121.傷ついた右手
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蒼玉が出ていって少しの間沈黙が流れる。私が怪我すると皆怒るんだから…。
私の身体なのに、私の自由には周りがさせてくれないんだよね。神子だからなんだけど。
「どうしようかな」
この空間を消したいけど、力を使えば手みたいに身体が傷だらけになるだろう。邪魔者は排除する力は厄介だね。
「…ん?制御出来ないって言ったよね?」
『えぇそうよ』
「それは力が足りないから?」
私がそう尋ねると天藍石は首を横に振った。
『どうして私達が人に恋をしてはいけないのか、貴女神子なのに知らないのかしら?』
「前に聞いたような気もするけど、詳しくは知らないのよ」
『・・・そう。でも私も今経験してみて分かったわ』
悲しそうに天藍石は私を見つめた。悲しそうではあるけれど、その瞳には後悔なんてなかった。
『一度暴走した力は止まらないみたいね。力がどんどん出ていくのが分かるわ。そしてこのままいけば私は消滅する』
「えぇ!?力が空になると消えるってこと?」
『そうよ。力がなくなると姿形を保てなくなる…つまりは無に還るのね。この世界を形成する何者にもなれずに、ただそこに揺蕩う空気のようなものになる。それは人で言う「死」でしょう?』
淡々と言ってはいるけど、それって一大事よね?自分が消えてなくなるかも知れないのに、どうして落ち着いていられるんだろう。
私達と守護者では死に対する感覚が違うのかも知れないね。
「少し違うかも。…人は死んだら魂が還る場所があるみたい。守護者にはそういう場所はないの?」
『分からないわね、消えたことないもの』
クスっと天藍石が片目をウインクさせて茶目っ気に笑う。
それにつられて私も少しだけ笑顔になった。気付かないうちに顔が強張ってたみたい。人であれ、守護者であれ、誰かが居なくなってしまうのは悲しいから。
「どうすれば暴走を止められるか知らないよね?」
『残念だけど知らないわね。止める方法を探すより、新しい守護者を作って私を吸収させた方が早いわよ』
「でもそれじゃ天藍石が消えちゃうじゃない!」
そんな悲しい事言わないでよといった視線を向けると、天藍石は困ったような表情をした。
『彼が居ない今、消えることへの恐怖はないわ。むしろ彼の居ないこの先を私は途方もない時間、存在していなければならない事の方が辛いかも知れないわね』
「そんな…」
『これは失った人にしか分からない痛みだもの。貴女には理解出来ないかもね。私は人間ではないから生きるとはまた違う。存在しているか、そうではないか。ただそれだけの事なのよ』
それはまるで守護者が物みたいな言い方だ。私には見えるし、触ることも出来るのにそんな風には思えないよ。
人が死んだ時と同じように悲しい。だって守護者も私達と同じように感じる心を持っているから。
ぐっと手を握り絞めて天藍石を強く見つめた。
「私諦めないから!天藍石を救える方法を探すよ」
その言葉に驚いた表情を浮かべる天藍石。「もういいのよ」とか「私はそれを受け入れたい」とかフザケタ事を言い出したから、横っ面を引っぱたいてやった。
何が起こったか分からない天藍石はポカーンとしている。愛の鉄拳だよ!
「私の前では誰も死なせない!出来る事はするんだから!!」
だからまずはこの空間の力を消そう。排除する力が働いて私が傷だらけになろうとも、消してやるんだから。だって仕方ない事だからって、諦めるなんて悔しいよ。
『待って!!』
力を使おうとしゃがむと、後ろから焦ったような声がした。後ろを振り返らなくても分かるけど、振り返ると案の定蒼玉がこちらに向かって来ていた。帰って来たんだね。
『僕言ったよね?自分を大事にしてって!』
「でも今はそんなこと言ってる場合じゃないよ」
『そんな場合だよ!紗良が全身に傷を負うなんて嫌だからね!!』
珍しく御冠な蒼玉は声を荒げて私を止めようとする。でも他に思いつかないと言えば、蒼玉は私に一つ提案をした。
それは蒼玉の作り出す空間に入って、その中で力を使うってこと。
「この空間に触れないと意味ないよ。どのみち傷を負うのは避けられないよ」
『そうだとしても、被害を最小限に抑えることが出来るでしょ。全身に傷を作る必要は何処にもないって言いたいんだ』
「それもそうだね。ならそれでやろう」
蒼玉が私を中心にシャボン玉のような球体を作りだすと、体に圧力がかかった。どうやら天藍石の空間とは切り離す事が出来たみたい。
あの水のような空間は重力が外よりも軽くなってたんだなってそれで分かった。
『紗良、金の薔薇をこれが終わったら作って欲しいんだ。勿論今日は力が残っていないだろうから、明日以降で構わないけど』
