42恥よりも恐怖が強い
リリーファレス国に滞在四日目
午前中に予定していた二か所の視察が大した疲労もなく、問題なく終わったのでもう一件の場所を訪れていた。
「この場所なんだけど」
「「………」」
「…ねえ」
「なんだい?」
「聞きたくないんだけどさ、ここって何の場所?」
「柵で覆われているな…」
「ここは墓地だよ」
「いやあああああ!やっぱり!!?なんか嫌な感じするもん!」
不気味な雰囲気が漂うその場所は背の高い鉄製の柵で覆われており、中が見えない様になっていた。物凄く嫌な予感するけど、聞かなくちゃ駄目なのよね?震える声でロレアスにこの柵の意味を尋ねた。
「…死者がね、動き回っているんだ」
「っっっ!!」
「落ち着け紗良」
「無理無理無理!」
「はは、大胆だねぇ」
恥を捨てて半泣きでリハルト様にしがみ付き、顔を埋めて墓地を見ない様に目を瞑った。絶対に行かない!絶対に行かない!!死んだって行かないんだからあああああ!!
「見るかい?」
「止めてやれ、死んでしまう」
「それもそうだね」
「紗良、ここから出来るか?」
「むりいぃぃぃぃ!!!」
「いいなリハルト。役得じゃん」
むしろこの場所から早く立ち去りたい!死者ってゾンビでしょ!?噛まれたらゾンビになるやつでしょ!?何で二人は平気なの!!?頭可笑しいんじゃない!?そうテンパる私にロレアスのお気楽そうな声が聞こえて殺意を覚えた。
「この状態じゃ無理そうだな」
「それは困るな。死者を全て倒したら行けるかい?」
「っ無理に決まってるでしょ!?もう嫌、リハルト様帰ろうよ…。リリーファレスじゃなくてローズレイアに帰ろう。もう私、城から一歩も出なくていいから…。こんな怖いとこ嫌だもん…」
「そうだな、帰ろうか」
「おい、紗良に絆されるな!幸せそうな顔してないで如何にかしてくれって」
リハルト様に力一杯しがみついたまま、泣き言を並べると賛同してくれたリハルト様。やっぱりリハルト様は優しいのに、ロレアスがそれを許してくれない。ロレアスが居なければ帰れたのに…。やっぱり殺って仕舞おうか。
「リハルト様、お気持ちは分かりますがこれも仕事です」
「もっと言ってよファルド!」
「五月蝿い。紗良が嫌がるならやらせない」
「だー!紗良には甘いんだから!」
「紗良様、このままでは付近の民は安心して暮らせませんよ。それに死者には安眠して頂かないと」
「っじゃあファルド様やってよ!私無理だもん、帰りたい!!」
「…はぁ。リハルト様」
ファルド様に圧を掛けられたのか、渋々リハルト様が私を引き離そうとするので頑張って手を離さないように力を入れた。
「っリハルトさまぁ」
「…っ」
泣きながらリハルト様を見つめるとその手の力が弱まり、寧ろ更に抱き締められた。まるで生き別れた恋人が再開したかの様な抱擁になっているが、関係ない。リハルト様から離れたら彼処に近づかなきゃならなくなるのだから!
「駄目ですね。すみませんロレアス王子。今日は諦めて下さい」
「ファルドでも無理か…。仕方ない一度戻ろう」
「二度と来ない!」
「はいはい、早く馬車に乗って下さいね」
ファルド様に促されて、リハルト様に引っ付いた状態のまま馬車に乗り込んだ。馬車が走り出して10分程して漸く離れた。此処まで来れば、引き返す事も無いだろう。
「何だ、もういいのか?」
「うん…。大分離れたし」
「…そうか」
何だか少し残念そうな顔をしているリハルト様。何でだろうか?キチンと座り直してリハルト様の衣装を見ると皺になっていた。あー…私がしがみついた所為だな。
「ごめん、皺になっちゃったね」
「構わん。それよりもそんなに怖かったのか?」
「うん、逆に何で皆は怖くないの?」
「所詮屍だろう。何が怖いのだ?」
「死者が動いてる事が嫌なの!倒しても倒しても動き続けるのよ!?」
「そうなのか?それは厄介だな」
「厄介って言葉で片付けらんないよ!噛まれたら自分もゾンビになっちゃうのよ!?」
必死にそう訴えたら可笑しそうに頭を撫でられてしまった。また子供扱いして…!リハルト様や皆はゾンビの恐ろしさを知らないから、そんな余裕でいられるんだわ!私だって実際に見た事ある訳じゃないし、ゲームの世界のゾンビしか知らないけど、大体どれも同じ感じだから認識は間違ってないと思う。
「本当なんだから!」
「そうか、それは怖いな」
「笑ってるじゃない!もー知らないんだから!」
「お化けとかも嫌いな類か?」
「嫌いってか怖い…」
「成る程。お子様だな」
