111.能力の把握
「よし!これを取ってくるんだぞ?」
「キュー!」
「ほら!!!」
テントを再び出ると聞こえてくるのは、恭平がマシュマロと戯れている声だった。その傍らにカイトが愉快そうにその光景を眺めている。…呑気なもんだ。いや、そうやって気持ちを無理矢理落ち着けているのかも知れないな。
ジェンシャン国で紗良の熱を治したのは恭平だ。紗良を連れ帰ると食い下がって来たのを抑えたから不満もあるだろう。納得がいかない顔をしていたが、最終的には俺の判断に折れてくれたのだ。
「朝から元気だな」
「お、王子か。最近大きくなってきたからマロに運動させてやらないとな」
「なんだ、太ったのか?」
「ギュー!!!」
「はは、成長したんスよね!マシュマロは」
俺の言葉が分かるのか、怒るマシュマロに、カイトがフォローを入れる。カイトの言葉が嬉しかったのか、珍しく紗良と恭平以外の人間に頭を撫でさせている。
「副団長は昔から動物に好かれますからね」
「はは、確かに!こないだなんかマルゴスに出くわした時も、求愛されてましたよね!」
「えぇ!?あのマルゴスに!!?」
「マルゴスって?」
カイトの事を笑う隊士達に恭平が首を傾げる。紗良もそうだが、この世界の生き物は聞き馴染みのない名前が多いそうで度々説明を求められていた。勿論生き物に限った話ではないが。
「マルゴスは簡単に言えば巨大ウサギですよ。ウサギはご存知ですか?」
金髪の隊士、ロイドが丁寧に説明する。ウサギは当然知っていると答え、「巨大なウサギなら可愛いな」と言う恭平にロイドは首を横に振った。
どうやら恭平のいた世界とはウサギの姿形が違うらしい。なんでも、小さくてフワフワしておりとても愛らしい姿らしい。
こちらで言うウサギはとてもではないが、可愛いとは形容しがたい。マルゴスともなれば大男程の大きさになる。
「速さも破壊力も凄いので、そちらの世界のような愛玩動物ではありませんね」
「一番分かりやすいのは、団長を毛むくじゃらにした感じっすよ!!」
「あはは!言えてます!!」
カイトの茶化した答えに恭平が更に首を傾げているが、あながち遠くないだろう。全身白い毛に覆われてはいるが肉体は強化されており、マルゴスの繰り出す蹴りで家が破壊される程の力を持つ。害獣の一つに指定されている。
「こえーよ、そのウサギ。マロみたいな愛らしさの欠片もねぇじゃん」
「キュ?」
「てかそんなんに求愛されるとか、どんだけ好かれてんだよ」
「なんでか俺にも分からないんすよね!」
ヘラヘラと笑うカイトに引いた視線を向ける恭平。それは俺も同感だな。カイトと居ると嫌という程動物と出くわす事が多いのだ。勿論、街中ではないが。その所為で酷い目にあったこともあり、俺はカイトを護衛に出掛けるのを拒否するようになったぐらいだ。
…と言ってたら出たようだ。隣にいたファルドが剣に手をかけている。
「全員その場から離れろ!!」
「「「!!!」」」
俺が声を上げればすぐさま異変に気付き剣を抜く隊士達。流石普段訓練しているだけあるな。
「な、なんだよアレ!!どこがオルフェスだよ!!もっと厳ついじゃねぇか!」
「やだなー。例えっすよ例え」
後ろを振り返った恭平がわなわなと震えながら見ている先は、先程話題に出ていたマルゴスだ。丁度冬眠前の腹ごしらえに出くわしたのだろう。森が近い場所だから居ても不思議ではない。
尚もへらへらと笑うカイトに、恭平がどうにかしろと騒いでいる。しかしそこでカイトから告げられた事実に恭平は言葉を失った。
「俺が好かれるのはメスだけなんで、オスは無理っすね」
「んな!使えねーー!!!」
「大丈夫っすよ。俺、マルゴス得意なんで」
「いやいやいや、無理だってあんなの!!!」
騒ぐ恭平に襲い掛かろうと臨戦態勢に入ってるマルゴスに向けてカイトは剣を構える。
それを合図にしたかのように強靭な足で地面を蹴り、目にも止まらぬ速さで突っ込んできたマルゴスをカイトは事もなく交わし、背中から心臓部に剣を突き刺した。
普段のカイトからは想像出来ない動作に、恭平のみならず他の隊士も茫然とした表情でその光景を見ていた。副団長ならこれ位出来て当然なのだがな。
ぐおぉぉぉおおぉおおおお!!!
