105.世界一美しい虹色
頼まれていた場所の問題を無事に解決して帰り際、チサドラの地に寄り道してもらった。話に聞いていた通りそこには大きな泉があった。泉に近寄り中を覗き見ると、透き通っていてとても綺麗だった。
「あまり近寄られると危ないですよ」
「ねぇクリスト。ここの主ってどんな生き物なの?」
「主ですか?私は見たことがありませんから分かりませんが、噂では水龍の住む泉だと言われていますね」
「水龍!?そんな生き物が実在するの?」
「いえ、架空の生き物ですよ。そういう噂ですから」
成程、よくある話か。でもラーシュ姫は主と会ってるのよね…。それはもしかしたら水龍だったりするのかな?それはそれで素敵な話だよね。知る人だけが知っているんだから。あ、そうだ。金のバラのお陰でこの地は戻ったと聞いたけど、ここの守護者には力を渡してないんだよね。立ち寄ったついでに渡しておこうかな。
「ちょっと一仕事いいかな?」
「この地は紗良様が下さった薔薇のお陰で元に戻りましたよ?」
「うん、でも守護者にはまだでしょ?」
そう言って力を使って守護者の場所を探ると案の定泉の中に粒子が消えたので、そのまま泉に触れた状態で守護者を呼び出すと、虹色に輝く衣装を身にまとった姿で現れた。その姿は今まで見た守護者の中で一番と言って良い程に美しかった。
「初めまして!私は神子。急に呼び出してごめんね」
『私は菊石。この世で一番美しい存在です』
「う、うん。とっても綺麗よ」
『貴女も私ほどではありませんが、とても美しいですね』
「ありがとう」
あれ?凄いナルシストきたーーー!!!守護者にもナルシストとかいるのね。皆多様な性格で一人として同じ子はいないのよね。何だか人間みたいだな。動くたびに色鮮やかに髪や着物が揺れるものだから、つい目を奪われてしまう。性格はちょっとアレだけど、世界一美しいは言い過ぎじゃないと思う。
『申し出は有り難いですけれど、力の譲渡は体の負担が大きいのではありませんか?』
「そうだけど時間がないから一気にやってるの」
『そうですか。かつてはここに神殿が建ち人々が祈りを捧げに来たものですが、今や残されたのはこの泉のみ。嘆かわしい世の中ですね』
ほうっと息を吐く菊石に合わせて風がそよめいた。
「え、ってことは昔はその神殿によって人々の祈りを力に変えていたって事?」
『そうですよ。壊されてしまいましたけれど』
「そうだったんだ。別の守護者にその話を聞いて進めてもらってたんだけど、前にもあったんだね。それがあったら苦しまずにすんだのにね」
『そうですね。人は目に見えない物の存在を無下にしますから、仕方のないことかも知れませんけど』
でもそこでふと思った。私がローズレイアを出て来てしまったから、例の件はどうなってしまうんだろうって。建物が出来ても私が居なきゃ完成はしないし…。でもすぐにどうこう出来る問題でもないし、あの件を終わらせてから考えようかな。
「私が少しずつでもいいから守護者の存在を広めていけたらと思う」
『無意味だと思いますけれどね。存在を知っても神子なくして私達の姿を見ることはできませんので』
「そうかも知れないけど、折角同じ世界に存在してるんだもの。知っててもらってもいいじゃない?」
『貴女は面白い考え方をしますね。ですが私達は人間などよりも遥か上の存在ですから、特に気にしてもおりません。この地を守ってあげているなどの傲慢な感情も持ち合わせてはおりません』
クスクスと笑う菊石にモヤっとした。人間なんて眼中にありませんと言われているようで。別に気にしろって話じゃないけど、同じ場所に住んでるのになぁとは思う。それは私の勝手な捉え方で押しつけがましい考えなのかもしれないけどさ。
「守護者は一体どんな存在なの?何から生まれてどうやって神子は守護者を生み出すの?」
『神子なのに何も知らないなんて可哀想ですね。ですが知らないならそのままで良いこともありますよ。他の守護者にも答えて貰えなかったのでしょう?なら知る時期ではないという事ですよ』
「時期じゃない…?」
『そうですよ。そろそろ力を分けて頂けますか?』
これ以上は聞いても答えないとでも言いたそうに話を打ち切られてしまった。ならそれを知る時期がきたら誰かが教えてくれるのかな?でも何だか最後まで誰も教えてくれない気がした。諦めて菊石に力を受け渡してお別れした。
「お疲れ様です。守護者の確かな情報を紗良様もご存じないのですね」
「うん。元は別世界からきたし、神子なんて言われて驚いたぐらいだからね。何も知らない可哀想な神子だよ」
「紗良様…」
「だからこそこうやって地道に情報収集してるの。教えてくれる子は教えてくれるしね」
私が笑ってそう言えばクリストはそれ以上何も言うことなかった。馬車に乗り込んで全てが無事に終わった報告をする為に、カシュアの元へと向かった。
「助かったよ神子様。これで少しは暴動も治まるといいんだが」
「暴動?」
「そうだ。新しい王に反対な者も多くてね。それに加えて異常のある地の問題の所為で各地で暴動が起こっているんだよ」