ムスッとしてフードを被り目を瞑る。今日はきっと夢で魘されそうな気がするんだけど…。二時間程で城に着いて足早に部屋に戻った。もう視察は行きません!帰りの日まで二度と部屋から出ません!ってスタンスで行こうと思う。多分、ファルド様が許してくれないけど。
「大体なんで死者が動くのよ…」
『守護者の所為だとは思えないけどね。力の枯渇なら大地が荒れるだろう?』
『いや、例の白銀の神子が来ていたとしたら、分からないがな。力を奪われた苦しみから死者に力が渡ってしまったと考えてもおかしくは無い』
「こんな遠い所にも来るのかなぁ?」
『拠点が分からん以上はあり得るさ』
蒼玉と紅玉とあの墓場の話をする。確かに紫水晶の時も、地面が隆起して地響きがしていたのだから、無くはないけどね。だからといって、そんな混沌とした場所には行きたくないのだけど。
「例えばの話、近くからでも力を送れば問題無いのかな?」
『どうだかな。やってみないと分からないが、そうなると浄化が必要になる』
『どうして?死者が彷徨う事で大地が穢れるから?』
『そうだ。死者は陰の気で溢れているからな。生者には毒にしかならぬ』
「…行くべきなの?」
『神子は行きたくないのだろ?ならば放っておけばよい。あの地の守護者が苦しむだけだからな』
紅玉は口の端を上げてニヤリと笑って私を見た。随分と卑怯な言い方をするのだから。そう言われてしまうと私が酷い人みたいじゃない。
「…尊い犠牲になって……っもうそんな目で見ないで!」
『紅玉、紗良で遊ばないでよね』
『遊んでなどいない。死者は土に還るべきなのだ、それがこの世の理なんじゃないのか?』
「そうだけど…」
『なら神子のやるべき事は一つだろう?』
「うぅ、そうだけどさ…」
「紅玉様は流石ですね」
あの地の守護者に犠牲になってもらおうと口にしようとしたら、紅玉に冷やかな目で見られた。分かってるよ?やらなきゃいけないんでしょ!?分かってるけど怖いんだもん!そんな私達の様子を窺っていたリハルト様が口を開いた。
「ならばどうするのが最善だ?浄化するには土地の中心部に行かねばならぬのだろう?」
『そうだ。我々が道を開くしかないだろう』
『僕の力はいいけど、君の力じゃ消し炭になってしまうよ』
『魂はそこにないのだ。問題はない』
「大ありだよ!遺族からしたら大事な家族の体なんだよ?」
『なら神子がどうにかするんだな』
そう言って紅玉は消えてしまった。どうにかしろと言われても…。消し炭は理想なんだけど、それは私達がやっていい事ではないと思うから。蒼玉が土地の浄化を出来ないのかと聞いたら、無理だと言われた。力を渡すのとは訳が違うのだそうで。ガシガシと頭を掻いて机に突っ伏した。
「紗良様、御髪が…」
『紗良は時々男らしい仕草するよね』
「うるさい」
「そうなると、斬り付けるのも駄目ですかね」
「斬って!ゾンビに囲まれるぐらいなら!!」
「先程と言ってる事が違うのだが」
斬ったぐらいなら構わないだろう。元々腐りかけなんだから。散らかったご遺体はロレアスに責任持ってやらせればいいのだ。そうだ、それがいい!と心の中での決定事項が口に出ていたらしく、なんとも言えない目を皆から向けられてしまった。
「それぐらいの責任はとってもらってもいいと思う…」
『残酷な事言うよね』
「でもロレアスは全て倒すって言った」
「…冗談だと思いますが」
「とにかく男に二言はないの!先陣切ってもらうわ」
「紗良様、仮にも他国の王子ですよ?」
「そんなの知ったこっちゃない。自分の言った事に責任持てない男って、私嫌いなのよね。情けないと思わない?」
その言葉を聞いたリハルト、ファルド、蒼玉の三名は自らの発言に気を付けようと心に誓ったのであった。特に追い込まれた紗良は何を言い出すか分かったものではないのだから。三名はこの場に居ないロレアスに対して心の中で手を合わせるのだった。
☆ー☆ー☆ー☆
「は、それ本気で言ってる?」
「勿論。出来るよね?」
「…怒ってるの?嫌だなぁ、紗良を和ませる為の冗談だったのに」
「そんなの関係ないわ。この仕事振ったロレアスの責任だもの。おいしい思いをするのだから、それぐらいやって貰わないと」
満面の笑みでロレアス王子を脅している紗良様。それにしても泣き喚いたり、笑ったり忙しい方ですわ。この件がロレアス王子の評価に繋がるとお気づきの所は流石ですね。いつもその様な素振りはなさらないのに、時たまこうして発揮されるのを見るに紗良様は観察力が鋭いのでは思いますわね。普段はまったく子供の様でそうは見えないのが頭の痛い所ですけれど。そして恋愛面ではさっぱり機能しないのですよね。
