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定食屋の少女

作者: 神無月想良

プロローグ『気のせいかな?』



 暇だ。

 昼休み私は図書委員の責務を果たすために誰もいない図書室で、一人退屈を持て余していた。あとで友達が一人、来ると言っていたが、昼休みが終わる十分前になっても姿を現さない。

 こういう時、図書室なんだから読書をすればいいとお思いだろうか、しかし、語りべとしては失格かもしれないが、あいにく私は本があまり好きではない。

 暇なので、ここで退屈しのぎに語りべとしての仕事をしよう。

 私の名前はゆたか。高校1年生の15歳。髪と目は共に茶色がかった黒色で、どこにでもいる日本人。

 好きな教科は家庭科。身長が172センチと、少し高めなの以外に特に変わった所のないはずの女子高生だ。いや、まぁ、よく怪我をして心配されるのだが、それは普通の範疇だろう。

 私は自分の手や足に貼られた絆創膏や湿布を見る。自分でも痛そうだと思う。いや、実際にすごく痛い

 将来の夢は実家の定食屋を継がずにパティシエになることで、部活動は製菓研究部

 再び暇になった私は意味もなく図書室の中を歩き回る。すると、窓の向こうに見知った顔があった。

 私は絆創膏だらけの手を窓際に置き、学校の2階から身を乗り出して、校庭で友達と遊ぶわけでもなく杉の木の下で本のページをめくる男子生徒の名前を呼ぶ。

「しーのーぶー。本を読むならこっちで読みなよ! そんなところにいないでさ。虫に刺されるよ」

 私の大声に反応して彼はこちらを一瞥し、左手の甲を向け、ヒラッと振った。意味は「遠慮する」か「そっちまで行くのが面倒」で間違いないだろう。

 ここでまた、語りべとしての役割を果たそう。彼の名前はしのぶ私の幼馴染。隣の家に住んでいて、両親が遅くまで帰ってこないらしいので、度々ウチの定食屋に食べにくる。

 私と同じで、高校一年生の純日本人。好きな教科は化学と生物。夢は、よく分からないが、部活動は文芸部。

 外見は私よりも白い肌、黒のぼさぼさの癖毛をだらしなく目元まで伸ばし、感情の起伏があまりないせいか、表情の読み取れない顔をいつもしている。

 身長は165センチのチビ。本人にそれを言うとムッと拗ねるのだが、それが可愛かったりする。しかし、それは私の感性だ。なのになぜかラブレターを貰っていたりするのが不思議である。まあ、忍がラブレターを貰っているのを見つけるたびに「モテるね、バカしのぶ」とからかうのが、一つの楽しめなのだが。

 そんな話は後にして、私はもう一度大声を出す。

「ねー、本当にこっち来ないの?」

 忍は返事の代わりにため息をついた。その気怠そうな態度に私は口をとがらせ、腹いせに怒鳴る。

「もういい! バカしのぶ!」

 そういうが早いか、私は窓を力任せに閉める。窓越しにまた、彼を見ると、二度目のため息をついているのが見えた。

 私はよく彼の事を『バカしのぶ』と呼ぶ。彼は嫌がるが、私を怒らせるのが悪いのだ。

「おうおう、秋なのにまだ暑いねぇ」

 背後から急に聞こえた声に私は、バッと振り返る。そこに立っていたのは、後で来る、と言っていた友達だった。

 友達の言葉に私は首を傾げる。

「そう? もう涼しいと思うけど?」

「いや、そうじゃなくてさ、熱々のカップルがいるなぁと思っただけ」

「どこにいるの?」

 再び首を傾げる私に友達は呆れた顔になった。

「なに、アンタ、まだ付き合ってないの?」

「付き合うって、誰と?」

 三度、首を傾げた私に友達は呆れを通り越した顔で、窓の外を指さす。

 指された方向に視線を向けると、そこには本のページをめくる少年の姿があった。

 私は慌てて、首と手を振った。

「付き合うって、忍!? 無い無い、私は自分より背の高い人が好みなのよ?」

 私の言葉に友達は目を見開いた。

「え! ホントに付き合ってないの? あたしはてっきりそうゆう関係だと思ってたわよ」

 もう一度「無い無い」と言ってから私は、チラリと忍を見た。体温が上がったような気がしたのはきっと気のせいだろう。



第1章「食べたいな」



 帰り道、私は忍と見慣れた道を歩いていた。

 聞こえるのは足音、子どもの声、車のエンジン音、小母さん達の世間話それから隣から聞こえるページをめくる音だけだった。

 私は沈黙に耐えられず、口を開く。

「ねぇ、何読んでるの?」

「…………」

 忍は横目に私を見ながら色の薄い唇に人差し指をあてる。意は「秘密」ではなく「どうせ言ったって解らないから言わない」だろう。

 私が話しかけた時、彼はいつも喋らないため、会話が成立しない。場合によってはため息で返されることもある。稀に訊いた事に答えてくれる事もあるが、三分の一の確率で思ってもいないことを適当に答える。

