115.ドン曇り
あれから長い時間、聖女や教団について聞かされた。といっても興味ないからうちの頭の中には情報としては何も残ってはいない。覚える気が皆無だからやむなし!
「ならここは教団本部じゃないんだ。てかここってどこ?うちがいた場所から遠いよね?」
馬車に乗らされて1週間ぐらいかかってたんだよね。途中から何日目か数えるのも疲れたから定かじゃないけど。
「そうだ。あの場所は国の中でもかなり端の田舎だからな。隣国と近い所為で争いが常に絶えない地域だ」
「あー、それでか。怪我人沢山いたの」
教会の隣には収容所があっていつも怪我人で耐えなかった。その理由が隣国との戦争らしい。
なんでもあの辺境の地にはクレコムゾという希少価値の高い宝石が取れるようで、その資源地を巡って日々戦争を繰り返しているのだとか。
「で、最初はどっちのもんだったの?」
「我が国だな。クレコムゾは当初無名の宝石だったのだが、とある王国がクレコムゾを使い頑丈な武器を作り出してから隣国が何かにつけて手を出してくるようになったのだ」
それで現在の戦争にまで発展したんだな。戦争なんて身近に感じた事なかったけどさ、あそこに居て身に染みたよ。くそったれだってさ。
いつだって巻き込まれるのは一般市民なんだ。国の陰謀の所為で関係ない人が傷ついていく。そりゃ強度のある強い武器があれば戦争は有利になるさ。だけどそれは人を殺す為のものだと一体どれだけの人が気付くのかね。
「そのとある王国とやらは厄介なことをしてくれたもんだね」
「あぁ、争いが起きる前は平和でのどかな場所だった。家畜を育て田畑を耕し、自給自足で生きる者ばかりだったのだが今は見る影もないな」
そう答えるマクレンはどこか懐かしそうにほんの少しだけ目を細めた。その変化に気付ける者はそうはいないだろう。それぐらい一瞬だったのだから。だけどうちはそれをこの目で見てしまった。
そして悟る。あの地はマクレンのとって思い出のある大事な地で、もしかしたら生まれ故郷だったかも知れないと。
本当かなんて分らないけどうちはそう思った。でも確認する気にはならなかった。
今更元には戻らない。なら思い出は美しいままで残しておくに限る。だって他人が踏み荒らしていいものではないから。
「へぇ、ならその時を見てみたかったな」
皆が穏やかに笑って暮らしてる、そんな場所だったなら見てみたかったな。きっとそこは自然豊かで野生の花が咲き誇っててさ、家畜は広い土地で自由に過ごしてるんだ。住人はそれを他所に天気や作物について他愛のない話を交わす。
教会の裏には見事な大木があったんだけどさ、そこには教会なんてなくてただっぴろい草原で。そこの木陰に腰を下ろしてマクレンは本を読むんだ。
――――――ってなんで奴が出てくるんだ!!!
パタパタと想像を打ち消してマクレンを見ると口元が緩んでるように見えた。
「っ!」
それはなんて綺麗な表情なのだろう。うちを拉致した人間っていうので目の敵にしたたけど、マクレンは男前の部類に入ると思う。血が通ってなさそうな顔するくせに、そういう表情を一瞬でもされるともの凄く困るんだけど!!
顔に一気に熱が集まり思わず顔を反らした。
「よい場所だったとだけ言っておこう」
淡々と何事もなかったかのようにそう答えるマクレン。あの顔はきっと自分でも気付いてはいないんだろうね。笑う事なんてできない奴だと思ってたから調子狂う…。
「ふ、ふーん」
誤魔化すようにそう答える。危ない危ない。この男要注意だな。うちはそんなことで惑わされないよ。人なんか信用したところで碌な目に合わないしさ。
心の中で自分に張り手をして気合を入れる。誰にも心を許しちゃいけない。こいつはうちを聖女に仕立て上げて自分が出世したいだけなんだ!絶対そうに決まってる!!!
