28風邪
今日はとてもいい天気で、冬じゃなかったら外でお茶を楽しみたいとこだけどね。暖炉の前で本を読むに限るんだけど…。
「ゔぅ…」
「紗良様、お薬を飲まなきゃ駄目ですよ」
「だって苦いんだよ…」
「薬とはそういう物です」
今は食事を終えて、出された薬と睨めっこしてます。何故なら、実は風邪を引きまして…。38度ぐらいの熱が出た為に医者を呼ばれ、薬を出されたのだった。ただでさえ苦手な薬なのに、粉薬だなんて…。とにかく回避しなきゃ!
「知ってる?風邪薬は補助に過ぎないんだよ?だから飲んで治る訳じゃないんだよ?」
「それは知りませんでした」
「結局は自己治癒力に頼るしかないいんだよ!」
「紗良様はそういう事には詳しいんですね」
「暗に馬鹿にしてるでしょ!?私だって25年間無駄に生きてきた訳じゃ…っゴホゴホッ!」
「さ、紗良様!大丈夫ですか!?」
急に咳がでた私に、慌てたマリーが背中をさすってくれる。一度出ると中々止まらないのが厄介なのよね。ようやく落ち着いた時には、私の説得が全て無駄になっていた。咳の馬鹿野郎!
「そんなに辛そうなのですから、とりあえず飲んで寝て下さい」
「いや、私は諦めない…」
「諦めて下さい!熱く語るから、熱も上がってるじゃないですか!顔も真っ赤なんですよ?」
「そんなの、微熱よ…はぁはぁ…ゲホッ、マリー、私はね」
「そんな息を切らして…もう何も聞きませんわ。さぁ口を開けてください」
咳き込んだおかげと粉薬を諦めさせる為に力説したら、一気に熱が上がった様で、息切れがするのと頭がクラクラしてきた。だが、そんな事に私は負けないのだ!薬を飲ませようとするマリーに、固く口を閉じて抵抗し続けた。
「紗良様、お願いですから口を開けて下さい!」
「んふぃー!(無理ー!)」
「そんな虚ろな目をしてまで嫌なんて…」
「ふぇったん、んのぉひゃなーん(絶対、飲まなーい)」
口を閉じたまま喋っているので通じているかは不明だが、口を開ける訳にはいかないのだ。開けたら最後、即座に突っ込まれる!だって片手にスタンバイ完了してるもん!!ただ息苦しさからか、熱のせいなのか、涙目になってきた。体の関節というか節々が痛いし、だるいしで最悪だ。もう…無理かも…。
「紗良様!?」
「…はぁ、はぁ…うぅー…」
「だから早く飲んで下さいって言ったのに…」
「いや、やだ…飲む、なら…死ぬ」
「とにかくもう寝て下さい。水変えてきますから」
額に載せられたタオルは、熱ですぐ温くなってしまった。もう氷水をぶっかけてくれと思いながら、歪んでいく天井をボーッと見続けた。まさか急に熱が上がるなんて思わなかった。普通は夜にかけて上がっていくものじゃないの?私は少なくともそうだったのに。
「うぅ…つらい、よぉ…」
誰も居ない部屋に私のうめき声が響いた。熱が出ると人恋しくなるのよね…。マリー早く帰ってきてと苦しんでいると、ようやく帰って来た。
「調子はどうだ…って大分辛そうだな」
「りはる、と様…」
「なんだ薬飲んでないのか?」
「…薬、きらい…ゲホッゴホッ」
「おい、大丈夫か?飲めば少しは楽になるぞ」
「いや」
もう最大限に辛い時に来ないで頂きたい。もう意識が朦朧とするの!っと言いたいけど、そんな気力は勿論無い。丁度戻ってきたマリーが先程の薬の話をリハルト様にしていた。
「まるで子供じゃないか」
「…うるさい」
「駄々をこねるな」
「じゃあ、リハルト様が、ゲホッ、飲んで…」
「俺は風邪を引いていないだろう」
「…うつる…これから」
「そんな予定は無い」