 逆に彼から話しかけてくる時は会話が成立する事もある。だいたいは彼が訊いてきた事に私が答えて終わるのだが、十回に一回くらいは他愛のない世間話をする。それでも彼は常に一言半句で済ませるため、会話が長くは続かない。

「……裕」

 急に名前を呼ばれ、私は慌てて忍のいた道路側に向き直る。しかし、そこには彼の姿がなかったので急いで周りを見渡すと、自動販売機の前で私を見ていた。

「何? 忍」

「後で返すから十円貸してくれないか?」

 私は脱力した。何かを期待していたわけではないのだが、こういう求められ方をするのは一人の乙女として、なんだか癪である。

 私は「バカしのぶ!」の言葉と共に十円玉を彼に思いっきり投げつける。彼はそれをなんとでもないかのようにキャッチすると、そのまま自動販売機でブラックコーヒーを買う。私は彼がコーヒーのブラックを飲んでいるたびにあんなに苦い物のなにが美味しいのか不思議でしょうがない。

 ガタンッという音と共にスチール缶が取り出し口に落ちてくる。次いでピロロロンという音が鳴り始めた。どうやら、ルーレット式の当たったらもう一本選べるタイプの自動販売機だったらしい。

 盛大なファンファーレが鳴り響く。どうやら一本当たったらしい。なんという強運なんだろう。

 どうせまた、コーヒーのブラックのボタンを押すのだろう、と思い見ていると彼は私の好きなカルピスのボタンを押し無言で差し出してくる。私は素直にそれを受け取って、笑って礼を言う。

「ありがと、忍」

 私がそう言った時には、彼は再び本を取り出して読み始めていたので伝わっていたかは分からないが、私は勝手に伝わっていることにした。

「なぁ、裕」

 また彼が私の名前を呼んだ。

「なに忍?」

「今日、裕ン家行っても良いか?」

「えっ!」

 彼の急な台詞に訳もなく体が熱くなる。

「久しぶりにから揚げ定食が食べたい」

 脱力。

「そんなところだろうと思いましたよ、はい」

「ん? 何か言った?」

「べっつにー」

「そ」

 一行でも、単語でもなく一文字で会話を終わらせた幼馴染に頬を膨らませる。

 そうこうしているうちに忍の家の前に到着した。

「じゃあ、また後でね」

 私の言葉に彼は右手の掌をこちらに向けヒラリと振り、家に入っていった。意は「了解、後で行く」で間違いないだろう。

 私は隣の定食屋の戸に手をかける。

「ただいまー」

「おかえりー」

 私の挨拶に奥からお母さんの客お構いなしの大声が聞こえてくる。

 私は席に座っている常連のお客さんに挨拶をして、厨房の傍を通って二階へ上がり私室に入る。

 ―――今日は、いつもよりお客さんが少ないな、どうしたんだろ……?

 鞄をベットへと、放り出し服を脱ぎ棄てる。次いで箪笥からいつもより少し可愛い服を取り出して、腕を通す。この服を選んだのは箪笥の引き出しを引いて一番上にあったからで、特に意味はない。

 階段を下りると常連のお爺さんが声をかけてきた。

「おー、裕ちゃん今日はいつもよりかわええねー」

 私は「有難うございます」と笑って手伝いを始める。忍が来たのは家が隣とだけあって、私が手伝い始めてから3分後のことだった。

「いらっしゃいませー。あ、忍、何にする?」

「納豆定食」

 服装のことで何か言ってくれるのではないかと思ったが、彼はそれだけ言うと一番奥のテーブルに座った。

 から揚げ定食じゃないのかよと、心の中で突っ込みを入れて厨房にいるお母さんに伝えた。その後、席で料理を待ちながら本を読む少年の前に座る。

「何で納豆定食に変えたの? 唐揚げ定食がいいんじゃなかったの?」

「…………」

 少年への問いかけに返ってきたのは、沈黙とページをめくる音だけだった。

 私は少し唇をとがらせる。

「聴いてる?」

「…………」

 更に唇を尖らせる。

「バカしのぶ」

「………ハァ」

 今度は少しして、ため息の返事が返ってきた。話をとりあえずは聞いていると言うことなので、とりあえずは良しとする。

「ねぇ、忍? 今日はなんだか、お客さんが少ないと思わない? いつもこの時間帯は混み始めるのに……今日は忍を入れて4人しかいないのよ、何でだろうね? 味が落ちたのかな……」

 ちょっとした愚痴だったのでまともな返事は期待していなかったのだが、意外なことに忍は本を閉じ、ポケットから携帯を取り出した。忍はそれを少し操作すると、画面を私に向けた。そこには忍が納豆定食にした理由とお客さんが少ない理由の両方が