「あのさ」
冷静になったうちは動揺を捨てて、強い自分になる。何も感じるな、惑わされるな、共感するな、心を殺せ。そうすれば誰にもうちを自由に扱う事はできないのだから
「なんだ。名を名乗る気にでもなったか?」
「ははっ、名前なんてなんでもいいよ。好きに呼べば?ロキでも聖女でもさ」
教えてやらないよ名前なんか。他人に教える必要なんて全くない。だってそれはうちを縛る呪いの呪文になるのだから。偽名は楽でいい。都合悪くなれば捨てればいいだけだからさ。偽の名じゃうちには何も響かないしね。
「そうじゃなくてさ、奇跡の力をうちが使えないとしたら?解放してくれる?」
立ち上がりマクレンの目の前に立ち腰に手を当てながら見上げる。
どんだけデカいんだよこいつ。うちで170cmあるんだぞ。なのに全然高いとなると190cmぐらいはありそうだな。
「そうだな。本物ではないと判断出来たら解放してやろう」
「だから使えないってば。教会の人間の見間違えでしょ」
やれやれと首を振ってマクレンの胸元の服をグッと握って引き寄せる。
「もし奇跡の力とやらが使えるようになってたとしても、あんたの思い通りには動いてやらない」
そう言って間近でメンチ切ってやった。うちが聖女だったとしても誰かの思い通りに生きる人生なんて真っ平ごめんだ。うちはうちの思ったように生きる。それがこの世界に来たことで与えられたうちへのご褒美なんじゃないだろうか。
息の詰まるあの場所から解放された今、うちは誰の指図も受けない。
「離せ、近い」
パッと手を離されてマクレンは皺になった衣服を正した。
「もし聖女だったとしても悪いようにはしない。安心しろ」
「はっ、信用出来るかよ!ここまで問答無用で連れて来られたんだ!!しかも挙句の果てにはあんな場所への幽閉だ!それで悪いようにはしないだ?冗談にしては笑えないね」
軽蔑の視線をむけてそう言い放てば、マクレンは表情をかえることなくだんまりだ。
暫しの沈黙が流れた後、ようやく口を開いた。そこで発せられたのは「すまない」という謝罪だった。
「ある程度の説明は受けているものだと思っていたのだが…そうか、まだだったか」
おいおいおい!なんですんなり謝罪?そこは悪役ぶりを発揮する場面でしょうが!!
「そうだ!お前は一生逃げられない!!」とか「お前は決して逃がさない。何故なら金の卵だからな!」とか「俺の出世の為の礎になれ!」とかあるでしょ!!!
あんぐりと口と目を開けたままのうちに、マクレンは少しだけすまなさそうな顔をした。
「…は?」
「怖がらせてすまなかった。あの塔は昔聖女が利用していた場所なのだ。そして聖女を守る為の場所だ」
うちの幽閉されてた場所の説明がはじまったけど、ちょっと待て!何?この人そんな悪い奴じゃないとかナシだからね!!!
