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114.奇跡の力

更新遅れてすみません。

岩壁に覆われた冷たい廊下をカツンカツンと音を立てて歩く一人の男。その無機質な音はその男の性格を表しているようだ。

男の名はマクレン・ロンドルド。かっちりと衣装を着こなし髪もセットされているその姿に一瞬の隙もない。「冷血漢」と陰で呼ばれている男である。


ギイ


重たい鉄扉を開くと膝を抱えた少女がピクリと肩を震わせて顔を上げる。

しかしマクレンの姿を見るや否やすぐさま顔を反らした。目を合わせるのすら不愉快とでも言いたげに。


マクレンはチラリと部屋の隅に視線を向けて口を開く。


「何故食べない」


部屋の隅に置かれたテーブルには食事が置かれているが、全くといって良い程手を付けて居なかった。


「うちをここから出せ!」


少女はイラついたように声を張り上げる。


「質問をしているのは私だ。何故食べないかと聞いている」


マクレンの強い口調に少女は怯むどころかキッとマクレンを睨み付けた。


「あんたの出したもんなんか食べるもんか!いいからここから出せ!!」


これでもかってぐらいの大声で少女が叫ぶもマクレンの表情が変わる事はない。その様子に苛立ったように少女は更に声を荒げた。


「人さらい!!うちはこんなの望んでない!!」


顔前面に不愉快の文字を映し出す少女にマクレンは眼鏡をくいっと上げた後、少女の前に片膝をつく。

マクレンのその突然の動作に少女は驚きから言葉がつまる。そして少女の手を取り瞳を見つめながら口を開いた。


「聖女に忠誠を」


マクレンはその手に口づけを一つ落とし呆気に取られている少女をそのままに扉を閉めて部屋を出て行った。

バタンと大きめの音の後にガチャンと鍵を掛ける音が聞こえたところで、少女はハッと思考を取り戻した。


「ぬおおおおおおぉっ!!!」


色気のない悲鳴を上げてその手をゴシゴシと着ているワンピースで思いっきり拭く。その所為で手が赤くなりヒリヒリするが少女にとってはどうでも良かった。


―――そう、手に触れた感触が消えてさえくれれば。


「なんなんだあの男!!」


思いっきりそう叫んでも誰もいないから怒られはしない。別に怒られてもなんとも思わないけどね。だってうちは何にも悪くないし。


「まったくもう!」


怒りで枕を壁に思いっきり打ちつけた。でも枕だから大した音はでなくて「バフ」という間抜けな音を残して、壁をつたいそのまま下に落ちた。しんっと静まり返る部屋ではむなしいだけだね。


うちがいる場所はまるで牢獄みたいだ。冷たい壁に重い鉄扉。高い天井の上部には窓があるけれどとても小さな窓で、逃げだす事は出来ないようになっている。というより高すぎてそこにすら手が届かないのだけど。


「はぁー…。なんでこんな事に」


簡易に作られたベットに腰を掛けて頭を抱え込んで深く溜め息をつく。


慎ましやかに生きてたら急に変な場所に居て、それでもどうにかなるかとブラブラしてたら教会見つけてさ。そこで神頼みでもしようとお祈りしてたら神父がいたもんだから身の上話をしたんだよ。

そしたら教会の手伝いをする事を前提に置いてくれたんだけどさ…。いや、実際に良くしてくれたしなんの不自由もなかった。でもある件を皮切りに急に事態が急転して今はこんな場所に幽閉されちゃったんだ。


「あー、ついてないわ全く」


グチグチと文句を言いきったところでお腹が空いたから置いてあったご飯を食べた。

さっき食べないと言ったのはその場だけの威勢だから本音ではない。食べないと飢え死にするし、そんな死に方は絶対に嫌だ。

味は悪くないともぐもぐしていると、再びガチャと鍵を開ける音がしてそれからギイと鉄扉が開いた音がした。


「お食事中失礼します。ロンドルド枢機卿から貴女を移動するように仰せつかって参りました」


入って来たのは女の人だ。プラチナブロンドの眼鏡をかけた金髪美女。あの男と同じようにかっちりとしていて秘書って言葉が似合いそうな女性だ。服にも皺一つ見当たらないところを見るに、完璧でなきゃ気が済まないんだろうね。


