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107.異端の王子

王子に連れられて来たのは小さな教会だった。え?まさかディラール教団の教会じゃ…と訝しんでいると王子が普通の教会だと教えてくれた。と言っても王子も左程詳しいわけではないらしい。え、本当に大丈夫なの!?


「ここには抜け出した時によく来る場所だ」

「そうなんだ。神様に何か叶えて欲しいことでもあるの?」

「いや、そんなんじゃない。神などいやしないのだから」

「じゃあ何の為に?」


教会の中は誰も人がおらず、自由にお祈りが出来るようになっていた。普段は神父がいるそうだが、どうやら休憩中らしく席を外しているらしい。王子曰くやる気のない神父だそう。どんな人なのか逆に気になるけど、今は話をするのに適している場所だ。紅玉は入り口で見張りをしてくれるそうだ。


「神に祈る人を嘲笑うためにだ」

「…随分と捻くれた趣味ね」

「だって愚かだろ?祈ったところで叶いはしないのだから」


一番後ろの椅子に腰かけながらマリア様みたいな像を眺めている王子。フードの隙間から見えるその表情は無だった。王子の考えには賛同するけどね。祈るだけでは何も変わらない。努力しなければ現状を変える事は出来ない。でも努力のしようがない出来事だったら?自分にはどうしようも出来ない事だったとしたら?


「そうだね。でも、それでも人は何かに縋りたい時があるんだよ。愚かだと知りながら、誰かの為に、自分の為に祈らずにはいられないんじゃないかな。奇跡が起こりますようにって」


私はそう言って手を組み祈る真似事をした。

普段は信じてなくても、思わず祈ってしまう程の事があるんだろう。「神様なんていない」私も何度も思った。でもね、それは願っても叶わない事を知っているから言えるんだよ。裏切られたって言ったら聞こえは悪いけど、「こんなに願ってるのにどうして助けてくれないんだ!」って絶望しちゃうんだよね。

神様からしたら「助けます」とも「叶えます」とも言ってないから、迷惑な話なんだけどさ。


「本当は貴方も何か叶えたいことがあったから、ここに来てたんでしょう?」


じゃなかったら教会には来ないよね。意識的にでも、無意識でも、きっと心の何処かで誰かに助けを求めていたんじゃないのかな。そこは教会じゃなくてもいい。神様に近いと言われてる場所を見つけてしまったら足が勝手に動いてしまっても不思議じゃないからね。


「………叶えたい事か。私はな、ここに来て神様に全員殺してくれと願ったんだ。私を忌み嫌う両親も、蔑む兄弟も、異端だと叫ぶ城の人間も全員だ」


ポツリと吐き出したその言葉は雨のように粛々と零れ落ちた。その表情はやっぱり無で目線は像に向けられたまま。声にも感情は乗せられていない。まるで心が死んでしまったかのような声だった。


「私には陛下が、お祖父様がいればそれで良かった。だけどある日、お祖父様は私の目を見て言ったんだ。「そうか、それは呪いの瞳だったか」と」

「それはまるで今までは違うものに捉えてたという事よね?むしろそれはいいものだわ」

「そうだろうな。そこからはお祖父様の私を見る目が変わったよ。何かを恐れるような畏怖の目を私にな」


そう言って王子は自分の目を手で覆った。


「――――――それからはお祖父様も死ねばいいと思った」


今までの機械のような感情のない声ではなく、吹っ切れたような力強い声だった。だけどもまだその手は目を覆ったままで、私には王子が泣いてるようにも見えた。彼が悲しんでいるのは、裏切られたのは神様なんかじゃなくて、お祖父様だったんだね。


「…ならどうしてあの時、王様を助ける為なんて言ったの?嘘をついてるようには見えなかったけど」


私の力を知った時、本当に嬉しそうだったんだよ。心のそこから喜んでいるように見えた。でもそれは演技だったとでもいうのだろうか?そうだとしたら凄い演技力だわ。


「嘘ではない、本心だ」

「じゃあ…」

「お祖父様を殺すのは病ではなく私だからだ」

「え?その為に治すの?病を?」


私が問うと「そうだ」と王子が頷いた。その答えに私は立ち上がり、王子の頬を思いっきり叩いた。

バシッと教会に大きな音が響く。叩かれた王子は目を見開いて何が起こっているのか分からない顔をして、私を見つめている。


「馬鹿にしないで!この力は誰かを助ける為のものよ!!失われる命の為に使うものじゃない!!」


どんな理由があるにせよ、殺す為に治すなんて絶対に嫌だ。王子を叩いた手はじんじんと痛みを訴える。もう誰の口からも殺すだなんて言葉、聞きたくなかった。私の目の前では誰の命も失いたくないの。

