39リリーファレス国
「やぁ久しぶりだね。遠いところをお疲れ様」
「あぁ。もう二度と来たくないぐらい遠かったな」
「はは、昔もそんな事言ってたな。神子様も久しぶりだね」
「お久しぶりですロレアス王子」
ローズレイアからはるばるやって来たのはリリーファレス国だった。第二王子だがリハルト様の学友という事で、ロレアス王子が先に出迎えてくれた。国王や王妃達は後程別の場所での挨拶になるらしい。
「神子様はお疲れかな?」
「ふかふかのベッドで寝たいわ」
「俺と同じ部屋で良ければ」
「遠慮しておきますわ」
「おい早く案内をしろ。こっちは疲れたのだ」
俺の時はサッサと追い出したくせにとロレアス王子は呟きながら部屋に案内をしてくれた。何故王子が案内してくれているのかと言うと、粗相があったらいけないからと言われた。軽く見た感じだと使用人に教育が行き届いてる様に思ったんだけどな。もしかしたらリハルト様と沢山お喋りをしたいのかも知れない。
「わぁ、凄い綺麗ですね」
リリーファレス城はどこかローズレイア城と似ていた。違うのは装飾品がかなり華やかな所だろう。リリーファレスはローズレイアと並ぶ程の超大国らしく、その名に恥じぬ煌びやかさだった。
「派手すぎて俺はあまり好きじゃないんだ」
「そうなのですか?綺麗ですよ」
「神子様が気に入ってくれたなら何よりだ」
「相変わらず、悪趣味な作りだな」
「そういうのが好きな人ばかりだからね」
周りをキョロキョロしながら歩いていると、小さな声でリハルト様に怒られた。すみませんね、田舎者なもんで。住むなら勿論ローズレイア城だけど、散策したくなるのはリリーファレス城だった。どこもかしこも金や宝石がふんだんに使用されており、一個一個手で触れてみたくなる。かといってリハルト様が言う程悪趣味ではなく上品さも兼ね備えていた。
「今度このお城を見て回ってもいいですか?」
「はは、いいけどそんな時間あるかな?」
「仕事で来ているのを忘れるなよ」
「分かってます」
そう、リリーファレス国に来たのは仕事なのだ。ローズレイア国と同じで天変地異による被害に頭を抱えており、その現状の改善策としてとった政策がローズレイア国への神子の要請だった。前にロレアス王子が来たのもその話だったらしい。その見返りというか費用はどうなっているのかは私は知らないし興味もない。お世話になっているローズレイアが潤うならそれに越した事はないのだ。
「さぁ、部屋はここだよ」
「あら?ここはリハルト様の部屋ですか?私の部屋ですか?」
「ん?二人の部屋だよ?何か問題でもあるかい?」
「大有りだ。今すぐもう一部屋用意しろ」
「いいのか?この国は虎視眈々と君と神子を狙っているよ」
案内をされたのは一部屋で、滞在中に此処で二人で過ごせと言う事だ。なにやら物騒な言葉が聞こえた気がするけど、一つ分かったのはロレアス王子の良いところは裏がないという事だった。
「何を狙っているの?」
「分からないかい?神子様は無垢なんだね」
「紗良は知らなくていいのだ」
「過保護すぎないか?君にそんな一面があったなんて知らなかったな」
「そうでしょう?私は知りたいのに教えてくれないのですよ」
ムスっとしてそう言えばロレアス王子が苦笑していた。といってもフードを被ったままなので私の顔は相手には見えないのだけど、声色で察したのだろう。こんな所で突っ立ていても仕方無いのでマリーに荷物を広げる様に伝えると慌てた様にリハルト様に止められた。
「状況を分かっているのか?」
「えぇ。だって仕方無いんでしょう?」
「そうだが…」
「それにベッドは二つあるし問題ないわ」
「神子様のが理解が早いな。諦めたら?穏便に済ましたいなら」
「だから嫌なのだ。この国は」
「すまないね」
申し訳なさそうに笑ったロレアス王子に、溜め息を吐きながらリハルト様は首を横に振った。ロレアス王子が悪いわけじゃないと分かっているみたいだった。何だかんだ言って友人だと思っているのはリハルト様も同じなのではないかな?
