22黄金の守護者
「ん……」
「紗良?」
「……リ、ハルト、様…」
「紗良!」
意識が浮上して身じろぐとリハルト様の声が聞こえた。一週間も寝たきりだと声も上手く出なかった。体を起こしてもらい、渡された水を飲み干すと無事に声が出る様になった。
「…リハルト様、変な顔」
「誰のせいだと思っているのだ」
「わっ…苦し、い」
「我慢しろ馬鹿」
リハルト様は少し顔色が悪くて、それを指摘したら抱き締められた。馬鹿扱いと共に。酷くない?…でも心配かけちゃったな。そりゃそうだよね、普通に寝たらそのまま起きてこないんだもん。
「あのね」
「少し黙っていろ」
「この地の守護者にね」
「後で聞いてやるから」
「…うん」
リハルト様の体は少しだけ震えていた。このまま目を覚まさなかったらとか考えたのかも知れないな。リハルト様の事だからさ。そんなに柔じゃないんだけど。抱き締められた状態で、目だけちらりと動かして部屋を見渡すと他に誰も居なかった。まだ夜なのか…。
「ごめんね、リハルト様」
「寝たまま起きてこないとか、止めてくれ」
「私も吃驚した」
「何が吃驚だ。寝てただけだろう」
「ううん、お話してたの」
「話?夢の中でか?」
落ち着いてきたのか、リハルト様から解放された。って言っても、目の前にはいるけど。ゆっくりと枕を背に寄り掛からせてくれた。まるで壊れ物を扱う様だ。
「琥珀は精神世界だって言ってた」
「琥珀?」
「この地の守護者だよ。話を聞いてたら、こんな事になってた」
「時間の流れが違うのか?」
「そうみたい。だから全部は聞けなかったの」
「無茶をするな」
「あっちじゃ、短い時間しか過ごした感覚しかないんだけどね」
本当に2、30分ぐらいの感覚なのに、こっちじゃ四日って凄い違いだわ。あの後普通に寝ちゃったから一週間になっちゃったけど。精神世界でも多少負担は有るみたいね。
「それで、雨の原因は聞けたのか?」
「半分くらいしか聞けて無いんだぁ。でもこっちで祈りを捧げて話を聞く約束をしてるの!」
「そうか。皆心配してたぞ」
「ごめんなさい、そろそろ城に帰らなきゃ行けないのに」
「それは構わん。気にするな」
「時間がかかりそうなの。先に帰ってくれても良いよ」
どういう事か尋ねるリハルト様に、琥珀が言っていた紅玉の話をした。それでも先には帰らないんだって。王には使者を出しているので大丈夫だそうだ。
「その紅玉を探して止めないと、雨は止まないと言うことか?」
「うん。それか、琥珀が力を得て雨を押し退ければ、時間は稼げるかも知れない」
「力って、またあの方法で渡すのか?」
「渡したってよりかは、吸い取られたんだけどね。あれはまた寝込む羽目になるからやらないわ。普通にやる」
「そうか」
「リハルト様も祈ってあげるね。ヨレヨレだもの」
「いい、いらん」
心配してくれるのは有難いけど、そんな姿見せられたら祈りたくもなるよ。リハルト様の手を取り、口付けを落として祈ると粒子がリハルト様を包み込んで消えていった。
「いらんと言ったのに…。もう少し、自分を大事にしてくれ」
「このくらい、大したこと無いのに」
「一週間も寝たきりで、やつれた奴に心配される筋合いはない」
「ぎゃっ!」
「…なんだ」
「一週間もお風呂入ってないから、近寄らないで下さい!!」
踏まれた猫みたいな声が出てしまった。私も女子なんです、今気付くなんて…!どうしよう、臭く無かったかな?頭ボサボサじゃない?もうやだー!
