27初めて感じる恐怖
朝カーテンが開けられる音がして、日差しが射し込む。それと同時にマリーの声が聞こえて布団を剝された。ブルリと震える体を両手で抱きしめて丸まった。
「マリー、とっても寒いんだけど…」
「こうでもしないと起きないので」
「せめて毛布だけでも…」
「いけません、さぁ着替えましょう」
「うぅ…」
泣きながらゆっくりと起き上がり、着替える。勿論中に着込んでますとも。暖炉の火が灯されてるとは言え、朝の寒さは身に染みる。テーブルの上に置かれた紅茶を飲み、体が少しずつ温まっていくのを感じた。
「あ、そうだ。マリーにプレゼント」
「わ、可愛いですね。何なのですか?」
「ポルスって言う砂糖菓子だって。甘くて美味しいよ」
「ありがとうございます!」
「マリーは食べ物好きだもんね」
「はい!」
朝の時間を満喫した後、食事を終えてこの屋敷の応接の間に集まり、この地の異変について話を聞く事が出来た。地響きは約二ヵ月前ぐらいから毎日複数回起こるのだそう。学者達に地層などを調べさせたが、原因が全く持って不明らしい。手を尽くして見たものの一向に収まる気配は無いので、話が来たようだ。
「丸一日、地響きが無かったのは初めてです」
「やはり神子がいるからですかね?」
「分かりませんが、その可能性は高いかと」
「神子、守護者に接触したかい?」
「いいえ、こんなの初めて」
そう何時もなら夢を見るのに(夢ではなく精神世界だけど)、今回は普通に起きた。なので守護者に話が聞けていないのだ。ならやはり守護者のせいではないのかも知れない。だけど私が来てから一度も地響き起こらない事を考えると、一概には言えないのだ。
「とりあえず被害が出ている場所に行きましょう」
「はい、お願い致します。こちらで馬車を用意しておりますので」
シェトルテ伯爵が用意した馬車に乗る事20分。案外近くで被害が起こっていた。降り立った場所は、見事なまでの隆起具合で開いた口が塞がらない程だった。
「うわぁ…」
「見ての通りのありさまで、こんな場所に人は住めません」
「確かに異常事態の様で」
「ざっと50ログ程になります」
それは地割れからの隆起であり、なんと高さがおおよそで50m。こちらの世界の単位だと、1m=1ログで単位が違うだけなので分かりやすい。ちなみに1㎝=1トルになっている。まぁ目分量なので、多分という事にしとこう。
「届くといいのだけど」
そう呟いて隆起してる場所まで歩いて手をついた。いつもの様に祈りを捧げると粒子がキラキラと舞う。地面に吸い込まれる様に消えると、物凄い揺れと轟音を響かせながら平らな地に戻っていった。その揺れで倒れそうになるのをリハルト様が支えてくれた。
「す…凄い!これが神子様の力なのですね!!有難う御座います!!」
「えぇ」
元に戻った様だけどなんか釈然としなかった。なんだろう?凄い見られてる気がする…。しかも複数の視線を感じるのだ。だけど何かしてくる訳でもないので、黙ってる事にした。シェトルテ伯爵が感動して意識がよそに向いてる隙に、今度は地面へと手を当てる。
「この地に住まう守護者よ、私の声に答えよ」
それらしきカッコイイ言葉を並べて再び祈る。こういうの一度言ってみたかったのよねぇ。すると微かに声が聞こえた気がしたけど、小さすぎて分からなかった。
「紗良?」
「私の声が聞こえないの?それとも弱っているの?」
「おい、乱用するな!」
「少しずつ聞こえる声が大きくなっているの!だから、もう少しだけ」
「無理をするなよ」
「うん、分かってる」
何度も何度も話しかけながら祈る。軽く疲労が出るぐらいで手を止めた。一体、どれぐらいの粒子が出て行った事だろう?そのお陰か少しずつ声がハッキリと聞こえる様になって来たから、声のする場所に歩いていく。目の前に現れる程の力はまだ無いようだった。