「そうなんだ…。王でいるのも大変そうだね」
「全くだな。恭平が居てくれたら私も気持ちの休まる場所ができるのだけどね」
カシュアがウインクしながらそう言ったので思わず笑ってしまった。私の表情が暗くなったのを感じたからだと思う。やっぱりカシュアは良い人だよね。カシュアにも幸せになって欲しいな。
「こればっかりは恭平の問題だから私からは何とも言えないかな」
「残念だな。ま、簡単に落ちる男に興味はないんだけどね」
「ふふ、陰ながら応援しておくね」
「有難う、期待しておくよ」
カシュアはクリストに指示したものを持ってくるように伝えて、何かを手にしたクリストが私にそれを手渡した。随分重さのある袋だなって思っていると、カシュアが開けてみろと言うので袋を開けると、大量の金貨が入っていた。
「えっと…?」
「対価だよ。貰ってくれ」
「こ、こんなに貰えないよ…。私お金の価値が良く分からないけど、友達が言ってたわ。金貨がこんなにあったら平民は遊んで暮らせるんだって」
「あはは!神子様は本当に可愛いな。それでも少ないぐらいだよ。働いた対価だからしっかりと受け取りな。一人で旅をするのにもお金は必要だからね」
「…分かった。有難うカシュア。大事に使うね」
ギュッと袋を握りしめてそう言えば、カシュアの肩が震えている。どうやら声にならないぐらい可笑しかったようで腹を抱えて笑っていた。すっごい失礼なんですけど…。
「くくっ、まるでこずかいを貰った子供のようだな」
「もう!そんなに笑う事ないじゃない!!」
「ふふ、すまないね。今日は泊まっていくだろう?何か必要な物があったら準備しておくよ」
「もう十分です!」
本当に楽しそうに笑うものだからそれ以上は怒れなかった。そんな私にカシュアが「そう怒るなよ。昔のリハルトの話してあげようか?」と言ったので、お断りした。意外そうな顔をするカシュアに苦笑した。やだよ、会いたくなるだけだもん。
「いらない。思い出したくないの」
「そっか。ならまた今度だね」
その後も少し談笑した後、部屋に戻り食事と睡眠をとって翌朝カシュアとクリストに別れを告げた。カシュアにクリストを押し付けられそうになったけど、丁重にお断りしておいた。なんだかんだ言ったってクリストはカシュアの元で働いてることに誇りを持ってるから。だからついでに侍女もいいけど、従者としてもいいと思うよと言って宮殿を後にした。
「ダリア!お待たせ」
「キューイ(待ちくたびれたよ)」
「ごめんね。でもローズレイアに居た時より自由に動けるから実は充実してたんじゃないの?」
「キュキュ(ばれた?)」
「バレバレだよ」
数日振りのダリアのモフモフを堪能した後にジェンシャン国を後に空に飛び立つ。土地勘ないから抵当に進むしかないのよね。それも楽しいからまぁいいかという私に、蒼玉が賛同して紅玉が呆れたように溜息を吐くのだった。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆
「ねぇねぇ、ここ何処?」
『砂漠だな』
『砂漠だね』
目の前に広がるのは見渡す限り砂ばかりの大地だった。うん、砂漠だね!でもここじゃ宿もないし、死ぬ程暑いんですけど!!どれだけ南下して来たの!?てか季節冬だからね!?
「キュイキュイ(紗良は寒いのが苦手だからね)」
「うん、暑いのも駄目だよ?それにここでどうやって一晩過ごせって言うの?」
「キュー(砂の上なら体痛くならないよ)」
「暑くて火傷するんですけど…。しかも砂漠って確か夜は凄く寒いって聞いたことあるんだけど」
それを聞いたダリアは自分は何処でもどんな環境でも寝られるから、知ったこっちゃないんだって。この子厳しい!でもそんな事言われても私もここで寝るのは無理なので、何とか説得して街がある場所へと移動してもらった。無事に宿をとり寝床を確保しました。
『狐竜獣は何処でも生きて行けそうだよね』
『それは成獣だかららしいな。子供の時はそうでもないそうだ。マシュマロがいい例だな。体調を崩しやすいだろう』
「まぁでも、マシュマロは恭平がいつでも治してくれるから安心だね」
そこでふと恭平の事について考える。私が居なくなったって聞いてどう思ってるかな?きっと恭平の事だから怒ってるんだろうね。そして伝言を聞いて更に怒るんだ。私が恭平の立場なら殴りに行くから、きっと恭平もそう思ってそうだよね。
「ねぇ紅玉には兄弟とかいたの?」
『何だ急に?』
「何となく?私紅玉の事をあまり知らないなって思ったから」
その言葉にそうかと呟いて記憶を辿るように目を閉じた紅玉。眠ってたとは言え1000年も前だから、思い出すのに時間がかかるのかな?と思っていたら紅玉の目がゆっくりと開いた。
『…沢山いたな。10人兄弟で俺は次男だった』
「うはぁ…昔は子沢山だね」
『農村部とかは今の時代もそれぐらいがザラな所は多いよ?』
「そうなの!?お母さん頑張るね…」
私が10人産めとか言われたら脱走するわ。でも田舎とかだと人数がいればいるほど、労働力になるもんね。しかも結婚も早いとなれば、それぐらいは産めるのかな?