「?紗良はいい匂いがするが…」
「ぎゃー!止めて下さい!変態!!」
「何でそうなる」
「リハルト様だって一週間お風呂入ってないのに、抱きつかれたらどう思う?」
「……確かに嫌だが、大丈夫だったぞ」
ゔぅ…と恨めしそうに言うと頭を撫でられた。何故!?リハルト様は時間を確認して私に提案をしてくれた。
「少し筋力も衰えてるだろうから、シャワーを浴びるならマリーに手伝ってもらえ」
「え、やっぱり臭かったってこと!?」
「違う、お前が気にしてるからだ」
「まだマリー起きてるの?」
「あぁ、俺が二人にしてもらっていただけだ。それに、マリーが体を拭いたりしていた筈だから、心配する程でも無いと思うがな」
「なっ、マリーに体を拭かれるなんて…」
「女同士なら構わんだろう」
そういう問題じゃないのに…。王子には分からないだろうな。この辱めを。私が何故項垂れてるか分からないリハルト様はマリーを呼びに行った。リハルト様はそのまま部屋に戻って寝るのだそう。
「っ紗良様ー!良かったですぅぅぅ」
「きゃー、泣かないでマリー!ごめんね?心配かけちゃって」
「ホントですよぉぉ…、もうやめて下さい」
泣くマリーを慰めて、シャワー浴びたい事を伝えると頷いてくれた。ベッドから降りようと立ち上がると、あまりの体の重さによろけてしまい、マリーに支えられる形になった。
「体が、重いよー…」
「一週間も寝てればそうなりますよ」
「うぅ…おばあちゃんになった気分」
「はいはい、笑かさないで下さいね」
「冗談じゃないのに…」
よろけてしまう私は、この後、マリーに体を洗われたり拭かれたりする羽目になりました。うぅ…お嫁に行けないよぅ…!大丈夫だと言ったのにごり押しされてしまったのだった。反対にマリーは嬉々としており、久々のお世話に張り切っていたみたい。また寝ようとする私を、マリーが心配そうに見てたので一緒に寝ようと提案するも断られた。
「もう大丈夫だって。こんなに寝ちゃったのには、ちゃんと理由があるもの。明日説明するから」
「明日はちゃんと起きて下さいね?」
「うん、約束よマリー」
「はい!約束ですからね」
元気になったマリーは私が眠るまで側に居てくれた。翌朝になり素敵な笑顔でマリーが起こしてくれた。起きた私に少しホッとしていた。
「おはようございます、紗良様」
「んん…おはようマリー」
「さぁ、お着替えしましょうね。そしたらお食事にしましょう。皆さん心配してましたからね」
「そうね。手伝ってくれる?」
「勿論です」
マリーに手伝ってもらい、寝間着から正装の黒のワンピースに着替えた。マリーの肩を借り、部屋を出るとリハルト様がいてまさかのお姫様抱っこで、広間に搬送されました。やめてー!決して軽くはないんです!と心の中で泣きましたが、楽なので大人しくしてた。
「…おかゆ…」
「仕方がないさ神子様。いきなり胃に食べ物を入れると良くないからね」
「栄養を取らねばな」
「ふぁい…」
基本的にパンなどの小麦類が主食になるが、たまに穀物も食べるのだそう。値の張るものだけど、私の為に用意してくれたのだとか。その気持ちに感動したのと、お肉が食べたいのと、複雑な気持ちでお粥を食べフルーツを頂き少し満足したところで昨日の話をウェルディ侯爵にした。今日これから琥珀の元に行き、話の続きを聞くのだと言えば、眉を下げて首を横に振られた。
「そのような状態では良くない。体が回復するのを待った方がよい」
「いえ、雨を止むのを待ってる人がいるので」
「一日、二日どうってことない。もう四ヶ月も降っているのだから。神子様が倒れたら大問題なんだよ。もう少し周りを見て見なさい」
「言っただろ。期間は気にするなと。急がなくても良いのだ」
優しくそう言ってくれる、ウェルディ侯爵にリハルト様。近くに立っているマリー、ファルド様も頷いてくれていた。焦ってたのかも、早く何とかしてあげなきゃって。でも周りに心配かけてるならダメダメだよね。
「分かりました、そうします」
「そうかい、いい子だね」
目を細めて笑うウェルディ侯爵は何だかお父さんみたいだった。家族は居ないのかと聞くと、別の部屋にいるそうで。神子だから、無礼があってはいけないからだってさ。大丈夫なのにな。
「神子様を見てしまうと、うちの息子が惚れてしまうかも知れないからな」
「ふふ、御冗談を」
「いやいや、本当だよ。私ももう少し若かったら、立候補したい所だよ」
「ウェルディ侯爵、紗良をからかうのはやめて下さい」
諌めるリハルト様の言葉に、肩を竦めてこちらにウインクを飛ばすウェルディ侯爵。良く分からず首を傾げると苦笑いされた。
「大変だな、こんなに鈍いんじゃ」
「全くです」
「何の話?」
「何でもない」
それから二日程療養(?)させてもらい、体の調子が戻ったので外に行くことにした。この世界、日傘はあるけど雨傘が無いんだって。ってことは濡れるしか無いの?