「なんだ、それぐらいは分かるんだね」
「当たり前でしょ。神子と繋がりがあって問題の地の解決をしてしまう事で、王の評価も上がり民の支持も上がる。終いには第一王子を押し退けてロレアスが王になる!これぐらい子供でも分かるわ」
「流石に子供はどうかと思うし、王にまでは分からないけど。ま、前半はその通りだからね。仕方ない先陣でもなんでもやろう」
「当然よ」
「はは、墓地の前の紗良とはまるで別人の様だね」
腰に手を当てて偉そうにする紗良様に、苦笑されているロレアス王子。そうですのよね、腹を括ると強いと言いますか、人が変わると言いますか。神子様としての威厳は持ち合わせておいでなので、他の人の前では素晴らしい人格者の神子様をやりきるのですよね。そればかりは見事としか言えませんわ。
「神子様としての紗良様は逞しいですからね」
「シュヴァインの様にな」
「まだそのネタ引っ張るの!?第一、シュヴァインに似てるのは私じゃなくてバルドニア王子でしょう?」
「ぶはっ!そ、それ本人に言っちゃ駄目だよ?」
「言わないわよ。そこまで馬鹿じゃない」
大笑いするロレアス王子と納得するように頷いているリハルト様。そこは納得してはいけませんわ。紗良様は暑苦しい男性はあまり好きではない様で評価が厳しいのですよね。逞しくて格好いいと思うのですけど、バルドニア王子はエイドリュー王の遺伝子を濃く受け継いでしまった様で、少しむさ苦しさは否めませんね。
「紗良の好みはリハルトの様な感じかい?」
「うん、そうね。理想だわ」
「は?」
「おや」
「あら、そうでしたの?」
「え、マリーも見たでしょ?」
「あぁ、背筋の話でしたか」
当然じゃないと言う目で紗良様に見られてしまいましたわ。あぁ、リハルト様が喜ばれていたのに、その発言で台無しですよ。ですが今は例え背筋でも理想なら良かったと言わざるを得ませんね。それにしても紗良様はどうしてこんなにも疎いのでしょうか?あのリハルト様が振り回されるなんて誰が想像出来たのでしょう。
「そうじゃないよ、顔の話だって」
「顔?そりゃ格好いいよ?」
「好みではないのかい?」
「好みだよ?それがどうしたの?」
「なのに好きにならないの?」
思ってもみないロレアス様からの質問に事もなげに返事をしていく紗良様。あ、リハルト様が紅茶を吹きだしてしまいましたわ。今はリハルト様の侍女は居ないので、私が慌てて拭きに行きました。チラリと紗良様を見るとなんでそんな事を聞くのだろうといった怪訝な表情をされてますね。
「好きよ?」
「本当に?」
「うん」
「ほ、本当か?」
「え、どうしたのリハルト様」
若干食い気味のリハルト様に首を傾げる紗良様。これは嫌な予感しかしませんね。紗良様がそういう意味での好きと口にする筈がないものですから。ファルド様もそう思われているのでしょう、興味なさそうに仕事をなさってますわ。
「でもリハルト様は見てるだけで満足なの。目の保養になるでしょう?」
「なっ!」
「ここまでだと、気の毒になるよ」
「え、なんで?」
「分かった。遠回しに聞いた俺が悪かった。直球に聞こう」
そう言ってロレアス王子は紗良様を連れて別室に行かれてしまいました。気が気じゃないリハルト様と、書類の整理をしているファルド様と共に待つこと四半刻。ガチャリと開いたドアからは満面の笑みを浮かべたロレアス王子と、複雑そうな顔をした紗良様が出て来た。
「はは、紗良は可愛いね」
「どうでしたか?」
「うん?いやこれは俺が言う事ではないから止めとくよ」
「はぁ?何故だ、言え」
「まぁまぁ。いつか気が向いたら教えてやるから」
楽しげにロレアス様は去って行きました。紗良様の表情からはどんな結論が出たのか良く分かりませんし、聞いても答えてはくれなさそうですし…。物凄く気になりますわね。
「何の話をしたのだ?」
「うーん、なんだか府に落ちない話」
「それだけではよく分かりませんね」
それ以上は聞き出す事も出来ず、私達はモヤモヤしたものを抱えたまま過ごすの羽目になりました。紗良様は至っていつも通りですし、進展はありそうにないですわね。リチェ様が残念がられますわ。
「はぁ、そんな事よりも明日の事考えなくちゃ…」
憂鬱そうに溜め息を吐いてソファに座られた紗良様に、好みの紅茶を入れて差し上げるのでした。リハルト様は紗良様を手放すつもりもありませんし、いずれ分かる事ですしね。焦らずに参りましょう。
二人の内緒の会話の内容はなんだったのかはご想像にお任せします。
ご要望があれば書いてみようかなと思います。




