100.侍女とクリスト
ジェンシャン国に忍び込んで翌日。眩しさに目を細めていると、知らない男性が私を覗き込んだ。
「おはようございます神子様」
「…おはようございます?」
眠たい体を起こして目の前の男性をボーっと見つめる。リハルト様と同じような金髪で、年は20代ぐらいに見える。瞳は青ではなく金だった。まだ覚醒しきっていない私に優しく微笑んでくれていた。
「お初にお目に掛かります。私が今日から数日間だけですが、神子様のお世話をさせて頂きますクリストと申します。どうぞ気軽にお申し付け下さい」
「クリスト…?…あ、私は紗良です。宜しくお願いしますね」
そう言えば昨日カシュアが侍女を付けてくれるって言ってたっけ?寝起きから知らない人がいたから頭が追いついてこなかったよ。…ん?待てよ。侍女じゃないよね?どう見ても男性だよね!?つい流れで挨拶しちゃったけど可笑しいよね!?
「では御髪を梳かせて頂きますね」
「あ、あの…侍女ではないですよね?」
「呼び名に拘るのでしたら使用人ですけど、ここでは侍女と同じように身の回りのお世話をさせて頂いておりますのでご心配なく」
「え、でもお風呂とかって…」
「ご安心ください。見慣れておりますので何とも思いませんから」
物凄く爽やかな笑顔で言われてしまったけど、普通ならかなりの問題発言だよね!?でもこの国ではこうやって男性が各姫の世話などをしているらしく、ここではそうなんだと無理やり自分を納得させた。それにお風呂はいつも自分で入ってるから問題ないしね。
「そう…ですか」
「では御髪を梳かせて頂きますね。神子様の髪はまるで絹のように柔らかいですね」
「え?普通だと思いますけど」
「今までに触れた誰よりも滑らかで気持ちが良いですよ」
何これ!髪梳いてもらうだけなのに、すっごい恥ずかしいんですけど!?なんていう羞恥プレイですか!?暫く羞恥プレイに等しい髪梳きを耐え、持ってきてくれた果実を口に運ぶ。その間に髪を一纏めに結わいてくれた。
「わ!凄く上手ですね」
「いつもやってますから。お気に召したようで良かったです。それよりも神子様、私に敬語は必要ありませんのでどうぞご自由にお話下さい。秘密は護りますのでご安心を」
「うん、ありがとう。そうさせてもらうね」
髪が纏まったので用意されたドレスに着替える事になったんだけど、クリストが着替えを手伝うと譲らずに困っています。絶対に無理!!
「自分で着替えれますから!」
「いけません。これも私の仕事ですので」
「でも恥ずかしいので!!」
「どこがですか?神子様はどんなお姿でもお美しいですよ」
「そういう事じゃなくてね!?年の近い男性に着替えを見られるのが耐えられないの!!」
押し問答の末、私の言葉にクリストが首を傾げた。あ…これいつものやつだと思っていると、案の定リーシア姫と同じか下だと思われていたみたい。良かった…ラーシュ姫と同じって言われなくて。
「これは失礼致しました。神子様はいくつになってもお綺麗そうですよね」
「私の居た場所では年相応だったんだよ?ここではどうしても若く見えちゃうみたいなのよね」
「今まで何人かお見かけした事がありますけど、黒髪の方は皆さん若く見えますよね」
そうかな?ファルドじゃ年相応に見えたけど…あ、でもリハルト様と同じぐらいにも見えなくないかな。ルーナスさんに至っては年齢不詳だしやっぱりそうなのかな?まぁ私の場合は神子としての寿命から考えたらまだまだ子供だって前に守護者に言われたから、それが一番の理由なのかも。
「この国にもいるの?」
「そうですね…私が存じ上げているのは御一人だけですよ。後は他国の王族の従者として数人ってところですね」
「やっぱり皆優秀なんだね」
「それと容姿端麗な方が多いですのでお飾りのような意味合いもあります」
今のはちょっと嫌な言い方だな。でもクリストは私の怪訝な表情を見ても何か悪い事でも?といった顔で見ているので王族ではそういう立場の人がいるのも普通なのかな?
