34金の薔薇
のんびりとした冬の時期が終わりを告げ、そろそろ春がやって来る。大分暖かくなった日差しを浴びて温室に行く為に庭園を歩いていく。
「大分暖かくなってきたね」
「そうですね、もうすぐ春ですからね」
「マリーが居なかったら日向ぼっこするのにな」
「外で寝転ぶ神子様なんか見られたら、とんでもない噂になるので絶対に止めて下さいね」
温室につき、薔薇を眺める。冬の間に暇だったので、神子の力を乱用して金の薔薇を作り出したのだ。神子の力って意外と万能だったりするのよね。不思議な力だといつも思う。
「見てマリー!この薔薇、粒子が微量に溢れてキラキラと輝いてるわ」
「本当ですね!でも力を与え過ぎなのでは?」
「うーん、でも綺麗だから良くない?」
「それはそうですけど…」
金の薔薇を十本程作り、そのうちの一本だけが粒子が溢れていた。まるでこの世の植物じゃない様な光景で、魔法の薔薇と言っても信じるだろう。まぁ何の力もないただの金色の薔薇なんだけどさ。花びらを一枚食べればどんな病も治るとかなら良いんだけど。今度試してみようかな?
「ふふ、綺麗ねぇ」
「そうですね。さぁ戻りましょう。リハルト様にバレてしまいますよ」
「それはマズイね!さっさと戻ろう」
しばらく眺めていたが、あまり長居するとバレてしまうかも知れないので足早に温室を出た。これは私の単なる暇つぶしで、力を使ってそんな事をしてると分かれば必ず怒られるので内緒にしていた。温室の奥の方だし、エドガーさんにもお願いして内緒にして貰ってるので大丈夫だろうと思っていた。
「呼んだ?リハルト様」
「あぁ、お前温室で何をしているのだ?」
「な…なんの話?薔薇を見てるだけだよ!」
「ほぅ。そんなに頻繁にか?」
「……何でそんな事をリハルト様が知ってるの?」
「見張りをつけてるからな」
「え!?嘘!」
「嘘だ」
驚いて立ち上がると、まさかの嘘だった。脱力してソファに座り直すとリハルト様の厳しい瞳と目があった。何で怒ってるんだろうか……。
「言え、何をしている」
「何にもしてないよ!本当だよ?」
「ならこれはどう説明するのだ?」
バンと机の上に置かれた一枚の書類。それを手にとり、上から順に目で追っていく。もう大分見慣れたこの世界の文字だった。書類の内容は夜間に温室で何やら光り輝いている物があるという事が長々と難しい言葉で書いてあった。…あちゃー。あの薔薇、夜も輝いてるの?夜行かないから分からなかった。
「………」
「心当たりあるのだろう?説明しろ」
「……あの、少し…実験を…」
「ほぅどんな?」
「…薔薇に少しばかりの、その、細工を施しまして…」
魔女裁判張りの重圧を感じるわ。まぁ魔女裁判した事ないんだけどさ、言葉を一つ間違えたら雷が落ちそうだ。モゴモゴしながら答える私をニヤリとした顔で見ているリハルト様。ただ油断してはならないのは、その目が笑ってない事だ。
「光輝く細工か?それはどんな風にやるのだ?」
「…ぐ、…聞かない方がいいかも…なんて…」
「いいから答えろ」
「…その、えっと、力を使いました…」
最後の方は聞こえないぐらいの小さな声になってしまった。俯いてドレスの裾を握り締めてリハルト様の返答を待つも返ってこないので、恐る恐る顔を上げた。
「…はぁ、力を使う時は俺に許可を得ろと言ったよな?忘れたのか?その脳味噌は飾りなのか?」
「うぅ、飾りじゃないです…」
どうしよう。今日のリハルト様、頗る機嫌が悪いんだけど…なんかあったのかな?普段はそんな事でここまで怒る人じゃないんだけどな。
「何故その様な事をしたのだ」
「…綺麗かなぁって…」
「…………」
「…………」
