106.聖女?いいえ人違いです
「だから嫌だって言ってるじゃない!」
「逃げたぞ!追えーーーーー!!」
只今私紗良が何をしてるかと言いますと、ウエディングドレスなるものを着て全力疾走しております!そして後ろには沢山の使用人に追われているというカオスな状態に。一先ず角を曲がり適当な部屋に逃げ込んで足音が去るのを待った。
「はぁ、はぁ、し、死ぬ…。ドレス着て疾走は無理…」
入り込んだ部屋は物置らしく物で溢れていたので、物の隙間に入り込みながら(万が一部屋に誰か入ってきた時の為)息を整えた。身に纏っていた装飾品も取り外し近くの台に置いた。こんなジャラジャラしたの好きじゃないっつーの!!
『どうするの?見張りも多いし力を使わずに逃げるのは厳しいけど』
「気合でなんとかするわ」
『そんな根性論でどうにかなるとは思わないけど…』
蒼玉の言葉に煩いと返してこれからどうするかを考えなくちゃ。あーあ、こんな事になるなら放っておけば良かったな。目の前にしたら無理なんだけどさ。困ってる人を見たら放っておけなくなる自分の性格に今だけは後悔だよ…。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆
遡ること6時間前。
「ここって何処の国なんだろう」
『地図で確認しない限りは俺も分からない』
「本来は国を移動するときは関所みたいなのを通らなきゃいけないんでしょ?」
『あぁ。商人や旅芸人とかは許可証が必要だな』
「そっかぁ。ならジェンシャン国の時も今も、立派な不法入国だね!」
私がケラケラと笑いながらそう言うと、紅玉に誰に聞かれているか分からないからこんな大通りで言うなと怒られてしまった。反省反省。私が泊まった場所はそこそこ大きな町だったらしく、店が立ち並ぶ場所は人でごった返している。
「ロザントリアぐらい賑やかだけど、なんというかうーん…」
『ガラが悪い者が多いな。ぽやっとしてると金をすられるぞ』
「え!気を付ける!!」
私の荷物は紅玉が持ってくれており、私はしっかりと皮袋を握りしめている。丁度いい鞄がないから仕方ないんだけどね。一応羽織の中に隠れているから目にはあまりつかないけど。折角だし鞄やら色々調達しようかな。
「これなんてどう?」
鞄を取り扱っている出店を見つけたので、肩から斜めにかけれる黒い鞄を手に取って紅玉に見せると「いいんじゃないか」といった投げやりな返事が返ってきた。さては買い物に付き合えない男だな!そんなんじゃモテないのにー!と言う私に溜息で返された。え?泣いてもいいですか?
「かっかっか!あんたにはこういう可愛い方が似合うんじゃないかい?」
お店のおばさんが豪快に笑いながら、桃色の不思議な模様が刺繍された鞄をお勧めしてくれた。
「わぁ!綺麗ですねこの刺繍」
「おや?あんた知らないのかい?これはグルス族の模様だよ」
「グルス族?」
「ありゃ、それも知らないのかい!?少数民族でね彼らの作る物にはお守りとしての意味合いがあるんだよ」
どういうことだろうと首を傾げていると紅玉が「そう言われているだけだ。迷信のようなものだろう」と教えてくれたんだけど、何も店の人がいる前でいう事ではないと思う。気分悪くされてないかなとおばさんの顔色を見ると特に気にした様子はなかった。
「ま、お兄さんの言う通りだね。旅に出る自分の子供の無事を願ってこの刺繍を入れたのが始まりなんだよ。で?どうする?買うのかい?買わないのかい?」
「あ、買います!でも他の色はないの?」
