32お茶会という名の
とうとうやって来たわ、この日が!今日は先月話をしていたお茶会という名の会合の日なのだ。普段は見る事の叶わない神子様+素顔での手厚い招待で、こちらに優位の状況を作る計画だ。今は皆さんお着きの様で会場でスタンバイ状態なので、私が出ていくだけである。
「紗良、行くぞ」
「はい」
リハルト様にエスコートされて会場に出る。淑女の仮面をつけて。いつもの感じじゃ神子のイメージが崩れちゃうからね。ちなみに本日のドレスも勿論、黒のドレスで「月の光」の主人、ルーナスさん作だ。前はシンプルに作られているが、後ろにはリボンが付いており可愛らしさを演出してくれている。髪はそのままの長さで、髪を耳にかけた方に生花の薔薇を付けている。温室の薔薇を使用したのだ。
「皆様お初にお目にかかります。私が神子の紗良と申します。この様な雪の降る中、御足労頂きありがとうございます」
ニッコリと優しく微笑めば、皆ポーっとした表情で此方を見ていた。マリーに太鼓判を押して貰った笑顔が効いた様だ。ダーヴィット様達と食事を取る様な長いテーブルのお誕生日席に座り、周りを見渡した。男女合わせて10人程で代表で一人の者もいれば、二、三人で来ている者もいるらしい。
「宜しければ紅茶をどうぞ?薔薇のジャムを作りましたの、紅茶に溶かして頂くと美味しいですよ」
「…頂きます」
「あら、これは素敵だわ」
「こんな美味しいお茶は飲んだことが無い」
「さすが神子様が用意した物だ…」
口々に感想を述べる人達に笑みがもれる。気に入って頂けて良かった。お茶請けには料理長と考案した上品なカップケーキを出すと、これまた好評だった。男性が多いと聞いたので甘さ控えめにしたのも良かったのかも知れない。緊張が解れた所でリハルト様が口を開いた。
「皆様方のご要望は叶えさせて頂きました。これで異論はありませんね?」
「…………」
「…私はこれ以上ない待遇をして頂き、感激いたしました。必ずや神子様のご希望にそった物を用意させて頂きます」
「あぁ、俺も異論はありません」
「まさか私共の為にこの様な会を開いていただけるなんて…」
「優しいお方って噂は本当だったのだな」
どうやら皆異論はないらしい。もしかしたら私の考え過ぎだったのかも知れない。心の中で胸を撫で下ろしていると、赤髪の若い青年が口を開いた。
「神子様に会えた事は感謝します。ですが此方としてはもう少し情報を開示して頂きたいのです」
「なんと恐れ多い事を…」
「神子様の前だぞ!?」
「貴方達もそう考えていらしたじゃないですか」
「それは、そうだが…」
「きっと我らには、聞く必要が無いのだ」
なんか話が見えてこないんですけど…。リハルト様に目線を向けると、商人の者達が言い合う騒ぎの中で教えてくれた。王が詳細を話さずして協力を得ろとの事だったらしい。何でも神子の力をもらすのは、リスクが高いのだとか。それは分かるけど、何か違う気がした。
「皆様落ち着いて下さい。皆様の仰る事はもっともです」
「神子」
「リハルト様、責任は全て私が持ちます」
「しかし…」
「話すべきです。協力なくして完成するものではありません」
そう言えば渋々だが頷いてくれた。ダーヴィット様には後で私から話に行かなくちゃ。此処にいる人達は皆悪い人じゃない。彼らにも生活があって、この計画がどの様な意図で、どの位の規模なのか。知りたいと思うのは当然の事なのだ。
「お話する前に、一つお約束を。このお話は皆様を信用してさせて頂きます。ですから他言無用でお願いしたいのです」
「も、勿論です!」
「絶対に洩らしません」
「ふふ、ありがとうございます。皆様はこの地にはそれぞれ守護者と呼ばれる存在がいるのを皆様ご存知ですか?」
「守護者?」
「聞いたことないな」
勿論知らないと言うので、蒼玉を呼び出して見てもらった。驚いて椅子から転げ落ちる者、口が塞がらない者、感嘆の声をあげる者と多様な反応がみられた。蒼玉の様な守護者がそれぞれの地を守護している事を伝える。これは大事な事だから知って貰わなくちゃならない。自分達の住む地を自分達で護ってもらう為にも。
「彼らは神子の力を得て、この地を支えてくれています。ですがご存知でしょうか?天変地異が起こっている場所がある事を」
「確か、こないだどっかの村で…」
「今もあそこの地じゃ異変が続いてるって話を聞いたことがある」
「私は知らないな」
「それは全て守護者の力が弱まった事が原因なのです」
「何故か聞いても宜しいでしょうか?」