ベッドに腰掛けて薬を手にして、此方を見るリハルト様。代わりに飲ませようとするけど、当然飲んでくれずに、今もなお手に持っている。
「ゴホッゴホッ!ゲホッ!」
「紗良様!大丈夫ですか?」
再び咳が続けざまに出て、マリーが背中をさすってくれている。こんなに咳が出たら、いずれ喉から血が出るんじゃないかとボンヤリ思いながら咳き込み続ける。ようやく落ち着き、深い息を吐いて枕に背を預けると心配そうに此方を見ていたリハルト様と目が合った。
「紗良、薬を飲むんだ」
「いや…」
「嫌じゃない。飲め。楽になるから」
「…すぐ子供、扱い…する」
「子供みたいな事を言ってるのはお前だろう」
失礼しちゃうわ。誰だって苦手な物ぐらいあるだろうに。いつかリハルト様の苦手な物を暴いて、押し付けてやると心に決めた。
「仕方ない、選べ」
「…?」
「自分で飲むか、俺に飲まされるか」
「…どっちも、無理」
「なら俺が飲ませる、だな」
「…ゴホッ…口は開けない、もん」
「いいぞ、後悔するなよ?」
しないし、と言おうと思ったらリハルト様が手にしていた薬を口に入れた。マリーも驚いているし、私も驚いたけど内心喜んでいた。大嫌いな粉薬が消えたのだから。さらにリハルト様は水を口に含み、飲み込むかと思った瞬間。
「え…」
「まぁ!」
「んっ……」
何が起こってるか分からない。だけど、目の前にはリハルト様の顔が見える…。近すぎてボヤけるけど、これは目?閉じてるから目の色は分からない。でも長い睫毛が見える。…なんで目?なんで、リハルト様の顔がアップで見えるの?口元に感触があるのは気の所為だろうか?
「……!…んんっ」
気の所為じゃない!何やら柔らかいもので唇を開けさせられた。しかもそれだけじゃなく、苦い液体も入って来て驚きから、思わず飲んでしまった。
「っ…うぇええ、苦い」
「…だから言っただろう。後悔するなよって」
「うぅ、酷い、薬飲ませるなんて…」
「俺も苦いがな」
「……っ!リ、リハルト様が…!」
「さ、紗良様!?」
「寝たのか?」
薬の苦さに気を取られていたのか、俺の発言で口移しで飲まされた事に気付いた紗良は、糸が切れた様に気を失った。多分熱が上がり過ぎたんだろうな…。柔らかい桃色の唇の端についた水を指で拭い、部屋を出た。少し赤くなった顔を抑えて歩く。
「はぁ、いかんな」
顔を引き締めなければ、ファルドに変な目で見られる。いつもの無表情に戻し、部屋に戻った。溜まっている仕事を片付けなければ。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆
「ねぇマリー」
「なんでしょうか?」
「私あの日、リハルト様がいつ帰ったのか記憶が無いんだけど、先に寝ちゃったの?」
「…覚えてないのですか?」
「うーん、薬を飲む、飲まないの話をしてた気がするんだけど…」
腕を組み、首を傾げて記憶を呼び起こすものの、全然思い出せなかった。まぁ熱が高かったからな。今は三日経ったのもあり、大分熱が下がったので大事をとってベッドの上でゴロゴロしているのだ。
「ま、いっか。マリーそれ食べたい」
「こちらですか?」
「うん、その赤いの食べたい」
「どうぞ」
マリーに取って貰ったのは、一口サイズの赤くて丸い果実だ。つるんとしていて口に入れるとプチンと弾ける。少しの酸味と甘さが口に広がり、思わず頬が綻ぶ。
「う〜ん、美味しい!」
「それはチコという果実なんですよ。中々手に入らない物ですが、料理長が紗良様の為にと仕入れて下さったのですよ」
「え?そうなの!?今度お礼言わなくちゃ!こんなに美味しい果実は初めて食べた」