「リハルト様、もうフード取っていい?」
「あぁ」
「お、やっと顔が見れた。今日も美しいね」
「ありがとう。このクローゼット使っていいのかしら?」
「どうぞ。自由に使ってもらえる様に用意したからね(軽く流されたな)」
「マリーお願い」
「かしこまりました」
この部屋は意外と大きくて二人でも申し分ない広さだ。仕事が出来る机もあるし、寛げるソファもある。バルコニーも付いていて文句無しに良い部屋だった。勿論ベッドも気持ち良かった。
「ふかふかー…」
「寝るなよ紗良」
「ふぁい」
「神子様、俺がいるの忘れてない?」
「あ、ごめんねロレアス王子」
「前と会った時と雰囲気が違うけど、今が本当の神子様かい?」
しまったな、リハルト様といると気が緩んじゃうのよね。ベッドから降りて髪とドレスをパパッと整えて何事も無かったかの様に澄ました顔をしてソファに座った。
「前と変わりませんよ?」
「あははっ!前も思ったけど、変わらずに面白いな。今更誤魔化せる訳がないだろ」
「リハルト様…」
「ロレアスの前では良いが、気を付けろよ」
「うん、分かった」
やっぱり無理があったらしく、許可も貰った事なので素に戻した。神子様を演じるのも疲れるわ。そして侍女に変装していたのもバレていた事が分かった。眼鏡さえ落ちなければ何もかも上手くいったのに。
「早く忘れて下さい」
「中々の衝撃だったからね。忘れるのは無理だな」
「バレないと思ったのに」
「瞳だけが黒い人はいないからね」
「そうなの?」
「そうだよ。それに格式高いローズレイア城でそんな人材は雇わないからね」
ですよね。お客様に粗相があったら名折れだもんね。今更ながら自分の仕出かしてしまった事にヒヤリとした。相手がロレアス王子で良かった。
「分かったら、もう二度とやるなよ?」
「王子様に会わせてくれるならしないよ」
「断る」
「えー…」
リハルト様は全然お願いを聞いてくれないんだから。こないだも別の国から王子が来るってマリーから聞いて楽しみにしてたのに、会わせてくれないからこっそりと見にいったんだから。遠くてあまり見れなかったけれど。神子は易々と人前に出るなって酷いと思わない?
「王子様好きなの?」
「好きって言うか見たいじゃない?」
「なんで?」
「女性の憧れでしょう?」
「俺に聞かれてもね」
肩を竦めてそう言われてしまった。ロレアス王子は男性だものね。リハルト様はソファに腰かけながら、そのやり取りに呆れていた。神子が馬鹿だとバレてしまったみたいな顔は止めて頂きたいね。相手の警戒を解いて仲良くなる手段だと思って欲しいな。
「リハルトを毎日見ていたら他の王子なんて霞まない?」
「どうして?」
「そこら辺の女性より整った顔してるから」
「おい、皮肉か?」
「違うって褒めてるんだよ」
「うーん、そうなんだけど見なれちゃったからなぁ。でも、他の王子が霞むって事はないよ」
「お前に会わせた覚えは無いのだが?」
リハルト様の追求には笑って誤魔化しといた。目が肥えるっていうの?まさにそれ。あぁ今日もイケメンだなとは思うけれど。
「王子だけじゃなくて姫も好きよ?綺麗な人ばかりで」
「リハルト、神子様って変わってるね」
「だから会わせたくないのだ。それに姫にも会わせた覚えは無いだろう、何処で見ているのだ」
「…苦労してるんだな」
「偶然見掛けるんだってば。ロレアス王子も好きでしょ?綺麗な人」
「そりゃ綺麗に越したことはないけどね。大事なのは中身だろう?」
「関わる上ではね。見る分にはいいのよ、目の保養になるから」
自然豊かな景色を見て癒される様に、私は綺麗な人を見て癒されるんだもの。薔薇の花みたいなもんよね。眺めてるだけで充分だし、リチェみたいに撫でて愛でるのも好きだけどね。あれ?私の中身はオッサンだったかな?