「岩?」
「これまたデカイな」
「それは遥か昔から存在して居りまして、神の岩とも呼ばれています」
一緒について来たシェトルテ伯爵がそう説明してくれた。かなり大きく白くて艶のある岩が鎮座している。その岩に近付いて唇を軽く触れ、目を閉じて岩を抱きしめる様にして祈る。
「あ、ああ…何だアレは!?」
「やっとか」
『……神子…か?』
漸く現れた守護者にシェトルテ伯爵が腰を抜かして震えていた。まぁ初めて見たら驚くよね。この地の守護者は紫の髪と目を持ち、どこか色気が漂っている青年だった。髪は肩までしかなく、不機嫌そうに此方を見ていた。私はフードを被ったままなのに気付いて脱ぎ、黒髪を見せる。
「そう、私が神子よ」
『黒髪にその印。確かに本物の神子だな』
「えぇ。この地に異変があったのは、貴方の力が弱まったから?」
『違う、取られたのだ』
「取られた?誰に?」
『お前と同じ、神子を名乗る者に』
「なんだと?」
まさかの事実に一同目を見開く。話を聞いていくとその神子は一日に一度現れるのだそう。そして力を奪って行くのだと言う。逃げれずに無理やり奪われる為、段々と弱っていったらしい。
「酷い事する人がいるのね…」
『だがあれは偽物だ。我に与えるその力こそ、本物の神子だ』
「偽物…。ねぇ貴方の名前を教えて?」
『良いだろう。我が名は紫水晶』
「紫水晶…。もう一人の神子の話を聞かせてくれる?」
『あぁ』
一旦屋敷に戻り、シェトルテ伯爵を除いて話を聞く事にした。元の地に戻ったら戻ったで仕事があるからだ。もし関係がある様ならお話する事になっている。
「一番最後に来たのはいつ?」
『三日前だな。神子の存在を感じる前日までだ』
「もしかしたらまだ近くにいるのかも…」
「かも知れんな。特徴を教えてくれ」
『…お前は神子の何なのだ』
「俺は…」
「家族みたいな感じだよ」
軽い感じで言えば紫水晶以外がバッと此方を振り向いた。え?何か変な事言ったかな?紫水晶は成る程と頷き、其れならばとリハルト様の問いについて答え出した。
『フードを被っていたからアレだが、皆一様に髪が白かったな。いや、白というより白銀だな』
「白銀か。被っていても分かるのか?」
『勿論だ』
「何故その人達は神子を名乗り、力を奪う事が出来るの?」
『さあ、我には分からぬ』
「そう…。でも少なくとも紫水晶の存在を知っていて、力を奪えるという事ね」
腕を組み上を仰ぐ。白銀の神子か…。守護者の力を奪うのなら敵なのかな。でも何の為に?守護者の力を奪えば、この地は滅んでしまうのに!それを知っているのだろうか?
『神子、気をつけよ』
「え?」
『奴等は力を欲している』
「力を?私も危ないの?」
『そうだ。我等の力の源は神子の祈りだ。捕まれば命の保証は無いだろうな』
「そんな…」
顔から血の気が引いていく。紫水晶の力を消滅寸前まで奪える力があるのなら、きっと一筋縄では行かないだろう。もし、出逢ってしまったら?…私は生きて戻れないかも知れない。知らないうちに震えていた手を握ると誰かの手が上から重なった。
「リハルト様…」
「大丈夫だ。俺が必ず守る」
「…私は紫水晶の、守護者の力を奪う人達を許せない。でも、でも…」
「紗良様…」
「…っ、怖い…」
そう、それは何て怖いんだろう。今まで一度も命を狙われた事が無かった。日本が平和だったのもあるけれど、日々誰かが殺されているニュースをただ漠然と怖いなって思ってた。でも、自分に置き換えたら話は変わってくる。とてつもなく怖い…明日は死んでるのかと思ったら手の震えが止まらない。重なる手を見つめるしか出来なかった。
「紗良、俺の目を見ろ」
「リハルト、様…」
「お前は大丈夫だ。大丈夫だから、な?」
