11王様と薔薇の神子
広間に入り部屋の中央辺りで立ち止まる。ドレスの裾を持ち、片足を少し後ろに下げて挨拶をする為に頭を下げる。周りから息を飲む音が聞こえる。間違ってないよね?
「お初にお目にかかります。私異世界から参りました、サラ・ミカミと申します」
「ご丁寧に済まないな。顔を上げなさい」
「はい」
ドレスの裾を離して顔を上げる。奥の玉座には王様と王妃様が座っていた。王子は近くに立っており、その後ろにはファルド様が控えていた。サイドには数人の騎士が並んでおり、静かに此方を見ている。
「私はローズレイア国、国王のダーヴィット・シルドニア・ローズレイア。隣は王妃のマーガレットだ」
「ダーヴィット王、マーガレット妃ですね」
「左様。まさか保護した少女が神子様とは。いやはや長生きをするもんだな」
「えぇ、本当ね。それにこんなに愛らしいなんて、思いませんでしたわ」
コロコロと王妃様が笑いながら私を見つめた。王様も王妃様も優しそうな笑みを浮かべており、成る程、この笑顔は王子ととても似ているなと頬が緩くなった。
「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありませんでした」
「よいよい。不慣れな場所と環境であるのだから仕方あるまい」
「お気遣い有難うございます」
「そう硬くならなくともよい。神子様は我らの遥か上の存在なのだからな」
王子をダンディにした様な姿の王様が、穏やかに笑ってそう言って下さった。王様が独身だったら立候補したいぐらい素敵な男性だわ。瞳は翡翠色の瞳をしており、王子の瞳の色とは違った。王子の目は王妃様譲りのようだ。綺麗な青色で、吸い込まれそうなぐらいだ。
「いえ、そんな大それた存在では御座いません。神子では無く、どうか紗良とお呼び下さい」
「おぉ!では遠慮なく呼ばせて頂こうかな。我らの事もどうか名前で呼んで頂けぬかな?」
「はい。喜んで!」
「まぁ、可愛い娘が増えたみたいね」
和やかな雰囲気になり歓談して居ると王子と目が合った。此方を見てニッコリと微笑んだ。えっ?何の笑みなの?良くやったって事かな?何時もの悪どい感じじゃなくて、猫被りした王子の方の表情だった。
「それにしても、紗良さんのドレスとても素敵ね」
「うむ。薔薇をこの様に使用するとは見事なものだな」
「有難うございます。昨日リハルト様に庭園を案内して頂いた時に、あまりの綺麗さに感動しまして。それで庭師に花を分けて頂き、せっかくなのでドレスに使用させて頂きました」
「それはとても光栄なことね、あなた」
「そうだな。ローズレイアは薔薇の生産に力を入れていてね、気に入ってくれて嬉しいよ」
良かった。もしかしたら怒られるかと思ってたんだけど、杞憂だったみたい。こんなに綺麗なんだもの、もっと気軽に皆使うべきだよ。
「父上、紗良は部屋にも飾ってくれて居るのですよ。私の部屋にも、昨夜わざわざ届けて下さったのです」
「ほう。部屋にか。わざわざ愚息の為に済まないね」
「いえ、私の自己満足です。日頃忙しそうにされているので、少しでも癒しになればと。それにリハルト様は立派でいらっしゃいますよ。愚息なんてトンデモないです」
「ふふっ、本当にいい娘だわぁ」
「はは、済まないね。ワザと言ったのだ。紗良さんがどう答えるか聞きたくてな」
右目をウィンクしてそう言ったお茶目なダーヴィット様。うん?試されたのかな?…何の為に?
