17あの時の言葉
今日は朝から雨が降っており、外はどんよりと暗い。雨足は強く窓硝子をノックしていく。ちょっと煩い…。そんな中、部屋の中からは外の様子とは裏腹な明るい声がしている。
「そろそろ教えてくれても良くないですか?」
「私も聞きたいですわ。気になって気になって夜も眠れませんの」
「その割には今日も肌艶いいわねリチェ」
「夜更かしは美容の大敵ですわ」
「寝てるよね?それ凄く寝てるよね?」
「細かい事はいいじゃありませんの」
「もうリチェったら…。えっと、その…リハルト様があの時言った言葉は…」
リチェがしっかりと睡眠を取っている事に突っ込むも、軽く流された。仕方なく話を続けようと口を開く。その言葉の後を聞き逃すまいと、二人の息を飲む音が聞こえる。
実は今、リチェを招いて私の部屋でお茶しているのだ。話の流れで行き着くのはいつもこの話なのだが。今までも何度か話そうとしたものの、言葉が出てこず、逃亡するのがパターンだった。でも今日は違う!明後日の神子の初仕事のおかげで、そこまで思い出す事も少なくなってきたから。
「……………」
「「………」」
「まだですか?」
「しっマリー」
「その、あの…」
でもやっぱり言葉が出てこない。これ自分で言うのって凄く恥ずかしい…。普段着用の黒のドレスをギュッと掴みながら、言葉を絞り出そうとする。
「えっと…」
「顔真っ赤ですよ、紗良様」
「もう、今日も聞けないのね」
フゥとリチェが溜め息を吐く。いつもスミマセンネ。サラッと言えてたら、赤面する事も無かったと思う。時間が経てば経つほど言いにくくなる。だって期待して見てるんだもん!そんな目で私を見ないでー!
「まだその話をしてるのか」
「えっお兄様!?」
「り、リハルト様、勝手に…」
「ノックはしたぞ。お前達が話に夢中で気付かなかったのでは無いか」
突然声が聞こえたと思えば、リハルト様だった。呆れた顔で此方を見ている。
「ど、どうしたの?」
「明後日の衣装を持って来たのだ」
「どうぞ此方です」
「あ、ありがとう」
どもりながらファルド様から受け取りマリーに渡す。言ってくれれば取りに行ったのに、と言えば「ついでだったから構わん」と言われてしまった。絶対嘘だ。私が避けているのを知っていて来たのだ。そういう男なんだよリハルト様は。
「いい加減、教えてやれば良いだろう」
「わたしの口からは無理!リハルト様が教えてあげればいいのに…」
「何だ、もう一度聞きたいのか?」
「なっ!ち、違う、私じゃない!」
「お兄様教えて下さいませ」
しどろもどろになる私を面白そうに見てるリハルト様。それをチャンスと捉えたのか、すかさず聞いてくるリチェ。耳を塞ごうとした私の手を掴み、口の端を上げて言葉を紡ぐ為に少し開いた。
「やっ!やめて〜」
「俺はお前以上に美しい女を見た事がない」
「〜〜〜〜っ!」
「まぁ」
「あら」
私を見たままそう言い放ったリハルト様。そして「こんなことで女は騒ぐんだな」と呆れた様子で部屋から出て行った。絶対今顔が赤い!俯いたままベッドに走り、飛び込んだ。もうやだ、腹黒王子よ滅びろ!今なら恥ずかしすぎて死ねる自信があった。
「きゃ〜!やるじゃないお兄様」
「そんな事言われてたんですか!?いいですね紗良様!あのリハルト様にそんな言葉を囁かれるなんて」
「私も言われてみたいですわ。でもお兄様レベルの人って中々いないのよねぇ」
「私なんて、一生ありませんよ」
私のベッドの傍で二人がキャアキャア言いながら、話をしていた。やめてー!そっとしといてー!リハルト様も私がいる時に言わなくてもいいのに。いや、私がいるから言ったんだ。本当にいい性格してるよ…。
「可愛いですわね、紗良様!あんな言葉でこんなに真っ赤になってしまって」
「大人をからかうんじゃない」
「あら?ベッドに顔を埋めたままじゃ、聞こえませんわ」
「リチェル様のが大人に見えますよね」
酷い、二人して面白がっちゃって!リチェのその台詞、王子になんか似てるし…。流石兄妹…。そんなとこ似なくていいのに。リチェはキラキラでフワフワしてればいいんだ。私が毎日愛でるから。
春の妖精の様な薄いピンクのドレスを着たリチェに恨みがましく、目線を向けた。
「…リチェもいい性格してるよね」
「ふふ、お兄様が虐めたくなるの少し分かりますわ」
「えー…」
「だって反応が可愛らしいんですもの」
「確かにそうですよね。ウブなんですね」
「違う。ただ、言われ慣れてないだけだよ」
そう言ったら、何故か生暖かい目で見られた。魔法が使えたら、二人を追い出す魔法を使ったのにな。神子の力は魔法と違うから、残念だ。