「侍女もそうですけど、能力もそうですが容姿でお勤めできるお相手が変わってきたりもします。大抵は高貴な方に仕える侍女はそれなりの格式ある家柄の出身者であることが多いのですよ」
あまり良く知らない私の為にクリストがそう教えてくれたけど、容姿も大事って事は社長秘書みたいな感じなのかな?美人だけど仕事が出来るみたいな!そう考えたらそういうもんなのかって納得出来た。そして侍女も大変な仕事なんだなって改めて思った。
「…あ」
「どうされました?」
「ううん、何でもない」
私マリーの休み交渉したままで結局休みを取らせてあげる前に飛び出して来ちゃったのを思い出したわ。…でもマリーならそんな事よりも勝手に出て行った事を怒られそうだね。本当はきちんとした形で出てくるつもりだったんだけどな。
「…はぁ、中々思い通りにはいかないもんだね」
「自分中心に世界は動いてくれませんからね」
「確かに!思い通りに事を運ぼうとするのがエゴなのかな…」
「えご…とは何でしょうか?」
「えっと自己中心的な考えってことかな」
その言葉に成る程と頷いてクリストは笑った。え?笑うとこ!?と驚く私にクリストは着替えのドレスを一旦置いて(話は脱線したけど着替えを手伝う事は了承していないので)、お茶を淹れてくれた。
「誰しも自分が可愛いですからね。利己的な考えをしてしまうのも仕方のない事だと私は思います。ですがそれを自身でそう思う神子様が利己的な考えかと問われたら、私は違うと思いますよ」
「…んん?つまりどういう事?」
「そのエゴかもしれないというお言葉は、誰かの気持ちを考慮した上でのお言葉なのではありませんか?」
「そうだけど…」
「でしたらそれは利己的な…自己中心的な考えではないと申し上げたのですよ。本当にそういう考えの人間は自分の過ちに気付かないものですから」
そうニッコリと言われた。途中こいつ馬鹿なのかっていう雰囲気も感じられたけど、私に分かりやすいように説明してくれた。クリストは頭が良さそうだから使用人っていう立場は勿体無い気がしてきた。
「クリストって侍女より従者の方が向いてそうなのに」
「私がですか?」
「うん。主人を乗せるのが上手そうだよね」
「それはお褒めの言葉でしょうか?」
「勿論!」
前向きにさせてくれてやる気を出させる為に発破かけるお目付け役みたいなのが向いてそう。有無を言わせずごり押ししてくる雰囲気とかまさしくそれだよね。我儘なお坊ちゃんとかお嬢様とかの扱いが上手そう。
「でしたら神子様の従者にして頂けますか?」
「あ、それは無理なの。ごめんね」
スッパリと断ったら、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をされたけどなんでだろう?あれ?これはOKする流れに私が持って行っちゃった感じ?
「この国に留まる気もないし、やらなきゃいけない事があるから誰も連れて行くつもりはないの」
「ですが神子様御一人では危険では?」
「大丈夫!ボディガードがついてるから」
ニッコリと笑ってそう言い放ち、ボディーガードの意味が分からないクリストをそのまま無理やり部屋から押し出して、ささっと用意されたドレスを手に取って着替えた。紫のドレスなんだけど、ドラゴニス王子から貰ったドレスを思い出した。結局一回も着てないどころか、マリーが何処かに持って行ってしまったので何処にあるかも知らないや。
「うーん、やっぱり紫ってなんか違和感…」
「そうでしょうか?とてもお似合いですよ」
「わ!勝手に入って来ないでよ」
「私は神子様のお世話係ですから勝手に追い出さないで下さいね」
「…か、考えときます」
何この威圧感!?使用人だよね!?使用人の筈なのにマリーとファルドを足して二で割ったような感じの人なんですけど!?ひーやっぱり有無を言わさない感じが困るなー。私これでも神子なんだけどね!?