王子を睨みつける私に、ようやく頭が追いついたのか何故か溜め息を吐いた。


「…はぁ、早とちりだ馬鹿女」

「あん!?」

「比喩だ。実際に殺すのではなく地位的にという話だ」

「………あ、そういうこと?」


急に肩の力が抜けてストンと椅子に座った。そんな私に王子が「殴られ損だ」とぼやいたので謝った。今物凄く恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だわ。勘違いの恥ずかしさから、今度は私が顔を覆った。


「お前は聖女様じゃないんだな」

「だから違うって言ってたでしょ」

「そうだな。教団の聖女様は金さえ払えば理由も聞かずに治してくれるそうだからな。といっても今は不在のようだけど。…確かにお前はそこに属するのは向かなさそうだ」


小さく笑う王子に苦笑した。教団どころか一国を飛び出してきてますからね。どこにも向かないんだろうな、私は。いっその事、本当に国を立ち上げてしまおうか。黒髪の人だけが住まう国を。優秀な人ばかりだし、すぐに大国になりそうだよね。


「そんな場所、死んでも御免だわ。ねぇ、そう言えば貴方の名前って何て言うの?聞いてなかったね。私は紗良」

「私はトラヴィスだ。紗良、お前の力を貸してくれ」


トラヴィスは立ち上がり私に向けて手を差し出した。この手をとってもいいものかと考えあぐねていると、トラヴィスは私の前にひざまずいた。そして手をとりまるで忠誠のキスかのようにそこに落とす。


「な、なに!?」

「安心してくれ。悪いようにはしない。神に誓ってな」


突然の出来事についていけない私の手をそのまま引いて立ち上がらせると、入り口に向かって歩き出した。トラヴィスの行動の意味が全く分からない。そして協力するとも言ってないのに、彼の中ではもうOKを貰ったことになっているようだった。まぁ、いざとなったら逃げればいいかと紅玉に目配せした。


「(ていうか、神はいないとか言ってなかった?)」


トラヴィスの言う神に誓っては、全くもって安心出来ないことに気付いてしまった。






☆ー☆ー☆ー☆ー☆






トラヴィスはそのまま城に戻り客人だとだけ兵に伝えて中に入った。そんなんで大丈夫なの?と聞けば城の人間はトラヴィスにあまり関わりたくないのか、深く追求してこないそうだ。放任に近いのかも知れない。

それでも貴方を探していた人がいたじゃないと聞くと、あれは見張りだそう。変なことをしでかさない為に肉親が付けた見張りなんだって。それを聞いて胸が痛くなった。


「何用でしょうか、トラヴィス王子」

「陛下に会いに来た」

「その者は?」

「客人だ。お前には関係ない。下がれ」

「下がりません。顔も隠した怪しい人間を入れることは出来ません。それに陛下は誰にも会わないと申しております」


トラヴィスの威圧にも動じず自分の使命を全うする騎士に、トラヴィスはイラついたように「マグオートを呼べ」と指示すると騎士がドアをノックして中にいる人物に伝えると、髪の長い男が顔を出して訝しげに此方を見ていた。


「マグオート、中に入れろ」

「なりません。第一そんな怪しげな客人を入れれる筈がないでしょう」

「陛下を救える事が出来るかも知れない者だ。姿を隠すのはやむ得ない」

「どういうことでしょうか?」

「ここでは話せない。中に入れろ」


そんなやりとりを数回繰り返しているのを見て、このままでは埒があかなさそうなので、ローブを脱ぎ自分の姿を晒すと息を飲む音が聞こえた。何だか久しぶりの感覚だわ。

病気の王に会おうとしてるんだから、少しでも警戒を解いてもらわないとね。


「申し訳ありません。私は異国の人間でこのような髪色ですから姿を隠させて頂いておりました。しかしながら病に伏せた王の寝所となれば警戒されるのも当然でしょう。私は薬師をしております、名を紗良と申します。力になれればと此方に参りました。こちらの者は私の護衛ですわ」


スカートの裾を持ち、軽く挨拶をする。神子としての時の振る舞いに、トラヴィスが驚いた表情でこちらを見ていた。それもそうだよね。さっきまでこんな話し方してなかったしね。薬師も嘘だけど、中に入ってしまえばこっちのもんだからね!