手だけを出していざ力を使おうって時に蒼玉にお願いされた。
何で?って聞こうかと思ったけど、蒼玉の表情があまりにも真剣だったので聞き返す事はしないで頷いた。蒼玉の事だからきっと何か大事な事に使うんだろうなって思ったから。
「分かった。明日やるね」
にっこりとそう言って今度こそ力を使用する。額から粒子が出ていく感覚と、何かが手を弾いて手に傷がつく感覚をぼんやりと感じながら粒子が行き渡るのを待つ。
幸いにも力を使っている間は痛みの感覚が鈍ってるようであまり痛みは感じない。でも終わったらかなり痛いんだろうな…。
ダメダメ、今は集中しなくちゃ。
膝から力抜けそうになった頃にようやく粒子が行き渡ったようで、パッと目を開けると水のような青い空間が砂が崩れるようにサーっと消えていくところだった。
「良かった、消えた…」
『とても美しい光景だわ。でもこんな風に消えていくのって寂しいわね』
「そうだよ。私は天藍石が消えてしまったら悲しい…~~~~~~っ!!」
蒼玉の力も消えて天藍石の空間が完全に消えると、手に激痛が走る。声にならない声と共に傷ついた右手を左手で抑えながら地面に蹲った。
自分の手を見る勇気はないけど、左手には生暖かい液体が付くのが嫌でも分かる。かなりの出血だろうけど、今はそんな事どうでもいいぐらいに痛い!手が取れちゃうんじゃないかってぐらいに!!
『紗良!!酷い傷だ。先に手当をしよう!紅玉に医者を探してもらってるから!』
「だ…くぅ……」
大丈夫だって言いたいけど、言葉にはならない。手当より先に天藍石をどうにかしてあげたいのに…。空間を消す事は出来たけど、暴走を止められてはいないのだから。
痛みで滲む涙目で天藍石を視界に入れると、天藍石の周りには水の玉が浮かんでいる。時間が経てば経つほど、また力が集まってあの空間が出来てしまうだろう。
「止め…な…きゃ……っ」
『神子もうやめて。こんな酷い怪我を貴女が負う必要なんて何処にもないじゃないの』
天藍石が悲痛な顔で苦しむ私を見つめる。きっと蒼玉も同じ顔してるんだろうなって思った。ある程度の痛みなら我慢できたけど、これはちょっと流石の私にも平気な振りは出来なかった。
なにか言葉を返したいのに、私の口から出るのは痛みを堪えるうめき声ばっかり。
痛すぎて頭が回らないけど、天藍石の力を止める方法を考えなくちゃ。
「…あ、彼は…?」
そこでふと気付く。あの空間が解かれた今、彼の止まっていた時間も動き出したって事に。
『……冷たくなってしまったわ』
天藍石は眉を下げて彼の頬に手を当てて、そう言った。その時に力がさっきよりも多く出ていたから、気持ちと連動してるのが分かった。
『心配しないでいいわよ。あの日記のお陰で心は穏やかなまま。もう悲しみに暮れる事はないわ』
私の気持ちを読んだかのように、そう言われてしまった。それなら良かった。再び暴走されたら私倒れちゃうよ!
「天藍石…こっちに来て…」
『何かしら?』
近付いて来た天藍石を捕まえて口づけをして力を一気に送り込む。蒼玉から驚きの声が上がったけど、気にしない方向で。
これやったら暫く眠り込む羽目になるけれど、他の方法が思いつかない今、ひとまず力を送って消えないようにと思ったんだ。それに手の痛みで寝れなさそうだったから、これで安眠出来るね!起きたら怒られそうだけど…。
『私に力を…?』
「消えないように…ね。応急処置だよ、っ」
『紗良!無理ばっかりしないでよ』
「ごめん、もう…限界」
天藍石にもたれ掛かるようにして倒れ込む。体から力が抜けていくし、瞼が鉛なんじゃないかってぐらいに重くて、閉じたらもう開けられそうにない。
「後宜しくね」と言いたかったけれど、蒼玉の青い瞳を最後に私の意識はぷっつりと切れてしまった。
『はぁ…、結局こうなるんだね』
『いつもこうなのかしら?』
『そうだよ。そして紗良は僕に心配もさせてくれないんだ』
僕がそう呟くと、同情の目が向けられた。
欲しいのは同情じゃなくて紗良がもっと自分を大切にしてくれることかな。いつも心配かけてごめんとか、気をつけるとか言うけれど、一向に改善の兆しは見えない。
助ける事と自己犠牲はイコールではないのに…。紗良の力がもっと弱ければこんな事にはならなかったのだろうか?…いや、それでもきっと同じように無茶をしたと思う。
『でも信頼されてるのね。無茶をしてしまうのは貴方が傍にいるからだわ。こうやって助けてくれるでしょう?それが守護者の役目だとしても』
『僕は守護者として紗良を守ってるんじゃないよ。僕が守りたいから守ってるんだ』
『そう、それはとても素敵なことだわ。私はしばらく大丈夫だから神子を宜しくね』
そう言って天藍石は彼を家に戻した後、消えた。
僕は紗良を抱きかかえ大急ぎで宿に帰る。紅玉に探してもらった医者に診てもらわないと!!