しかしうちはお腹が空いていて食事中である。


「後にしてくれない?」

「申し訳ありませんが今すぐとのご命令ですので」


間髪入れずにそう返されたので仕方なく椅子から立ち上がり、美女の後ろに続いて牢獄のような部屋を出た。気付かなかったがもう一人お付きのような人も居て、うちの後ろを歩くもんだから脱走は無理そうだと心の中で項垂れた。だって武装してるし!!


女性は石造りの通路と長い階段を下りて裏口のような小さな扉を抜け森に入る。森と言っても歩く道は整備されてどこかに繋がっているようだ。もしかしてうちがいた場所は離れみたいなもんだったのかね?


「ねぇねぇ」

「なんでしょうか」

「ロンドルド枢機卿って誰?うちに何の用?」


まだまだ辿り着かなさそうなので前を歩く女性に聞くと、足を止める事無く返事が返って来たので、そのまま疑問を口にすると女性の足が止まりこちらを振り返った。


「私の前にいらした方がロンドルド枢機卿ですよ」

「ふーん、あいつが。で?呼び出して何の用?」


用ならさっき来た時にでも言えば良かったのに。わざわざ呼び出して本当に嫌なやつだ。見張りも付けて逃げ出せないようになってるしさ。きっと性格が悪いに決まってる。


「私は貴方を連れてくるように言われただけですので要件は存じ上げません」


そう言うとクルリと背を向けて再び歩き出したので私もまた足を進めた。


「んー、いい空気だ」


久しぶりの外の空気に伸びをしながら一人呟く。あんな冷たい部屋にずっと閉じ込められてたから気も滅入ってたけど、やっぱり外はいいな。

キョロキョロと周辺を見渡しながら逃げれるルートを探す。と言ってもここがどこかも知らなければ、どこへ逃げてもいいか分からないんだけども。


「はぁ~」


そう考えて溜息をついた。やめやめ!とにかくあの男の要件を聞いてから考えよう。どうせその部屋に戻らされるだろうし、その時に逃げる算段考えたらいいよね。


30分ほど歩かされた頃にようやくデカい建物が見えた。


「すごっ!城みたいだ」


そこには立派な大聖堂が天高くそびえ立っていた。まぁ教会関係者だから住んでるところも教会なのかね?てか教会って住むとこあったっけとか考えていると、裏口に回され誰かに会うことなく建物に入っていく。

薄暗い階段を上り鉄扉を開くと、目の前にはふかふかな絨毯が敷かれており、照明は全てシャンデリアといったこれでもかっていう程の贅沢な作りをした通路が見えた。え、城なの?ここ。


コンコン


女性が通路の中で一番豪華な扉をノックすると、中から返事が返ってきたのでドアを開けて中に入る後ろ姿に続いた。

その部屋の主は勿論あの男で性格を表すように部屋には最低限の物だけ置き、一寸の乱れもない部屋に仕上がっている。正直言ってつまらない部屋だ。


「大人しく来たようだな」


仕事をしていたのか書いていた手を止めて、うちの顔を見つめる。


「見張りつけといて良く言うわ」


けっとぶっきらぼうに言えば「護衛ですよ」と返って来た。いやいや、護衛って誰がうちを襲いに来るって言うのさ。まぁ現にあんたに幽閉されてますけどね!


