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122.お金の使い方

上部から差し込む光がこの部屋を照らす唯一の光源だ。夜は日が暮れると共に明かりは無くなる。

安全の為なのか燭台を貸してくれないので、日が暮れたら就寝するしかない。


「…は?今なんて?」

「ここから出て好きな所へ行くといいと言ったのだ」


1週間振りにマクレンが来て、告げられたのは別れの言葉。用無しの烙印を押されてしまったようだ。


「そう。んー!この辛気臭い場所からやっと出れる」


うーんと伸びをして外の世界へ出れる喜びを口にした。


「閉じ込めて済まなかったな」

「退屈な日々に死ぬかと思ったよ。あ、物理的にじゃなく精神的にね」


食にも眠る場所にも困らなかった事には感謝してるよと伝えれば短く「そうか」と返事が返ってきた。クールと言うか素っ気ないと言うか…。


塔から出て大聖堂側の門の前まで見送られる。客人はどうやら帰ったようで――――だからこそうちがこの目立つ場所に立てているんだけど――――こそこそする必要もなかった。


「こちらをお受け取り下さい」

「これは?」


マクレンの秘書である金髪美女からズッシリとした皮袋を渡された。

中を開けて見ると金色のコインが入っている。それを1枚取り出して見ると、裏側には教団のモチーフである聖女が祈りを捧げる姿が彫り込まれていた。


「あー、金貨か。これって何処でも使えるんだよね?」

「勿論だ。通貨の価値を知らない訳ではあるまいな?」

「馬鹿にしないでよ。金貨である程度の物は買えるって知ってるんだから」


フンと鼻を鳴らしてそう言えば、秘書がこの世界の通貨の種類と価値を説明してくれた。

と言ってもこの国での話であって、他国ではレートが少し変わってくるのだそう。でも基本は同じだよね?と聞けば、ある程度はと教えてくれた。


マクレンはその間、うちをずっと見ていた。こんなに沢山の金貨をうちに渡すのが惜しくなったとか?貰ったもんは返さないけどね。


「他に必要な物があれば聞こう」

「なら地図くれない?この辺さっぱりだからさ、街にすら辿り着けるかどうかだから」


すると秘書は持っていた袋から地図を取り出して渡してくれた。用意いいなと感心する。やっぱり秘書って有能な人間が多いよね。


「現在地はここです。そこから東へ行くとシャリオという街へ行けます。1番近いのはここかと」

「………」


地図を眺めながら絶望感がうちを襲う。

この地図を見る限り、街までかなり距離があるように思える。


「ま、待って…これ徒歩で着く距離?」

「時間は掛かりますが問題ないかと」


ニコリともせずそう言い放った秘書をジロりと睨む。ならあんたが歩いて見ろよ!!と地図を投げ付けてやりたい気持ちをグッと抑えた。


そこでふと気付く。何で街まで送ってくれないのかと。


「うちを最初の街に戻す選択肢はないわけ?」

「噂が出回っている以上、あの街に戻るのは危険だろう。シャリオなら離れているから問題ないと思うが?」


淡々と紡がれる言葉にイラっとしたけど、冷静に考えればその通りなので言葉を飲み込む。


「ならこのシャリオまで送ってよ。それぐらいしてくれても良いと思うけど」

「そうだな」


肯定はするけど、馬車を用意する動きはない。金をやるから自分でどうにか辿り着けって態度のようだ。


「…はぁ、OK。道中獣に襲われて死んだら恨むから」


負け犬のような捨て台詞を吐き捨て、マクレンに背を向けて歩き出す。すると背後から声がかかったので、送る気になったかと思い振り返ると、どうやら東は真逆らしい。


「別にちょっと周辺見てから行こうと思ったんだよ!」


苦し紛れの言い訳をしてクルリと進行方向を逆にして再び歩き出した。東西南北とか方位磁石ないと分からないんだよ!と心の中で言い訳をした。

穴があったら間違いなく飛び込んだよ…。


歩きながら地図を見つめて深いため息を吐く。食わず眠らずで何日で街へ辿り着けるものかと思うと、不安で堪らない。

野宿の道具もなければ、身を守るナイフの一つもない。途方に暮れるとはまさにこの事だよね。


「聖女じゃなくても悪いようにはしないとか言ってた癖にこれかよ」


フンと鼻息荒く舗装もされてない道を歩いていく。これがまた非常に歩きにくい。歩くのに支障のある中途半端な石ころのせいで体力を奪われる。

舗装された道の素晴らしさをここで思い知るなんて思わなかったよ。


「くそー!金より車と食料持ってこい!」


まだ大聖堂からそこまで離れてもないけど、引き篭もり生活のせいで体力が衰えたのか既に疲れた。

苛立ちを空にぶつけながらダラダラと重い金貨と共に進む。

そして石に足を取られて顔面から転ぶという、ダサイ事態に見舞われたので適当にそこら辺に生えている木の根本に座り込んだ。


「前途多難だよまったく…。徒歩とかアホらし、ヒッチハイクでもするか」


そんな考えで1時間程ボーっと待ってはみたものの、誰も通らない。そして貰った地図を広げてくしゃくしゃに丸めて投げた。

こんな隔離されたような場所、誰が通るんだっ!!!