「あるよ。黄色に緑に…あぁ紺もあるけどこれは男っぽいからねぇ」
「紺でいいです。そういうシンプルなのが好きなので」
「そうかい?まぁあんたがいいならいいけど。じゃ65メルね」
適当に硬貨を出すとおばさんが目を丸くした。
「あんたこりゃあ、多すぎだよ!」
「え?そうなの?ごめんなさい」
イマイチ硬貨の価値が分からないのよね。宿代や食事代は少なめに出したつもりでもお釣りが帰ってくる。稀に怪訝な顔をされるけど、何も言われた事なかったんだけどな。
「ははーん、あんたさてはいいとこのお嬢様だろう?金の価値すら知らぬようじゃ町に来るのは危険だよ。あんたも護衛ならしっかり護っておやり!」
『余計なお世話だ』
「あの、お釣り大丈夫ですから!行こ、紅玉」
「そうかい?まいどあり!」
鞄を受け取り足早にその場を離れる。何人かの視線を感じたからだ。あまりよくない視線だと鈍いと言われる私にも分かった。
『つけられてるな』
「え!?ど、どうすればいい?」
『気付いていない振りをしろ。このまま左の脇に入れ』
「う、うん」
言われた通り大通りからスッと建物の隙間に入り待っていると、数人のガラの悪い男達が後を追って来た。そして何かを探すようにキョロキョロと見まわした後、諦めたように出て行った。それを確認してから避難していた屋根の上から降りた。
「良かった。行ったみたいだね」
『このまま戻ればまた二の舞になるからこっちから行くぞ』
「うん。あ、でももう一つ買いたい物あるんだけど」
そう言った私を紅玉は馬鹿にするような目で見てきた。今起こった事が理解できるか?だってさ。失礼しちゃう!!だって新しい羽織というかローブが欲しいんだもん。最近のローブは機能性に優れてるみたいだって居酒屋にいた商人が言ってたんだー。今使ってるやつは急遽用意したものだから、ちゃんとしたやつ欲しいんだよね。
「それに身に纏ってる衣装が変われば私だって分からなくなるでしょ?」
二人組で認識されてるなら私だけで買いに行けばより目にはつきにくくなると思うしと言えば、それは却下された。紅玉が買いに行ってくれるそうなので、大人しくここで待つように言われてしまった。私もういい大人なんだけどな。
バタバタバタバタ!
「…?何だろう」
手持ち無沙汰でボーっとしてると後ろの方から誰かが走ってくる音が聞こえる。それはドンドンこちらの方に近づいてきている。気になったので音のする方に近寄り、角から顔を出すと誰かと思いっきりぶつかってしまった。
「------っつ!」
鼻を勢いよくぶつけた所為で、声にならない悲鳴がでた。鼻を抑えながらぶつかってきた人を睨み付けると、その人物は頭を打ち付けたのか気を失っている。え、これって私の所為なの!?どうしよう焦っていると、この人が来た方向から声と走ってくる音が聞こえたので、そこでようやくこの人が追われていたんだと知った。
「蒼玉、どうしよう!」
『取りあえずさっきみたいに屋根の上に移動しよう』
「お願い!」
蒼玉の水の力で再び屋根の上に避難すると、聞こえてきた足音はそのまま通り過ぎて行ったのでほっと一息つく。
『鼻赤くなってるよ』
「思いっきりぶつかったからね!…と、この人は何で追われてたんだろう?」
気を失っている男性のローブの隙間から出ている服装は、見るからに良い生地を使用した物でとても一般市民には思えない。もしかしてお忍びで出て来て護衛を撒いていたお坊ちゃんとかなのかな?そうだったとしたらどうしよう…。私も被害者とは言え気絶させてしまったんですけど!