「神子様は喋らない方がいいね。俺は今の方が好きだけど」
「良く言われるわ。紗良でいいよ?神子様って柄じゃないのよね」
「おい、何勝手に…」
「ならそうさせてもらおうかな!俺の事もロレアスって呼んで?」
「分かったわ。ロレアス王子って長いなって思ってたとこだったの」
ロレアスと仲良くなったところで、仕事が少しあるからと一度別れた。リハルト様に説教食らったので、リハルト様が素で接してる相手だから問題ない人だと思ったと言ったら黙った。
「暫くはこの国に滞在しなきゃいけないでしょ?それに、仲良くしといて損は無いもの」
「ロレアス王子でしたら大丈夫でしょう」
「だよね!リハルト様の友人なんだし」
「友人ではない」
「気心知れた仲な癖に」
「気の所為だろう」
夕刻までは自由に過ごして良いらしいのでお茶を飲み談笑しながら小休憩をとる。そんなに時間がある訳じゃないしね。
「それにしても、片道一週間ってあり得ない」
「そうだな。流石に疲労が溜まる」
「もう寝たいなぁ」
「我慢しろ。それに馬車で直前まで寝てただろう?」
「馬車とベッドじゃ違うもの」
馬車は座りながらだし、揺れるからグッスリと眠れないんだよね。蒼玉と紅玉は大人しく消えてもらってる。他国だしより慎重にならなきゃいけないしね。ただ危険な目に遭った時には出て来ていいとリハルト様から言われていた。
「やっぱり黒のドレスか」
「当たり前だろう」
「紗良様、動かないで下さい」
「どうしてドレスの中にはコルセットを着ないといけないのかな。皆苦しいと思うんだけど」
「美しく見せる為ですよ」
約束の時間が近づいたので別室で黒のパーティドレスに着替えて部屋に戻り、化粧などをしてもらいながら文句を言う。コルセットって苦しくてあんまりご飯食べれないのよね。会食だからいつもの服じゃ駄目なんだってさ。リハルト様も視察用とは変わり、正装に着替えていた。
「紗良様、遊びで来た訳ではありませんので」
「分かってるよファルド様。神子様でしょ?」
「そうです」
「紗良いいか?この国では俺から離れるなよ」
「え?どうして?」
「どうしてもだ」
難しい顔をしてそう言われてしまった。とにかく気を付けろって事よね?リハルト様がそう言われるって事はこの城の中は何かあるのかも知れないわ。その後リリーファレスの使用人が呼びに来て皆が待っている部屋へと足を踏み入れた。
「おぉこれはこれは神子様、リハルト王子!遠い所をわざわざ有難う御座います。神子様お初にお目にかかります。私がリリーファレス国王、エイドリュー・クレファ・リリーファレスだ。こちらが妻のヒストリアだ」
「初めまして神子様。王妃のヒストリアですわ。リハルト王子もお久しぶりですわね」
「ご丁寧なご挨拶感謝します。私は神子の紗良と申しますわ」
「エイドリュー王、ヒストリア妃ご無沙汰しております。お元気そうで安心しました」
入って最初に出迎えられたのはこの国の王と王妃だった。王は薄茶色の髪と色素の薄いグレーの瞳で、王妃は長く美しいオレンジの髪と瞳だった。ロレアス王子は完全に王妃の遺伝子を受け継いだのね。王妃は線が細く美しい女性なのに対して、王はガタイが良く逞しい体つきをされている。体だけ見たら、まさに美女と野獣だった。
「まだまだ現役でいけますな」
「この人は元気すぎていけませんわね。さぁお座りになって」
リハルト様は愛想の良い王子様で談笑していた。手持無沙汰になってしまった私に気づいて王妃が着席を促してくれたので、お礼を言って座った。席に着いたまま王子達の紹介に入った。
「ほらお前達、神子様にご挨拶するのだ」
「初めまして神子様。私は第一王子バルドニア・クレファ・リリーファレスと申します。お噂はこちらまで届いておりますが、これ程までにお美しい方だとは知りませんでした」
「まぁ、どの様な噂が?」
「荒れた大地を一瞬で豊かな大地に戻してしまうとか。いやはや、素晴らしい力をお持ちですね」
「ふふ、神子ですから」
第一王子はオレンジの髪にグレーの瞳を持ち、大柄な体をしている。非常に筋肉質で腕力じゃまず敵わないだろう。ロレアス様と違って王似のようだ。逞しすぎて暑苦しいな。マリーが物凄く好きそうな体だった。
「俺は挨拶は要らないよね」
「はい。先程もお会いしましたので」
「そう言えば、息子が前回神子様とお会いしたそうで。粗相はなかったですかな?」