「くそぅ、リハルト様なんか、早く結婚しちゃえばいいのに」
「え!?」
「な、なによ」
「紗良様…」
「だから何よその目は」
今度は驚愕の表情で見られた。なんだよさっきから。二人して同じ顔しちゃってさ。いつの間にそんなに仲良くなったのさ。
「いいんですか?リハルト様が別の方と結婚されても」
「うん。だってそうすれば、虐められなくなるんだよ?私は玩具じゃないし」
「もう、気付かないんですの?お兄様に気に入られてるんですよ」
「いい暇潰しとしてでしょ?本性を晒け出せる楽な存在なのよ」
「違いますわ。ドレスだってお兄様がデザインのチェックをしてますのよ?紗良様に似合うようにと」
そうなの?確かに王子の用意した物はセンスが良くて好きだけど、選んでるだけだと思ってた。まさか一から作らせてるなんて…。服にこだわりのあるタイプなんだなぁ。因みに今日のドレスはマーガレット様がプレゼントして下さった、レースやリボンが沢山付いたフリフリの黒のドレスだ。…あんまり趣味じゃないけど、折角プレゼントして下さったのだからと着ている。リチェは絶賛してくれたけど、私はシンプルの方が好きだな。
「まぁ、着れたら何でもいいけどね」
「紗良様の服選びは適当ですからね」
「外に出る訳じゃ無いから、何でもいいのよ」
「神子なのですから、それなりのお召し物を身に付けなくてはなりませんのよ?」
「リチェのがよっぽど神子に向いてるよね。神子やる?喜んで引退するよ!」
「もう、その印は神子にしかありませんのよ?つまり、紗良様しかなれないのですわ」
力説してくれるリチェの話を聞いてる振りして聞き流していた。なんだか最近マリーに似てきたのよね。マリー曰く、自覚が足りない私のせいらしい。私といたら皆こんな風になるのかしら?
「なんだかリチェの方が年上に思えてきたわ」
「紗良様が幼いだけですわ」
「ぐ…。あれ、リチェいくつだっけ?」
「16ですわ」
「…そうよね。リハルト様は?」
「お兄様?紗良様知らないんですの?」
「教えてくれなかったのよね。私より年下で悔しいのよ、きっと」
何回か聞いたけど、はぐらかされたり意地悪されたりするから、結局聞けていないのだ。漸く顔の赤味と動悸が収まったので、ベッドから降りて席に付きお茶を頂く。うん、今日のお茶も美味しいわ。外が晴れてたらもっと最高なんだけどな。
「まぁ、紗良様はとてもファルド様と同じ歳には見えませんし、それは無いとは思いますけどね」
「え…、紗良様ってファルドと同じなの!?」
「いい加減慣れて来たわ。この反応」
「私より少し上ぐらいだと思ってましたわ」
「ふふ…良く言われる」
力なく笑ってそう返す。もうむしろリチェの妹ぐらいの扱いでいいよ、と言ったら首を横に振られた。
「設定としては、儚く世間知らずな姉を支える、しっかり者の妹が良いですわ」
「それ、ルイーズ物語シリーズの第二巻に出てくる姉妹じゃない」
「良く分かりましたわね!そうですわ、私がその妹の様に、紗良様をお支えしますわ」
「えー、リチェは姉より先にお嫁に行くじゃない」
「紗良様、いつまで結婚されないおつもりですの?」
眉を下げたリチェに溜め息を吐かれた。ルイーズ物語の二巻では両親を亡くした姉妹が出て来て、妹が奮闘して姉を支え、お嫁に出すまでのお話だ。まさかリチェが好きだとは思わなかったけど、最近読んだ本の中にあった。
「そうだなぁ、心の底からこの人が好き!って思える人が現れたらかな。まぁ無いけどね」
「分からないですよ、そういう想いは急に出てきたりしますしね!あれ?私、この人好きかも!みたいな感じに思ったりするんですよ!」
「そうですわ、ふとした瞬間にキュンっとなるのです!」
「ねぇ、新しく出会うという発想は無いの?」
今出会ってる人なんて少ないから話にならないじゃない。は、まさかダーヴィット様!?ダメよ、マーガレット様がいるもの!!私なんかとてもじゃないけど、敵わないよ。
「ダーヴィット様、とても理想なのになぁ。もっと早く会いたかった」
「え、お父様ですの!?」
「優しそうだもん。優しい人がいいな」
「優しい人なんて、皆に優しいって事ですよ?私はグイグイ引っ張っていってくれる人がいいです!」
「マリーの場合は、引っ張って行く方が似合うわよ」
まぁだからこそ、男らしい人に憧れるんだろうか。それとも、私がいるからマリーがそうならざるを得なくなっているのだろうか。
「私は物静かで知的な方が良いですわ」
「ファルド様みたいな人か。格好良いよね、私も好きだなー。冷静沈着で寡黙な人って素敵だよね」
