23紅の眠る地
雨も降っていて外も寒いので、ウェルディ侯爵のお屋敷に移動した。今は優雅に紅茶を飲みながら温まっているのだ。外寒かったからね。
「そうだ、一番聞きたかった事教えて?神子の事」
『詳しくは知らないわ』
「え、知ってるそぶりだったじゃない」
『私は聞いただけよ。人が話して居たのを』
琥珀は私に抱き着いた状態でそう言った。どうやら微かに力が滲み出ているようで、それを吸収しているらしい。何だか木の蜜を吸いに来たカブトムシの様だと思ってしまった。
『神子が死んだらしいって噂でねぇ。なんでも、死ぬ少し前まで隣の地に居たらしいわ』
「その件と、紅玉がこの地に雨を降らしている事に関係してるのね?」
『そうねぇ。多分だけれどね』
「向こうではそんな曖昧な言い方してなかったじゃない」
『守護者は従順な者ばかりでは無いのよ』
フフンと笑い、私のお茶請けを手に取って眺めていたかと思えば、口に入れられた。もうやだこの子。ホント、自由なんだから…。
「紅玉は眠っていたのが、私の力を感じて起きたって言ってたでしょ?あれってどういうこと?」
『起きて無いわ、眠ったままよ。力を感じて泣いてるだけなの。紅玉は力が強いのよね。神子が眠らせたって話だけれど、それ以上は知らないの』
「神子が眠らせた?眠らせたらその地は大丈夫なの?」
『もともとあの地は守護者は居なかったわ』
「そうなの?」
全部の地に守護者はいる訳じゃないらしい。なんだか知れば知る程、良く分からなくて頭痛くなって来た…。琥珀は必要以上に教えてくれないし、その度細かく分けて聞く事になるから時間かかるし…。
「あの地とは暗闇森の事かね?」
『今はそう呼ばれているわね』
「昔は違ったの?」
『あそこは聖域だったのよ。神聖森と呼ばれていたわ』
「神聖森か…。今はその欠片もないがね」
「どうしてですか?」
ウェルディ侯爵に尋ねると説明してくれた。暗闇森は朝でも薄暗く薄気味悪い森なのだそう。足を踏み入れても、いつしか元の場所に戻ってしまうらしい。人々はその森を気味悪がって近づかないそうだ。
「その紅玉とやらが眠っているだけで、そうも変わるものか?」
『なら呪いが掛かっているのね。誰も入れない様に』
「呪い!?やだ怖いわ」
「紗良にも怖い物があるのだな」
「失礼な。誰だって呪いとか聞いたら怖いわよ」
『神子、怖いの?でも紅玉は中にいるのよ』
「でも中に入れないって…」
『神子がかけた呪いだもの。神子は入れるわぁ』
嬉しそうに私を見つめる琥珀。顔を持たれ、前髪をかき分けて額の印を指でなぞられると、ゾクゾクと背筋に何かが通った。琥珀の黄金色の瞳が私を捉えて逃がさない。
「やめ、て」
『顔にある印は、力が強い証拠なのよ』
「そうなのか?」
『えぇ。神子の力は歴代の中でも強いわ』
「うぅ…離してー」
体を捩る私を面白そうに見ていたが、ふと視線を外した。不思議に思っていると琥珀は私から離れてファルド様の元に移動して行った。暫くファルド様を見つめており、ファルド様が気まずそうにしていると、ふいに口を開いた。
『ふぅん、お前は首にあるのねぇ』
「印の事ですか?」
『そうよ』
「よく分かりましたね」
『透けて見えるのよ』
「成程」
琥珀にはファルド様の印が服の上からでも見えるそうだ。ちなみに、私の背中にある紋章も見えている様だ。満足そうに微笑んだ琥珀はこちらに戻って来て再び私に抱き着いた。
『神子、あれなら連れていけるわよ』
「え、ファルド様を連れてくの?その森に?」
『呪いが掛かってるのなら、神子と力のある一族の者しか入れないわ』
「うぅ…二人だけでそこに行くの?」
二人だけで暗黒森に向かわなければならない事に怯える私をよそに、私の髪を弄り始める琥珀。力無き者は紅玉の元には辿り着けないんだってさ。印は顔に近ければ近い程強いらしく、ファルド様は首だから中々凄いのだそう。まぁいつもシャツに隠れているから私は見た事無いけど。
「俺が中に入れる方法は無いのか?」
「え、リハルト様も行くの?」
『一つだけ有るけれど、お勧めしないわ』
「構わん、聞かせてくれ」
「リハルト様、琥珀がお勧めしないって言った時はホントに碌でもないよ」
『ふふ、酷いわ神子』
精神世界での話を思い出してそう言った。危うく命を落とす所だったもん。あ、もしかしてそれも同じ様な事じゃないんだろうか…。
『ねぇヴァン、これは他言無用よ。出来るかしら』
「勿論だとも。可愛い二人の事だからね。そうやって聞くと言う事は、重大な事なのだろう?」
『頭の良い人は好きよ。話が早くて』
「琥珀、それは私に対しての遠回しの嫌味かしら」
『神子は何だって可愛いわぁ』
「褒められてる気がしない…」
項垂れる私に琥珀が頭にスリスリして来るので、黄金色の髪が私の顔にかかった。あれデジャヴ?翡翠にもされた気がする。取り敢えず性格の違いはあれど、神子の事は基本好きみたい。
「それで、その方法とやらは?」
『教えても良いけどお前には無理よ』
「それは聞いてみないと分からないだろう」
『そうねぇ…。方法は簡単よ、神子を食べるのよ』