にしても聖女があの塔の部屋を好んで使ってたってなんで?自分を守る為って言ってるけど、あんな場所寂しいけどな。それとも聖女は孤独だったのかな…。
「といっても初代聖女の話だが。今となってはここは本部でもないから忘れられた塔だ」
この部屋の窓からはあの塔は見えない。というか木々に覆われているからこの建物のどこから見ても確認出来ないと思う。人目を隠れてひっそりと生きるとか、うちには耐えられそうにないな。
「本部ってどこにあるのさ」
「サフルピアニ国だ。ここから東側にある隣国にある」
「なんだ、国違うんだな」
当然この国にあると思ったらどうやら違うらしい。何でもマクレン曰くここ、クリサンセマム国の教団トップとしているらしい。枢機卿ってかなり偉い立場なんだなって思った。その下に沢山の人間がいてうちが出くわした教会にいる神父だか牧師だか(どっちでもいいけど)が末端だそうだ。
「ならうちの事はもう本部に通達済み?」
「いやまだ私までで止まっている。本物と断定出来た時のみ報告をする」
ふーん。でもここに連れて来られたって事はさ、聖女だと思ってるんだよね?まぁあれを見た人からすれば、そう思わざるおえないか。でも自分でもどうやったか分からないんだけどさ。
「どうやって断定するつもり?お互いに時間の無駄だと思うけど」
奇跡の力は使えない。もし使えたとしても使わない。聖女だと断定出来る確率はほぼゼロに等しい。
でもこのまま帰してはくれないだろう。だってマクレンの中には確信めいたものがあるのだから。じゃなかったらうちをこんな場所に連れて来て、そもそも話をしようともしないだろうから。
多分そういうタイプの人間だ。無駄を嫌う堅物の男。…まぁ憶測だし、いまいち読めないから間違ってる可能性もあるけどさ。
「時間はどれだけかかっても構わない。聖女はそうそう現れないからな」
「あっそ。いつになったら家に帰れるのやら」
溜息を吐いてソファーに戻ろうと背を向けた。
「帰る家はないのだろう?」
マクレンにそう言われて気付く。そうだった!!!この世界じゃ家なんてなくて、教会に世話になってたんだった!
「………」
憎まれ口のひとつも返してやろうと思ったけど、全然浮かんでこなかった。
だってここを出て困るのはうちだから。あの教会だってすべてはこの教団関係だし、噂が人を呼び煩わしくなるかも知れない。ほら、噂って尾びれがついてとんでもない事になるからさ。
悶々と考えていると肩にポンと手を乗せられた。ハッと顔を上げて振り返ると、マクレンがうちを見下ろしている。
「悪いようにはしない。たとえ聖女じゃなくとも」
無表情で冷たくキツイ眼差しの癖に肩に置かれた手は温かい。その温もりで体が冷えていたことを知る。それは寒さからか、それとも別に原因はあるのかは分からない。分かりたくもない。
でもうちはこの手に縋るしかないのかと考えたら、胸の奥がギュッと痛んだ。結局のところは拠点がなきゃ自由になんて動きようがないんだ。だってお金も家もないからさ。
「そうだといいけどな!」
フンとぶっきらぼうに返事を返してその手を払いのけた。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆
「え、聖女様ってホントに?」
「そうなんだよ!俺ぁ見たんだ!奇跡の力で怪我が治るのを!!」
「こいつがそうさ!坊主、聖女様に治してもらったんだよな?」
「うん!キラキラーって凄いきれいだったの!」
通りがかった教会に人だかりが出来てたから何事かと耳を澄ましてたらそんな会話が聞こえてきた。
「(ん~?聖女は今不在の筈だけど?)」
騒いでいる町人に近付いて声をかけ聖女について問いただして見ると、興奮したように語ってくれた。
「へぇ~。その少女が奇跡の力を使ったんだ?」
「そうだ!あれは本物の聖女様だった」
成程と少年は相槌を打つ。聖女の話をしてる最中だからか、嬉々として少年に語る男達にニンマリと口の端を上げた。
少年は灰色の髪を肩まで伸ばし、前髪も鼻までと長く顔は見えない。ゆとりのあるダブダブな服を着ており、袖が長いせいで手が完全に隠れている。
怪しさ満点だが、子供だからと周りの人間は気にする事もなくベラベラと見た事を喋っている。
「それで~?その少女は何処に行ったか知ってる?」
「それならロンドルド枢機卿の使いの馬車に乗って行ったのを見たって聞いたぞ」
「そうなんだ。ありがと〜」
少年は町人にチップを払い喜びから騒ぎ立てる中をすり抜けて教会から離れる。
話を聞いた少年は、灰色の髪を揺らして鼻歌を歌いながら人混みに消えていった。
口元には怪しげな笑みを浮かべながら…。




