43シュラーフ墓地
リリーファレス国滞在五日目
昨日のリベンジでリリーファレス城から二時間程の場所にある、ドントムという町の外れにあるシュラーフ墓地に来ております。意気込んで来たものの、もう帰りたい…。目の前の鉄製の柵から不穏な気配が漂ってくる。
「準備はいいかい?」
「やっぱり無理かも…」
「うん、その感じだとそうだろうね」
リハルト様とファルド様を盾に後ろで縮こまっている私を呆れた様に引き離すロレアス。おのれ!私を殺す気か!!盾なしでは進めないんですけど!?と抗議する私を軽々と担ぎ上げた。
「しっかり捕まって目を閉じてるんだな」
「っ嫌ーーー!!!!ロレアスは先陣じゃない!絶対嫌!!!」
「おい、暴れるなって…」
「貸せ、俺が預かる」
「仕方ないな。紗良は我儘なんだから」
「もう少し女性の扱い覚えたら?担ぐなんてありえない!」
「はいはい」
まるで物の様にリハルト様に渡されて、ロレアスに文句を言えば軽く流される始末。どんどんロレアスの私に対する扱いが酷くなっている気がするんだけど…。
「じゃあ行くよ?」
「あぁ」
ギギギと嫌な音を立てて鉄製の柵が開いた。柵の中から立ち込める腐臭に顔を歪ませる。ホント無理、ホントありえない…!!だけどロレアスは怯む様子もなく従者(前にローズレイアでロレアスの側にいた人)のアルトーラス(センター分けのオカッパ頭に眼鏡を掛けた、神経質そうな男性で通称アルト)と中に入って行く。そのすぐ後ろを呼び出した蒼玉が付いて行った(紅玉は遺体を灰にしてしまうので、中でお休みだ)。
『凄いねロレアス!見事な剣さばきだ』
「どうも。これでも腕には覚えがあるもんでね」
「兄であるバルドニア様には敵いませんが」
「おい、萎えるような事言うなって」
中から蒼玉の明るい声とロレアスとアルトの会話が聞こえてくる。って事はすぐそこにいるんですよね!?暫く待っていると、中からOKの合図が来たのでリハルト様の背中にしがみついたまま、ファルド様に後ろに立ってもらい中に入った。
「……リハルト様、どんな感じですか?」
「目を開けても問題無さそうだ」
「本当に?」
『近くにいた死者は取り敢えずこの周辺からは飛ばしといたよ』
流石、蒼玉だわ。恐る恐る目を開くと腐臭はするもののゾンビの姿は見えずホッとする。本来なら騎士で周りをギチギチに固めたい所だけど、守護者の存在をあまり広めたくないので、このメンバーで行く事になったのだ。皆心強すぎでしょ、普通は死者が動くって怖いよね?
「紗良様。怖いと思うから怖いのです。ほら、見慣れたら大した事有りませんよ」
「ほらって、ファルド様は何を見てるの?……っっ!近くにいないって言ったじゃない!!!」
「あれ?なんかまた集まって来たね」
「紗良、目を閉じてろ」
ファルド様が指を指した方に首を向けると、数体のゾンビがノロノロと歩いてきている。土色の肌に肉が削げ落ちている部分から生々しい肉が見える。目玉がなく窪みだけの者、体の一部分が無い者など様々だった。そんな姿に失神しそうになるのを堪えて、剣を抜いたリハルト様の体に顔を埋めて念仏を唱える。
「南無阿弥陀南無阿弥陀…」
「お前の方が怖い!その呪文を唱えるのをやめろ!」
目を閉じていても、耳には斬り付ける音やゾンビの呻き声、水の音などが入り混じり最悪だった。念仏は気力が削がれるらしく、禁止されてしまったので頭の中でひたすら唱えた。ゾンビに唱えたって無意味なんだけど、何かを考えてないと死にそうなので。
『人の匂いや音で寄って来てる様だね』
「紗良が騒ぐから来るんだよ」
「私の所為!?ってか今どんな状況なの!?蒼玉は全部吹き飛ばしてよー!」
『やってるよ。壁も作ってるけど進まなきゃだし、ワラワラやって来るんだ』
どうやら私達に吸い寄せられる様にこの場所にゾンビが集まって来ている様だった。ならバラけよう!と言えば数が多いから得策では無いそうだ。つまりはこの地を浄化しなきゃ終わらないらしい。
「蒼玉!守護者は何処に居るのか分かる?」
『いや、力が小さすぎて分からない。精神世界で会わなかった?』
「残念だけど、近くの地で寝ないと出会わないの!」
「兎に角、中心に向かうしか無い様ですね」
シュラーフ墓地は複数の町の墓を一箇所に纏めている為、敷地は広く遺体の眠る数も多いのだ。よりにもよってこの地じゃなくてもいいのに!!