『貴族の息子じゃないかな。紗良のように脱走したんでしょ』
「ちょっと!人を脱走犯のように言わないでよ」
『僕は事実を述べたまでだよ。それより目が覚めないけどどうするの?』
「力を使ってみる。頭打ったみたいだし」
『紗良が顔なんか出すからだよ。その野次馬精神どうにかならない?』
ぶつぶつと言う蒼玉に煩いと返して男性に力を使うと、少し呻いた後にゆっくりと目を開いた。その瞳を見て息を飲む。黒い瞳だ。
「え…瞳だけ黒い?」
そう、この男性の髪は黒ではなく淡水色に白い肌といった色素が薄いのに、瞳だけ真っ黒といったアンバランスな色の配色になっている。私の独り言に男性は体を起こして慌てて目を手で隠した。まるで見られてはいけない物を見られてしまったかのように。
「あの…ごめんなさい。悪気があった訳じゃないの」
「お前は誰だ?私に何の用だ」
「えっと、私は紗良っていうの。貴方にぶつかってしまって気を失ってしまったから様子をみていたんだけど、もう大丈夫そうね」
相手に警戒されているのが分かったので、ゆっくりと優しい声色で述べると事情が理解出来たのか、刺々しい雰囲気が少し和らいだ気がする。起きたら知らない女がいて、しかも触れて欲しくない目の色について言われたら警戒するよね。蒼玉はこの人が目を覚ます前に姿を消したので私一人だし。
「そうだったか…。それはすまなかった礼を言う」
「いえ、私が顔出したのがそもそもの発端なので」
「それで?何故こんな場所に?そもそもどうやってこの場所に私を運んだのだ?」
「貴方が誰かに追われてたみたいだからとっさに…ね」
「とっさにここまで登れるものか?」
そうだよね、こんな答えじゃ怪しむよね。でも素直に説明できないし…と困っていると下から紅玉の声がした。これで話がはぐらかせると屋根から下を覗き込み紅玉に説明すると呆れられた。取りあえず受け止めるから降りて来いってさ。
「貴方から先にどうぞ」
「この高さを飛び降りろと言うのか!?」
「でも受け止めてくれるって言ってるから大丈夫よ」
「正気か!?女なら普通怖がるだろう」
「え?貴方女性だったの!?」
驚く私に「違うお前の事だ!」と怒られた。だってダリアに乗りなれた所為でこのぐらいの高さなら何とも思わなくなったんだよね。なんてそんな事言えないので、怖いの?と聞けば「怖くない!」と怒ったように返って来たのでなら行けるよね?と言って押し出した。何やら聞き取れない言葉が聞こえてくるけど、無事に紅玉がキャッチしたから大丈夫そう。
ドサッ
「ありがと紅玉」
『ほら、これでいいだろう』
「…なんか地味じゃない?」
『知るか。他の奴らはこんな感じの色が多いだろ』
紅玉が買ってきたローブは薄い茶色で全然可愛くなかった。これなら普通に白とかでよかったんですけど…。でもこれ以上言ったら機嫌を悪くしそうだったので、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「ん?なに?」
視線を感じたので振り向けば助けた男性が驚いたように私を見ている。なんだろう…あ、飛び降りた風でフードが取れちゃったみたい。それに紅玉も気付いたのか、バサっとフードを頭に掛けてくれた。
「お前…髪まで黒いのだな」
「うん。それがどうかしたの?」
「いや、初めて見たから驚いただけだ」
「そうなんだ。貴方も私と同じで瞳が黒いのね」
「あぁ…。これは呪いだからな。お前も全身に呪いを受けたんだろう?」
黒髪の人間はこの国にはいないのかな?と考えていると、突拍子もない言葉が聞こえた。呪い?この黒髪と瞳は呪いの所為にされてるの!?てかこの人は呪いをかけられてるの!?
『こいつはこういう人種だ。呪いじゃなく普通に黒髪黒目で生まれてくる』
「…本当か?そんな人種がいるんだな」
「ここには私のような人はいないのね。数が少ないけれど優秀な人が多いのよ」
「………なら私のこの瞳は一体何だというのか」
男性は瞳を抑えながら俯いてしまった。前に瞳だけ黒い人はいないとロレアスが言っていたけど、普通に考えたら隔世遺伝だと思うんだけどな。
男性に先祖の中で誰か黒髪黒目の人は居なかったかを聞くと、知らないと首を横に振った。
「そういう話は私の耳には入ってこないからな」
「自分の家系の話なのに?」
「そうだ。お前この国の者ではないな?」
「そうだけど、どうして分かったの?」
「その髪色もそうだが、私の事を知らないからな。「黒い瞳の異端の王子」と言えばこの国では知らない者はいない有名な話だ」
