31守護者の誕生
時折吹く風と薔薇の香りを楽しみながら、紅水晶が目覚めるまでルドルフと話している。
「紗良はリハルトの事好き?」
「嫌いじゃないわ」
「んー、じゃあ僕の事は?」
「好き、かな」
「それじゃあ、紅水晶の事は?」
「好き!」
そう答えた瞬間、私の膝枕で寝ていた紅水晶が身じろいだ。ちょっと食い気味に答えてしまったのを聞かれちゃったかな?紅水晶の髪を撫でていた手を止めて見つめると、ゆっくりと瞳が開き桃色の瞳が私を映す。
『嬉しい。神子好き』
「か、可愛い〜!!」
ギュウ
『ん、役得』
「紗良は可愛い物好きだよね」
「うん!癒されるから」
ギュウ
「ちょっ!?」
「本当だ」
私が紅水晶を抱き締め、その私をルドルフが抱き締めているカオスな状況になっている。なんだこれ!?
「女性に簡単に抱き着いちゃいけません!」
「大丈夫、紗良だけだよ」
「全然大丈夫じゃない」
『守護者の話は終わった?』
「全然」
『早く契約しないと帰れない』
紅水晶がジッと私の腕の中から見てくる。やだ、可愛すぎるわ。分かってる。分かってるんだけどさ。契約方法がちょっとね…。
「分かったわ。ルドルフ、前の姿に戻って?」
「ん?嫌だよ。これが僕の姿だからね」
「…最初は子供の姿だったよね?」
「あれは死んだ時の僕の姿。これが成長した僕の姿」
「その姿は無理」
「酷いよ紗良。僕の何処が駄目なんだい?」
「……顔?」
少しばかりルドルフはショックを受けている様だった。だってそのイケメン過ぎるお顔が問題なんです!こんな美青年とキスなんてしたら、私死んじゃうよ?
『神子。この子、美丈夫』
「知ってるよ…、だから無理なの!」
「大丈夫、僕は紗良としかしないよ」
「そう言う問題じゃなーい!」
『駄々をこねない。契約する方法はこれしかない』
「うぅ、ちゃんと目を閉じててよ…」
「分かった」
頭の中に浮かぶ不思議な文字を言葉に紡ぐ。言葉に力が宿っていく。これが契約の言葉か…なんか不思議な感覚だった。長い言葉を唱え終えて、キュッと唇を結んだ。えぇい、女は度胸だ!!ルドルフのシャツを掴んで軽く触れるぐらいの口付けをした。
「…ルドルフ、汝に名を与える。蒼玉、我が守護者となれ」
「紗良の命が尽きるまで、僕は君だけの守護者だ」
キラキラと粒子がルドルフを包んでいく。印から溢れんばかりの大量の粒子がこの世界ごと包んでいて、幻想的な景色になっていた。ボーっとその景色に見惚れていると、ルドルフを取り巻く粒子が全て入り込んで消えた。
『新しい守護者の誕生だ』
「髪が伸びて色も、変わった…』
『それは、守護者になった証拠』
「ルドルフ…?大丈夫?」
「…あぁ、大丈夫。なんだろう、紗良を身近に感じる」
「え?」
「感情とか、考えてる事が何となく分かるんだ」
神子の守護者にそんな機能があるの!?いらないもんつけやがって…。ルドルフは透明感のある青銀の髪になっており、長さも他の守護者達の様に髪が長く伸びていた。服もシャツから着物の様な服に変わっている。
「蒼玉が僕の名前か…」
「…嫌だった?」
「いや、そうじゃないよ。目の色に合わせてくれたんだね」
「だって凄く綺麗だから。私その瞳好きなの」
「ありがとう紗良」
「どう致しまして」
二人向きあって笑いあっていると、世界が揺らぎ始めた。何事かと思い紅水晶を見ると、微笑んでくれた。
『帰る時間。契約は無事完了した』
「ありがとう紅水晶。貴女のおかげで紗良に会えた。感謝するよ」
『唯の暇つぶし。気にしない』
「またね、紅水晶!また会おうね」
二人で紅水晶に手を振って、現実の世界に戻っていった。何時もこの国を護っていてくれてありがと、紅水晶。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆
「リハルト様!大変です!」
「何事だ」
「その、紗良様のベッドに男性が…」
「はぁ!?」
紗良がまた目覚めなくなって二日目。紗良の侍女マリーが大慌てで部屋に来たと思えば、男性が一緒に寝てるだと?なんでそうなるんだ…。取り敢えず、マリーとファルドと三人で紗良の部屋を見に行くと、本当に居た。
「これは、守護者ですね」
「あぁ、問題はこの守護者が何故此処に居るかだな」
「この国の守護者でしょうか?」
『違うよ。僕は紗良の守護者だ』
「…起きていたのか」
『騒がしかったからね。起きたんだよ』
紗良を抱き締める様に眠っていた青銀髪で青眼の守護者は、目だけを此方に向けてそう話した。紗良の守護者だと?この地に眠っていたと言うのか。
「取り敢えず、紗良を離せ」
『嫌だよ。僕は紗良を護る為に存在するんだから』
「…はぁ、紗良はいつ目覚めるのだ」
『その内起きると思うけど』
「そうか。起きたら来いと伝えろ」
『もう少し女性に優しくした方がいいよ、兄さん』
「…は?」
今この守護者は何と言った?兄さん?俺は守護者に兄さんと呼ばれる覚えはない。ならこいつは、まさか…!