雄たけびを上げて力尽きるマルゴスは、ゆっくりと地面の上に倒れて砂埃を舞わせた。
「…す、凄ぇ」
「ほら、大丈夫だったしょ?」
「剣の腕が鈍ってなくてなによりで」
「あざっす!ファルド様に褒められちゃった」
喜ぶカイトだったが、ファルドはそんなに甘くはない。一度は褒める素振りを見せておきながら、その後ダメ出しが続くのだ。それに心が折れた人間が五万といる。
「しかし刺す場所がよくありませんね。もう少し右側、中心部を的確に狙わなければ下手したらまだ動く。倒したという慢心でいると反撃を食らうことになりますよ」
ほらな。
「…精進するっす」
それに…と続くダメ出しをカイトは冷や汗を垂らしながら受け止めていく。あのカイトですらファルドには軽口を叩けないのだ。剣の腕でファルドに敵う者は居ないから、仕方がないのだがな。
「十分凄いと思うけどな。ファルドって何に対しても厳しいよな」
「自分にも厳しいからな。他人にも厳しいのだ」
「ふーん、ストイックなんだな」
ストイックとやらは良く分からんが、恭平はマシュマロを撫でながらダメ出しという名の説教を受けるカイトを、可哀想な目で見ていた。
一時間後、ようやく解放されたカイトがケロッとした顔でマルゴスを食べるとか言い出した。
「え、食えんのかよ」
「美味いっすよ!食べごたえがあって。良いっすよね?リハルト様」
「あぁ、構わん」
俺が許可を出すと、待ってましたと言わんばかりに料理人が慣れた手つきでマルゴスを捌いていく。そして部位ごとに肉を切り分けているのを横目に、チクリと痛む腕を抑えて木陰に入る。
見つからないように腕を撒くってみれば、蕾の部分にはうっすらと血が滲んでいた。あぁ、そうか。この花は薔薇なのだな。皮肉にも紗良が好きな花を入れてくるとは…。
「痛むニャン?」
「いや、大丈夫だ」
いつの間にかリールが居たようで、背後から声を掛けられる。
「そのタイプは初めて見るニャ。種もない、ただの呪いでもない、術者の魂を込めたものニャ」
「命を懸けた呪いという事か?」
「そうニャン。あの髪は術者の物、もしくは術者の血を浴びた物。そしてそれを手にしたものに呪いを与えるのニャ」
両サイドに高く縛られた赤い髪をクルリと指で巻きながら、淡々とそう告げられる。術者はアルティナではない。ならば命を懸けてまで紗良を殺したい奴が他に居たというのか?
「考えられるのは白銀の神子が強要させた、だろうニャン。これは勘だけど、知識を与えてるものと今回の術者は別ニャ。これだけの物を知っている呪術師なんて、そうそう出会えないからニャン」
それだけ言い残すとマルゴスが焼ける匂いに連れられてリールはこの場を離れた。
「アルティナを殺したら、お前は何て言うのだろうな…」
誰に問いかけるでもない言葉が口から零れる。
俺はアルティナを許すつもりはない。だがお前は幾度となく自分の命を狙われようとも、首を縦に振ることはないだろう。命を奪う事だけは、絶対に良しとしないのだから。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆
「ここからカルザンス山脈を越えていくと近道ですが、もう既に雪が積もっているかと。少し遠回りになりますが、トレール運河に沿って北上していくのが安全ですね」
「いや一日でも時間が惜しい。カルザンスを超えていく」
「しかし…」
「無理にとは言わん。行ける者だけで行く」
マルゴスで腹ごしらえをすまして移動した後、次の休憩地点で休憩していたら王子達のそんな会話が聞こえた。あれは王子とファルドと騎士達か。
急ぐ気持ちも分かるけど、危ない橋を渡るのも違うんじゃねぇの?と思ったけど、着いてきてる立場だから俺には口を挟む権利はねぇからな。
「マロ、姉ちゃんの方角分かるか?」
腹が膨れたら眠気が襲ってきた。あくびを噛み殺しながらなんとなくマロに尋ねると、キュイっと頂上付近は白く雪化粧をした雄大な山々に向かって手を伸ばした。
どうやらマロには分かるらしい。まぁ今分かっても追いつけなきゃ意味ねぇよなと思って、誰かに言うことなくマロの頭を撫でてやった。気持ちよさそうに目を閉じるマロに、俺も更に眠くなるが堪えた。寝るなら移動中に寝れるしな。
「…なんだよ。マロはやんねーからな」
「失礼な奴だニャン。何も言ってないニャー」