その言葉にえ!っと声をあげる。貴族かなとは思ったけど、まさかこの国の王子様だったとは…。あれ?でもジュンリタ国にあるサタナリア学園に集められた王子の中にはこの人は居なかったと思うけど…。全部の国が来ていた訳じゃなかったのかな?それとも、異端という言葉に何か関係があるんだろうか。
「その王子様が何でこんな場所に?」
「陛下が病で伏せていてな、城の連中が連れてくる奴は役立たずばかりだ。だから私が直々に有能な医者を探しに抜け出して来た」
「やっぱり貴方を追っていたのは護衛か兵だったのね」
「そうだ。連れ戻される訳には行かないから助かった」
そう言って前髪をワシャワシャと乱して瞳を隠す王子の右手には倒れた時に擦れてしまったのか、傷があり血が滲んでいた。
他国の王子に傷つけちゃった!ヤバいと思ってその手を掴み力を使って傷を癒すと、綺麗に治ったのでほっとした。その安心感から私の後ろで紅玉が「馬鹿」と頭を抱えたのには気付かなかった。
「治って良かった!王子様に傷が残ってたら大変だもんね」
そう言って笑う私を信じられないという目で王子が見ている。どうしたのかな?と首を傾げる私は致命的なミスを犯したことには当然気付かない。
それに気付いた時にはもう遅く、誤魔化しようがないのだけど。王子は私の両手を掴み私に詰め寄った。
「お前聖女様か!?」
「え?」
「その力、聖女様だろう!それは一般人にはない奇跡の力だ!」
「…あ」
『無暗に人前で使うから面倒な事になるんだ』
神子の祈りの力を無意識に使ってしまったことにより、何故だか聖女様と勘違いをされてしまった。聖女じゃなくて神子なんだけどね。取りあえず、お願いだからそんな嫌そうな視線を私に向けるのやめてくれないかな?紅玉さん。
「聖女って確かディラール教団って宗教団体が崇めてる存在でしょ?今は聖女って存在してるの?」
「…惚けたふりか?」
「違うよ!本当に知らないの」
「なら何故そのような奇跡の力が使えるのだ!」
「それは…」
本当のことは言えないので言葉に詰まりたじろぐ私に王子は詰め寄ってくる。もういっそのことバラしちゃうのも手だよね。ここからローズレイアは遠いし、話が広がるとも思えないしさ。だけどそうなると確保されちゃう心配もあるんだよね…。神子ってどの国も喉から手が出る程、欲しがってるって話だしさ。
カシュアにも出発前にそう言って釘を刺されたから気を付けないと!でもこの状況、どうしたもんかな…。
「き、気付いたら使えたの。でもそういう団体に入るのは怖いから…。それに、人から向けられる奇異の目には耐えられない。私は私の身の回りの人だけで精一杯だから」
苦し紛れの台詞と、少し怯えるような素振りでそう言えば謝ってくれた。こちらこそ騙してごめんなさい。でも私も正体を明かせない事情が色々とあるんです!!
「その力があれば陛下の病が治せるかもと思ったらつい熱くなってしまった。お前の事情も知らずにすまなかった」
「大丈夫だよ。貴方、王様の事が好きなのね」
クスリと笑ってそう言えば、王子は私から目を離した。熱くなってしまうという事は、その人の事を本当に助けたいと思っているからだと思うんだ。自分の父親だから当然の気持ちかも知れないけれど。そうじゃない人も居るってことを知ってしまったから、純粋に力になってあげたいと思った。
「…陛下は両親からも疎まれる私に目をかけてくれた人だから、病に負けて欲しくはないのだ」
「え…?じゃあ、王様は祖父ってこと?」
「そうだが?あぁ…お前はこの国のこと知らないんだったな。分かるだろう?この姿だ。愛してもらえる筈がない」
自嘲気味に吐き捨てる王子はどこか寂しそうに見えた。でもそれと同時に憎しみも声には入り混じっている。それは親や兄弟、周りの人間に対するものだろうか?
王族って複雑で大変なものなのかも知れない。ルドルフの件があるとはいえ、ローズレイアは皆仲良しだし、ダーヴィット様はリハルト様にもリチェにも同じように接しているように見えた。でもそれは当たり前ではないんだね。
「え?なんで?綺麗じゃない黒い瞳。私も同じ色だよ?」
「…だがこの髪色とでは合わないではないか」
『おい、ここから移動するぞ。人の気配がする。もしかしたら先ほどの奴らかも知れん』
「なんだお前達も誰かに追われてるのか?来い、案内してやる」
さっきの人達なら恐喝されちゃうかも知れないので、王子の後を逸れないようにピッタリとついていった。先程紅玉が買って来たローブを着て。うぅ…忘れてたけどやっぱり茶色のローブはおじさんみたいで嫌だよ…。
思ったより長くなりそうなので分けます。時間を修正致しました。