「俺は守護者の弟は居らんがな。マリー、ファルド、一度部屋から出ろ。俺が良いと言うまで入って来るなよ」
「分かりました」
「かしこまりました。失礼します」
二人が部屋から出て、ドアが閉まったのを確認して口を開いた。そんな筈は無い、だが心なしか顔が似ているのだ。俺に。
「お前、まさかルドルフ…か?」
『久しぶりだね兄さん』
「本当に?本当にルドルフか?」
『はは、そうだよ。今は蒼玉って新しい名があるんだ』
「蒼玉…。何故、守護者になっているのだ」
「紗良にお願いしたんだ、渋っていたけどね。紅水晶が僕をずっと護っていてくれたんだ。そこで守護者になる方法を聞いた」
上体だけ起こし、紗良の髪を撫でながら語るルドルフ。紅水晶はこの国の守護者の様だ。神子が来るまで待って居たのだそう。なら何故今なのか?来てすぐでも良かっただろうに、と聞けば時期をみていたのだと言われた。
『何事にも時期というものがあるからね』
「お前は今も昔も先を見据えてるんだな」
『そんな大した事じゃないよ。兄さんは僕を買い被りすぎだ。僕はそんなに大人では無かったよ』
「いや、お前は…」
「…ルドルフは背伸びをしてただけだよ。リハルト様を護る為に」
「紗良、起きたのか」
『兄さんの事は大好きだったからね』
「こんな形だが、会えて嬉しいよルドルフ」
『僕もだよ、兄さん』
再会の抱擁をする二人を静かに見守る。片割れの魂が一つになった瞬間だった。結果的に、ルドルフを守護者にして良かったのかな?リハルト様が喜んでくれたなら。
「良かったね」
「知ってたのか?俺が双子だったことを」
「ううん、ルドルフが話してくれたの。本当はルドルフのがお兄さんなんだって」
「あぁ、昔そんな事を言ってたな」
『弟を護るのが兄の務めだからね』
「俺はどっちでも良い。対等なんだろう?」
『そうだよ』
昔も仲良かったんだろうな、二人共。双子って何でも分かり合えそうなイメージがあって、昔は自分も双子だったらなぁとか憧れたな。こればかりは私が選べないから仕方ないんだけど。
「感動の再会が終わった所で、出てって貰える?」
「何故だ」
「お風呂に入りたいの」
『僕が背中流してあげるよ。さぁ兄さん、いやリハルトは部屋に帰るんだ』
「ルドルフも出てくのよ?」
『お風呂に敵が潜んでたらどうするんだい?』
「大丈夫、いないから」
居座ろうとするルドルフも追い出そうとして、ドアの前まで押しているとリハルト様に腕を掴まれた。まだ話は終わっていないらしい。
「また寝込みおって…」
「私のせいじゃないよー。不可抗力だって」
「皆心配してたぞ」
「でも今回は早かったでしょ?」
『丸一日ぐらいだからね』
「日数の問題ではない。何とかしろ」
「無理だって、出来るならとっくにしてるよ」
こっちの現実の時間に合わせられたら問題ないんだけどな。一番の問題は、自分じゃ向こうの世界でどのぐらいの時間が経ったのか把握出来ない事だ。無理難題の要求はしないで頂きたいね。
「とにかく、私には無理なの!早く出てってよ」
「はぁ、分かったから押すな」
『ほら早く帰るんだ』
「お前も一緒にな」
「後、他の人の前では蒼玉って呼んでね?ルドルフはもう居ないのだから…。ルドルフもリハルト様の事、兄さんなんて呼んじゃ駄目だからね」
「…あぁ分かった。行くぞ蒼玉」
『分かってるよ』
二人が出て行き、代わりにマリーが入って来た。なので先程の守護者の説明を軽くしておいた。勿論、ルドルフの話は伏せてある。湯船に浸かってそっと目を閉じる。あの世界にあった無数の薔薇を浮かべたいなぁ…。
「薔薇よ出ろ!……なぁんてね」
パラッ
「…え?花びら?上から…っわあぁぁぁぁ!」
ひらりと一枚の花弁が湯船に浮かんだので不思議に思い上を見ると、大量の薔薇が降ってきた。こんもりと埋まってしまう程の量だ。なんで!?