「それでは私達はこれで失礼致します。何かあればお呼び下さい」


金髪美女と護衛はお辞儀をして部屋から退出した。部屋に残されたうちはこの男と二人っきりだ。


「とりあえず座れ」

「言われずとも!」


入って部屋の左側に応接用なのか、テーブルとソファが置かれていた。ドスッと座ると想像以上にふかふかでぼよんと跳ね返って来た。良いソファだと思わず座面を撫でると、手触りもかなり良かった。


「気に入ったのか?」

「は?」

「それ撫でているだろう」


最初は何のことか分からなかったが、やつの目線はソファを撫でているうちの手元だったのでようやく気付いた。


「いいソファ座ってるんだなって思って」


こんな豪華な聖堂に住んでるから当然なのかも知れないけど、この触り心地は上物に違いない。教会に設置された椅子とは大違いだ。あそこの椅子は長時間座るとお尻が痛すぎるからね。


「物の良さは分かるのだな」

「家にこういう家具ばっかりあったから。金だけはある家だったからさ」

「そうか。元は何処に住んでいた?身寄りがないと聞いているが」


なんだ?うちの事を知りたいのか?教会で話したことはこいつの耳に入ってるようだ。


「あんたが聞いた事が全部だよ。それ以外は教えてやらない」


ま、両親亡くして身寄りがないとか適当にホラ吹いた情報だけど。

ここがうちのいた世界と違うなんて言ったところで信じないだろうし。うちもここに来るまでは異世界?何それ?だった。でも明らかに違う時代背景や服装に納得するしかなかった。


だってシャワーとかないし!湯を溜めて体を洗うとかどんだけだよ!!


いや、他の人は皆水だったけども…。こんな冬の時期に水とか死ぬ!ってだだこねたらお湯をしぶしぶ沸かしてくれたから、凍え死んでないだけ。最初修行の一環かと思った程だよ。


「ならいい。名はロキと聞いてるが本名か?」

「え、疑ってんの?」

「偽名ぐらい使いそうな頭だと判断しただけだ」


鋭い目つきでそう答える男。睨まれてるんじゃなくて、これが通常みたいだ。気の弱い人ならこれで怯むんだろうけど、うちはそうはいかないから!そんなの全く怖くない!!


「偽名だよ。個人情報だから言う訳ないじゃん」


ソファーから手を離してやれやれと手振りをつけて大袈裟に言う。

なーんでうちが怪しい人に個人情報晒さないといけないのさ。名前なんて知らなくても呼ぶのに困るだけ。だからその為に偽名用意してあげてんのに、どうして気付くかなぁ。


「なら本当の名は?」

「は?いやだから言わないって」


だいたいあんたの名前も知らないし!と言えば「成程」と男が頷いた。

なんだっけ?ロナルドだったけな?あの金髪美女がそんなような名前で呼んでた気がする。その後に役職みたいなのもひっついてたけど、階級かなんかだろうね。


「私の名はマクレン・ロンドルド。ディラール教団は知っているか?」

「マクレンね」


マクレン・ロンドルドか。これって本名なのかな?って名前はマクレンであってるよね?名前呟いたときにピクリと少しだけ表情が動いたから間違ってるかと思ったけど、呼び捨てに呼んだのが気に障っただけか。


「ディラール教団?聞いたことすらないなぁ」


部屋の壁に掛けてある風景画を眺めながらそう答える。海の中に生えている大木にピンク色の花が満開に咲き誇り、風が吹いているのか花弁が散っている絵だった。あれって桜だよね?

この世界にも同じものが存在するってなんか変な感じ。でもなんだか嬉しくもあるのは、元の世界に戻る方法が分からないからかも知れない。


ディラール教団なんて前の世界に存在しない団体だろうし、知らなくて当然。でもこっちの世界じゃ名が知れてるのかな?なら耳にしたことはあるぐらいで良かったかも。


「教会に少し居ただろう。その時に聞かなかったか?」


淡々とひたすら話すマクレンの声は正直眠たくなる。食事途中だったけど少しでもお腹に食べ物が入ると眠くなるのって不思議だな。


「聞いたような…聞いてないような」

「寝るな。話はまだこれからだ」


おっと釘を刺されちゃったな。ふわぁと欠伸をしながら壁に備え付けられた数々の本を眺めてると、一冊の本が目に入った。古い赤茶色の背表紙の本だ。なんて書いてあるかは読めないけど。


