよね。仕方ないので今度は一から説明をすると、納得出来た様だった。
「つまり自業自得ですね」
「そ。だけどそこ迄知らない人も多いのよ?なんかロマンチックだなって思ってるだけの人とかいるけど、仕事せずに二人がイチャついてたからなのにね」
「恋は人を駄目にするの典型ですね」
「そうだね!その日の夜は天の川が見えると二人が逢えるんだけど、雨とか降っちゃうと逢えなくなるんだよ」
「また来年ですか?」
「うん」
まぁ本当は天の川って常にあるみたいだけどねー。其処は夢を壊さない様に言わないけど。まぁこっちではそういうの無さそうだから大丈夫だけどね!
「それは厳しい決まりですね」
「やっと逢える日なのに可哀想だよね。でもさ、宇宙の年数で考えたら一瞬だよ?」
「宇宙とは良く分からないですけど、そう考えたら浪漫がありませんね」
「えっ宇宙知らないの!?うーんと、宇宙はねこの空の向こうだよ。星とか見えるでしょう?あれ全て小さな惑星とかなんだよ」
「惑星ですか?」
これは永遠に説明する羽目になりそうなので、適当に打ち切った。私も詳しく知ってる訳じゃないし、細かくは説明出来ないからここら辺で終わった方が賢明だよね。休憩とばかりに、お菓子を摘まんで紅茶を飲んで一息ついた。このお菓子は薄い生地を捻って焼いてあるクッキーみたいなもので、カリッとしていて甘くて美味しかった。この世界にもこういうのあるんだなー。
「あ、そうだ!七夕の日には笹の葉に願い事を書いた短冊を吊るすと願いが叶うって言われてるんだ」
「笹ですか?」
「うん、こういうの!」
サラサラ〜とカードの裏に竹の絵を書いた。ローズレイアには無いらしいが、見た事はあるみたい。あ、今回の絵は植物なのでちゃんとリアルに書いてありますので、あしからず。
「紗良様、そのカードはバルドニア王子のメッセージカードでは?」
「ん?そうだよ。裏ならいいでしょ?」
「そ、そうですね」
貰った物だし大丈夫よね?そういえば、返事のカードどうしようかな?私持ってないし…とマリーに言うともしかしたらファルド様が持っているかもとの事だった。リハルト様が使う物らしい。私貰った事ないけどね。
「ねぇその話って大事な話?」
「すみません、分かりません」
「だよね。貰いに行こうかな」
「怒られませんかね?」
「部屋の外にファルド様に来て貰えば良くない?」
「でしたら私が行って参ります」
マリーに任せる事にして、私はちょっとだけ部屋から外に出た。探検したかったのよねぇ。マリーが戻って来る迄だからあまり遠くには行けないけど。
「ふんふんふーん」
鼻歌を歌いながら一階に降りて中庭に出た。鳥のようなオブジェがあったり、見た事がない花が咲いていたりで楽しかった。大きな噴水がありその中を覗き込むも水しかなかった。金魚とかいたら綺麗なのになー。蒼玉に金魚出せないか聞いたら、何ソレと言われてしまった。
「鯉でもいいんだけど」
『よく分からないけど、生き物は出せないよ』
「やっぱり?あ、そろそろ戻らなきゃ!」
思わずのんびりしてしまったけど、私部屋を抜け出してるんでした!リリーファレスの使用人とすれ違いながら急いで戻る。急ぐといっても使用人の前では澄ました顔して歩いているけどね。フードローブ忘れちゃったし。
ガチャ
「セーフ?」
「アウトだ馬鹿者」
「ひ、リハルト様!?」
「そんなに驚く事か?」
ドアを開けて中に入ると背後から声がした。振り向くとリハルト様で、普段通りの様子に少しだけもやっとした。昨日の事はなかった事でいいんだよね?
「な、何でいるの…?」
「俺もこの部屋だからな」
「ロレアスの部屋に居たんじゃ…」
「お前がカードが欲しいと言ったのではないか」
リハルト様の後ろにはマリーとファルド様もいた。少し遅かったかと言えばマリーが部屋に私が居ない事を報告に行き、それを聞いて戻って来たそうだった。完全にアウトでした。
「カードあるの?」
「あぁ。それか?プレゼントは」
「うん、可愛いよね」
「…気に入らんな」
「へ?」
聞き返すも無視されて、リハルト様はファルド様にカードを出す様に指示していた。気に入らないって似合わないって事なのかな?結構可愛いと思ったんだけどな。
「紗良様。どうぞカードです」
「ありがとうファルド様」
薔薇の紋章が入ったカードを受け取り、メッセージを書く為に仕事机を借りて羽ペンを手に取った。
「…リハルト様、書きづらいです…」
「気にするな」
背後に立ち、片手をテーブルに置いて見られている。気にするなと言われても、人に見られながら書くのは恥ずかしいんだけど!ファルド様に助けを求める視線を向けると、静かに首を横に振られた。仕方ないのでその状態で返事を書いた。
「あ…」
「後でロレアスに渡しておく。ファルド」
「はい」
書き終わった瞬間にリハルト様に取られて、ファルド様の手に渡った。本当に渡してくれるのかと少しだけ心配になったけど、大丈夫だよね?