『神子気に入った?』
「あ、紅水晶!如何して此処に?」
『神子の声が聞こえたから』
「紗良様大丈夫ですか!?」
「紗良!」
『紗良大丈夫?』
薔薇の正体は紅水晶が用意してくれたらしい。にしても多すぎです。そして、私の悲鳴が聞こえたのかマリーと、何故かリハルト様とルドルフも浴室に駆けつけて来た。
「っ出てけ〜〜!!」
薔薇で隠れてるとはいえ、こっちは入浴中なんじゃー!!私の怒声に皆が慌てて出て行った。正確にはマリーがリハルト様とルドルフを押して出て行ったのだけど。そして紅水晶はこのドサクサに紛れて消えていた。物凄い自由な性格だ…。
「全く…、でもいい香り」
薔薇風呂を優雅に満喫してから部屋に戻ると先程のメンバーがいた。話を聞くと、蒼玉が私の感情をキャッチして駆けつけて来たのだそう。遮断機能は無いのかな?あったら速攻スイッチを入れるのに。
「次やったら、守護者解除するから」
「できるのか?」
「分からないけど、契約出来たなら解除する方法もあると思うの」
『サラっと酷い事言うよね』
「でも紗良様の守護者が出来たという事は、紗良様の身の安全が守られるって事ですよね?」
「そんなに上手くいくのかな…。一番は会わない事だけど、そうもいかなさそう」
少なくともシェトルテの地では彼らに見られていたのだから、力を狙って接触をしてくるだろう。彼らの目的によっては協力出来るかも知れない。でも、手段を見る限りいい人達ではなさそうだ。
「紅玉に早く会わなくちゃ」
「春まで待て。奴らも冬の間は移動が限られているだろうから、そう動けぬだろう」
「うん…。リハルト様、あの計画の方はどう?」
「あぁ、ファルド」
「はい。王の許可が出たので、各地に必要な材料を確保する為の要請の手配をしております。滞りなく進んでいますが、一部問題がありまして…」
「問題?どんな?」
「神子に会わせろと五月蠅いのだ。でなきゃ協力せんとな」
「なら会えば解決でしょ?」
驚いた様子の二人に首を傾げつつも、会ったらその後どんな事を吹っ掛けられても、突っぱねるけどと言えば成程と頷いた。全ての要求を呑む訳ではなく、こちらのペースに変えてしまうのだ。そちらの要求は叶えた、そちらは何で返してくれる?ってな具合で。
「最初の願いを叶えたらこっちのもんだと思うな。わざわざ神子と会わせたのだからそれなりの事はやって貰おう!みたいなね」
「成る程な。下手に出る振りをして上に立つのか」
「うん。優位な取引をしたいと思うから突っぱねてるんでしょ?なら叶えてあげれば良い。私と会わせるだけで通常通りの価格か、もしくは更に安く購入出来るかも知れないし」
「紗良様にしては物凄く素晴らしい回答かと」
「なんだ、只の馬鹿ではなかったのだな」
「失礼だよ二人とも!」
『そうだよ。紗良は考えるのを普段は放棄しているだけだよ』
それを聞いたリハルト様とファルド様にジッと見られた後、二人で何やら話始めた。ルドルフめ!余計な事を…。ジロリと睨むとニッコリと笑顔が返ってきた。曲者だわ…。
「ならその様にさせて頂きます。そこで交渉は紗良様にお願いしたいのですが」
「え?無理だよ、良く分かんないし」
「出来るだろ。出来ない振りをするな」
「くそぅ、蒼玉のせいだ…」
『紗良の良さを説明しただけなのに。やれば出来る子だからね』
「子供扱いしないで」