紗良の手は直視するのをためらうぐらいにズタズタで、リハルトが見たらきっと失神しちゃうだろうね。ファルドもきっとお説教も言えないだろう。それぐらいに酷いんだ。
バンッ
『医者はどこ!?』
「~~っ!!」
宿について宿泊していた部屋のドアを勢いよく開けると、ゴンという音がした。
下を見ると頭を抱えて蹲っているレムがいた。どうやら勢いよく開けすぎてドア付近にいたレムに強打したらしい。
『ごめんよレム』
「う、ううん、大丈夫だよ…。お姉ちゃんのが大変だもんね」
涙目になりながらレムがぎこちなく笑った。医者はまだのようで紅玉もいなかった。一先ず紗良をベッドに寝かせて適当な布を傷口に当てがった。レムが見るには刺激が強すぎるからね。
手に巻いていたハンカチも切り裂かれた時に落ちてしまったみたいだった。
『待たせたな』
『遅いよ!早く紗良を見て!』
四半刻程して紅玉が年老いた医者を連れて来たので、すぐ紗良を見てもらうと傷の酷さに医者は顔をしかめた。
「こりゃ酷いな。何をしたらこうなるんだね?」
『えっと…』
『機械に手を巻き込まれたんだ』
言葉に詰まる僕に紅玉がスラッと嘘をついた。いつもなら僕も言えたけど、自分で思っているよりも動揺してるのかも知れないな。
医者は「機械ねぇ」と不審げに呟くものの、それ以上は追及してはこなかった。
「これだけ酷いと縫うしかないね。傷が塞がっても手が今まで通りには使えないかもよ」
『そんなっ!元通りにならないと困るんだ!』
「そうは言ってもこの有様じゃねぇ。ま、出来る事はするよ」
医者はそう言って鞄から薬やら針やら出して紗良の傷の手当てを始めたから、この場は紅玉に任せて僕は部屋からレムを連れ出した。
「お姉ちゃん大丈夫かなぁ…」
『…レム、頼みがあるんだけど聞いてくれるかい?』
「うん!」
宿から離れて天藍石がいた街の近くまで来るとダリアがいるであろう森に来た。良かった、街に行く前に紗良にダリアの居場所を聞いておいて。
『ダリア!紗良が大変なんだ!力を貸してよ』
僕が大声でそう叫ぶと、ダリアが風を巻き起こしながら僕らの前に降り立つと、「キュイ」と可愛らしく鳴いて要件は何と催促する(ように僕には感じた)。
『レムを乗せて恭平の所まで飛んで欲しいんだ。紗良の怪我を治すのに恭平の力がいるんだ。恭平の所にはマシュマロ、君の子供がいるはずだから場所分かるよね?』
狐竜獣についての文献で親は子の居場所が本能で分かると書いてあった。逆もまたしかりだと思う。
「キューイ」
勿論とでも言いたげに得意そうに鳴いたのを肯定と捉えてレムに紙を手渡した。
『恭平は紗良の弟でね、今はローズレイア国にいるはずだ。ここに詳しい内容が書いてあるから、君の正体を問われたらこれを見せるんだ。そうすれば誰かが恭平を連れて来てくれるから』
「う、うん」
『恭平は紗良の怪我を治せるから一緒に連れて来て欲しい。ダリアの言葉が分かるのは紗良だけだから、レムに託すよ。僕達は一定の距離以上は離れることが出来ないからね』
緊張した面持ちのレムは戸惑いがちに頷き、大事そうに斜めに掛けた鞄にその紙を大事そうにしまい込んだ。
『ダリア、恭平をレムと一緒に連れてきてね。頼んだよ』
レムがダリアの背中にしがみついたのを確認した後、空に飛び立つダリア達が見えなくなるまで見送ってから、宿に戻ると紗良の治療はその間に終わったらしく、医者が治療費を受け取り出て行った。
『手の怪我のせいで熱が出るかも知れないそうだ』
『分かった。僕が見てるから大丈夫だよ』
『いや、お前は休め。力を使っただろう』
ずっと紗良の傍に居たいだけなんだけどね。でも紅玉の言葉に甘えて休む事にした。
レムが恭平を連れて来てくれたら、紗良も良くなることだしね!




