『現在』 警察
雪が降ってきた。
頬にあたる風が非情に冷たい。
となりで一緒に歩くコトリも同じようで、頬を手袋をはめた手でさすっている。
僕は首に巻いていたマフラーをきつく巻きなおした。
僕とコトリは一緒に帰ることが多い。
コトリの住んでいる家が、ちょうど僕の帰り道の途中にあるのだ。
そのことから彼女を家に送り届けることになることが多かった。
学校近くの複雑に入り組んだ路地の中にある二階建ての白い家がコトリの家。
彼女の家に差し掛かると、僕は彼女の家の前に人の影があることに気づく。
目を凝らしてみると大熊という刑事だった。
紺色のスーツの上に黒いコートを羽織り、コートのポケットの中に両手を突っこんでいる。
僕が気づいたのと同時に、向こうも僕たちに気づいたようだ。
軽く会釈をすると、向こうから大熊刑事は人懐っこそうな笑顔を僕たちに向け歩いてくる。
「やあ、今帰りかい?」
と僕にいう。
僕は「はい」とだけいった。
コトリの様子を見ようと恐る恐る右下(彼女は僕より背が低い、ちょうど頭二個分くらい)を振り向くと、明らかに機嫌が悪そうだ。
一見無表情だが、よく見てみると唇は固く閉じられ、大き目の瞳は少し威嚇するように相手を見つめている。
大熊刑事は少し緊張した面持ちだったが、その視線をきちんと受け止めていた。
この場に張り詰めた空気が漂う。
「何でここにいるんですか?」
冷たい口調だ。
「仕事だよ」
「仕事……私には関係のないことではないですかね」
「君の力を借りたい」
「お断りします」
さっきからコトリの表情は変らない。
けれども、言動から機嫌が悪いことを聞いて取れる。
「…………」
大熊刑事は、困ったという顔をしていた。
「どいてもらっていいですか?」
目の前に立ちふさがるように立つ刑事を手で押しのけて自分の家に帰ろうとする。
「ちょっとだけでも話を聞いてもらえないかな?」
コトリの前に体を割り込ませる。
「しつこいですよ」
その言葉を聞いて刑事は苦笑する。
コトリの反応は彼の予想していたものに違いない。
コトリは警察が嫌いだ。
「もう一度、同じ質問をします。どうしてここにいるんですか?」
言葉に力を込めてそういった。
「あんまり学校にお邪魔するのも悪いと思ってね」
ため息混じりにそう話す。
「家の前で待ち伏せされるのも……あまりいい気分はしませんが」
「じゃあ、どうすればいいんだい?」
「私に近づかないようにしてもらえばいいと思います」
「これはずいぶん嫌われたものだな」
困ったなという顔つきになる。
「嫌われていることが、やっとわかって頂けたみたいでよかったです」
というとコトリはそっぽを向く。
「はは……取り付くしまもないね」
大熊刑事は僕の方を向いて両手のひらを上へ向け、お手上げのポーズをする。
僕は苦笑いしかできない。
「それでは失礼します」
そういって、コトリは自分の家の玄関をくぐろうとした。
「ちょ……ちょっと待ってくれ」
それを阻止しようとして、刑事がコトリの目の前に再び立ちはだかる。
「ほんとうにしつこい!」
表情が変化し、声に怒気がこもった。
緊張した空気が走る。
「しつこくするのが仕事みたいなものだからね」
といって刑事は口端を吊り上げた。
確かに止めてくれといわれて簡単に引き下がるようでは、警察という仕事はできないのだろうなと僕は思った。
「…………」
コトリは目を瞑り、大きなため息をつく。
「ちょっと話を聞いてくれるだけでいいんだ」
刑事はすがるようにいった。
余程困った事件を抱えているのだろう。
きっとコトリが持つ知識が必要なのだ。
そうでなければ学校までわざわざ出向いたり、ここまで執拗に食い下がったりしない。
「これ以上しつこくすると、大声を出しますよ」
けれども、コトリの口から出た言葉は非情だった。
「え?」
大熊刑事の表情があっけにとられる。
言葉が意外なものだったのであろう。
コトリは大きく息を吸い込んだ。
大声を出すための用意をしている。
それを見て大熊刑事は、
「わかった、わかったから!」
両手を前に出して、コトリのやろうとしていることを静止しようとしている。
その様子を見て彼女は吸い込んだ空気を吐き出す。
大熊刑事はがっくりうなだれた。
「それでは」
それであきらめたと思ったのだろう、コトリはこちらを見ようともしないで玄関のドアノブに手をかけた。
その時大熊刑事が、
「君には僕の話を聞く義務がある」
といった。
「――?」
コトリは刑事のことを一瞥した。
「力を持っている者の責任といってもいい。やりたいやりたくないに関わらず、いずれ君は我々に協力しなければいけなくなる」
「…………」
コトリは感情の読み取れない表情で刑事のことを見つめている。
「今日はここら辺で失礼するよ」
そういって刑事はきびすを返す。
「大熊さん」
コトリが刑事を呼び止めるように名前を呼んだ。
そして彼が振り向くと、
「この際だからはっきりさせておきましょう。私が二度と警察に協力しないということを――」
といった。