「陛下がお待ちですから行きましょうか」
「うん…」
取り敢えずカシュアに会ったら文句言おうと決めて部屋を移動した。相変わらず立派な宮殿だな。お城とは違って新鮮味があっていいよね…って前もそんなような事思った気がするなぁ。
「お、来たか神子様。ドレスサイズがあってて良かった」
「うん、凄くピッタリ!…じゃなくて侍女って聞いてたのに男性だったんだけど!?」
「うちではこれが普通だからね。気にしないでよ」
「無理だよ…。着替えとかは絶対無理」
「神子様は我儘だな。折角顔が良いのを付けたのに不満か。それもそうか、リハルトを見慣れているからな」
待って!話が凄い方向にずれてる!!そういう意味での不満じゃなくて、純粋に着替えを異性に手伝われるのは嫌だと抗議すると分かってくれたようだ。
「しかし急には用意出来ないからな…。そうだランかクリストかどっちか選んでいいぞ」
「え?いやでもラーシュ姫は姫だから無理だと思うし、子供にそういうの任せるなんて出来ないよ?」
「ならクリストだな。ローズレイアのようには手配出来ないから我慢してくれ」
「…うん、分かった」
そっか。今までのようにはいかないもんね。国には国の決まりや習慣の違いがあるわけだし、これは私の我儘だよね。たった五日間の我慢すればいいだけだよね。
「ご安心を神子様。私に出来ない事はありませんから」
「問題はそこじゃないんだけどね?」
「打ち解けたようで何よりだ。何かあればクリストに言いつけてくれ」
その言葉に大人しく頷いて視察に行く場所の話になった。神子の正体を大々的にバラすのはちょっと…と私が言ったら使いの者という事で手を打ってもらった。この国に来る前の感じでやればなんとか誤魔化せそうだよね。
「なんだ、ローズレイアを出たのだろう?神子として動くなら丁度いい機会じゃないか」
「そうだけど暫くは身を潜めてたいの。大々的に動くのは落ち着いてからにしたいって言うか、ちゃんとしてからにしたい。迷惑かけたい訳じゃないし」
「ふぅん。どっちにしろ神子様が飛び出して来た時点でかなりの大損害だと思うけどな。今頃他国にバレまいと必死なんじゃないかな」
「やっぱりそうなるよね…。でも神子が何処か一か所に留まるのは公平さに欠けると思うんだよね」
だって神子は皆の神子だしさ。この力はこの世界で手に入れた物だし、国とか関係なく守護者を助けて行きたいし。一人で動いた方が色々と早いしね。
「公平や平等なんて名ばかりであってそれを実現するのは不可能だ。神子様の体は一つしかなければ、一人しかいないのだからしかるべき場所で護られているのはむしろ当然の事だよ。それを気に病む必要は微塵もない。分かったらさっさとローズレイアに帰った方がいい。一人で回るには神子様は無知すぎて危険だ」
「心配してくれてありがとう。私には守ってくれる存在がいるから大丈夫だよ」
私がそう言えばカシュアは厳しい顔をしていたのを和らげて、参ったとでも言いたそうな表情をした。
「神子様は誰にも心を開いてないんだな」
「…え?」
「人との関わりを誰よりも求めるのに、自分の中には立ち入らせようとはしない。どこかで線を一歩引いているよね」
「ま、待って!なんで急にそんな話になるの?」
何故そんな話になったのか理解出来ないんだけど!?クリストの顔を見るもニコリと笑っているだけで頼りにならない。くそ、使えない!いや、クリストも話が分からないのかも知れないけどさ!誰かヒントを下さい!!
「そんなにいい子ちゃんに見せたいのか?誰もそれを望んでいないとしても?」
「え、えっと…?」
「とぼけるのか?まぁそれもいいだろう」
「ちょっと待ってよ。さっきから話が見えないんだけど!」
「…そうか、神子様はあまり頭が良くないんだな」
そう言ったカシュアに、憐れみの目を向けられたんですけど…。これ泣いてもいいよね?
