15リチェル王女
「リチェル様ー!」
「紗良様!」
リチェル様の部屋に遊びに行き、顔を合わせた瞬間抱きついた。ギューッと抱きしめたリチェル様はほんのりと甘い香りがしていた。うん、いい匂い!え?おっさんじゃないよ、一応女です。
「会いたかったです、紗良様」
「私もよリチェル様」
「様はいらないですわ!リチェとお呼び下さいって言ったじゃないですか」
「ふふ、ありがと。じゃあリチェって呼ばせて貰うね」
「はい!」
顔を見合わせてクスリと笑う。あぁホント、天使だわ!部屋に持って帰りたいぐらい。捕まりそうだから、しないけど。
「今日はプレゼントを持って来たの」
「まぁ、なんですの?」
「これ、薔薇ジャムを昨日作ったのよ」
「紗良様がご自分で作られたのですか?」
「うん、厨房に居た人達が色々手伝ってくれたんだけどね」
持って来た小瓶に入った薔薇ジャムをあげると、喜んで受け取ってくれた。リチェル様、ううんリチェは、この国の王女様であのリハルト様の妹なの。金髪緑目で髪は緩くウェーブしており、まつ毛は長く量も多い。気品も備わっており、美少女と名高い。お姫様ってやっぱ凄い。
「はぁ、リチェはこんなに愛らしいのに、なんでリハルト様は違うのかしら」
「お兄様?贔屓目もありますが、お兄様はとても恰好良くて、素敵だと思いますわ」
「最初はそう思ったのよ?でも意地悪なのよね」
「それは紗良様にだけですよ」
「え?どうして?…何かやらかした覚えは…有る様な、無い様な」
尊い神子様、前回の夜会では薔薇の神子様と呼ばれるお方、紗良様は手を頬に当てて何やら思い出しているご様子。憂いを帯びたその表情は見る者を釘付けにする事でしょう。口に出している内容は、この表情にまるで似合わないのですが。
「紗良様、お兄様が世間でなんと呼ばれてるかご存知ですか?」
「んー、猫かぶり王子?」
「ぶっ!」
「やだリチェ大丈夫!?」
予想外の返答にお茶を吹きだしてしまいましたわ。私としたことが…。そんな私に驚いて慌てている紗良様。見た目と違って、天真爛漫な方でいつもお兄様が気にされてるのですよね。私としても二人がくっついてくれたら嬉しいのですが。
「すみません、紗良様ったらお兄様の事そんなふうに思っていたのですか?」
「うん。皆、あの笑顔に騙されてるよね」
頷きながらそう呟く紗良様。はぁ、お兄様の馬鹿。お兄様が心を開いてる状態ですのに全く気付いてないなんて…なんて鈍いの紗良様は。
「もう、「完璧な王子様」ですわ。見た目良し、頭脳良し、出自も良し、剣の腕も確かときたら世の女性がほっときませんのよ」
「性格悪しは入らないの?」
「世間では性格も良好で通ってますの。それに性格は悪くありませんわ」
「そうなんだ。まぁでも根は優しいよね」
「そうですわ、少し口が悪いだけですのよ」
「ふふ、リチェはお兄様のことが好きなのね」
私を見て、嬉しそうに目を細めながらそう言われてしまった。間違いではありませんが、紗良様にお兄様を良く思ってもらおうと思っての言葉ですけどね。
「完璧な王子様ね…ふふ、普通の男の子だけどな」
「紗良様には、そう見えますの?」
「うん、不器用だけど優しい人」
「お兄様は言葉が足りないのですよね」
「そうそう、猫被ってる時は出来て、なんで素になると出来ないんだろう」
私が何か言わなくても、お兄様の良さを紗良様は分かって下さってるのね。良かった。時間さえあれば、きっと紗良様もお兄様の事が好きになる筈ですわ。
「そう言えば聞いたよリチェ。縁談の話が沢山来てるんだってね!モテモテじゃない」
「この年になれば誰だってありますわよ。それに王女でもありますから」
「そうだよね、自分をちゃんと見てくれる人と結婚して方がいいよ」
「決めるのは父である国王です。私の意思は関係ありませんわ」
「そんなこと無いよ。ダーヴィット様だってリチェの事を考えてるよ。父親だもの、悪いようにはしないわ」
「そうかしら…?では、紗良様はどんな方と結婚されたいのですか?」
お父様は優しくも、厳しくもあるお方だから。紗良様の言うことも分からなくはないけれど、王族や貴族に政略結婚は良くあることですわ。
「ね、神子って王子様との結婚でも出来るの?」
「出来ますわ!もしかしてお兄様…」
「ないない、第一凄くモテる人って嫌なのよね」
「え…な、何故ですか?」
「女の嫉妬って怖いんだからね。まぁリチェ程の美貌があれば、大抵の女は諦めるけど、私みたいな平凡な女が居たらやっかみの的になるよ。理想としては第二、第三王子ぐらいがいいなぁ。見た目は普通の人でね、やっぱ女としては王子様って憧れるのよね。無理だと分かってるけど…って聞いてる?」
両腕を抱いてブルブルと怯える紗良様。言わんとしてる事は分かりますが、紗良様が平凡ですって?ありえないわ!紗良様を前にしたら、宝石ですら霞んでしまうと言うのに!