視線を感じたからそっちを見ると、リールにガン見されてた。別にマロが諦められなくて見てる訳じゃないらしい。
そもそも何でこいつがいるかと言うと、姉ちゃんを連れ戻しに白銀の一族達の場所に向かうと聞いたドロシーに、こいつを連れていくように言われたからだ。必ず役に立つと言ってな。
「ならなんだよ」
「ちょっと聖杯の力について考えてたのニャ」
「なんで?お前に関係あんのかよ」
「…その力どこまで試したニャン?」
俺の質問を無視して、逆に質問をされる。どこまで試しただって?怪我と風邪などの病気しかねぇよと言えば、何やら考え込むように黙った。
「少なからず力があるなら、自分の限界を知るのも大事ニャン。ちょっと待ってるニャー」
そう言ってリールは王子達の元に割り込み話を持ち出していた。内容は聞こえないが、王子達の視線が俺に向いた。よく分からねぇ状態で俺を見られると不安になる。何をやらされるんだろうか。
険しい表情をした王子がリールに向き直り、いくつか会話を交わした後に頷いたのが見えた。良く分からねぇけど、OKが出たみたいだ。
嫌な予感しかしないのは、俺だけだろうか?
「待たせたニャン。了承は得たからちょっとこっち来るニャ」
「は?何するんだよ」
「いいから来るニャ」
戻って来たリールに引きずられて、馬車から歩いて20分ほど離れた竹林に連れてこられた。
そこでリールは俺に向き直りようやく解放されたと思えば、近くにいた小動物を使い魔のサルであるリンに捕獲させて、それを俺に向けて突き出した。
「なんだよその生き物。どうするつもりだよ」
「これは森ネズミニャン。竹を主食にしてる生き物ニャー」
リールが手に掴んでるのは、こっちの世界のウサギぐらいの大きさの可愛らしい生き物で、逃げようと必死にもがいてる。可愛い顔してるなと見ていたら、リールは鞄から色々取り出して何やらそのネズミに術を施した。
「おい、何してんだよ!!」
制止するもやめる気配はなく、ほどなくして森ネズミの片側の足に変な模様が浮かび上がった。
は?全然意味が分かんねぇけど、一つだけ分かるのはリールがネズミに呪いを掛けたって事だけだ。
「よし。今から森ネズミの怪我を全力で治すニャ」
「は?何言って…」
俺が尋ね返す前に、リールはネズミの前足を切り落とした。
「お、おい、何してんだよ…」
ネズミの悲痛な鳴き声が響き渡る。動揺する俺にリールは表情を変える事無く、落ちたネズミの腕を広い俺にネズミ共々投げた。
咄嗟にそれを受け取るものの、目の前の光景に頭が着いていかず茫然としてしまう。そんな俺をリールが叱咤するように叫んだ。
「いいから早く治すニャ!!じゃなきゃソレは死ぬ」
「っ、何だよ、意味わかんねぇよ!!」
「早くするニャ!!」
「くそ、分かったよ」
訳が分からないが、怒鳴られたので体が咄嗟に動く。片腕から血を流すネズミの腕を押さえつけながら、必死で治るように祈る。すると粒子は俺の動揺を他所にネズミの腕を包み込んでいく。
「貸すニャ」
粒子が消えると同時にリールにネズミを取られたが、何も言えなかった。ただ血にまみれた手が気持ち悪かった。俺がやった訳じゃねぇのに、悪いことをしてしまったような罪悪感が俺を襲う。
なんだよ、なんでこんな事やらなきゃいけねぇんだよ!!心の中でそう叫ぶも、口にはでて来なかった。ただただ気持ち悪さがあった。
「流石、聖杯ニャ。くっついてる」
そう言ってグイと俺の目の前に血濡れの腕を見せてくる。血で良く分からないが、確かにくっついているようだった。そこでようやく安堵する。この気持ち悪さから解放された気がした。
「次は足ニャ」
ホッとしたのもつかの間、信じられない言葉が降って来た。しかしまたしても講義する前に、無残にも切り落とされる足に、俺はリールに掴みかかった。
「てめぇふざけんのもいい加減にしろ!!!生き物をいたぶって面白いのかよ」
「いいから治すニャ。それで色々事情が変わってくるニャン」
「事情だぁ!?お前の事情に俺を巻き込むんじゃねぇよ!!」
「…早く治さないと出血多量で死ぬニャ」
俺に胸倉を掴まれても気にした様子もなく、淡々と事実だけを述べる。くそ!と突き飛ばして今度は足を治すために力を使った。そして再び粒子が消えると、リールがネズミを取ろうとした手を跳ね除けた。
これ以上、好きにさせてたまるかよ!!