「傘欲しいな…」
「雨の日に差すのか?」
「そうだよ。傘に撥水加工がしてあって雨を布が弾くんだよ。それを差せば濡れないしね」
「はっすいかこう、便利な物だな。ただこちらでは男性は傘を差す習慣は無い」
「そうなの?濡れないって凄い快適だよ」
大雨が降る中、びしょ濡れになりながら、この地にある大木の元に立っている。先ほどの会話は移動中の馬車の中の会話だ。うぅ…風邪ひきそう。もう寒いのに…。
纏わりつく服にイラつきながらも大木に近寄り、手で触れて祈りを捧げる。すると額の印から金の粒子が出て大木を包み込み消えた。そうすると、まるで結界を張ったかの様に、大木の下では雨が入り込まなくなった。大木が大きな傘の役割をしてくれている。
「ほう、神子様の力はこんな事も出来るのだな」
「知らなかった。…凄いな」
ウェルディ侯爵とリハルト様に褒められたけど、内心冷や汗物だった。何故なら琥珀が出てこないからだ。びしょ濡れになったフードつきの羽織を絞りながら考える。パンパンとはたき、ドレスの裾も絞りながら思い出す様に考える。
「……あ」
「?…どうした?」
「間違えちゃった」
「は?」
そうだ、日にちが経ってしまったから勘違いしてた。琥珀が居るのは大木じゃなくて、その下だったわ。リハルト様とウェルディ侯爵に苦笑して地面に手を置き、先程と同じ様に祈る。粒子が消える頃には琥珀が現れた。雨は止まず、降り続いていたので手についた泥を洗い流した。
『ちゃんと来てくれたのね、神子』
「えぇ、約束したもの」
『あらぁ?一緒にいるのは誰なの?』
「こちらがこの地を統括してるウェルディ侯爵で、こっちはローズレイア国の王子、リハルト様よ」
『ふぅん』
「え、そんだけ?」
せっかく紹介したのに、琥珀はもう二人に興味が無いのか、大木に掛かってしまった祈りの効果を面白そうに見ていた。申し訳なくなり、二人に琥珀を紹介したのだった。ウェルディ侯爵は初めて見る琥珀に驚きながらも興味深そうに見ていた。リハルト様は翡翠とは性格も容姿も違う事に感嘆としていた。どうもリハルト様と翡翠は性格が合わないみたいなのよね。
「初めまして琥珀様。私はヴァントレス・ライノリア・コルフェットと申します。いつもこの地を守って頂き、感謝しております」
『ヴァンでしょう?私、お前のこと知ってるわ』
「それは大変光栄ですな。私の愛称までご存知とは」
『いつもこの木の根元にいたでしょう?』
「はは、もう昔の事ですよ」
『人の時間は短いものねぇ』
ウェルディ侯爵の本名に反応した琥珀がしみじみと言った。それは神子の事も含まれているのかな。そう思っていると琥珀がこちらを向いて近づいて来た。
『神子、人は濡れると風邪とやらを引くのでしょう?』
「えぇ、そうだけど…」
すると琥珀は私に抱き着いてきて、何かフワっとしたと思ったら全身が乾いた。驚いて琥珀を見ると嬉しそうに微笑んでいた。
「凄いわ琥珀!」
『神子の力の応用ね。この木を見て思ったのよ』
「なら、私も出来るって事?」
『えぇ。でも私に力をくれるのでしょう?』
「そうだけど、このぐらいなら大した事ないわ」
『…そう、今回の神子は力の量が多いのねぇ』
最後の言葉は二人の服を乾かす事に集中していて、聞こえなかった。無事に成功したけど、琥珀の様に抱き着いてしたら自分もまた濡れたので、自分にもやる羽目になった。そしたら琥珀が可笑しそうに「触れるだけでいいのに」と。早く言ってよそれ…。
「どのぐらいで雨を止ませられるの?」
『そうねぇ…一ヶ月毎日祈ってくれれば』
「それは一日一回の計算で?」
『そうよ。まぁ今の神子なら今日一日でも可能かもね知れないわね』
「じゃあ、今日一日で終わらせるわ」
『ふふ、結構な事だわぁ。…お前神子の付き人なのでしょう?』
「俺か?その様なものだ」
「違うよ!王子だよ!」
突然リハルト様に失礼な事を言う琥珀に抗議するも琥珀にとってはどうでも良い事らしい。ウェルディ侯爵に慰めの様に、肩を叩かれた。優しさが身に沁みるわ。
『ちゃんと見てないと死んじゃうわよ?』
「…それはどういうことだ?」
「え、死ぬの私!?」
『力は無限じゃないのよ?当たり前でしょう神子』
「それはわかるけど」
『守護者への力の譲渡は、普通に使う力の三倍なのよ。力を吸い取られて寝込んだだけで済んだのは、神子の力の量が多かったからよ』
三倍も…?普通に祈りの力を使っていても、疲れを感じたことは無かったから考えた事なかった。使い過ぎちゃうと命を削る事になるのだそう。それを聞いたリハルト様は私の肩を掴み、説得をされた。
「頼むから、力を勝手に使うな。使う時は俺に許可を取るんだ。いいな」
「横暴ー」
「何とでも言え。死んでからじゃ遅いんだ」
「普通の祈りは良いでしょう?あれで疲労を感じたこと無いの」
「駄目だ」
「…む。そんな事言ったら、リハルト様なんてすぐボロボロのヨレヨレになっちゃうんだから!」
「ならん」
「はは!仲が良い事で」
違うんですウェルディ侯爵!リハルト様はすぐに駄目とか言うんだから!過保護過ぎるんですよこの人!と、にこやかに見てるだけのウェルディ侯爵に目で訴えたものの、通じなかった。そりゃそうだよね。