「えぇ、私が1000年振りの神子だからです。彼らは1000年もの間、力を得られませんでした。その為に力が枯渇してその地が荒れてしまうのです。酷い場所には赴いていますが、なにせ私は一人しか居ないので限界があります」
さすが商人やっているだけあって、知っている人が多かった。ここまでくれば何となく理解している者もいるようで、あの青年もその一人だった。
「そこで建物を作り私が祈りを込めた紋章を印せば、皆様の祈りが私の祈りと差異が無くなり、守護者達に力を送る事が出来るようになります。その建物に使用する材料を皆様に協力をお願いしたいのです」
「…分かりました。我々の様な者にその様な重大なお話をさせて頂き感謝します。これで心置きなく、協力する事が出来ます」
「貴方お名前は?」
「え、私ですか?ライノル・ジーンと申します」
「ライノルですね。貴方はまだ若いのにしっかりとしているのですね。自分の扱う物が何に使用されるのかをしっかりと見極める力を見せて頂きました。戦争とかではなくて、安心されましたか?」
「神子様にお褒め頂き光栄です。神子様には何でも御見通しなのですね」
ライノルは申し訳なさそうな表情で、そばかすのある顔をポリポリと掻いた。誰だって戦争は嫌だもの、当然だよね。なおさら用途を知らされないんじゃそう思われても致し方の無い事だからね。
「今日この場にいらして下さった皆様に感謝の気持ちを込めて祈らせて下さい」
「そ、そんな!わざわざこの様な場を設けて下さったっただけで充分です!」
「そうですよ!そんな恐れ多い事を…」
「ふふ、皆様に神子の祝福を!幸福が訪れますように」
印から粒子が飛び出して、今此処にいる人達を取り巻いた。皆は神秘的な情景に開いた口が塞がらないようだった。出血大サービスだけど、いいよね?城に住まわして貰ってるんだし、今こうして色々出来るのも平民の方々が納めてくれる税によるものだから、こうやって返して行かなくちゃね。
そのまま商人達は泊まって行き、翌朝全員晴れやかな顔で帰っていった。今はリハルト様の部屋で昨日の事について話をしていた。
「大成功でした」
「まぁ色々言いたい事はあるが…」
「え!?」
「よくやったな」
「うん、皆いい人ばっかりで良かったよ」
『立派な神子だったよ、紗良』
「でしょ?万が一は話が洩れても蒼玉が護ってくれるしね」
『勿論』
蒼玉は青い瞳を細めてそう答えてくれた。蒼玉の背より長い髪を手に取って考える。今着ている着物の様な服の裾が長いから地面に擦らずにいるけど、長すぎないかな?他の守護者はひざ裏ぐらいか、地面に付かないぐらいの長さなのに…。
「そういえば髪は力の源だって紫水晶が言ってたんだけど、髪の長さも関係あるのかな?」
『さぁ、僕は知らないな』
「あるんじゃないか?髪を取られる=力を取られるだと思ったが」
「なら蒼玉は他の守護者達より力が強いって事なのかな」
「そうかもな」
『なら紗良の髪も長くていいのにね』
「人は違うんじゃない?」
そもそもこんなに長かったら手入れが大変だし、何よりも乾かないから嫌だ。守護者達は何もしなくていいけど、人の場合はそうはいかないしね。この髪を切り取って鬘にしたら可愛いだろうな…。こんなに綺麗な青銀髪の人なんてまずいないからお忍びには使えないのだけどね。
『僕の力を取るつもりかい?』
「え、ううん。綺麗だなって見てただけ」
『…鬘にしようとしてたでしょ』
「それぐらい綺麗って事だよ。本当にはしないよ」
「あの赤毛で充分だろう」
「バリエーションが欲しいの!」
『ばりえーしょん?』
「えっと、種類の事!だって金髪似合わないんだもん」
「変装することも少ないからいらんな」
ここの世界のややこしいとこは、通じる言葉と通じない言葉があることだ。デザインは大丈夫でバリエーションは駄目みたいな具合で。昔風に思えて実は電気なども通っていたりする。家電も形は違えどいくつか存在している。なのでわりかし快適だったりはするんだけどね。神子をやめる日が来たら、家電などのアイデアを売るのも悪くないかな。中身の機械はさっぱりだけど、日本にあってこっちにない物をアイデアとして売る。…悪くないけど、やっぱりそれなりの知識と技術がなきゃ無理かも。
「私も桃色の髪とか、金髪とかに生まれたかった…」
「何故だ?黒でいいじゃないか」
『そうだよ、紗良は黒髪が似合うよ』
「ない物ねだりなんだけどさ、明るい髪色のが服も合わせやすいし」
「私は黒で良かったと思いますが」
「ファルド様は男性だし、似合ってるからいいと思うな」