「それで?」
「え?」
「何故部屋から出たのだ?」
「庭を見たくて…」
「ほぅ」
「本当だよ?すぐ戻るつもりだったもの」
すぐ耳の後ろにリハルト様の顔があり、吐息が掛かる為、下を俯きながら答えを返した。やっぱり今日もなんか変な気がする…。やけに密着してくるし。
「そうか。百合の花はあまり好かんな」
「薔薇がいいの?」
「そうだな、お前には薔薇が似合う」
「…っ、髪触らないでよ…」
姿勢的に身動きが取れなくて、逃れる事が出来ないのをいい事に、リハルト様に髪を触られた。くすぐったいし恥ずかしいので止めて欲しい。
「っファルド様助けて!」
「…はぁ、リハルト様そのへんで。我々もいるのですよ」
「仕方ない、許してやろう」
パッとリハルト様が離れたので、ダッシュでマリーの元に駆け寄った。背中に隠れて様子を見ると、リハルト様は興味が削がれたのか机の上の書類に目を通し始めた。この国での出来事をダーヴィット様に報告しなきゃいけないらしく、それを書面に記さないといけないのだとか。
「紗良様、私は帰りの準備をしますので本でも読まれたら如何ですか?」
「…持ってきた本は全て読んだんだよね」
「結構ありましたのに…」
「ねぇねぇ、まだ時間ある?」
「ありませんよ」
ピシャリとファルド様に言われてしまった。これ以上手間取らせるんじゃねぇよオーラが凄い。すみませんでした。
「…暇」
マリーは衣装しまったりしてるし、リハルト様はお仕事だし。紅玉と蒼玉は安易に出すなと釘をさされてるし、やる事がない。一度読んだ本はもう読みたくないしね。
「紙とペン貸して?」
「何か書くのか?」
「ん?暇つぶしに落書きしようと思って」
「……。もう少し大人になったらどうだ?」
「大人ですけど?」
「どうぞ紗良様」
何かをしでかすよりマシだと判断したのか、ファルド様が紙と羽ペンを貸してくれた。それを持ってテーブルに行き、鼻歌を歌いながらサラサラ〜とペンを滑らした。
「らんらーん、るるるー」
「五月蝿い」
「……ふんふんふーん」
「音量を下げても五月蝿いが?」
「もう、リハルト様って神経質なのね」
気分が乗ると鼻歌を歌ってしまうのは昔からの癖なので、許して欲しいんだけどな。無意識なんだしさ。
「で?何を書いたのだ?」
「アクセサリー…えっと、貴金属の装飾品?」
「見せてみろ」
「え、困るよ!この世界とは感じが違うし、ただこういうの欲しいなーって書いた落書きだし」
「構わん」
構わん、じゃないんですけどね!?お仕事して下さいと言えば、お前のせいで集中出来ぬと言われてしまった。リハルト様の集中力の問題かと思うんだけど。
「全て質素だな」
「これぐらい、さり気ない方が好きなの。こっちのは派手だし重いからあまり好きじゃないのよね」
「確かに紗良様は見るのは好きですけど、着けるのを嫌がりますものね」
「肩凝っちゃうからね」
「どれも最高級の品を用意しているのだが、着けないのはそんな理由か」
だから宝石はいらないって断ってるんだよね。前にネックレスを失くした時に、リハルト様がプレゼントしてくれるって言って、実際に貰ったんだけど大きいのよね。立派な宝石で綺麗なんだけど、普段には合わせずらい。リハルト様にしては華やかなチョイスだなって思った。
「紗良様の様な女性は、この世界には珍しいですからね」
「やっぱり派手なのが人気なの?」
「そうですね。女性は高額で綺麗な物がお好きなのでは?」
「うーん、一概には言えないけど、そうなのかもね」
「これぐらいの小さい物なら着けるのか?」
「うん!普段使いしたいの」
「そうか」
ピアスは派手なのも可愛いけど、付けっ放し出来る様なデザインがいいのよね。ズボラな私だからかも知れないのだけど。指輪はゴテゴテ過ぎて論外ね。博物館にでも飾れそうだわ。
「ルーナスさんが宝飾品のデザインしてもお洒落そうだなぁ」
「そうか?奇抜な物が出来そうだが」
「そういうのが流行ったりするんだよ!」
貴族の女性達は流行に敏感だから、そのネットワークにのせて発信して行けばすぐ流行るのだ。花をドレスに付けた時も凄かったもの。神子という立場も物を流行らす上で利点よね。だって皆真似するんだもの。
「流行りとかお前が気にするのか?」
「ううん、私は興味ないよ」
「だろうな」
服は派手じゃなければ何でもいいし、リハルト様が用意してくれる服で満足してるしね。欲を言えば服が多いので減らして欲しい。
「沢山服を貰っても、着れないのよね」
「日替わりで着ればいいだろう」
「一回だけじゃもったいないよ。折角素敵な服ばかりなのに」
「…分かった。考えておこう」
何故考えるなのか。控えるとか、止めるという選択肢はないのだろうか。これだから金持ちは困るんだから。…そもそもリハルト様は私の服に幾ら使っているのだろうか?