沈黙って体に突き刺さるんだね。知らなかったな。こういう時は先手必勝だよね?立ち上がりバッと頭を下げた。その勢いで着ていたパステルイエローのドレスの裾が揺れた。
「ごめんなさい!!ほんの好奇心なんです!」
「謝れば許されると思うなよ」
「っ、ごめんなさい…」
「リハルト様、紗良様も反省している事ですしその辺で」
思ったよりもご機嫌斜めなリハルト様だったが、ファルド様のお陰で何とかこの時間が終わった。どうやらイライラの原因は別の令嬢が来た事が問題だったらしい。まぁこれは後でマリーに聞いたんだけどね。てか、イライラするような事に繋がる出来事には到底思えないんだけどね。
「はぁ」
「お疲れ、だね?」
「まあな」
「…まだ怒ってる?」
「いや、もうよい」
「そう?良かった!」
シュンとした姿もなんのその!けろっとしてニッコリ笑う。本当はいつかあの薔薇をリハルト様にも見て欲しかったのよね。丁度いい機会だったかも知れない。
「リハルト様はあの薔薇見た?」
「あぁ」
「綺麗でしょ!今日見た一本なんか粒子が溢れて幻想的だったんだから」
「…おい、反省してんのか?」
「うん!とっても!」
「そんな元気よく言う奴がいるものか」
呆れながらも笑ってくれた。良かった、本当に機嫌良くなってきたみたい。一度部屋に戻り、隠していた一本の金の薔薇を持って来て目の前に置いた。
「切っても枯れないのよ」
「枯れない?力の所為か?」
「多分ね。水は与えてるんだけどね」
「綺麗だな」
「でしょ?リハルト様の髪と同じだよね」
「こんなに輝いてはおらんぞ」
そうかな?初めて見た時は輝いて見えたんだけどな。まぁ美形を突然目の当たりにした衝撃の所為かも知れないけど。でも、日の光を浴びた時の髪と全く同じ色だと思う。リチェとかもそうなんだけどね。
「粒子が全部無くなったら赤い薔薇に戻るけどね」
「そうなのか?」
「うん。普通の薔薇に力を入れただけだから!見てて」
小さな花瓶に入っていた金の薔薇を手に取り、口を付けた。力を奪う様にスルリと金の粒子が薔薇から離れて私の中に入ってくる。全ての粒子が無くなると、其処には一本の真紅の薔薇があった。
「力を一時的に保管出来るという事か」
「え、あ、そういう事になるね!」
「…分かっていてやった訳では無いのか」
「金の薔薇が見たかっただけ…かな。はい、あげる」
「一本だけ貰ってもな」
このままあっても枯れちゃうだけだしさ、ついでだからリハルト様にあげた。シチュエーション的には逆だよね。男性から女性にあげるのが理想よね。
「あ、そう言えば知ってる?薔薇って渡す本数で意味が変わるんだよ?」
「そうなのか?」
「うん、本数によって花言葉が変わるみたい。こっちにもそういうのあるの?」
「あー、花言葉はあるが本数の意味合いまでは無いな」
「そうなんだ」
花言葉は存在してるんだ。と言っても私はあんまり詳しくないんだけどね。この世界は知ってる花もあれば、見た事も聞いた事も無い花も沢山あるから余計に分からない。
「プロポーズとかで使用する人も偶に居るみたいだよ」
「ぷろぽーず?」
「え、分かんない?えっと、何て言うんだろう」
「どんな時に渡すのですか?」
「えっとね……あ、そうだ!求婚だ、求婚が同じ意味だよ!」
「では紗良様は、リハルト様に求婚されていると言う事ですか?」
「は!?何でそうなるの!?違うよ!本数が全然足りないよ。それにコレは何気なく渡しただけで意味なんてないし…」
慌てて両手をブンブンと左右に振って弁解をする。一本の薔薇でプロポーズされても嬉しくないし!っていや、そうじゃなくて、今は逆だったわ。何故そう思われたのか全く理解できないんだけど。私の行動ってそんな迂闊な事してるのかな?