「紗良様のお口に合ったようで良かったです」
「マリーも食べる?」
「え?いえ、紗良様の物ですから」
首を振るマリーの口にえいっと入れたら、驚いてたけどチコの美味しさに顔がとろけていた。こうやって日々マリーに餌付けして、いざという時に我儘聞いて貰うんだ。
「はぁ、一生口にする事はないと思ってました」
「凄く美味しいよね」
「はい!」
「風邪引いて良かった」
「それとこれは別ですからね。風邪引かない様に気を付けて下さいよ」
「気を付けてても、引く時は引くんだよ」
宝石の様に輝くチコの身を暫く眺めて、口にいれた。あぁ幸せ〜!神子で良かったと思った瞬間だった。今度料理長に新しいお菓子を教えてあげよう。この世界にも似たような材料が有ればいいけど。
「くしゅん!」
「きゃー!またぶり返したのですか!?」
「ちょっと落ち着いてマリー。普通にくしゃみが出ただけだから」
「それならいいですけど…」
「今日は雪が降ってるからより冷えるね」
「そうですねぇ。今夜は積もりそうですね」
積もるのか…どれぐらい積もるのかな?結構積もるならやってみたい事があるんだよね!寒いのは嫌だけど、雪は好きなんだ。白くてフワフワして綺麗だし、不思議とテンションが上がるんだよね〜。まぁだから子供だと言われるんだけど…。
「積もったら明日は外に出ようかな」
「駄目ですよ」
「どうして?」
「まだ病み上がりですから」
「大丈夫なのに…」
「いけません。また薬を飲む羽目になりますよ」
外から目線を逸らし、溜め息を吐いてベッドに潜り込んだ。それだけは避けたい。まぁ雪は今回だけじゃないし、まだまだ降るだろう。その時に外に出ればいいのだから大人しくしていよう。
「…ん?私薬飲んだっけ?」
「え?」
「全て拒否したよね?」
「初日に飲んでいますよ」
「私が自分で?」
「いえ…リハルト様が飲ませてましたよ」
「そんな…だから記憶が無いのか。苦すぎたんだわ、きっと」
ブツブツと呟いていると、マリーに笑われた。怪訝な顔で見ると、慌てて首を振ったマリー。「私は何も知りません」ってどういう事だろうか。まぁいいや、苦い思い出ならば思い出さない方が幸せだろう。
「とりあえず、今度会ったら抓ってやる」
「やめて下さい!この国の王子なのですから!」
「大丈夫、私が神子だから」
「神子様ならそんな子供の様な事はしません」
「…マリー、それは屁理屈だと思うの」
「紗良様の言ってる事が、そうですね」
なんかマリーがドンドン口が上手くなる気がするんだけど。そのうち、言い負かせられなくなりそうでちょっと嫌だな。まぁ今でも、言い負かせられてるんだけどね!悲しいことに。
「もっと緩い侍女付かないかな」
「付きませんよ」
「なんでよー」
「自由な紗良様をお世話出来る侍女は、そうそう居りません。いても私よりも遙かに厳しくなりますよ」
「…それは嫌だな。マリーのままがいい」
「分かって頂けて良かったですわ」
そして私の扱いがとても上手いんだよね。何時もマリーの思い通りに誘導させられるんだ。分かっていてもそうなっちゃうんだよね。ナイスな人選したと思うな、リハルト様は。
「ふわぁ、眠くなってきちゃった」
「まだまだ体力が落ちてますからね。お休みになって下さい」
「うん、お休みマリー」
フワフワの毛布に包まって目を閉じた。夢で翡翠と琥珀と紫水晶と一緒に白い雲の上で日向ぼっこしてる夢を見た。それはとても平凡で幸せな夢だった。
記憶無くした紗良に、リハルトの事を思い苦笑するマリー。思い出して気まずくなるぐらいならと、マリーは言いませんでした。




