4侍女はスパルタ
「おはようございます紗良様」
シャッとカーテンを開けるマリーさん。日差しが入り眩しくて渋々起きた。
「…おはよう…ございます」
寝ぼけた頭で取り敢えず返事を返す。うーん、もう少し寝たいけどマリーさんに悪いし起きよう。こんな私の世話をしてくれているんだもん。迷惑かけらんないよね。欠伸をしながら顔を洗って戻ってくると朝食の準備が出来ていた。昨日も思ったけどマリーさんは仕事が早い。
「本日の紅茶は何になさいますか?」
「えーと…何でもいいです」
「かしこまりました。お砂糖やミルクは入れられますか?」
「じゃあ、砂糖を一杯下さい」
テキパキと準備をして紅茶を出された。香りが良くて気持ちが少し落ち着いた。スコーンとジャムを手に取り口に運んでいく。ほのかな甘味が紅茶ととても相性が良かった。
「あの、私が居た場所ってここから見えますか?」
「えぇ。少し遠目になりますがあの丸みを帯びた中心の開けた場所に、紗良様は倒れてたそうです」
「ここからじゃ、よく見えないですね」
「そうですね。庭園はとても広いですからね」
部屋の窓から庭園を見下ろす。何か手がかりが無いかと目を凝らして見るものの遠い為良く見えなかった。もし何かあったとしたら私に聞いてくる筈なので可能性は限りなくゼロに近い。そして服はどこにいったのかと聞くと、ひどく汚れてしまったので捨てられてしまったそうだ。まぁ、寝巻だし安物だからいいんだけどさ。
「はぁ…」
「紗良様のいた所はどの様な国だったのですか?」
「どの様な…?うーん、とても平和な国でした。戦争は何十年もしていないですし。まぁ他の国と比べて比較的平和だと言えるという程度ですけど」
ため息を吐いたのをマリーさんに聞かれていた様で、気を紛らわす為に質問をしてくれたみたい。気を使わせてごめんなさい。でも大した事は言えないんですけどね。
「戦争が無いのは素晴らしい国ですね」
「そうですね。安心して暮らせました。この国では今現在で戦争されてたりしますか?」
「今は無いですね。それぞれの国で平和協定を結んでいるので。それにローズレイアは大国になるので、よほどの事がない限り他国は手出し出来ません」
成る程。つまり私のいた場所と余り変わらないぐらい平和ってことかな?それなら万が一、一生この場所で生きていく事になっても、何とか生きて行けるって事だよね。
「そんなに大きな国なんですね」
「はい。現国王も王子も素晴らしい方で、我々平民の声に耳を傾けてくださるのですよ」
「それは素晴らしいですね」
「えぇ」
マリーさんはニコニコしながら、ローズレイアのいい所を述べてくるが正直あまり耳に入って来なかった。まだこの場所で生きて行く覚悟が出来ていない為、必要以上の情報にはあまり興味がなかった。それにしてもあの王子様はやっぱり中身も素敵なんだなーとか考えていた。
「あの…本を読みたいのですが、持って来て頂く事は出来ますか?」
「大丈夫ですよ。どの様な本をお持ちしますか?」
「んー、一番は直接見て選びたい所ですが、何でも構いません。どんな本があるか見てみたいので」
「かしこまりました。後程、お持ちしますね」
私はこの部屋から出られないので退屈なのだ。何もする事がなく、ただボーッと一日を過ごす。ならば少しでも本を読み知識を得たい。もしかしたら何か分かるかも知れないし。
「お待たせしました。取り敢えず10冊程お持ちしました」
「わぁ、ありがとうございます!」
いそいそと本に近づき手に取る。古めかしい本から新しそうな本まであった。早速手に取り本のタイトルを見るが、思わず固まってしまった。
「………」
「どうかされましたか?」
「…これ何て書いてありますか?」
「え?…えーと、「ローズレイア国の歴史」ですね。少なからず知っていた方がいいかとお持ちしたのですが…」
「あ、いえ。それは凄く有難いのですが…」
「何かご不満な事でも?」
「…私、この国の字を読めないみたいです」
そう告げると驚いた顔をされた。言葉は通じるのに、字が分からないなんて…。そりゃないよ神様。マリーさんは王子様に報告の為、先程部屋を出ていった。上手くいけば講師をつけてくれるそうだ。てかそこまでしてもらうのは悪い気がする。
