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【過去】 自殺志願

 

 自分は世界がせまい。

 

 それは人付き合いを考えた時の社会観と、見識が他の人より劣っているという両方の意味で当てはまった。

 人間と係わり合いになることが少ないから、新しい知識が入ってこないし、社会で生きていくための経験もつめていない。

 

 でも最近は自分の中の世界が少しだけ広がった気がする。

 新しくできた友人のおかげだろう。

 ミキのおかげで想像もつかないような世界観や、新たな知識がボクにもたらされる。

 目の前にある世界が広がっていくような気がした。


 ボク達は出会ってから一週間に一度、決まった日に会うようになっていた。

 それは月曜日の午後三時頃だった。

 何時間もかけてじっくりと遊ぶというのではなく一、二時間軽く遊ぶといったもの。

 遊ぶ内容はだいたい会った時に決める。

 映画であったり、ゲームセンターだったりすることが多く、たまにカラオケ、ただ買い物につき合うだけの時もあった。


「今日は買い物につき合ってよ」

 とミキがいう。

 ボクはそれに頷いた。


「何を買いに行くの?」

 そう尋ねると、ミキは少し考えた顔になる。


 ミキは制服を着てくることが多かったが、今日は珍しく私服だ。

 フードに柔らかそうな毛のついた紺色のジャケットを着用している。

 それは丈が長めで、太もものところまである。

 素足では寒いのだろう厚手の黒いタイツを履いていた。

 落ち着いた感じのブラウンに染められた髪の毛が、肩の辺りできれいに切り揃えられていた。


「実はまだ決めてないの」


 何を買うか決めていないのに買い物がしたいと言ってきたことに少し違和感を覚える。

 でもボクは彼女になにか、例えば文句いったり、疑問を投げかけたりしようとは思わなかった。

 つまらないことで彼女に嫌われたくないのだ。


「……そっか」


「うん。どうしようかな」

 ミキは腕を組んで考えごとをしている。


「…………」

 無言で彼女の言葉を待つ。


「ねえ、アスカ。そうだ、どっか面白いとこ連れて行ってよ」

 彼女はボクのことを名前で呼ぶ。

 ボクは男だか女だかわからないような自分のこの名前があまり好きではなかった。

 本当は苗字で呼んでもらいたかったが、それをいうつもりもない。

 彼女が呼びたいように呼んでくれればいいのだ。

 が、どこか連れて行ってというこの言葉にボクは少しだけ困ってしまった。


「どこかって、例えばどんな所?」


「そうね。楽しい所がいい」


「楽しいところねぇ」

 楽しく買い物ができるところといわれてもピンとこなかった。


「ねえ、ねえ」

 といってボクの右腕に抱きついてくる。


「……」

 ボクは困ってしまった。

 ミキが楽しんでくれそうな場所を知らないのだ。

 必死なって彼女が楽しんでくれそうな場所を考える。


「どこかに食事にでも行こうか?」

 楽しめるショッピングスポットを知らなかったので、他の選択肢を提示してみた。


「ううん、今はおなか空いていないわ」

 といって首を横に振る。


「映画を見に行くとか?」


「今日はいつもと違うことがしたいわ」


 彼女にそういわれ、

「……」

 ボクは脳みそをフル回転させたが、いい案は思い浮かばない。


「仕方ないわね」

 子供を叱るような感じで、ちょっとむっとした表情をする。


「ごめん」

 謝る必要もない気がしたのだが、なんとなく謝ってしまった。


「じゃあ、私が決めてあげるわ」

 というとにっこりと笑った。



 そして、僕らが行くことになったのは駅前の総合ディスカウントショップ。

 大型の倉庫を店舗に改装したような簡単なつくりの建物だ。

 中は所せましと商品が陳列されており、通路の幅がせまい。

 そのせいか店の中は少し歩きづらかった。

 

(こんな場所でいいのか)

 というのがボクの感想だった。

 悩んだわりにはあっけないというか、どこにでもあるような場所に来ることになったので、肩の力が抜けるような気がした。


 そんなボクの気持ちを知ってか知らずか、ミキは買い物を楽しんでいるようだった。

 店内に置かれているちょっとした売り物の電化製品を見ては手にとって、ボクに何かしら話しかけてくる。

 たいしたことじゃない、どこにでもあるちょっとした会話だ。


 彼女と話すことは楽しい。

 ボクにとっては他の何にも変えがたいものがある。


 時間が速く過ぎていくように感じられた。

 それだけ楽しいのだと思う。

 楽しい時間は過ぎるのがあっという間だ。


 でもこの気持ちは恋愛感情ではない。

 年齢が離れすぎているから――というのではなく、何かそういう考えは現実的ではないと思わせるものが彼女にはある。

 もしかしたら、ちょっとおかしい表現かもしれないが……ボクは彼女に対して畏怖の念に近いものがあるのかもしれない。

 

 ミキの社交的な性格がボクにそう思わせているのだろうか。

 無意識のうちに、ボクは彼女の社交性に憧れを抱いているのかもしれないなんてことを考えた。

 

「ねえねえ」

 ミキはボクの右手に腕を絡ませ、声をかけてきた。


「なに?」

 不意に彼女の顔が近くにきて、ドキッとしてしまう。


「あそこ入ってみようよ」

 といって彼女が指差した所を見て驚いた。


 その場所を仕切るようにぶら下げられた赤い布には『十八歳未満おことわり』という文字が大きく書かれている。

 俗にいうアダルトグッズの売り場だ。


「まずいって」

 ミキは高校生である。


「大丈夫よ」

 と、悪戯をする子供のように笑う。


 ミキはボクの腕を無理やりぐいっと引っ張って、中に連れ込もうとする。

 はねのけようと思えばできたのだがボクはそれをしなかった。

 

 中に入るとその空間は薄暗く、ピンク色の照明がたかれており、いかにもという雰囲気だった。

 目の前にある棚には所狭しと、怪しい小瓶やDVD、何かしらの玩具が並べられている。


 ミキはそれらを手にとると「へぇー」と感嘆の声をあげていた。


 僕は視線のやり場に困ってしまう。

 ミキの目の前で、これらの怪しげな商品を見ていていいのだろうかという疑問が浮かんできた。


 当のミキはというと、いろいろな商品を手にとり、その度にくすくす笑っていた。


 ふと、商品を見ている彼女の横顔がピンク色の照明に照らされ、艶かしい雰囲気になる。

 ボクはなんとなくいけないものを見ている気がして、視線をそらしてしまった。


「おもしろいね」

 と話しかけられたが、ミキの顔を見ることができない。


「うん」

 というだけで精一杯だった。


 やがて中を一通り見ると、僕らはその怪しい空間を出ることにした。

 外に出ると――

 いきなり明るい空間に戻ってきたせいか、まったく違う場所に出たような気がした。


「何かドキドキしたね」

 とミキはいう。


「うん」


「一度、中に入ってみたかったんだ」

 そういうとミキは笑った。



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