視線をずらせば、リハルト様の青い瞳が目に入った。透き通るような綺麗な青は一度囚われたら離せない。リハルト様が椅子に座っている私の前に膝をつき、手を掴みながら優しくゆっくりと言い聞かせてくれる。幼い子供に聞かせる様に。それは私の心を落ち着かせてくれた。
「…綺麗な、青…」
「?…あぁ俺の目か」
「うん」
「好きなだけ見ろ」
「…ふふ、もう大丈夫」
ぎこちなくだけど、安心させる為に笑った。そんな私の頭を優しく撫でて隣の椅子に腰を掛けた。手は重なったままで。そんなやり取りを見ていた紫水晶は少し申し訳無さそうに口を開いた。
『怖がらせるつもりは無かったのだ。すまぬな』
「ううん、私は甘いから気を付けなきゃいけない。忠告ありがとう紫水晶」
『…神子には守護者が居らぬのだな』
「え?守護者は土地を守護しているんじゃないの?」
『大半の者はそうだが、限られた守護者は神子に付いていたのだ』
紫水晶の話を聞くに、神子は救いである存在なのだが、邪な存在に狙われる事も多いらしい。身を守る為に守護者を数体自分に付けていたそうだ。
「それは如何すればいいの?」
『今までの神子に付いていた守護者が何処かに居る筈だ。それを見つければ良い』
「手掛かりが無いから直ぐには無理か…」
『目印は名前に「玉」が付く。聞けば直ぐに分かるだろう』
「…紅玉…」
『何だ知っているのか。「玉」が付く者は力が強い証拠だ』
「まだ会った事は無いの。ある地で眠っているわ」
「玉」が付く名前の守護者。私が知っているのは一人だけ。神聖森に今も眠っている。眠っているけど泣いているのだ。神子の存在を感じて、今は亡き神子を思って。
『なら早い方が良い。前の神子に何が有ったかは知らぬが、紅玉はかなり力を持っている。神子の力になってくれるだろう』
「でもその地は神子の呪いが掛かってるの」
『貴女が神子だから問題無いだろう』
「そうだと良いけど…」
紅玉の他にも数体いるらしいが、神子の力の強さに応じて付けれる人数が限られるのだそう。常に傍にいるという事は、力を与え続けなければならないらしい。他の守護者達も探さなければ…。
「私がここを離れたら、また紫水晶の力を奪いに来るのかな」
『かも知れぬな。ただ神子にもう少し力を分けて貰えれば奴らには負けぬ』
「え、そうなの?」
『当然だ。力が弱っている時に狙われたに過ぎないのだ』
「なら裏を返せば、そいつらの力は左程強く無いという事か?」
『いや、そうではない。多分何かに力を使っているのだろう。我の力を欲する程に飢えていたのだから』
「んー…その人達の住む守護者に、とか?」
紫水晶にはそれ以上に分からない様だった。ここから先は紅玉を私の守護者にしてから、考える事になった。それから二日かけて紫水晶に力を与えた。
『ふむ、神子は力が相当強い様だな。たった二日でここまで力が戻るとは…』
「良かった。今ね、神子がいなくても力を得られる様に計画をしてもらってるの。だから暫くはその力で過ごして欲しいんだけど」
『問題なかろう。これなら300年は安泰だ』
「そんなに!?」
『奴らにも負けぬ。神子、礼に一つ教えてやろう』
「え?何?」
『あの日視線を感じただろう?あれが白銀の者だ』
「え!?」
「何でもっと早く言わないいんだ!」
リハルト様が声を荒げて紫水晶に問いただすと、紫水晶は「あの場では神子には手出し出来ぬ」と答えた。彼なりに、私を怖がらせない為だったようだ。
「そっか…。ありがとう紫水晶」
『神子は優しいのだな』
「え、どうして?」
『神子はお礼など言わない。言われる事はあったとしても』
「そうなの?でも私は言うよ、その気持ちが嬉しいから」
『神子、また近い内に会いたく思う』
「私もよ紫水晶」
紫水晶をそっと抱き締めたら、恐る恐る抱き締め返してくれた。そして別れを惜しむ様にゆっくりと離れ、紫色の髪がさらりと揺れた。
「紫水晶の髪は他の子に比べて短いのね」