『前に俺は神子と恋仲だったと言ったが、神子は本当は兄貴が好きだったんだ』
「え!?そうなの!!?」
『あぁ。出来の良い兄貴で何1つ勝てるところがなかった。…だけどある日、兄貴は死んだ』
「死んだって…病気とか?」
尋ねる私を見る事はなく、窓の外を眺めながら淡々と話す紅玉。その表情は感情を押し殺しているように見えた。私には身近で大切な人が亡くなった事がないから分からないけど、計り知れない悲しみがあるんだろうな。
『いや、当時村の周りには獰猛な獣がいたんだ。そいつから神子を護ろうとして…な』
「そうだったんだ…」
『ねぇ、それって何の獣?』
『狼龍だ』
『狼龍かぁ。それはお気の毒だね』
気まずそうにお悔やみの言葉を伝える蒼玉に、狼龍はどんな生き物なのかを聞いたら、言いにくそうに紅玉を見た。それに気づいた紅玉が説明してくれた。なんかごめんね…。
『狼は分かるか?犬の祖先だった生き物だ』
「狼は知ってるよ。私の世界にもいたもの」
『そうか。その狼がより獰猛で強固になった獣だ。毛ではなく固い鱗で覆われていて、刃物を一切通さないから出会ったらまず人間に勝ち目はない』
「そんな生き物いるの!?もしかしてシュヴァインは比じゃない感じ?」
『あぁ、可愛いものだな』
その話に怯える私に、紅玉は更に情報を付け加えた。狼龍は獲物を骨ごと食べてしまうのらしく、存在していた痕跡が跡形もなくなってしまうんだとか。「せめて骨でも残っていれば埋葬してやれたんだが」と寂しそうに呟いた紅玉には申し訳ないけど、怖すぎてそこまで聞きたくなかったと心の中で泣いた。鳥肌が立つ腕を摩りながら、ある疑問が浮かんだ。
「そ、そもそもどうして神子様はその狼龍に狙われたの?そこまで危険な生き物なら警戒してた筈でしょ?」
『そうだよね。神子の力でどうにかなるとは思えないし』
『それは………』
紅玉はそのまま黙り込んでしまい、その先を促すことも出来ずに長い沈黙が続いた。お兄さんの死に方よりも酷い話だとは思えないけど、一番触れられたくない話だったのかも。紅玉は大事な話はいつも黙るか、はぐらかすかだから。
「いいよ、無理に話さなくても。無神経に聞いてごめんね」
『悪いな。いずれ話す』
「紅玉はそればっかりだね。さて、もう寝よっかな!おやすみなさい」
『あぁ、お休み』
『お休み紗良』
さっさとベットに入り寝る神子の優しさに感謝した。そればっかりか…。確かに神子には幾度となく大事な話を聞かせないようにしてきた。それは刺激の強い話で神子を怖がらせると思ったからだ。だけど白銀の一族の存在も前の神子の事件も知ってしまった神子は、怖がりはするが何とかしようともしている。そんな強さがあるからもうどんな話を聞いても大丈夫だろう。だが…。
『君でも言葉に詰まる事あるんだね』
『これでも元人間だからな』
肩を竦めてそう答える。神子からは寝息が聞こえてくるからもう寝入ったようだ。それを見計らって話しかけてきたのだろうけどな、この男は。惚けた振りして洞察力に長けているから。だから俺が答えに詰まった理由も察していることだろう。
『お兄さんが守護者にならなくて良かったね』
『全くだな』
兄貴は優しい人間だったから何も出来ずに悲しむだけだっただろう。俺は皆殺しにしたって足りないと思う。ドス黒いものがグルグルと渦巻いているのを抑えるのに必死だからな。
「うへへ…ふわっふわ」
間抜けな寝言が神子から聞こえてくる。今の神子は不思議な女だ。一緒にいると毒気を抜かれて黒い感情の自分が馬鹿らしくなる。阿呆だがな。
『じゃぁ俺は休むから任せた』
『分かったよ』
神子の中に戻り幸せな夢に浮かされる神子の心を感じながら目を閉じた。