「なっ!?」
「…それはどういう意味だ?」
『あらやだぁ、ふふ、そのままの意味よ』
神子の血肉を摂取すると、力を手に入れる事が出来るのだそう。ひー…まだ死にたくない!恐る恐るリハルト様を見ると、深い溜め息を吐いた。
「本当に碌でも無かったな」
「でしょう?だから言ったのに。……食べないよね?」
「はぁ、誰が食べるものか。お前が死んだら意味ないだろう」
「人増やす前に変わらなかったら意味ないもんね」
「いや、そういう意味じゃないのだが…」
どういう意味だろうか。あ、でも神子の血肉を大人数で摂取しても効果は変わらないのかな?って聞こうと思ったけど止めた。だって神子って私だもんね…。
今度は私が盛大な溜め息を吐いて、机に突っ伏した。はぁ、何だか疲れて来ちゃった。これは長い間話してたからじゃない。
「ねぇ琥珀、結構力取ったでしょ。滲み出てる以外に」
『あら、意外と聡いのね』
「何故か疲労感があるもの」
『ふふ、神子は思った以上に量が多いのねぇ』
「どうやって取ったの」
『さっき印に触れた時にね』
「………」
『怒らないで?だぁって心地良いんだもの。神子の力が流れ込むのが』
私は無視を決め込んで突っ伏した状態で顔を伏せた。上からオロオロした声が聞こえるけど、無視。別に怒ってる訳でも、意地悪でとかでもなくて眠たくなってきたから。琥珀を構う元気がないのだ。
「紗良?大丈夫か」
「……眠たい…」
「お前、力を取り過ぎだぞ」
『…神子、ごめんなさい。少し返すわ』
「…え?」
スルリと琥珀の手が伸びて来たと思ったら、キスされた。
「んん!?」
「なっ!おい何してるんだ」
「おや」
『力を少し返しただけよ』
「っ…あ、ちょっと楽になった」
どうやら口から力を送りこんでくれたらしい。他に方法が無かったのか聞いたら無いそうだ。この方法で守護者から力を吸い取る事ができるのだそう。乱れた方法ですね。
『明日また頂戴ね』
「はいはい」
『神子、大好きよ』
「もう、仕方ないわね」
「琥珀、紗良から離れろ」
『神子あのね…』
「おい話を聞け」
「……苦し、い…」
琥珀を私から離そうとしてリハルト様が椅子から立ち上がり、抱き着いて来る琥珀から奪い取る。それを琥珀が抱き着いて引き離そうとする。二人にもみくちゃにされて窒息しそうです。
パンパン
「そこまでだ。神子様が死んでしまうよ」
「紗良、大丈夫か」
『神子』
「…もう今日は疲れたから休みます」
「あぁそうしなさい」
ウェルディ侯爵は手を叩いて音を出し、二人に注意してくれた。慌てて離れた二人から距離をとり、マリーと共に下がった。
「リハルト、女性を乱暴に扱うものではないよ」
「…お恥ずかしい姿を見せました」
「だが、珍しい物を見せてもらったよ」
「忘れて下さると有り難い」
「琥珀様、神子様は今は一人しか居ないのだ。好きなのは分かりますが人は弱いのです。程々にして頂けますかな?」
『仕方ないわね。なら暇つぶしにお前の話でも聞いてあげるわ』
「私でよければ。さぁリハルトも休みなさい」
「失礼します」
その日は爆睡して、朝起きるとベッドに琥珀が一緒に寝ていた。守護者も寝るのね…。長い睫毛に高い鼻、愛らしい唇…私が男なら襲ってもおかしくない程に整っている。
「まぁ人外だしね」
その後三日経ち、琥珀に力が溜まったので雨を止ませる事に成功した。これで暫くは時間を稼げるので、折を見て暗黒森いや、神聖森に向かう事にした。一先ず城に帰ります。
『もう行ってしまうのね』
「またね琥珀。この地を宜しくね」
『神子の為なら』
「ウェルディ侯爵、長い間お世話になりました。また神聖森に行く時はお願いします」
「此方こそ、雨が止んで助かったよ。また仕事関係なく遊びにおいで。次来た時は私の家族を紹介させてくれるかな?」
「はい!勿論です!!」
ウェルディ侯爵とハグしてお別れの挨拶をする。娘の様に可愛がってくれたウェルディ侯爵と離れるのは、少し寂しい。けどまた紅玉の件で近い内に会うだろう。暫しのお別れね。
「リハルト。時間が掛かってしまって悪かったね。何か異変があればすぐ報せよう」
「いえ、雨が止んで何よりです。暫くは神聖森には行けませんが、準備が出来れば向かおうと思いますので、その時は協力をお願いするかも知れません」
「遠慮しなくてもいい、可愛い甥の頼みなら何時でも協力は惜しまないさ」
「助かります」
「次に会う時は嬉しい報告が聞けるといいのだがね」
「…善処しますが、難しいでしょうね」
「ははっ、早くしないと横から誰かに攫われてしまうよ」
リハルト様とウェルディ侯爵が何やら話しているのを尻目に、抱き付いてくる琥珀に最後の祈りを捧げた。また来るからね。そして紅玉も待っていてね。
「帰るぞ、紗良」
「うん!」
見送りに来てくれたウェルディ侯爵と夫人や子供達に手を振りながら、久しぶりの城への帰還に心弾ませて馬車に乗り込んだ。
ウェルディ侯爵は実はリハルトの叔父にあたります。
国王のダーヴィットに嫁いだ、マーガレット妃の兄です。他の人がいると、リハルト王子でいないとリハルトと呼びます。