「本来は何本なのだ」
「んー、何本だったかな…。えっとね、ちょっと待ってね」
「なんだ忘れたのか」
「いやだって、大体男性から渡す物だと思ってるから…。あ!思い出した!108本だ!!」
「中途半端な数だな」
「理由は知らないんだけどさ。99本は永遠の愛とかずっと一緒にとかだった気がする」
一番ロマンチックだと思ったのは999本だ。意味は「何度生まれ変わっても貴方を愛す」だった筈。でもそんな大量の薔薇を貰っても困るし、凄い金額になりそうだよね。薔薇って高いしさ。
「奥が深いんだな」
「ね。でも数えるの大変だから伝えなきゃいけないよね」
「確かにな。特にお前辺りは数える事すらしなさそうだな」
「よく分かったね。多分っていうか、絶対そうかも」
そう言ってケラケラと笑う。わぁ、大量の薔薇だあ!ぐらいにしか思わない気がするもん。そこは男性がスマートに意味を教えてあげて感動に繋がる所だから良いんだよと言えば、成る程と頷いた。
「リハルト様がやったら様になるよね。本物の王子様だし」
「そうか?」
「うん、「君を迎えに来たよ」みたいな?ブハッ、柄じゃないね」
「おい、馬鹿にしてんのか」
「滅相も無いです」
いつもいつも馬鹿にされてますからね。偶には仕返しをしないとって思うけど怖くて出来ません。それに、リハルト様のキャラじゃないのよね。俺様系だからさ、上からきそう。「結婚してやるから有り難いと思え」的な!うん、物凄く言いそうだ。
「でもさ、永遠の愛とかって嘘だよね」
「は?何故そう思うのだ」
「だって永遠って死ぬ迄でしょ?無理だよ。人間だから気持ちが変わる事の方が多いと思うな」
「女性はそういう事に憧れるものでは?」
「普通はそうかもね。そもそも私は愛の定義が分からないのよね。この人の為なら死んだって構わないぐらい思えないと本当の愛じゃないのかな?」
腕を組んで考える。愛っていうけど、人それぞれ違うし、何が本当の愛なのかって誰も知らないんじゃないかな?その人がそうだと思えばそれが本当の愛になる。なんて曖昧なんだろうか。
「貴族とか王族は政略結婚の方が多いんでしょう?」
「えぇそうですね」
「なら考えるだけ無駄よね。その人と上手くやる事を考えた方が賢いもんね」
「随分シビアな考え方だな。お前は貴族ではないから自由なのだろう?」
「そうなんだけどさ。いつだって振り回されるのは子供の方だからね。嫌でも現実を見ちゃうよ」
憧れで語れる人は幸せな人だと思う。私だって結婚に憧れていたかったよ。でも皆が幸せになれるわけじゃないし、まぁそういうマイナスな部分も知れて良かったと思うしかないよね。教訓で活かす事が出来るからね。
「リハルト様は婚約者まだ居ないんでしょ?なら素敵な人と結婚出来るといいね」
「あぁ」
「リチェもいい人と結婚出来ると良いんだけどなぁ。皆に幸せになって欲しいな」
「随分他人事だな。お前は結婚するつもりは無いのか?」
「どうだろ、良いイメージないのよね。まぁでも、出来たらいいなぐらいには思うよ」
「紗良様は神子様の血を受け継いで頂く使命がありますよ」
そこなんだよねー。狭い世界でしか生きてないからな。最終手段でファルド様が引き取ってくれないかな?同じ黒髪だし、確実だよね。まぁ無理な話なんだけどさ。だってファルド様もモテるんだもん。
「ダーヴィット様って愛人とかいるの?」
「おい、間違っても外で聞くなよ?刺されても知らんぞ」
「え?」
「いませんよ。マーガレット様だけです」
「そうだよね、仲良いもんね」
「まさか父上を狙ってるのか!?」
「えー、だって素敵じゃない。年上もいいかなって最近思う様になったのよね」
リハルト様もファルド様も驚いた表情で此方を見ている。何故かダーヴィット様に接近禁止命令が下された。私の楽しみを奪うなんて!!
「本気じゃないよー!素敵だなって思うだけで」
「駄目だ、近寄るな」
「でしたらその息子であるリハルト様で宜しいのでは?」
「え?リハルト様?無理無理!世界中の女性を敵に回すつもりないもの!」
「はぁ?何故敵に回るのだ」
「だって皆リハルト様の事狙ってるんでしょ?そんな人怖いし、何より選び放題の人が私を選ぶ筈ないし。綺麗な人一杯いるの知ってるんだからね」
だってこんなに美形で王子様なんだよ?世間では評判も良いみたいだし、本性さえ知らなきゃ完璧な王子なんだからさ。そんなリハルト様と結婚するなんて、戦地に裸で挑む様なもんだよ。
「……」
「……」
「え、どうしたの二人共?」
「いや、もう戻っていいぞ」
「あ、うん。蒼玉も待ってるし、そうするね」
「あぁ」
閉じられたドアを見て深く息が漏れた。あんな女初めてだ。難攻不落すぎないか?結婚に対してよく思ってない事は分かったが。
「中々手強いですね」
「これが戦地なら勝てる気がしないな」
「それでも挑むのでしょう?」
「勿論だ」
難攻不落だろうが何だろうが、時間をかけて必ず落としてやる。覚悟するんだな、紗良。
次回からは更新が毎日ではなくなります。