「えぇ、面白い方で楽しい時間を過ごさせて頂きましたわ」
「へぇ、ロレアスが面白い人ねぇ」
和やかに話をしている中で先程のバルドニア王子がジロリとロレアス王子を見ながら皮肉そうに呟いたのを聞き逃さなかった。もしかしなくとも、仲悪いのかも知れない。
「私は第二王女、ローラルと申します。神子様にずっとお会い出来るのを楽しみにしてましたの!お会いできて光栄ですわ」
「ふふ、ありがとうローラル姫。私もお会い出来て嬉しいわ」
ローラル姫は薄茶の髪にグレーの瞳だけど、体は華奢で顔の作りも王妃にそっくりだった。王に似なくて良かったねと勝手に心の中でホッとしてしまう。第一王女は既に他国に嫁いで行ったそうで不在だった。
その後は質問を受けたり、色々な話を聞きながら会食を済ませ無事に部屋に戻る事が出来た。
「ふはー!!もう駄目…」
「お疲れ様でした紗良様、リハルト様」
「あぁ」
「息が詰まりそうだったわ」
別室でドレスとコルセットを速攻脱ぎ捨て簡易なワンピースに着替えた。沢山の料理があったものの、憎きコルセットと皆が話しかけてくるせいであまり食べられなかったのだ。神子様を演じるのも楽ではない。リハルト様の笑顔は仮面付けてるの?ってぐらい完璧で私にもその仮面売って欲しいぐらいだった。
「あ、見て見てマリー」
「何ですか?」
「リハルト様の背中」
「?何にもありませんけど…」
「あの絶妙な体の作り、凄くない?理想の筋肉の付き方してるわ」
「またその話ですか?」
リハルト様が着替えており、丁度シャツを脱いで新しく羽織るところだった。勿論リハルト様に聞こえない様に小さく話してるんだけどね。恍惚の表情で見てる私をマリーがドン引きしながら見ていた。はぁ、あの背中、部屋に飾っておきたいぐらいだわ。
「そう言えば第一王子はマリー好みの体だったわよ」
「バルドニア王子は確かに逞しいですが、好みではありませんね」
「え?じゃあ、もっと筋肉がなきゃ駄目?」
「いえ、お顔がもう少し爽やかな方が好きです」
「爽やかなマッチョ?うわぁ、鳥肌がたったわ」
顔が爽やかで体がマッチョってアンバランスじゃない?まぁマリーの好みだからとやかく言う必要は無いんだけどさ。ゴリゴリのマッチョは苦手なのよね。
「おい、そこの変態。聞こえてるぞ」
「え、嘘」
「私の耳にも届いております」
「わ、忘れてー!」
「何故そこは照れるんだ」
顔を抑えて下に俯いた。だって聞こえてないと思ったのに!一度その話をした事があるのだが、本人を目の前に褒めているのを直に聞かれるのはやっぱり少し恥ずかしい。そうだ、こうなりゃ皆のフェチを聞き出せばいいんだ。
「触りたいぐらい素晴らしい体なんです!」
「俺に近寄るなよ変態」
「酷いよリハルト様。誰にだってフェチぐらいあるでしょう?」
「ふぇち?」
フェチの説明からしないといけないのか。ここが好きっていう部位だったり、仕草だよと説明をしたら、リハルト様はとファルド様は特にないと言われてしまった。絶対あるに決まってる、
「後は声かな」
「声?」
「うん、低音で色気のある声で名前呼ばれたらイチコロだよ」
「お前の言っている事は時折、理解しがたいな」
「そう?人によっては手とか足とか胸とかお尻とか!匂いって人もいるけどね」
「匂い…」
皆のフェチを引き出せなかったし私が恥をかいただけだったので、この話は打ち切る事にした。私好みの声は今の所、ダーヴィット様がダントツだな。これを言うと更に会えなくなるので内緒だけどね。
「視察は明日から早速だよね?」
「はい、その予定です」
「ロレアスが案内してくれるの?」
「その様ですね。この件はロレアス王子に任されているのだと思います」
「そうなんだ」
この件でロレアスの株が上がるって事かな?ならバルドニア王子は良くは思ってないのかも。神子と繋がりがあるって権力としては申し分ないもんね!自分の第一王子の座が危ういと思っても不思議はないだろう。ロレアスが酷い目に遭わなきゃいいけどと、お風呂に入りながらそんな事を思った。
「ではリハルト様お休みなさい」
「あぁ、お休み」
明日に備えて早く寝なくちゃ。リハルト様は今やってる仕事を片付けてから寝るそうだ。長時間の移動で疲れてる筈なのに頭が下がるな。なので勝手に祈りを捧げて眠った。
バルドニア王子がパルドニア王子になっていたので修正しました。