「っ!」
「大丈夫か!?アルト」
「問題有りません、擦り傷です」
「…え!?噛まれた?アルトーラスもゾンビになっちゃう!!?」
「…神子様、嫌な事を言わないで下さい」
「紗良、治せるか?」
「目を開けらんないから、こっち来てくれたら…」
アルトーラスが近くに来たので薄っすらと目を開けて確認する。多少血は流れているものの、傷は浅いので祈りの力ですぐ治った。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
「アルト、悪いが早く手伝ってくれ!」
ロレアスの焦った声が聞こえたので、見えないこの状況もなんだか怖くなってきた。腹を括って目を開けて辺りを見回すと水の壁に阻まれているとは言え、かなりの量のゾンビがいた。後ろを水の壁で護りながら前で戦いながら進んでいたらしい。
「---っ!!」
「目を閉じていればいいものを。頼むから気を失うなよ」
「神子様の力を感じたら急に活発になりましたね」
「神聖森の時と同じです。なるべく力は使わない方が宜しいかと」
「でもっ、このままじゃジリ貧だわ!」
そしてこんな状況だけど良い事思いついた!でも上手くいくか分からなくて、失敗すればより状況は悪化する。上手くいけばここら一体のゾンビは浄化される寸法だ。
「一か八かだけど…リハルト様!力を使うわ!」
「何をするつもりだ?」
「周辺のゾンビを一掃する!」
「それ出来るなら早くして欲しいね」
「成功すればの話だけど。失敗すれば更に危険になるわ」
「成功する確率は?」
「50%!」
神聖森の時にやった様に、蒼玉の力と同化した時の応用をやるのだ。だけどやったこと無いので成功するかは神のみぞ知るってね。まぁ今迄の経験上、土壇場の成功率は割かし高い。ただ問題は後に控えている、この地の浄化に力が足りるかって事なのよね。それに皆に壁として踏ん張ってもらわないといけないからリスクは高い。
「致し方ない、この場を切り抜けるぞ!何をすればいい?」
「蒼玉を借りるからその間皆に耐えて欲しいの!」
「神子様はこの大群を我々で裁けと仰るのですか?」
「そうよ!力を練る間をお願いしたいの!最悪の場合は紅玉を出すから」
「了解!やるしかないんだろ?腹をくくれアルト」
蒼玉が壁の水ごとゾンビを吹っ飛ばし、その隙に円陣を組んで皆が剣を構える。私と蒼玉は円陣の中心で力を練る。
「蒼玉に力に同化させて、水の中に粒子を取り込ませるの。それをゾンビに浴びせる」
『理屈は分かるけど、結構厳しいよ?』
「そうよ?でもやるしかないの!さぁ、なるべく多くの水を出して」
『分かったよ。言い出したら聞かないんだから』
頭上に大量の水を出現させた蒼玉の前に立ち、水に触れてゆっくりと少しずつ力を流す。先に力を同化させる事で粒子が消えない様にするのだ。そうする事で、水がかかった地への浄化も済ませて後々の負担を軽減しようって魂胆なの。つまりこの作業で聖水を作り出すの。
『紗良、焦らないで。ゆっくりだ』
「うん、分かってる」
「状況的には急いで頂きたいんですがね!?」
『しっ!力のコントロールは繊細なんだ』
あの泉での水の膜に同化したのを思い出して、念密に力を織り込んでいく。蒼玉と同じ量の力を混ぜ合わせる様にしなくてはならない。あの時勢いで出来たのは奇跡に近い。元は私の力でも守護者に合わせて少し性質が変わっているのだ。それに合わせるのが難しいのよね。
「そろそろ限界なんだけどまだかかる?」
「もうちょい」