「あ、思い出したかも。創立何年だの、聖女がなんだのって話?興味なかったから聞き流してたけど、あの本は見たのは覚えてる」

「あれか」


するとマクレンが立ち上がり、その本を抜いてうちに持ってきた。その表紙だけ眺めて机の上にポンと置いた。持ってきてとか頼んでないんですけど…。


「中身は読んだか?」

「読んでないね。本は嫌いだから」


なんちゃって!読めないの間違いだよ。何語って感じなんだけど…。うち頭悪い方じゃないけど流石に見たことない文字は読めない。だけど馬鹿にされるのは癪だから本が嫌い、文字が嫌いって事にしとくか。


「聖女という存在については分かるな?」


机の上に置いた本を手に取り、一人の女性が描かれたページを見させられた。


「言葉だけならね。人助けするお優しい人でしょ」


うちとは正反対な人間だ。存在するならお会いしたいもんだね!

その時はきっと自分が嫌になるだろうけど。綺麗な人間を前に自分の汚さは隠せないものだから。


「そうだ。そしてその聖女が君だ」

「へぇー。うちが聖女ねぇ」


うちは自分の小指に嵌めているリングを着けたり外したりしながら頷く。

成程ねぇ。うちって聖女だったんだ!知らなかったんだけど~!まじ笑える!!って…ん?なんかおかしくないか?聖女がうち?はっ!?。


「…はああああああああああぁ!?いやいやちょっと待ってよ!何言ってんの!?うちが聖女な訳ないでしょ!初耳なんだけども!?」


こんな態度な聖女がいるかよと思わず立ち上がり力説するも、マクレンの表情は相変わらずの無表情。いや、そう言われてみればさっき「聖女に忠誠を」とか言ってたよね!?


うおおおおおおぉ!!そういうことだったのかーーーーー!!?


「教会から奇跡の力を使ったと聞いているが本当か?それは聖女しか使えない神聖な力だ。もしその話に嘘偽りがなければ君は本物の聖女だ。真実であれば…だが」


氷柱のような鋭く冷たい視線でうちを値踏みするように見てくる。視線だけで人殺せそうなんだけど。でもそんな視線で見られてビビるようなうちじゃないんだよなー、残念ながらさ。


「さぁ、どうだろうね。うちには身に覚えがないしあったとしても偶然の産物だとしたら?」

「…つまり自分ではないと?」

「そんな高尚な力があったらとっくの昔に気付いてるだろうね」


ソファーに座りなおして足と腕を組み鼻で笑った。

そんな力を持っていたとしたら今まで生きてきた中で気付かない筈がない。でもうちはその力に気付いてこなかった。つまりうちは奇跡の力とやらは使ええない筈なんだ。


だからあれが奇跡の力だというのであれば、うちの体に異変があったって事になるね。


「残念だね。お望みの聖女じゃなくて?」


にやりと笑って座ったままマクレンの手から本を取り、描かれた女性の絵を見た。長い黒髪にアクセサリーを頭に着けた品のある美しい女性だ。

それに比べてうちは邪魔くさいから髪は短くてガサツだ。こんな本のような女性からは死ぬほど遠いだろうに。


「正反対の人間には、頑張ったってなれやしない」


自虐的な笑顔でそう言い放ち、本を閉じてマクレンに押し付けて背を向けた。

うちは聖女じゃない。ならもう用はないと判断したんでね。あの塔に幽閉されるのはごめんだからとっとと退散しなくては!!


ぐんっ

「ぬお!?」


足を踏み出した瞬間に何かに腕を掴まれて、差し出した足は地面に着くことなく彷徨う事になった。


「なに?もう用はすんだでしょ」


この部屋には当然うちと奴しかいないので、腕を掴んだのは当然マクレンだ。


「座れ。まだ話は終わっていない」


そのままソファーに座らされて本も押し返された。にしても凄い力なこった。びくとも動かなくて正直吃驚した。仕方ないか、それが男女の差だし。

溜息を吐いてここから抜け出す事に失敗した事に内心頭を抱えた。



聖女なる人物は一体…?ってことで次回に続きます。


「ここはモンスター研究所」という新しい話も公開しましたので気になる方はどうぞ~!

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