「…総額が怖いんだけど」
「大丈夫ですよ紗良様。リハルト様が勝手にしている事ですから」
「おい」
「そこまでしてくれなくていいのに…」
「俺がしたいだけだ。気にするな」
「気にするよ…。そんなにして貰える程、私は何もしてないよ」
リハルト様がそこ迄する義理が無いと思うのだけど。そんなやり取りをしていると何時の間にか帰りの時間になり、準備を終えて最後のお別れの挨拶をする。国王や王妃とは先に挨拶を済まして来たので、ロレアスとローラル姫にだ。
「また来てくださいね神子様!」
「今度はゆっくりお話し出来たら良いですわね」
「はい!」
「リハルト、紗良。本当に色々とありがとう。助かったよ」
「えぇ、お役に立てて良かったですわ」
「また何かあれば力になりますよ」
使用人の人達もいるので、リハルト様も私もスイッチがオンになっているのです。和かに挨拶を交わして馬車に乗ろうとしたら、一台の馬車が横についた。
「げ…」
「リリーファレスの馬車?」
ガチャリとドアが開いて現れたのは、バルドニア王子だった。ロレアスが嫌な顔をあらかさまに出しているのが見えた。少しは隠しなさいよね。
「神子様!間に合って良かったです」
「バルドニア王子。視察に行かれていると伺ってましたけど…」
「早目に終わったので急いで戻って参りました。神子様に最後お会い出来て良かったです!」
「まぁ、それは光栄ですわ」
「その髪飾り着けてくださったのですね!あぁ、やはり白が映えて似合いますね」
満面の笑みでそう言われたら、誰だって悪い気はしないよね。これで細身のイケメンだったら、文句無しのどストライクでした。何故こんなゴリゴリに産まれてしまったのだろうか。
「ありがとうございます。大事にしますね」
「次こそは私と踊って頂けますか?」
「えぇ、練習しておきますね」
チュッ
「楽しみにしております」
手を取られて手の甲にそっとキスをされた。もの凄く紳士の振る舞いなんだけど、ゴリゴリ過ぎてゾワッとしてしまった。御免なさい…マッチョ駄目なんですうぅぅぅぅ。
「それではバルドニア王子。そろそろ失礼させて頂きますね」
「リハルト王子も我が国の為に有難う御座いました。また何かあればお願いしたい」
「此方も忙しい身でありますが、協力出来る事はさせて頂きますよ」
「では神子様。お気を付けて」
「有難う御座います。失礼致しますわ」
馬車に乗り込むと、リハルト様にハンカチで手を拭われた。どうやら先程のバルドニア王子のキスを拭ってくれたみたい。
「嫌なら嫌と言え」
「神子じゃ言えないわ。それにあれは挨拶程度だもの。拒めるわけ無いじゃない!」
「体が固まっていたぞ」
「だってゴリゴリなんだもの。王妃に似たら良かったのに」
「なんだゴリゴリって…」
これから一週間かけてローズレイアに戻らなきゃならない。ただ馬車に乗っているだけではなく、他の領地の視察も兼ねているので、意外に忙しかったりするのよね。
「早くローズレイアに着かないかな」
馬車の中から活気あるリリーファレスの城下町を眺めながら、想いを馳せるのであった。