「…やっぱり無理か」
「は?何言ってんだよ」
「下を見てみるニャ」
失望感を露わにしたリールに促されて足元を見ると、そこには治したはずのネズミの足があった。
「は?何でだよ…。さっきはくっついたじゃねぇか」
その足をリールが拾い上げて、ぽつりと言った。
「呪いの所為ニャ。でもその森ネズミの出血は止まってるニャン」
言葉通り傷口は塞がり、既に毛で覆われていた。まるで最初からなかったみてぇに。ん?これどこかで見た気が…あ、姉ちゃんを誘拐した人間の時だ。ファルドによって切り落とされた傷口を姉ちゃんが癒したんだっけ。そん時もこんな風になってたな。
「切り離しても呪いが解けるのには時間がかかる…か。良くない結果だニャン。でも体の一部を繋げられるのは良い成果だったニャ」
「おい、ちゃんと説明しろよ!」
「ん?聖杯の力を知りたかっただけと言ったニャン」
「違うだろ!なら呪いをかける必要はどこにあんだよ!」
俺がそう言えば、馬鹿にしたような言葉が返ってきた。
「意外と察しがいいのニャー。あ、別に貶してるわけじゃないニャン。ちょっと驚いただけだニャ」
「それが貶してるって言うんだよ!」
「いちいち煩い奴だニャ。王子が呪いを掛けられたんだニャン。しかも今までのとは比じゃない程強力な呪いを」
は?王子が呪いを??一体誰にって…一人しかいねぇか。白銀の神子だ。ミルティナじゃなく、アルティナの方だ。確か刺されたって聞いてたけど、まさかもう回復したのか?それとも多少無理してでも来たのかもな。
「それは成長していきいずれは人を殺す。そう、神子だニャン。神子が王子の手によって殺される呪い。それを解く事も防ぐことも出来ない。必ず実現させる力を持つのニャ」
「な、なんでそんな大事なこと、王子は黙ってたんだよ!!」
「そんなの心配かけたくないからに決まってるニャン。このままなんの進展なく呪いが進めば、王子は腕を切り落とすつもりニャー。だからこそ聖杯の力が知りたいのニャ」
動物を痛めつけることは俺にとって辛いけど、王子の片腕をなくさせる訳にはいかねぇよな。姉ちゃんが知ったら気に病むだろう…。俺だって王子に世話になってるしな。
でもだからって解けない呪いじゃどうしようもない気がするけど…ん?待てよ。
「なぁ、腕を切り落とせば呪いは止まるのか?」
「師匠曰くそうらしいニャン」
「本当に?」
「知らないニャ。見たことがない呪いだニャン」
知れっとそう言い放つリール。もしそれでも呪いが解けなかったらどうするつもりなんだよ。腕なくして、姉ちゃん殺して。もしそうなったら、王子は自害するだろうな。俺ならそうする。
自分の一番大事な人を手にかけてまで、生きたいとは思えねぇしな。絶望の淵の中で生きるぐらいなら、死んだ方がマシだ。生きる意味を見失ったら死んでるのと変わんねぇしさ。
「分かった。どこまでやれるか協力してやるよ」
「当たり前ニャン」
見てろよ!!お前の思い通りにはさせないからな、アルティナ!
紗良お休みの回です。