「紗良様もお似合いですよ」
仕事をしながら話を聞いていたファルド様がそう言ってくれた。真顔でサラっと言ってしまうのがこの人の凄い所だと思う。厳しい人だけど、こういう所が侍女達に人気の秘密だと思う。本人無自覚だけど。
「あ。今思い出したんだけど、「玉」付きの守護者は元人間なんだって。しかも他の守護者にはない特化した能力があるんだって」
「そんな重要な話を…。早く言わぬか」
「特化した能力とは?」
「今思い出したんだってば。それが分からないのよね。聞きそびれちゃったもの」
「蒼玉は何か分かるか?」
『あぁ多分僕の場合は「水」の力だね』
ほら、と蒼玉の手から大きめの丸い形に保った水が現れた。近づいて突いてみるも壊れない。どうやら自由に操れるらしく、水で竜の形にして動かしていた。
「これならいつでも水が飲めるわね」
『飲料水にするの?そういう力じゃないと思うけど』
「使い方を練習する必要があるな…」
「手っ取り早いのは、敵を水の中に取り込んで溺死…っていうのは冗談で、弱らせるのがいいよね」
「…えぐい発想だな」
「えへ…」
「最近紗良様は猫を被っていたのでは無いかと思いますね」
「同感だな」
ちょっと戦闘系の本を読んで思考がそっち系になってるだけで、人を殺したいとか思った事無いんだってば!と必死で弁解するも、無理だった。私のイメージが壊れていく…。
「蒼玉のせいだ…、そういうの勧めてくるから」
『はは、ごめんごめん』
「お前は読まんでいいのだ」
『そうかな?僕はいざという時に必要だと思うけど』
「こいつは女なのだぞ?」
『だから?結局は自分の身は自分で護るんだよ』
「リハルト様、蒼玉、喧嘩しないでよ。知識はいくらあっても無駄にはならないよ」
この二人でも言い合いするんだな。まぁ、ルドルフの場合は自分が殺されているから尚更そう思うのだろう。生き残れるかは自分の強さと知識と運が物を言うのだと教えてくれたのだから。野蛮でも必要な事だと思うんだ。女とか、男とか関係なく。
「実際に出来なくても、もしかしたら役に立つかも知れないしね」
「まぁ一理ありますね」
「…勝手にしろ」
『いつもリハルトが護ってあげられる訳じゃないんだよ』
そう言い残してフラリと蒼玉は消えてしまった。そうだよね、王子様なんだもん。私が強くなれば、リハルト様も自分の仕事に集中できるだろうし、私の行動の範囲も広がるし良い事尽くめだと思うんだ。
「私強くなるからね!」
「ならんでいい」
「…え?」
「………」
聞き返しても腕を組んだまま目を閉じてしまったリハルト様は、それ以上答えてくれなかった。気まずい沈黙が流れてどうしたものかとファルド様を見ると、我関せずといった具合で仕事をしていた。クールすぎます、何とかして下さい…。暫くはファルド様の羽ペンで書きこむ音だけが響いていた。
「わ、私部屋に戻るね。お仕事溜まってるようだし…」
「問題ない」
「………なんで怒ってるの?」
「怒ってなどいない」
なんだか腹が立ってきたので、ダン!とテーブルに両手をついて身を乗り出す。
「怒ってんじゃん!ぷりぷりしちゃってさ!」
「ぷりぷりなどしておらん」
「じゃぁ、なんなのよ!」
「お前が強くなるとか言うからだろ!!」
「何がいけないのよ!!」
「お前は黙って俺に護られておけばいいのだ!」
「……は?」
私が声を荒げれば、リハルト様もだんだん声色が荒くなっていく。言い合いになる中、それでもファルド様は素知らぬ顔で仕事を進めていた。ある意味尊敬しますがね。で、結局リハルト様が言いたいことが分かったのはいいけれど、思わずポカンとしてしまった。そんな私の反応にリハルト様はしまったという様に顔を背ける。
「…リハルト様は王子なんだよ?暇じゃないんだよ?私は護られてるだけの存在になんてなりたくないよ。そんなのお荷物じゃん」
「そういう意味ではない」
「じゃあ何よ?もっと分かりやすく言ってよ!私にはいつだってリハルト様の考えてる事なんて分かんないよ」
「………」
「リハルト様、思っていることは口にしても相手に伝わらなければ意味がありませんよ」
「…分かっている」
「私は席を外しますから、どうぞお二人で話してください」
そう言い残してファルド様はいくつかの書類を持って部屋を出ていってしまった。この険悪な雰囲気のなか二人にしないで欲しい。いつの間にか立ち上がっていた私はソファに座りなおした。冷めてしまった紅茶に口をつけて落ち着くことにした。
長くなりそうなのでちょんぎります。汗