「大体カシュアに私の何が分かるのよ」
「分からないよ。けど神子様がいい子ちゃんでいようとしているのは見てれば分かる。そして前述の言葉はリハルトが言っていた事だ」
「え…、リハルト様が…?」
「「人を信用出来ぬから頼れないのだろうな」ってね」
カシュアの言葉に(正確にはリハルト様の言葉だけど)頭を金槌で殴られたような衝撃を受けた。リハルト様がそんな風に思ってた事にたいしてもだけど、見抜かれていたんだっていう衝撃の方が大きい。別にリハルト様を信用出来ないとかそんなんじゃない。これは私の心の問題だから。
「信用してるよちゃんと。そんな風に思われてたなんて心外だよ。酷くない?仮にも婚約者だった相手をそんな風に思ってるなんて」
衝撃を受けた事を知られたくなくて、いつも通りの笑顔で茶化してカシュアに答えを返した。信用してないんじゃなくて、嫌われるのが怖いんだよ。怖いからあの時リハルト様から逃げたの。向き合えないのは私も同じ。
「可哀想に。孤独なんだね神子様は」
「っ!ーーーーどうしたのカシュア?何だかイライラして調子が悪いみたいね」
カシュアの言葉に危うく叫んでしまうとこだったのを、グッと堪えた。可哀想?孤独?そんなの自分が一番分かってる。私の事知らない癖に知ったような口聞かないでよ!と本当は言ってしまいたかった。だけどそれは神子の振る舞いとしても、大人の振る舞いとしても駄目だと思うから。リハルト様にはやってしまったけれど…。
「すまない。少々立て続けに色々あってね。攻撃的に感じたなら謝るよ。ただ、神子様はもう少し我儘に生きてもいいと思うよ」
そう言ってカシュアは疲れたように笑って私の肩にポンと手を置いた。
「これでも我儘に生きすぎてリハルト様を困らせて来たのよ?私はいつだって我儘だよ」
「はは、そっちじゃなくてさ。言いたいこと我慢しなくてもいいって話だよ。今のだって怒って良かったのだからな」
「もしかして…わざと?」
「神子様が怒るところ見て見たかったんだがな。残念だ」
可笑しそうに笑うカシュアに何故そんな事をしたのかを聞いたら、意外な答えが返って来た。
「リハルトを振った嫌がらせだな」
「へ?」
「冗談だ。そろそろ仕事の話をしようか」
「あ、うん…」
何だか話をはぐらかされた気がする。カシュアに私を怒らせて得るメリットは無いと思うんだけどなぁ。良く分からないや。
「ーーーーーと、この三ヶ所が今悩みの種だな。かなり酷い有様だから神子様が協力してくれて助かる」
「なら早く解放してあげなくちゃね」
「でもローズレイアで貰ったあの薔薇は無いのだろう?」
「なくても大丈夫だよ。元は私の力だしね!まぁ多少の無理はせざるを得ないけど」
城から少し離れた場所だから一々戻っては来れないので(私の滞在日数の関係上)、宿を取りながら三ヶ所を回る事になった。勿論同行者はクリストが来るらしい。一人で大丈夫って言ったんだけど却下された。
「これ以上神子様に何かあればうちの国が無事じゃいられないんでね」
前回の件があるのでこれを言われてしまったら頷かざるを得なかった。目立ちたくないので渋々クリストを引き連れて馬車に乗り一ヶ所目の場所付近で宿を取る事になった。ダリアの存在はギリギリまで知られたくないので、ダリアには人に見つからない程度に自由にしていいよと伝えてある。
カシュアにお金はいらないと言ってしまったけど、活動資金の事はあんまり頭になかったので蒼玉に言われて気付く紗良。その様子に紅玉が溜め息を吐くという事があったとか、なかったとか。