「ずいぶんと教養のあるお方ですね。どこでそちらを見に付けられたのですか?」

「生まれながらですわ」

「これはこれは…。王子、このお方の存在をご存知でしょうか?」

「薬師だろ」

「まさか!このお方は神子様ですよ」


マグオートの言葉に騎士とトラヴィスの視線が此方に一気に注がれた。え、何でこの人私の事知ってるの!?会ったことないのに…。でも、バレたもんは仕方ないよね。お陰で普通に力をつかえるんだし。


「お前、神子様だったのか!?何故黙っていたんだ!」

「きゃっ」


トラヴィスが私の肩を思いっきり掴んだ。驚きで声が出るとマグオートが王子を制してくれたので開放された。紅玉は余程の事がない限り傍観を決め込んでいる。


「神子様に失礼ですよ。ここではなんですから隣の部屋に行きましょう」


促されて入ったのは王の寝室の隣の部屋だった。くそぅ、正体バレた挙句部屋に入れなかったとは…。


「にして神子様。如何様にしてこの国へ?貴女様はローズレイア国にいらした筈では?」

「その前に何故私の事をご存知なのでしょう?」

「ジュンリタ国にあるサタナリア学園での夜会にて拝見致しました。神子様程のお美しい方は一目見たら忘れられませんからね」


あー…あそこか。各国の王が集ってたもんね…。王子しかいないと思ってたら知らないところで見られてたのか。でもダーヴィット様が仕組んだことだし、怒れないなぁ。私ってばダーヴィット様には弱いのよね。


「そうだったの…。この国にいるのは偶々ですわ。神子として済まさなければいけない所用がありましてその休憩に立ち寄ったのです」

「その所用とはなんなのだ」

「それをお話することは出来ませんの。御免なさいね、トラヴィス王子」


にっこりと笑ってそれ以上聞くのを拒絶した。此処にいる誰にも、微塵も関係のないことだからね。ここを離れてしまえばトラヴィスに会う事もないだろうし、そもそも偶然知り合っただけで友達でもないし。正体がバレた以上は神子として振舞わなくちゃね。


「随分とローズレイアは暢気ですね。神子様をたった一人の護衛しかつけずに他国に行かせるとは」

「これは私の意志ですわ。それと忠告しておきますね。私を捕らえられると思いませんように」

「滅相もございません。神子様を捕らえるなど恐れ多いことこの上ないですからね」


笑顔でそうは言っているけど、この人内心物凄く腹黒いと思う。ただの勘なんだけどさ、何だか嫌な感じがするんだよね。隙を見せてはいけないと蒼玉が強く忠告してくるのもあって、私は神子の面を一秒たりとも外さないと心構えをした。


「分かっていらっしゃるなら結構ですわ」


こちらも表情だけの笑顔を作って釘を打った。もう私を守ってくれる人はいないから、自分で見極めて行動してかなくちゃいけない。いざとなれば守護者ガーディアンの力もあるけれど、それに頼ってばっかりも良くないしね。最終手段として取っておきたいんだ。


「マグオート陛下に会わせろ。神子様なら猶更問題はない筈だ」

「それもそうですね。こちらにいらしたという事は、お力を貸していただけるという事で構いませんか?」

「えぇ。困っている者が居れば助けますわ。それが神子の務めですから」


そう言えばマグオートは満足げに頷き、扉を開け先を促してくれた。トラヴィスは先程の事で気分を害したのか、私と目を合わせようともしない。ちょっと悲しいけどそれが一番いいよね。これが終わったらすぐ出るつもりだし。


「申し訳ありませんが少々お待ちいただけますか?陛下に説明をさせて頂きたいのですが」

「構いませんわ」

「有難う御座います神子様。すぐ戻りますので」


マグオートは王の寝所に入っていき、扉が閉まったのを確認したトラヴィスが口を開いた。


「…まさか神子様だったとはな」

「黙っていて申し訳ありませんトラヴィス王子。私にも色々と事情というものがあるのですよ」

「その喋り方やめろ。俺にだけは普通に話せ」

「これが私ですわ。あれは素性を隠すための偽りの姿ですから」


お互いに顔も見ずに扉を見たまま話していたけど、トラヴィスは私の言葉に苛立ったのか、バッとこちらを勢いよく向いて何かを言おうと口を開いたら、目の前のドアが開いた。

マグオートが出てきたことにより、トラヴィスは言おうとしていた言葉を飲み込んだようだ。


「お待たせ致しました。中へどうぞ」

「えぇ、失礼します」


私は苦虫を潰したような顔をしたトラヴィスを一瞥してから開かれた扉の中に、足を踏み入れた。



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