ヨシヨシと頭を撫でてくる蒼玉の手を退かして、椅子から立ち上がった。こうなったらやってやるわよ!黒い笑みを浮かべて微笑む私を心配そうにマリーが見ていた。マナー講師に嫌という程叩き込まれた姿勢をとる。背筋を伸ばし、胸をはる。顎を引いて前を見据える。そうすることで凛とした高貴な存在に見えるらしい。確かに、貴族とか王族の人って皆雰囲気あるのよね。
「そうと決まれば早速手配を。時期は来月あたりで、あぁ来れないならいいの。別の業者を探すと脅せば、無理をしてでも来るわ。大仕事だもの困るのはあちらでしょう?」
「まるで別人の様だな」
「なんてね、冗談よ。仕事が出来る爵位持ちの女貴族っぽくない?」
「そうだな。ずっとそんな感じならな」
悪かったわね。まぁ演じてるだけだから問題ないのだけど。清純派な神子様もやろうと思えば出来るのよと言えば、やってみろと言われた。言い出したの私だけど、そんなもん見てどうするんだろうか。
「じゃあ、協力してくれない人達に対しての神子様ね!」
「設定があるのか…」
「うん!演じるわけだし、設定って大事じゃない?」
「まぁそうだが」
やっぱりこいつ馬鹿だなって目で見られた気がするけど無視した。何かになりきるって面白いよね!昔は演劇部に入りたかったけど人前で演じるのは恥ずかしかったので断念した記憶がある。友達の前で冗談半分にやるのが丁度いい。
「私が居なくなったとしても、皆様の住む地が脅かされない様に私はこの計画の成功を祈っております。このままでは皆様の住む地もいつかは人が住めなくなります。いいのですか?恋人や家族、子孫が苦しむのですよ?私は耐えられません。ですから、皆様の幸せの為にもどうか力を貸して頂けませんか?」
「…紗良様にその様な才能があったとは知りませんでした」
「全くだ。神子のイメージ通りだな」
「すみませんね!普段は神子のイメージから遠くて」
少し悲しそうな表情で言うのがポイントだ。どうやら開催する時期は先程言っていた案を採用するみたい。言ったの私っていうか台詞だったんだけど、それを採用するなんて鬼だよね。こんな雪の積もっている中移動するなんて時間も掛かるし、体力も削られるし地獄だと思うな。
「リハルト様も酷いことをなさるのですね」
「お前の案だろう。もうそれはいい、やめろ」
「はーい。マリー、新しいお茶頂戴」
「もう用意できております」
「さすがマリー!」
最初に飲んでいた味とは違うフレーバーの紅茶に舌鼓を打ちながら、来月の会合(名目は神子主催のお茶会)での身の振り方を考えるのだった。
「まぁでも、問題ないと思うけどね」
「そうだろうな。なんたって神子に会うのだからな」
「普通だったらYesしか言えないよね」
「あぁ。何にせよ物事が上手く運ぶならそれに越した事はない」
神子って王様よりも立場が上なんだよね。だから平民の人達からしたらもっとも高貴な存在らしい。それがこんな私ですみませんって感じなんだけど。別に帝国築こうってわけじゃないからどの立場でも良いんだけどさ。
「はっ!私と守護者達の楽園とか悪くないかも知れない」
「何馬鹿な事を口走っているのだ?」
「あ、声出てた?」
「あぁ。駄々漏れだな」
変態を見るような目で見られてしまうから気を付けなきゃ!部屋に戻って考えようっと。ウキウキとしながら部屋に戻り、窓の外の景色を見ながらほくそ笑むのだった。