「父上、紗良で遊ぶのは辞めて下さい」
「呼び捨てで呼ぶ程仲が良いのだな」
「出来ればダーヴィット様とマーガレット様にもそう呼んで頂けたら幸いです」
「いやいや、リハルトに嫉妬されるので止めておくよ」
「ち、父上!?」
「ふふっダーヴィット様は御冗談がお好きなのですね」
笑いながらそう言えば、何故かダーヴィット様はリハルト様を哀れんだ目で見ていた。首を傾げていると王子が近づいて来た。
「さぁ、もう戻りましょう」
「あ、はい」
「狡いわリハルト。独り占めしようなんて」
「母上、何の話でしょうか」
「そうだ今晩の食事を一緒に如何かね?」
「はい、喜んで」
「紗良…」
リハルト様は私を見て諌めるような目で見た。小声で「無理しなくて良い」と言われたから、小声で返した。「私が仲良くしたいのです」と。それを聞いたリハルト様は仕方の無い奴だなといった様子で苦笑していた。
「ふふっ、本当の娘になる日も近いかしらね」
「かもしれないな」
ダーヴィット様とマーガレット様の呟きはファルドだけが聞いていた。二人の仲睦まじい姿を皆が暖かく見ていたのだった。
「ふわぁーー、疲れたぁ」
「さ、紗良様!薔薇が、あぁドレスが!せめてドレスを脱いで下さい!」
部屋に戻りベッドに倒れこむ。薔薇がクシャリと潰れたが気にしない。…訳にもいかなかった。マリーに怒られ、渋々起き上がり、ドレスを脱いでまた倒れこんだ。
「下着姿のままで寝ないで下さいよ」
「ドレス重いんだもん、体力使い果たした…」
「ですが、夜も食事をされるのでしょう?」
「うん、いつものワンピースじゃ駄目?」
「駄目です」
「うえぇ」
マリーに泣きついても駄目らしい。まぁいつもの事なんだけどね。はぁーと溜め息を吐くと、部屋をノックする音が聞こえた。何も考えず返事をするとドアが開き、誰か入って来た。
「だ、駄目です!」
「な、なんだ!?」
入りかけた王子を何故かマリーが慌てて回れ右をさせて追い出そうとしてる。王子が驚き、首をこちらに向けて目が合った瞬間、逸らされた。そして急に大人しくなり出ていった。
「なんなの?」
「なんなの?じゃないですよ!服を着て下さい!!」
「……あ」
そう言えば、ドレス脱ぎ散らかして下着姿だった。失敬失敬。怠くて全然気付かなかった。その後、慌てていつものシンプルなワンピースを着た。
「……もう少し教養を身につける必要がある様だな」
「あは、すみません」
「お前には恥じらいは無いのか…」
「ありますけど、仕方ないじゃないですか。過ぎてしまった事は忘れましょう。ね、マリー」
「すみませんリハルト様。まさかいらっしゃるとは思いませんでした」
はい、無視ー。酷いよマリー、せめて何か言ってよね。うぅ目すら合わせてくれないなんて…。でも1つ言い訳させて貰うならば、下着と言ってもブラとパンツってわけじゃなくて、日本で言うキャミとショートパンツぐらいな感じの下着であるから、あまり恥ずかし格好ではないと思うのだけど。
「それより、何かご用があったのでは?」
「あぁ、褒めに来たんだ」
「え?」
「紗良にしては上出来だった」
「っ、あ、ありがとうございます…」
足を組みカップ片手にふわりと微笑んで此方を見ていた。まただ。さっきも、昨日も、この笑顔。反則でしょ…。火照る顔を誤魔化す様にフイッと顔を背けた。
「そういう顔は出来るのだな」
「え?」
「いや、此方の話だ。それよりも、ドレスに薔薇を付けるとは、大胆な事をする」
「駄目でしたか?」
「いや、好評だったな」
「こんなに素敵な薔薇なのだから、特別な日だけでは勿体無いと思ったのです」
私の考え方が面白いのか、それとも何かを思い付いたのか、笑みを浮かべながら何やら考えこんでる様子の王子。
「そうだな。ならば今度の夜会で今日と同じ様に花を付けて出席してくれ」
「えぇ…」
「嫌そうな顔をするな…。神子がその姿で現れれば、他の者も真似をするだろう。そうすれば、お前の言う花を身近に、が急速に進む筈だ」
「成る程、流石ですねリハルト様。薔薇が更に売れて、資金が増え、ウハウハですもんね」
「厭らしい言い方をするな」
眉を顰めて嫌そうに言われた。だって本当の事じゃないか。あ、そうか。王子だもんね、大事な事を忘れてたわ。
「街でも薔薇の生産をされているのですか?」
「あぁ、そうだ」
「ふぅん」
「なんだ、ニヤニヤするな」
「いえ、やっぱりリハルト様は優しい方だと思いまして」
「何の話だ」
「良いですよ。夜会に出ます」
ニッコリ笑ってそう言えば、そうかと短く頷いた王子。意地悪な口振りは素直に優しさが表現出来ないからだと気づいた。そうすれば、自然と頬が綻ぶ。
「不器用なんですね」
「だから何の話だ」
「此方の話です」
「…まぁ良い。ファルドあれを」
「は。紗良様どうぞ」
「え?何ですか?」
ファルド様から何やら白い箱を渡された。王子を見ると、開けろと言わんばかりに頷いた。首を傾げながら箱を開けると、中には洋服が入っていた。
手に取り服を箱から出して広げると、淡い桃色の綺麗目なワンピースに近いドレスだった。シンプルだけど、上品でいて、重くない。
「わぁ」
「まぁ紗良様良かったですわね!」
「うん、可愛い」
フニャリと笑った紗良は、今迄に見た事の無いぐらいの崩れた笑顔で心底喜んでいる様だった。…その顔は反則だろう。全く、他の奴の前にはおいそれと出せないではないか。
「ありがとうございますファルド様」
「おい」
「私ではなく、リハルト様がご用意した物です」
「ふふ、冗談ですよ。ありがとうございます、リハルト様」
「あぁ」
可愛いし軽いし文句無しだなぁ。王子なだけあって、センス良いよなぁ。天は二物を与えず、と言うけれどこの人、二物も三物も持ってるよ。世の中不公平よね。