『あぁ、髪を取られたのだ』
「え?髪を?」
『髪は力の源だからな』
「もう戻らないの?」
『力が戻ったから戻るが、暫しこのままでいようと思う』
「どうして?」
なんか聞いてばっかだなと内心苦笑していると、紫水晶がふわりと微笑んだ。初めて見る紫水晶の笑顔は色気があり、ドキドキしてしまった。顔を赤らめる私をリハルト様が横目で呆れた様に見ていた。
『神子と同じだからな』
「へ?…あ、長さね。ふふ、本当だ」
『気を付けるのだぞ、神子』
「うん、またね紫水晶」
すでにシェトルテ伯爵に挨拶をすませて屋敷を出ており、馬車に乗る寸前まで紫水晶と居たのだ。笑顔で手を振って別れ、馬車に乗り込み窓から見ると、もう居なかった。紫水晶はあの岩の方へ戻っていった様だ。
「紗良」
「ん、何?」
「嫌ならそう言っていいんだぞ」
「え?何を?」
「怯えていただろう。お前が望むなら神子を辞めてもいい」
「…それ、本気で言ってるの?」
「あぁ」
隣に座っているリハルト様は前を向いたまま、此方を見ないでそう言った。信じられないその言葉に、少しだけ考える。確かに力を求めて命を狙われるかも知れない。でもそれは推測に過ぎないのだ。
「……辞めない」
「何故だ?」
「それはリハルト様が王子を辞めないのと、同じ」
「…そうか」
「うん。まだ日は浅いけど、神子として働くのは嫌じゃないよ」
「守護者が居るからか?」
呆れた様に、だけど優しい表情でそう聞いてくれる。そうだよ、でもそれだけじゃ無いの。だけどそれを口にするのは照れ臭いから言わないけど。どうせまた笑われるもの。
「うん。私はね、困ってる人を助けているんじゃないの。神子を待ってる守護者の為に力を使ってるの」
「お前らしくて良いんじゃないか」
「…あれ、怒られると思ってたのに」
「お前の力だ。どう使おうと誰にも止められん」
「リハルト様は止めようとするじゃん」
「使い過ぎなのだ、お前は」
「矛盾してない?」
そう言えば、そういう意味じゃないと顔を顰められた。良く分からないと首を傾げると、膝の上に載せていた毛布を頭から掛けられた。ムカっとしてリハルト様にも掛けようと思ったけど、私が寒くなるので止めた。
「何するのよ!」
「少しは頭を使え」
「リハルト様の話が遠回しすぎるんだって」
「はぁ、紗良がどの様な考えで力を使おうと、俺は軽蔑などしない。強制させたい訳では無いのだから」
「…あぁ、そう」
「何だその気の抜けた返事は。理解したのか?」
「うん。俺は無理矢理神子の仕事をさせてない!むしろお前が好きでやってるのだ!って事だよね?」
「違う!何故そうなるのだ」
更に険しい顔をされてしまった。リハルト様の言葉は遠回し過ぎて、意味を汲み取るのが難しいのよね。もっと噛み砕いて言ってくれれば良いのに。ファルド様ならリハルト様の言わんとしてる事が分かるのかな?ファルド様は短く纏めてくれるのが上手いんだよね。
「私は通訳にファルド様を所望します」
「はぁ…、一度お前の頭の中を見てみたいものだ」
「リハルト様の言葉って堅いのよね。もっと噛み砕いて言ってくれないと」
「お前が砕け過ぎなのだ」
「そんな事ないけど」
リハルト様の言わんとしてる事が分からないので、考える事を止めて、毛布のふわふわな感触にうっとりしてると頬を抓られた。私に苛ついたらしい。リハルト様ってたまに子供の様だよね。
「いひゃいれす」
「なに寝ようとしてるのだ」
「だってもういいじゃん」
「よくない。いいか?俺が言ってるのはな…」
その後、リハルト様が延々と話をしてきて寝れなかった。会話を止めると抓られるので、泣く泣く返事をするしかなかった。やっと眠れると思った時には、移動してからもう半日も経ったときだった。
「いつか、覚えてろ…」
隣で寝てしまったリハルト様を睨みながらそう呟いたのだった。




