12貴方の願いは?
「リハルト様の願いを教えて下さい」
「俺の願い……?」
「洋服の御礼がしたいのです。でも、私にはこの国のお金を持って無いので」
ダーヴィット様とマーガレット様、王女であるリチェル様とリハルト様の皆での食事会が終わった後、唐突にそう尋ねた。リハルト様の部屋に押しかけて。
「願いか、難しいな」
「何でも良いです!多分、叶えられる筈なので」
勿論、二人きりだ。だって願い事って人に聞かれたくないでしょう?私だってそれぐらい気を使えるのよ。
「…そうだな。とりあえず」
「はい」
「異性の部屋に夜、一人で訪れるな」
「はい?」
「いいか?夜に男性の部屋を訪れるのは、非常識だと言っているのだ」
えぇー…。気を使っての行動だったのに。ファルド様は常に側に居るわけではないらしい。従者であって侍女じゃないからだそうだ。私には良く分からないけど。
「大丈夫ですよ!だってリハルト様ですし」
「どういう意味だ」
「私なんかに興味無いって事ですよ。だってリハルト様はおモテになるのでしょ?」
私なんかに手を出す筈が無いじゃない。王子の周りなんて綺麗な女性が腐る程居るのだから。それに婚約者の2、3人ぐらい居るだろうし。
「はぁ…帰れ」
そう言ってベッドに寝転がる王子。その衣装のままで?シワになっちゃうよ!…あ、これ、いつもマリーに言われるやつだ。
「お疲れですか?」
「あぁ。お前の所為でな」
「あ、なら癒しますよ?」
「いらん」
「まぁそう言わずに」
リハルト様に近づいて手を取る。驚いた顔で上半身を起こし、何をする?と言いたげな目で見られた。
「リハルト様の疲れが取れます様に」
そう呟きながら、手の甲に口づけを落とす。ピクリと手が動き、私の手から離れた。薔薇で試した時もそうだけど、口づけをするとより効果が出るのだ。
「な、何を…」
「ほら、見てください」
額の印からキラキラと光の粒子が王子の体を包みこんだ。それに驚き、固まる王子だった。何かそんな姿、新鮮だな。
「綺麗でしょう?疲れはどうですか?」
「あ、あぁ……体が楽になったな」
「なら、大成功です」
「前はこんなの出なかったではないか」
「昨日出せる様になりました。神子っぽくないですか?」
役目を終えた粒子が消えていく。なんて儚くて綺麗なのだろう。ううん、儚いからこそ綺麗なのかな。
「ほぅ。どうやって?」
「気持ちが必要なのです」
「気持ち、ねぇ」
「そうですよ。薔薇があんなに綺麗に咲くのは、育てる人の気持ちが籠っているからです。それと同じで、願いを叶えるには、気持ちを込めて祈らなきゃ意味が無いのです」
「それが神子の力か。やはり尊いものだな」
「え?」
王子の言ってる言葉の意味が分からなくて首を傾げる。すると王子が手を伸ばして、私の頬に触れた。
「リハルト様?」
「尊いのは紗良自身か」
「あ、あの?」
「俺の願いはお前には叶えられない」
「えっ?そんなの分からないですよ!」
「分かる。そういう願いだから、な」
それだけ言って手を離し、ベッドに寝転んだ王子。もう戻れと、態度で言われた気がした。
神子の力で叶えられない願いって何なのだろう。凄く気になるけど、これ以上は答えてはくれないだろう。何だか少しだけ悲しそうな顔をしていたから、聞く気にもならなかった。
「…ごめんなさいリハルト様。お休みなさい」
王子の部屋から出て、自分の部屋に戻る。マリーが何か話してくるけど、頭に入ってこなかった。私、少しだけ思い上がってたのかも知れない。
「…マリーの願いは何?…」
「紗良様?急にどうかされたのですか?」
「マリーの願いは?」
「…私の願いは、私の知る全て人が幸せになる事ですよ」
「そんなの、偽善じゃない」
「そうですね、でも本心ですよ。もし願いが一つだけ叶うならそう願います」
私は漠然とした願いは叶えられない。私利私欲にまみれた人じゃなきゃ力を発揮出来ないのだろうか。
「紗良様なら、何を願いますか?」
「私…、」
様子のおかしい私に、マリーが優しく投げかける。私の願いは何?少し前なら元の世界に帰りたかった。前の世界なら、宝くじが当たります様にとかもあった。でも今は?