力を同化する事が出来たので後は消えないように粒子を取り込ませればいい。少しだけ周りを見ると死なない相手との戦闘に苦戦しているらしく、皆辛そうだった。急がなくちゃと祈りを水の中に捧げるとゾンビ達の動きが速くなり、リハルト様達に襲いかかる。
「ちっ!」
「リハルト様!」
「大丈夫だ!目の前の死者に専念しろ!」
「っ分かりました」
「ーーーー出来た!!やるよ!蒼玉」
粒子を取り込んだ水をシャワー状に分散させて、雨のように降らせた。すると水に触れたゾンビは次々と倒れ出して動かなくなった。水が染み込んだ地面も明るく輝いている様に見える。…どうやら成功したみたい。
「やったぁ!!成功よ!」
「助かった…」
「よくやった紗良」
「っ!?リハルト様、顔に傷が!」
「問題ない。それより先に進むぞ」
「でも!」
「先程のでかなり力を使っただろう?」
そうだけど、その傷なら大した力も使わないのに。本当に心配性なんだから。だけど急がなきゃいけないのは事実なので、傷を治すのは全てが終わってからにしよう。
「走るぞ!」
「うん」
止まっているとまたゾンビが寄って来てしまうので、走って中央付近を目指す。何処が中央なのか分かるのか聞いたら、女神像が建っている所がそうらしい。
「はぁ、はぁ、まだ見えないわね…きゃっ!」
ザシュッ
「ゔゔぅ…」
「紗良様、大丈夫ですか?」
「ありがとう、ファルド様」
走っていく道にもゾンビはいるので注意をしなくちゃいけない。さっきのは集まって来たゾンビを浄化しただけで、中央側に行けばまだまだ大量のゾンビがいるのだ。10分程走った先に漸く女神像が見えてきた。
「彼方に見える像が、このシュラーフ墓地の中心部になります」
「かなり死者がいるな…」
『僕がさっきと同じ様に壁を作るから、紗良は浄化と守護者を宜しく』
「分かった!」
女神像の付近のゾンビを蹴散らし、蒼玉が水の防御壁をぐるりと一周張り巡らせた。それを確認してから、この地の浄化に入る。浄化さえ出来て仕舞えば後は楽勝だ。
「何故奴らは粒子に反応するのだ?」
「さぁ分かりませんが、激しく反応しますよね」
「生きたいと願うのは自然の摂理だから、力を得ようと無意識に粒子に反応するのかも!無理な話なんだけどさ」
「そうでしょうか?私は粒子を見つけたって事は、神子を見つけた事に繋がると思いますが」
どうやらアルトーラスが言いたいのはこうだ。狙われてるのは生者という理由ではなく、神子がいるからだそう。つまり私の所為と言う事ですね、分かりますよ、えぇ。
「私だって好きで狙われてるんじゃないよ」
「そういう意味ではありません。神子を襲う事に何らかの得があるとしたら?例えば血肉を喰らえば力や命が手に入るとか。死者だからこそ、本能的に何かを求めてるのかも知れませんよ」
「馬鹿馬鹿しい。あまりにも突拍子のない発言だな」
「そうだな。でも、アルトは他の者と着眼点が違ってね、後になって言ってた通りになった事が山程あるんだ。あながち間違ってないかもな」
え?って事は私がゾンビに捕まったら食べられるって事ですか?ん?待てよ?前に琥珀がそんな事を言っていた気がする…。確かリハルト様が神聖森に入るにはって話をしていた時だ。
「……む…」
『紗良、早く浄化をしよう。この壁はずっとは無理だよ。それに、そんな憶測の話をしていても仕方ないでしょ?』
「そうですよ。あくまで私の個人的感想ですから気にしないで下さい。ふと脳裏をよぎっただけのどうしようもないお話です」
「…そうだよね!今すぐ取り掛かるね!」