記されていた。

 内容は新規オープンで割り引きセールを行っている店があるというお知らせで、場所はウチの店から300メートルほど離れたところだった。お知らせのページには納豆定食の文字と共にごはんやみそ汁などウチとほとんど変わらない内容の写真が貼られていた。新しいお店ができたことにより、客が流れ画像を見た忍は写真の納豆定食を食べたくなったのだろう。しかし、忍は私に後で行くと言った手前、新しいお店に行けなかったのだろう。だからウチで納豆定食を注文したのだ。

 恐らく、明日は新しくできた方へ行くのだろう。

 私が心の中で納得をしていると彼の手の中にある携帯がピロロンとメールの着信を知らせる。携帯の画面には【てる】と表示されていた。

 ―――女の子……?

 好奇心により私は忍に問いかける。

「てるってだぁれ?」

 彼にしては珍しく一行の返事が返ってくる。

「裕は知らない俺の幼なじみだよ」

「ふーん」

 そういえば、忍が昔「裕とは違う幼なじみがいる」と、聴いたことがあった。その幼なじみが照という女の子なのだろう。

 私が「もしかして、好きなの?」と訊こうとした瞬間に奥の厨房からお母さんの声が聞こえる。

「ゆたかー納豆定食できたよー忍君に持って行ってあげてー」

「はーい」

 私は忍への質問を断念して、納豆定食を厨房から忍の下へと運ぶ。

「はい、おまたせー」

 私が忍の前におぼんを置くと、忍は「いただきます」と言って箸を取った。しかし、いっこうに箸を付けようとはしない。

「あのさ……」

 しばらくするとおずおずといった感じに忍は口を開いた。

「食べるところをそうじろじろ見ないでくれない? 恥ずかしいからさ」

「相変わらず、忍の羞恥ポイントが解らないなー私は。なんで、恥ずかしいの?」

 私がずっと見つめていると、これじゃあご飯を食べられない、と断念した忍は仕方なくと言った様子で答える。

「口に何かを近づけたり、入れたりするのを見られたりするのが恥ずかしいんだよ」

「じゃあ、ディープキスとかは?」

「死ぬほど恥ずかしい」

 見ると耳が赤くなっている。私は幼なじみの意外な一面を見てなんだか嬉しくなった。

「あはははっ」

 私はなんだか可笑しくなり、お腹を抱えて哄笑する。ひとしきり笑うと私は席を離れる。

「ふう。あー可笑し。じゃあ、ごゆっくり」

 忍の座る席から離れると、私はレジの横に腰掛けた。ここからでは忍の後ろ姿しか見えないが、本人の希望なので仕方がない。

 しばらくして忍は食べ終わり、財布を取り出してレジの前まできた。

「えっと、納豆定食だから五百四十円ね」

 私がそう言うと、忍は五百円玉を一枚と五十円玉を一枚取り出して、トレーの上に置く。いつもならお釣りを出さないのに珍しい。

「今日は珍しいね。はいお釣りの十円」

 私が十円玉を手渡すと彼は私の手のひらに十円玉を落とす。

「んん? 何?」

「借りた分」

 その言葉でようやく思考が追いつく。これは私の貸した十円を返すということか。

 忍が店を出るみたいなので、見送るために店先に出る。店の中で服を褒めてくれることは最後までなかった。

「ごちそうさま」

「うん、じゃ、明日もきてね……って言ってもどうせ明日は新しいお店に行くんでしょ?」

 私が拗ねたようにそう言うと、彼は頭を振って降格を一ミリほど上げる。感情を表現することが苦手な彼にとっては、珍しい。

「違うの?」

 私の問いに忍は微笑を浮かべたまま答える。

「明日は唐揚げ定食を食べに来るよ」

 そう言って家に入ろうとする彼を呼び止める。

「ねぇ! 私を見てなんにも感想はないの? この服私のお気に入りなんだけど?」

 私の言葉に彼は振り返るも首を傾げた。

「服に関しては無いよ。ただ――」

「バカしのぶ!」と、私は被せるようにして怒鳴りつける。そのまま私は店へと入ろうとしたが、忍が言ったさっきの言葉の続きが聞こえ、立ち止まる。

 隣の家を見ると、忍が手を振って玄関の戸を閉めた。

 今日の忍はよくしゃべる。

 私は隣の家の前まで行くと一つ大きな声で叫ぶ。

「バカしのぶ!」

 私は笑って踵を返した。



「――今度は裕の手料理を食べたいな」

 次の日、私は料理の練習中、指を怪我するのだが、今は忍の言葉とは関係ないと言っておきたい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 登場人物たちが可愛いです!定食屋さんが舞台と言うのも新鮮。最後の「次の日、私は料理の練習中、指を怪我するのだが、今は忍の言葉とは関係ないと言っておきたい。」の一文が好き。素朴ながらも温かい…
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