「一から覚えるのは面倒くさいな」
ぽつりと呟いた言葉は誰にも聞かれる事なく消えていった。こんな文字見たことないし、覚える気力もわかない。でもそしたらずっと本を読むことが出来ない。それは嫌。絶対に嫌。でも覚えるのも無理。そんなに頭は良くないのだから。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさいマリーさん」
王子様に報告に行ったマリーさんはウキウキで帰ってきた。それを見て少し嫌な予感がしたけど、顔に出さずマリーさんの話を待つ。
「僭越ながら私マリーが字が読める様に講師を務めさせて頂きます!」
「え、はぁ…」
マリーさんとはまだ2日程しか一緒に居ないが、決められた事には誠心誠意務めるというタイプだと思う。だからこの勉強も立派に務め上げるだろう。私と言う廃人を残して。
「別に読めなくても話は通じるので、大丈夫です」
「ダメです!文字を読めなければ、それだけ不都合な事に見舞われると言う事ですよ!契約書などに偽りの内容があったとしたら、如何されるんですか?」
「そう、ですね。何かあった様な口ぶりですね…」
マリーさんの勢いに負けて思わず肯定してしまう自分が憎い。だが、これから生きて行く上で必要になるのは確かだろう。マリーさんの性格からしてやらないと言う選択肢はなさそうなので腹をくくるしかない。
「分かりました。時間はある事ですし、頑張ります!」
「その意気ですよ紗良様!」
取り敢えず基本的な文字から覚える。紙とペンを借りてひたすら書いて覚えるのだ。ただ羽ペンにインクをつけて書く為、凄く書きづらい。シャーペンかボールペンが欲しい…。
「羽ペンとか書きづらいですね」
「そうですか?慣れてしまえば平気ですよ」
「うーん…」
「さっ紗良様。口ではなく、手を動かして下さいね」
やっぱりマリーさんは厳しかった。今日一日で基礎を覚えろと言ってのけた。無理です。今日覚えても明日には忘れてます!見たこともない文字を覚えるのって暗記しかないんだよね。とりあえず日本語でいう、あ行的な文字から練習している。
「どうせなら字も読めれば良かったのに…」
「読めないものは仕方ありませんよ」
「うぅ…はい」
その後、5時間もぶっ続けでやらされて泣きそう。手が慣れない羽ペンの所為でプルプルしている。これが毎日続いたら腱鞘炎になる…。勘弁して下さいぃぃ。
「今日はこのぐらいでいいでしょう」
「ありがとう、ございました……」
机に突っ伏してそう言えば、マリーさんが苦笑していた。次からは休憩を挟んでくれるそうだ。次からじゃなく、今日から取り入れて欲しかったな。用意されたお茶を飲んで溜め息を吐く。マリーさんは食事の準備に出ていったので今は部屋に一人である。
「お尻痛いし…手も痛いし…眠たい…」
フラフラとベッドに倒れこむ。食事が出来るまで時間も掛かるだろうし、其れまで仮眠を取ることにした。昔から寝るのが好きなのだ。暇があれば、本を読むか寝るかの二択だった。本を読んで色んな世界の話が好きで片っ端から読み漁ってた時期もある。成長するにつれ、外で遊ぶ事も増えたが、私を別世界に連れていってくれる本はどれだけ読んでも楽しかった。
「家庭環境による現実逃避だよね…」
良くある話で継母に虐められて育ったと言うか、理不尽な目に遭わされるのはいつもの事だ。屁理屈を言われ、従わされ、気に入らなければ殴られた。だから本を読んでは違う世界に行き、色んな体験をし、焦がれた。その間だけは幸せだった。誰にも邪魔されない世界があったのだから
「あの人は、子供だ…った…」
疲れた脳が休憩を欲しがり瞼が閉じていった。そう、継母は大人ではなく、大きな子供だ。力や言葉で従わせようとする。きっと中身は弱い子供だったのだ。自分の居場所を作ろうと必死だったのかも知れない。まぁそんなんで私の居場所を滅茶苦茶にされちゃ、たまったもんでは無いのだが。
「わす、れ、よ…」
そんな話はとっとと忘れてしまうに限るのだ。ゆっくりと閉じた瞼を開く余力はなくそのまま深い眠りについてしまった。