時間を無駄にしてしまったことに腹が立つけど、もっと腹立だしいのは金と地図だけ寄越して追い出したマクレンにだ。

そう思ったらどんどんムカムカしてきた。これを本人にぶつけないと気が済みそうにない。

だからうちは腰を上げてくしゃくしゃになった地図を拾い、来た道を戻りだす。


その道中、空がオレンジからグレーのグラデーションに変わったかと思うと、仕上がりのイメージが違ったかのようにみるみるうちに真っ黒に塗りつぶされてしまった。

そしてまるで私の舞台よ!といわんばかりの月が輝きを放ちだした。その脇には引き立て役も散らばっている。


「田舎は星が綺麗だなぁ。うん、しかし寒い…野宿とか絶対死ぬ」


久しぶりに満点の星空を障害物なしで見れたから、気持ちは少し落ち着いた。

今あるのは感動と疲労だ。長時間歩き続けた所為で足には豆ができ、つぶれて皮がむけている。これが痛いのなんのって…。でも無視して歩いてたら血は出たけど痛みは麻痺してきたんだよね。

一番の鎮痛剤として役にたったのは、マクレンへの怒りだけどさ。


首がいたくなるぐらい空を見上げながら、時たま冷える体を摩りながらひたすら歩いて行くと、ようやく明かりの見える大聖堂が視界に入って来た。後少しだと自分の体に鞭打って痛む足を前に出していく。

門が見えてくると今日の出来事を思い出して怒りがまた沸々と湧き出て来た。これ以上潰れることなんて出来ないというぐらいに地図を握りしめていざ行かん!!と大聖堂のドアを引くと、なんと鍵がかかっていた。


「~~~っ!迷える子羊受け入れる為のもんじゃないのかぁぁぁぁぁぁ!!!」


怒りが頂点に達した為、思いっきり腹から声を絞り出すかのように叫ぶ。

ここまで来て中に入れないとか、なんの罰だよ!!あれか?神様はうちの事が嫌いなのか!?


ドアの柄を掴んだまま地面に座り込んでいると、ガチャリと鍵が開く音がした。


外に化け物でもいるかというようなスピードで、恐る恐る開く扉から見えたのは小麦色の髪色の少年だった。くりんとした天然パーマでとても愛くるしい顔をしている。


「こんな夜分にどうされたのですか?わ、怪我されてますね。手当しますので中へどうぞ」


少年はうちが化け物ではないと知ると、扉を大きく開き中に入るようにと促してくれた。

そして顔面からすっころんだ時の顔の傷を見て、心配そうに手当て用のセットを持って来てくれた。


「天使だ!!」

「え?僕は人間ですけど…」

「あはは、ごめんごめん。天使のように君は優しいって言いたかったの」


うちがそう言えば少年は照れくさそうに笑った。


「聖女様の教えですから。「困っている方には救いの手を」と」


教科書に出てきそうな台詞だなと内心笑うけど、顔には出さない。人が信じているものに口を出す趣味はないからさ。


「それは素晴らしい考えだと思うよ」

「はい!聖女様はとても素晴らしく、御心も美しい方なのです」


顔の手当てを終えて嬉しそうにそう答えた少年の後ろから「何事ですか?」と声がした。

通路には明かりがないのか、その人物がこちらに足を踏み入れるとその姿が露わになる。


「貴女は…」


眼鏡を掛けた金髪美女!奴の秘書だ!!