アルトーラスが黙り込んだ私にフォローを入れるが、その通りなんだけどね。それにこの話は他言無用で他の人間に知られてはいけない。リハルト様もそれを知っていて誤魔化してくれたのだろう。
「祈りの力よ、この地の穢れを浄化し給え」
目を閉じ、女神像に触れて言葉を唱える。言葉を唱えた方がより効果がある事を先日出会った守護者が教えてくれた。言葉は粒子に力の行き先が伝わればどんな言い方でも問題無いらしい。心の中で思っているよりも断然違うのだとか。
何だよ、もっと早く教えて欲しかったと紅玉に言えば、前の神子もあまり口には出さなかったそうで忘れていたんだって。理由はあるみたいだけど、私には話してはくれなかった。
「凄いな、何度見ても綺麗だ。これがあの紗良の力だとは毎回信じられないよ」
「前に浄化をした時はとても素晴らしい光景でした。今回もそれが見られるかと」
「そう言えば強い風が吹いたと思ったら、森の雰囲気が一変していたな」
「はい、大地の生まれ変わりを体感した錯覚に陥りました」
『実際にそうなんだよ。穢れた地は死に、新しい聖地として生まれ変わるんだ。でもそれが出来るのは神子の中でも、数少ないんだ』
「神子様だからといって誰でも出来る訳では無いのですね」
ルドルフ…いや、蒼玉から今迄知り得なかった情報を聞かされた。何故黙って居たのかと聞けば、ふと思い出したのだそう。最近紗良の影響か蒼玉も随分惚けてきた様な気がするのは気の所為だろうか。
『紗良は歴代の神子の中でも、とびきり優れた力を持っているんだよ。だけど勘違いしてはいけないのは無限じゃないって事だ』
「無限じゃない?寝れば治るのではないか?」
『そうだよ。でもそれは時間を対価にしているだろう?人間の短い人生の中で、それはどれぐらいの時間になるだろうか』
「…そうだよな。紗良は世界の違う俺達に神子だからという理由で助けてくれる。もっと自分の事に時間割いてもいいのにな」
ロレアスが申し訳なさそうに、土地の浄化に祈りを捧げている紗良を見つめていた。俺も、国も、世界も紗良を求めている。だからこそ紗良は身を削ってまでも、それに応えてくれようとしている。
「甘えて居たのかも知れないな。紗良には紗良の人生があって、その時間を貰っているのだから、もう少し自由にさせてやるべきなのかもな」
「でも、神子である以上は普通の人生は無理だ。俺やリハルトが王子な様にな」
「そうですよ。リハルト様のは、紗良様の身を案じるあまりに過保護になってしまっているだけですしね」
「結局のところ本人さえ良ければ良いのでは?」
ロレアスの従者の言葉がこの話題の結論だな。本人も神子としての仕事には乗り気だし、何よりも守護者の為にしていると自分で言っていた。困ってる者を放っておけないのは性分の様だし、ある意味天職なのではないか?
『自分の都合のいい様に捉えるのは、人間の特技だよね』
「そうかもな」
「いいではありませんか。我々人間は短い人生なのですから、そのぐらいの自由は頂きたいです」
まるで見透かされたかの様なその言葉が、胸に刺さった。そうだ、これはそうあって欲しいという願望なのだ。それを紗良には知らぬ内に押し付けてしまってはいないか?俺が側に居て欲しいと言えば、紗良はそうすると言う。これをやってくれと言えば、紗良はやってくれる。それは紗良の優しさにつけ込んでいるのではないのか?
『リハルト、僕はね…』
蒼玉の後に続く言葉は、突風に掻き消されて耳に届く事は無かった。
中盤に訂正入れました。




