2あるお方は高貴な人
「腑抜けた返事しやがって。理解したのか?」
「いえ、全く」
「はぁ…」
「そもそも、最初に言った通り私は自分の家で寝てただけですし、ローズレイアって国も分かりません。聞いたこともないです」
そう言い切ると二人はボソボソと話し合いを始めた。これ以上は私にも分からないから追求されても困るし。嘘なんか一つもついて無いから信じて欲しいな。
「貴女の名前と国を聞いても?」
「……三上紗良。国は日本」
「ミカミ・サラ…変わった名前ですね。にほん?」
「えーと、紗良が名前です。そう日本。知らないですか?」
「なら、サラ・ミカミかな。僕は知らないですね。隊長は聞いた事ありますか?」
「ねぇな」
嘘だー!!日本は少なくともローズレイア国よりも世界に知られてると思うけどな。知らないなんてどんな小国だよ!いや日本も小国なんだけどさ!!
「まぁいい。今からあるお方が来るからその質問に答えろ。正直に答えろよ。その首が飛びたく無かったらな」
「なっ!?首!?首飛ぶの?」
「あぁ。嫌なら全て吐け」
「吐くもなにも、今話したのが全てなんですけど…」
自分の首を抑えながらゾッとすろ。あるお方って誰だよ!もしかしなくても、不審者だと思われてるよね!?死にたくないっ死にたくないけど、何も分からない。誰か、神様いるなら助けてよ!
「あぁ来たぞ。じゃあ変わるから。行くぞロイド」
「はい。紗良さん、正直に話せば大丈夫ですよ。では失礼しますね」
「あぁ…行かないで…」
終わった…。しかも二人とも一緒に居てくれないの?せめて金髪の方、ロイドさんを置いてってよ…!報告に来た騎士の人と部屋を出る二人を救いの目で見つめるも、無視だった。酷い!か弱い女性が助けを求めてると言うのにこの国の男は薄情者ばかりだ!!
コンコン
「っ」
ガチャ
「失礼する」
ドアをノックする音が聞こえて息を飲むと、返事を待たずしてドアが開いた。入って来たのは日差しが降り注いだ様な柔らかな金色の髪とサファイアの様な青い瞳の若い男性だった。一目で目を奪われたのは、生まれて初めての経験だった。美しすぎて言葉が出ないってこういう事をいうんだな。その人の隣には私と同じ黒髪黒目の男性で金髪の人より少し年上に見えた。
その人達はズカズカと中に入ってきて、部屋にある装飾が施された立派なテーブルに備え付けられた椅子に、向き合う様に座る。黒髪の人は金髪の人の後ろに立っているままだ。座らないのだろうか?
「話は聞いたかな?」
「は、はい」
程よく甘い声色だった。だけど高いわけでも低いわけでもない声は私の心を掴むのに効果的だった。一目惚れなんて絶対あり得ないと思ってたけど、ありなのかも知れない。優しげな表情をしているこの人が偉い人なのだろうか?
「そうか。私はローズレイア国第一王子、リハルト・シルドニア・ローズレイアだ。君の名前を教えてもらえるかい?」
「お、王子様!?…わ、私は三上紗良。あ、サラ・ミカミです」
「サラ、か。君は何故あそこに居たんだい?」
「…分かりません。私は、ただ自分の家で寝てただけなんです。それで、気づいたらここに居て…」
しどろもどろになりながら騎士の人達に答えたのと同じ答えを返す。優しそうな人だけど、私を探るような目をしている。嘘をつけないぐらいの圧を感じる。殺気って程でも無いけれど疑われてるのは嫌でも分かる。
「…っ…怪しいですよね、私も逆の立場なら疑います。…信じてとは言いません。ただ…」
二人は何も言わずに私の言葉を一文字も逃さない様に静かに聞いていた。強く握り締めていた手が震えた。その緊張感に耐えられなくなって、言葉が詰まってしまった。
「ただ?」
「…ただ…嘘はついていません。わ、私にはそれ以上の事は、分かりません。この国の事も、何故ここにいるのかも、本当に分からないんです!」
「…リハルト様。どうやら彼らの報告以上に聞きだす事は出来ないようですね」
「そのようだな。サラ、悪いが君の正体が分からない以上、此処から出す事は出来ない」
「え…?家に帰れないんですか?」
「…君の言う日本国は、この世界には存在していないんだよ」
「そんなっ!そりゃ小さな島国ですけど、世界ではそこそこ知られています!そんな筈ありません!」
椅子から立ち上がり、そんな筈無いと叫ぶと王子は少しだけ目を開き、黒髪の人は眉を顰める。日本が存在しないなら此処は何処なの?私はどうしちゃったの?これは夢じゃないのだろうか。
「っ…うぅ…」
「すまない、泣かすつもりは無かったのだが」
「どちらにせよ、暫くは此方から出られないのですから、落ち着く時間は充分あります」
「そうだな。サラ、君に侍女をつける。何かあれば侍女に聞いてくれ。身の回りの事は此方に任せてくれ」
「っわかり、ました」
申し訳なさそうにリハルト王子が眉を下げて提言してくれた。そして黒髪の人と一緒に下がっていった。あの人は王子の従者なんだろうか?泣いてしまうなんて恥かしい…。何だか良く分からなくて頭が真っ白になって、思わず泣いてしまった。人前で泣くなんで何年振りだろうか。
「顔、洗おう…」
洗面台に向かい側にタオルがあるのを確認して、顔を洗った後に鏡を見る。少しだけ赤くなった目を覗き込んだ。
「……え?」
思わず声が出てしまった。何があったかと言うと、おでこに違和感があった。そこには今までなかった金色の刺繍の様なものがあった。花の様なデザインに見えるが定かではない。タオルでゴシゴシと擦ってはみたものの消える事はなかった。
「なんだろう、取れないや」
爪で引っ掻いてみても赤くなるだけで、取れる事はなかった。シールでもなさそうだし、なにより皮膚の一部と化していた。まるで生まれた時から付いてましたとでも言わんばかりだ。
「まぁいいか…。前髪で見えないし」
もう何だか如何でもよくなってきた。なるようにしかならないよね。まぁ目に見えなきゃ気にならないし、そのうち消えるだろうと見なかったことにした。面倒な事は考えない様にしているのでね。
「…ていうかこの服私のじゃない」
来ていた筈の寝巻ではなく簡易な丈の長いワンピースのような物を着ていた。怪しい人物だけど、手荒くは扱われてなかったみたいでホッとした。にしても王子様が来るとは…。王子の立場であり、あんなにイケメンだなんて世の中不公平もいいところだよね。服装も白を基調とした上品な装いで、王子にふさわしい品格を醸し出していた。
「こんな状況じゃ無かったら、もっとドキドキしたんだけどな」
首が飛ぶかも知れないという別の意味でのドキドキがあったので、全然イケメンを満喫出来なかった。肌も白くて艶があるし、凄くモテるんだろうな。
「まぁ、私には一生関係ないけどね」
そもそもここを生きて出られる日が来るのかな…?生きて出られたとしても、この知らない国、知らない世界で生きて行けるのだろうか?
「はぁー…」
このだだっ広い部屋の中で、深い深い溜め息を一人吐くのだった。