驚いた表情でうちを見ていたから、少年の制止する声を振り切りズカズカと近づいて目を背けられない距離まで詰め寄った。

そう、俗に言う壁ドンの姿勢を今うちがやっているのだ。うちのが秘書より背が低いから、バシッとはきまらないけども…。


「マクレンに会わせて。今すぐ」


声を低くしてNOとは言えない緊迫さで迫る。

でも流石はマクレンの秘書。顔色を変える事無く、懐中時計をポケットから取り出して時間を確認した後、「分かりました」と返事した。

もの凄くつまらない反応にうちの怒りゲージは少し下がってしまった。


「まだ仕事をされていると思いますので、書斎にご案内致します」

「あ、うん。宜しく」


呆気に取られる少年にヒラヒラと手を振って秘書の後に続いて薄暗い通路を通り、階段を上がる。

足元の確認は秘書の持つ燭台の明かりと、窓から入る月光で問題なく出来た。


「こちらです」

「…何の用か聞かないでいいの?」

「そのお姿を見れば察しはつきますから」


秘書は扉をノックした後、客人が来たことを告げ扉を開けた。

こんな時間に客人?と不審がる様子もないマクレンは走らせていた羽ペンを机に置いてこちらを見つめる。

まるでうちが来るのが分かっていたかのような落ち着き払った態度に腹が立つんですけど。


「どうした?何か他に欲しい物でもあったか?」


数時間前に見たこの鋭い視線が疲れた体に染みる。

革袋と地図を握りしめて机に近付き、ドン!とわざと大きな音を立ててマクレンの前に置いた。


「欲しい物だらけで泣けてくるね!こんな金だけあっても、街に辿り着く前に死ぬわ。それに護身用のナイフも無ければ食料もないし、こんな寒い時期に外で寝ろってか?外舐めんなよ!」


ここまで帰って来た原動力である怒りをマクレンにぶつける。金だけあっても使えなきゃ意味ないんだってきっとこいつには分からないんだ。

まぁ、うちも出発前に地図だけしか貰わなかった馬鹿だけどさ。


「だから聞いた筈だ。必要な物はないか?と。地図だけしか求めなかったのはそちらだろう」

「…あんなに距離あるなんて知らなかったんだから仕方ないと思うけど?」


正論に負けそうになるが、ここで折れてはいけない。うちはどんな時も負けを認めたりはしない!!


「それに、あんた知ってて歩いて行けって言ったよね。用がなくなりゃ死んだって構わないってことか?最低だな」


吐き捨てるようにいう言葉にもマクレンはただ静かに聞いている。そして言いたいことはそれだけか?というような視線で返して来る。

それがうちの悔しさを更に引き出すんだ。人なんて信じない。信じる方が馬鹿だって知ってる。だけど、「悪いようにはしない」と言った言葉を信じてしまっていた自分に腹が立つ。


「わざわざ文句を言いに帰って来たのか?」

「あぁそうだよ!むかつくからあんたに一言言いたくて引き返してきたんだよ!でも一番の目的はそこじゃない」


文句を言うためだけに時間を無駄に使う程馬鹿じゃない。

知らない世界で辿りつくか分からない道を歩き続けるよりも、自分の身を守る為にそんな事しなくてももっと簡単な方法があるって気付いただけ。


うちはそっと深呼吸した。自分の気持ちを落ち着ける為に。


「これだけあれば結構な金額になるよね?」

「君が思っているよりも多いな」

「ならこの金で自分の居場所を買う。うちが貰った金だからどう使っても問題ないでしょ」


その言葉に少しばかり驚いたのか、うちをまじまじと見つめる。これが一体どれぐらいの金額になってどんな暮らしが出来るのか、うちからしたらそんな事はどうでもいい。

そんな事よりも大事なのは命の危険に脅かされることなく、衣食住を手に入れる事だよ。だからこれが一番正しい金の使い方だと思うね。


「…私の考えの一歩先を行く奴だな、君は」


困った奴だとでもいうように小さく笑ったマクレンに、ぴきっと体が固まる。

前にほんの少しだけ微笑むような表情を一瞬だけ見たことがあるけど、それの比じゃなくて、吹き出す様にだけど笑ったのは初めてだった。

なんだろうか、色々と衝撃を感じたのはうちだけなのかな。


「ど、どういう意味さ」


うちが言葉の真意を尋ねても答えてはくれなかった。


「ここに住むという事だな。部屋は空いているから許可しよう。エリーザ案内してやってくれ」

「おい、答えろって!」

「畏まりました。こちらです、ご案内しますからついて来て下さい」


マクレンは口を開こうとはしないし、有無を言わせないような目力で秘書に見られたので仕方なく部屋を出て大人しく着いて行った。

にしてもこの秘書エリーザって名前なんだね。うん、なんだかしっくりくるな。名前と見た目があってるよね。女性らしい強い名前で素敵だと思う。


秘書もといエリーザの燭台の明かりを頼りに暫く着いていくと、焦げ茶色の木の四隅に金色の装飾があしらわれたドアの前についた。書斎のドアの装飾に比べたら貧相だけどさ。


「こちらの部屋をご自由にどうぞ。必要な物があればお申し付けを。では失礼致します」


それだけ言い残してさっさと戻っていくエリーザ。部屋の中すら見せてもらってなければ、明かりとかどうするのかの説明も受けていない。

あれかな、自分で勝手に調べて覚えろってこと?言われた仕事しかしないのか、彼女は。


うちは深いため息を吐いて、暗いであろう部屋のドアを押した。



あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

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