『現在』 放課後
放課後、僕とコトリは家の近所にある巨大ショッピングセンターにきていた。
彼女と僕はクラスメイトであり、住んでいる家が近いので、自ずと下校する時は一緒に帰ることが多い。
僕らは寄り道をしていた。
天井に取り付けられた、夕焼け色に染まった高い位置の窓を見上げる。
この建物は三階建てだ。
中央部分には貫通式の最上階まで通じるエスカレーターがあり、その場所を中心にして、各階に十字のかたちをした通路が存在した。
その通路に沿って、アパレルショップ、靴屋、玩具屋等、無数の店が存在する。
一階には巨大な食品売り場があり、時間帯もあるのだろう、レジには長蛇の列が成していた。
この場所に来るといつも思うことがある。
近所の商店街にある小さな商店が潰れる理由だ。
このショッピングセンターにくればいろいろな商品が揃っている。
いろいろな場所で細かい買い物をするよりも、ここで買い物を一回で済ませてしまうほうが効率的だろう。
人と人のふれあいより効率が優先される時代だ。
わざわざ面倒くさい思いをして、小さい店で買い物をするような人間はあまりいないのだろう。
なんてことを考えていると、
「キャラメルマキアートのトールでいい?」
コトリが話しかけてきた。
キャラメルマキアートとは、カフェラテの中に泡立てられたミルクが注がれ、その上にキャラメルのシロップがかけられた飲み物のことだ。
トールとは容量のことである、だいたいMサイズくらいだったと記憶している。
僕らは今、ショッピングセンター内にあるスターバックスに来てメニューを見ていた。
そこで彼女が僕の飲む分もまとめてレジに注文をしてくれようとしているのだ。
ここで僕はふと疑問に思った。
「ああ、でもなんで僕の飲みたいコーヒーがわかるんだ……」
注文しようとしていたコーヒーを説明した覚えはない。
「だっていつも頼んでるじゃない」
「そうだっけ? でも大きさまで……」
正直な所、そこまでスタバでキャラメルマキアートを頼んでいる記憶はない。
何でコトリに僕の注文したかったものがわかったのか疑問が残る。
「さっき缶コーヒー飲んでたでしょ。だからいつもよりひとつ下のサイズがいいかなって」
「なるほど」
「気がきくでしょう?」
「あ、うん」
「いいお嫁さんになれるかな」
ぽつりとそんなことを呟く。
「う……」
推理小説のトリックをノートに書きつけることを生きがいとしているような人間が、いい嫁さんになるかどうか尋ねられると返答に困ってしまう。
言葉につまってしまった。
コトリはそんな僕の様子を見ると、少し唇を尖らしてレジに注文をしに行ってしまった。
待っている間、コーヒー豆が売られている棚を意味もなく見つめていた。
(そういえば……ホットかコールドかいうのを忘れていた)
やがて「お待たせ」といってコトリが戻ってくる。
「ホットでよかったんだよね」
「なぜわかる!?」
何も言ってないのに。
「だって、キャラメルマキアートのアイス飲んでるところ見たことないよ」
「そうか。それと、いまさらこんな話するのもなんだけど……なんで僕が注文したいコーヒーがわかったの?」
「さっき説明したじゃない。いつも飲んでるって」
コトリは軽いため息をつく。
「いや、いつも同じのを飲んでいるわけじゃない」
きちんとキャラメルマキアート以外のものも頼んでいるはずである。
「ふむ。そうね、一郎はいつもだいたい季節のおすすめを頼むけど、今日のメニューにでてたおすすめに品はナッツがトッピングされてた。一郎はナッツがトッピングされている商品は注文しないから、定番のキャラメルマキアートを頼むと、私は考えたの」
「なるほど」
「満足?」
と僕の方を見て、にこりと笑った。
カウンターでコーヒーが出てくる間、僕らはそんな話をしていた。
そして、コーヒーがカウンターにのせられる。
コトリはホワイトモカを頼んだようだ。
ホワイトモカとはエスプレッソにホワイトチョコのシロップと泡立てたクリームを注いだものであり、クリームが上にトッピングされている。
僕らは丸いテーブルが備え付けられた二人がけの席が空いているのを見つけ、そこに座った。
壁に沿うように長椅子型のソファーが設置され、通路側には椅子がある。
コトリがソファー、僕は薄いクッションのついた木製の椅子に座った。
「そういえば……昨日の話、気にならないのか?」
「なにが?」
コトリはコーヒーを飲もうとした手を止めて、僕にたずねた。
「あの大熊って刑事が話そうとしていたこと」
学校での昨日あった出来事だ。
刑事はなにかの事件の話をしようとしたのだが、コトリはその言葉をさえぎった。
「ああ、気になるかどうかといわれたら……気になるね。私のところにわざわざ来たんだ、きっと殺人事件――被害者は奇妙な殺され方をしたんだと思う」
といってコーヒーが入った紙コップの口の部分に唇を当てた。
「なんで殺人事件だと思うんだ?」
「被害者が死んでないのなら、私じゃなくて本人に聞けばいい。それに、私が詳しいのは人の殺し方だけだよ。それ以外の話を聞きにくるとは思えない」
「なるほどね」
そう言った後、僕はコーヒーを口に含んだ。
「そのうち嫌でも耳に入ってくるよ。どうせ、ここら辺で起こった事件だ」
「どうして、そんなことがわかる?」
コーヒーを飲む手を止めて質問した。
「警察ってのは管轄っていうのがあってね、彼の管轄は何処だと思う?」
「そんなこと僕に聞かれても知らないよ」
「大雑把に説明すると、西は私たちの通っている高校の辺りから東は県境の橋まで」
「それで?」
「自分の管轄以外の仕事をご丁寧に持ってくるような人物には見えない」
「つまり警察には縄張り意識みたいのがあって、違う管轄の仕事を持ってくるとは考えづらいってことか」
「うん、それに自分が担当の事件じゃなければ、あそこまで困った顔はしないと思う」
「そんなものなのかね」
「そんなもんよ。まあ、私には関係ないし、係わり合いになる気もないけど」