「…お風呂が、…部屋に、欲しい…」
「ぷっ、紗良様。それお願いじゃなくて我儘ですよ」
「…ふふ、そうだった。マリーにバレちゃったわね」
何だか急に力が抜けてしまった。そうだ、願いを叶えると言うのは大袈裟なのだ。些細な幸せを作ると思えばいいんじゃないかな?お茶をお酒に変えるように、雑草から花へ、雨から晴へ。人を笑顔にする為に、力を使える様に思えばいいんだ。力を使う上でブレない芯は必要だよね。
「今度、お願いしておきますね」
「うん、ありがとう」
「ハーブティーです。落ち着きますよ」
この世界にもハーブティーとかあるんだなぁと思い、名前聞いたら知らない名前だった。やっぱり世界が違うんだなと改めて思った。
「ユーリアティー?」
「はい、気分を落ち着かせてくれますので眠る前に飲むと、快眠になります。何か悩んでしまった時は、ユーリアティーがいいのですよ」
「そうなんだ。マリーって物知りね」
「侍女ですから」
よく出来た侍女だなぁ。リハルト様に仕えていただけはあるのだろう。マリーが居てくれて良かった。ううん、この城で良かった。皆、こんな私に良くしてくれるもの。…例え、神子だからだとしても。でも、マリーと王子とファルド様だけは、態度が変わらなかった人達だから、この先に何があっても大丈夫な気がする。
「マリーが侍女で良かった」
「煽てても勉強は続きますからね」
「えぇー、そりゃないよ…」
「ふふ、まだまだやる事沢山ありますからね」
「もー、お手柔らかにお願いしますよ」
顔を見合わせて二人で笑った。もう、大丈夫。明日からまた、何時もの私に戻るから。マリーが世話を焼いてくれるのが嬉しくて、我儘言う時もあるって言ったら怒るかな?それとも、仕方ないですね、って笑ってくれるだろうか?いつか聞いてみたいな。
「お休みなさい紗良様」
「お休み、マリー」
部屋の灯りが消され、目を閉じる。どうか皆が良い夢を見れます様にと。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆
「願い…か」
紗良がションボリした様子で部屋から出て行った。そういう顔をさせるつもりは無かったのだがな。女としての自覚をもう少し持って欲しいところだな。
「俺の願いは叶わない。例え神子だとしても…」
本当は俺とリチェル以外にもう一人弟が居たのだ。弟と言っても双子だった。だけど双子は縁起が悪いからと弟の存在は無かった事になった。俺が先に産まれただけで王子として生き、弟は後に産まれただけで、俺の影武者として生きる事になった。
「兄さん、明日の視察は僕が変わりに行くことになったから」
「なんで?」
「なんだかよくない噂があるみたい」
「なら、なおさら俺が行く」
「駄目だよ。兄さんは王子なんだから。何かあってからじゃ遅いんだよ」
「何かあったらお前が俺の代わりになるんだ、ルドルフ!お前も俺と同じ王子じゃないか!!」
当時10歳の時だった、この時、父上やこの国が嫌いだった。双子だから不吉だと言うけれど、何が起こると言うのだ。決めた奴を俺がこの手で滅ぼしてやると思っていた程に。
同じ父と母から産まれたのに、ルドルフのが優秀だったのに、なぜ俺の代わりにならねばいけないのか。納得なんかできなかった。俺の片割れでたった一人の弟を守りたかった。兄として。
「僕じゃ兄さんの代わりにはなれないよ」
「なれる。お前の方が優秀なんだから、俺よりも立派な王子なる」
「…兄さんは納得出来ないかも知れないけど、僕はこれで良かったと思ってるんだ」
「何故!?」
「王子が同時に二人いるとね、争いになるんだよ。僕と兄さんがその気はなくても対立させられるんだ。だからね、僕は今感謝してるんだよ」
「なんで感謝なんて…おかしいよ」
ルドルフは俺なんかよりも物わかりが早かった。まるでルドルフの方が兄のように、いつも駄々をこねる俺を優しく諌めてくれていた。
「だってね、こうして兄さんの傍にいられるんだから感謝しなくちゃ」
「俺はお前と同じ立場でいたいのだ」
「一緒だよ。今、こうして僕と兄さんが隣にいる。ね?一緒でしょ」
「全然違う、一緒ではない!」
「うーん、僕は王子になりたくないなんか無いんだ。もし、神様がいて産まれる順番を変えてくれるって言われたとしても、僕は変えないよ。だってね…」
俺とは考え方の次元が違った。達観していたんだ。そして常に自分の人生を受け入れていた。悲観ではなく、満足そうに。だからいつも俺だけが怒っていてルドルフが笑ってそう話すものだから、肩の力が抜けて仕方ないなって苦笑いするのだ。
「そんな!!ルドルフ!ルドルフ!」
「リハルト様控えて下さい!」
「汚れてしまいます、リハルト様。お部屋に戻りましょう」
「嫌だ、離せよ!!ルドルフ!返事をしてくれ!!!!!」
視察に向かったルドルフは、物言わぬ屍となって帰ってきた。案の定馬車が襲われて、リハルト王子だと思った刺客がルドルフを殺したのだ。勿論、刺客は返り討ちにされた。刺客を送った者も分かり、始末された。
あんなに優しくて聡明なルドルフが死ぬなんて信じられなかった。だけど変わらず王子としての勉強や仕事は毎日やらされた。ルドルフが居ないのに王子でいる意味もない。だけど俺が逃げたらリチェルにこの重圧を背負わせる事になる。それは避けたかった。何故なら俺達の妹だから。
「ルドルフ…俺はちゃんとやれているか…?」
紗良が神子として来て、初めて王子で良かったと思えた。表情がコロコロと変わって、何をするのか予想もつかなくて、退屈することがなかった。周りを明るくする笑顔は、ルドルフの様だった。俺にとっての尊い存在…。紗良が神子に近づく度、不安になる。ルドルフの様に居なくなってしまうのでは無いかと。
「その為に強くなったのだ…。もう子供じゃない」
強く握り締めた拳に、そっと口づけを落とした。紗良の祈りのおかげか、その日の夢にルドルフが出て来た。俺を見て優しく笑っているだけの夢だった。
実は王子は2人いたんですね。悲しく古い風潮を王子は壊して行きたいのです。王も王妃も泣く泣くそうしただけであり、ルドルフの事も愛していました。




