【過去】 自殺志願
すっかり陽が落ちて辺りが暗くなっていた。
道の端にある街灯が点灯しており、ボクのことを照らしている。
ミキと話した時間は、久しぶりに楽しいといえる時間だったかもしれない。
最近は楽しいことなど全くなかった。
ボクはミキと話していた時を思い出して大きく息を吸った。
妙に心地のいい疲労感が体に広がっている。
体が軽くなったような錯覚を覚えるほどだ。
しばらく味わってなかった、自分が生きている実感を味わった気さえした。
少しいいすぎかもしれないが……
先ほどの瞬間、少しだけ世界という歯車と自分の歯車がかみ合ったような気がする。
モノクロで描かれたつまらない世界が、一瞬で鮮やかに彩られたカラーに変ったような気分だ。
何のかわり映えもしないつまらない毎日、だけど今日だけは違った。
楽しい。
そう感じられた気がする。
ボクの人生は先が見えない。
何かしようとするのだけれど、気ばかり先走って何もできないでいる。
未来を直視しようとすれば、今まで目を背け続けてきた過去が襲い掛かってくるだろう。
そして、厳しい現実という奴がボクの前に立ちはだかり、ボクはそれに潰されてしまうのだ。
今まで自分が拒否してきた、もしくは拒否され続けてきた世界。
仕事も勉強もろくにしてこなかった自分がそんな世界に溶け込むことができるのだろうか……
恐らく無理だろう。
世の中そんなに甘くない。
ボクの存在価値は、出来損ないの社会の歯車。
どんな社会とも接点がない不良品の歯車、ひとり寂しく回っているのが定位置なのだ。
このまま歳を重ねていくのが恐ろしくてたまらない。
歳を重ねるごとにどんどん追い詰められていく。
今現在でさえ選べる選択肢がないのに、これからさらにいろいろな選択肢は無くなっていくのだろう。
自分を変えなくてはいけない、でも今までずっと変えることが出来なかった。
これからもずっと変えられない気さえする。
いや、心の奥底では違うのかもしれない。
いつか何とかなる――考えの甘いボクのことだから、きっとそんな考えがあるのだろう。
本当に甘い考えだ。
きちんと現実を直視すればわかる、希望など無いのだ。
ボクは何年間もずっと他人とまともな会話をしてこなかった。
その間、自分の中の大切な何かがだんだん壊れていくような気がした。
なんとなく自分は出来損ないの人間だという負い目を感じていた。
働きもせず親の金で飯を食っている自分の生活は、傍から見れば気楽に見えることだろう。
対人関係でストレスを感じることもないし、何かを……例えば家族を背負っているというプレッシャーもない。
何もない。
何もない人間だ――だから、ボクはそれが怖い。
出口のない迷路を歩き回っているようなものだ。
何をしたらいいのかがわからない。
いや、本当は何をしたらいいのかがわかっているかもしれないけど、わからないふりをしている。
存在価値のある人間になりたい。
ずっとわけのわからない不安という名の亡霊がボクの背中には張り付いていた。
けれども、ミキと会話していた時はそういったいろいろな不安を忘れていた。
自分に少しだけ存在価値がもどった気がした。
なぜだかわからないけど少しだけ自由になった気がした。
会ったばかりの人間にこのようなことを思うのはおかしいのかもしれない。
久しぶりに人と話せたという高揚感が、ボクにそう思わせているだけなのかもしれない。
けれども、彼女と友人になれたことは正直にうれしいと思った。
そして、うれしい反面、不安もある。
なぜ彼女はボクのような人間を食事にさそったのだろう……隠れて自分の写真を撮っていたような人間だ。
怪しむのが普通だろう。
友人になろうだなんていうわけがない。
何か意味があるのだろうか……
ミキの考えていたことがさっぱりわからなかった。
いや、考えなくていいのだ。
どうせボクが何か考えても、答えは見つからないだろう。
人の気持ちがわからない人間だ。
約六年間、社会生活を拒絶してきた人間に人の気持ちなどわかるはずがない。
他人と意思疎通をしてこなかったできそこないの人間。
ボクはただ彼女のような人間と友人になれた幸運を喜んでいればいいのだ。
ずっと人とふれあうことがなかったから、人と接することが恐怖になっているんだと思う。
正直いって人と一緒にいることは苦痛だ……外出して人とすれ違うだけでも苦痛になる。
でも、ミキと一緒にいる時は楽しかった。
そう考えると……本当のところ自分は人とふれあいたかったのかもしれないな、なんてことも考える。
彼女と話している間だけ、久しぶりに生きている実感がした。
これから自分はどうなっていくのだろうか。
そんなことを考えたが、すぐに思考を止めた。
ボクみたいな人間が社会に生きている大勢の人間と同じように、幸福な人生を送ることができるわけないのだから。
それに、あったばかりの人間に救ってもらおうなんて甘い考えを持っているような人間ではないと自覚しているつもりだ。