「え!紗良様、ファルドが好きなんですの?」
「え?違うよ。格好良いとは思うけど」
「そ、そうですの!良かったですわ」
「ははーん!リチェはファルド様の事が好きなのね!分かった、応援するよ!」
「ち、違いますわ!大体、ファルドなんて一言も言ってません」
力一杯、否定されちゃった。ファルド様も女性からの人気が高そうなのにな。黒髪の遺伝子を残す為にも、早く結婚して子供を作った方が国の為にもなるのに。優秀だし、リチェとお似合いだと思うんだけどな。
「なぁんだ。ねぇ、この国で他に格好良い人いないの?」
「格好良い方ですか?そうですねぇ…フェアフィールド伯爵の御子息で長男のエドマンド子爵も女性からの人気がありますよ」
「エドマンド子爵?」
「えぇ、ニコラス・ビルディ・エドマンド様よ。確かによくお話は聞きますけれど、あまり良いお話は聞きませんわ」
「どんな話?」
マリーの話に興味が出たので、更に聞き出そうとするとリチェが難色を示した。どうやらエドマンド子爵は女遊びが派手なのだそう。イケメンなら仕方無いのかな。それにお父さんが亡くなれば、フェアフィールド伯爵をエドマンド子爵が名乗る事が出来るそうだ。うーん、貴族の爵位とかややこしいわね。
「伯爵とか子爵とか、私には難しいわ。まぁ女の敵って事ね」
「でも、とても野性的で格好良いですよ!」
「マリーはそういう人が好きなの?」
「はい、頼りがいがあるじゃないですか」
「私は苦手ですわ。繊細さに欠けそうですもの」
「私も野性的な人はちょっとなぁ…」
何だか今日一日は女子会みたいになってしまった。リチェ曰く、こうしてお茶会や夜会などで情報を集める事も凄く大事なのだそう。特に貴族は。王家や貴族とか大変そうで、話を聞いて私は違って良かったとホッとした。
「神子様はまた別格ですけどね」
「神子も交流は必要なの?」
「ある程度は必要だとは思いますけれど、今みたいにお兄様の様に代理人というか、代わりに話をつけてくれる者などがいれば大丈夫だと思いますわ。…多分ですけれど。」
「時代が変われば状況も変わりますから、一概には言えませんよね」
結局の所、今はリハルト様に任せておけば大丈夫って事よね?神子への話は全てリハルト様にいってるみたいだし。前の夜会の時も、特に話さなくて良いと言われたからそういう事よね。
「あ、もうこんな時間ですわ」
「ごめんね、長く引きとめちゃって」
「いえ、私が紗良様とお話したかったのですから、気になさらないで下さい。また呼んで下さいね。では失礼します」
「次はいつお茶出来るか分からないけど、またね」
リチェはこの後、婚約者候補との面会があるのだそう。まだ婚約者は決まっておらず、その間に少しでもお近づきになろうと連日面会が続いている。その愚痴吐きも含めてのお茶会だったのだ。途中話が逸れていったけれど…!
「王女様も大変よね」
「そうですね、貴族だけでは無く他国からの縁談もありますからね」
「他国の人とも結婚出来るのね」
「えぇ、国同士の繋がりを持つ事で得する事もありますからね」
「政略結婚ってやつ?」
「大きな声では言えませんけど、そういう事の方が多いですね」
リチェには幸せになって欲しいんだけどな。そっか、祈ればいいんだ。今は国の為にと、一応リハルト様の為にも祈りを気が向いた時にしてるんだけど、リチェのも加えよう。まぁ効果出てるか分からないけど。
「リチェが幸福になりますように」
「いつ見ても綺麗ですね」
両手を合わせて祈りを捧げる。キラキラと空中を漂う粒子にマリーが感嘆の声をあげる。それにほくそ笑みながら粒子が消えたのを確認して手を離した。大切な人だからこそ、幸せになって欲しいな。
「もっと他の事が出来れば良いのに」
「まだ知らないだけできっと有りますよ、神子様にしか出来ない事が。さぁ紗良様、本をどうぞ」
「ありがとマリー。雨の日は優雅に読書よね」
マリーは私の事を一番理解してくれている。前に侍女を増やすかと聞かれた事があるけど、断った。マリーは一人で大変かも知れないけど、侍女である以上に家族みたいな存在だから、今のこの緩い感じのままで行きたいのよね。新しく入れば、マリーが張り切っちゃうだろうしさ。
「マリーが一人いれば充分だよね」
「何の話でしょうか」
「こっちの話」
首を傾げるマリーにほくそ笑みながら本のページをめくった。ルイーズ物語を読まなくちゃ。
マリーは働き者なので、一人でお世話するのは苦になりません。むしろ紗良を見れるのは自分しか居ないと誇りに思ってます。