「紗良様はとてもお美しい方ですわ!他の姫君など敵いませんわよ」
「あ、聞いてないや。大げさすぎるよー。リチェの前じゃ私なんか居ないのと変わらないよ。ふふ、でも綺麗な子と仲良くなれて嬉しいな」
「もっとご自分を知られた方がいいですわよ紗良様。そうですわ!お兄様に聞いて見たら如何ですか?うん、それがいいわ!行きましょう紗良様!」
嫌がる紗良様を引きずり、お兄様の部屋に入る。お仕事中でも関係ありませんわ。ファルドの目も無視よ!
「え?ちょっとリチェ、邪魔しちゃ駄目だよ」
「何だ?二人して」
「お兄様、紗良様の容姿に関して教えて上げて下さいませ」
「自分でちゃんと分かってるから大丈夫だよ…、ほら戻ろうよ」
「いいえ、分かっておりませんわ!さぁ、お兄様」
「急に押し掛けて来て何なんだ一体」
困った様に戻ろうとする紗良様を抑えて、お兄様に促すと溜め息を吐かれた。ファルドは無表情だけど、どこか興味深そうなご様子で咎められる事は無さそうね。
「私からお話しても信用して頂け無かったので、お兄様から言って下さい。自分の容姿が平凡だと仰るのですよ?」
「何故俺なんだ」
「ファルドでもいいわ」
「紗良様の容姿ですか?見目麗しいと思いますが」
「ほら、紗良様!」
「っ!や、辞めてよ…もう戻ろうよ」
紗良様を見ると顔を赤らめて俯きながら、私を引っ張っていた。紗良様の力じゃ私を引っ張れませんわよ。…もしかしてファルドが好きなのかしら?そうだとしたら、いくらお兄様でも厳しいかも知れないわ。どうしましょう。
「リチェ、紗良は何を言っても無駄だ。馬鹿だからな」
「馬鹿じゃない!」
「馬鹿だろう?自分の評価すらまともに出来ないんだからな」
「っ、ちゃんと、してるわよ。私が皆と釣り合わない事ぐらい知ってるもん」
「な?馬鹿だろう」
泣きそうな顔で、消え入りそうな声でそう言う紗良様に追い打ちを掛けるお兄様。馬鹿なのは、お兄様ですわ!女性を泣かせるなんて最低です。
「あぁ紗良様、泣かないで下さい。お兄様、言い方を考えて下さいませ」
「なんなんだ、勝手に来て騒いで。大体お前が言ったんだろう理解させろと。無理だと言ったまでだろ」
「待って、泣いてない!早とちりだよ」
「はぁ…。リハルト様も仰ってあげたら宜しいかと。リチェル様もそれを望んでいらしてる訳ですし、紗良様も自覚されるのでは?」
「なっ」
様子を見ていたファルドが、やれやれといった様子で助言を出して下さいました。そうよ、そうなのよ!上手く誤魔化して言わずに終わろうとしているお兄様が悪いのですわ。
「ちっ、おい紗良」
「な、なに?」
お兄様が舌打ちをして立ち上がり、紗良様に近づいて行く。紗良様は後退りして、背がドアに当たると目の前にはもうお兄様の姿があった。ドキドキしながらその様子を見ていると、お兄様が紗良様に何かを囁いており、それを聞いた紗良様のお顔が、見る見る内に真っ赤に染まっていったのです。
「なっ…ななな!」
「ほら、帰れ」
「何を言われたのですか?お兄様」
「何でも良いだろう。仕事の邪魔するな」
「…紗良様、何を言われたのですか?」
「み」
「み?」
「皆、目がおかしいよ!!」
「あ、ちょっと紗良様!?」
紗良様は顔を赤くさせたまま、そう言い残し走り去っていってしまいました。追いかけてももう居らず、したり顔のお兄様に部屋を追い出されてしまいました。気になりますが、きっとあの状態では答えては頂けなさそうですわね。また後日尋ねることにしましょう。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆
バーーーン
「!?」
扉を思いっきり開き入って来たのは紗良様でした。顔を俯かせたまま、大股で歩きベットに倒れこんだ。リチェル様の元に行っていた筈だけど、何かあったのでしょうかね。
「紗良様?どうかされたのですか?」
「………」
「リチェル様と喧嘩でも?」
そう聞けば頭を横にフルフルと振った。違うとなると、リハルト様だろうか?今日会う様なご予定は無かったけれど。
「リハルト様と何かあったのですか?」
「……っ…なんでも、ない」
ははー、やっぱりリハルト様か。相変わらず紗良様を虐めるのがお上手ですよね…。諌めるの私の仕事なんですがね。今日はきっと一日中、何も出来なさそうなので、今日の予定は明日にギッチリと詰めさせて頂きますね、紗良様。
リチェルの方がお姉さんに思えてきました。




