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『現在』 レシピ


 誰にでも変った友人の一人や二人いるだろう。

 恐ろしく交友関係のせまい自分にも、それはあてはまった。


 友人の名前は小鳥遊コトリ(たかなし ことり)。

 変人である。


 趣味は推理小説でよく見られるトリック……つまり人間の殺し方をノートに書き、分類すること。

 推理小説を読んでは、その殺人トリックをわかりやすく要約し、解説付きで早見表のようなものを作っていた。

 わかりやすく分類することで、彼女はいつでも――人間を殺す方法トリックを参照することができた。

 あまり人に自慢できる趣味ではなかった。


 ノートは殺人方法の項目ごとに分けられており、大きくわけて六種類あった。


・犯人、または人間に関する殺害方法

・犯人がその場所に出入することによっておこる殺人

・時間差によって起こる殺人

・毒物や凶器による殺害方法

・死体や凶器を隠す殺害方法

・その他


 それら六冊の少し厚めのノートには、項目に従って細分化されたトリックが八百個以上にのぼって書かれていた。


 コトリはそれらのノートのことをレシピと呼んでいる。

 レシピといっても生活の役に立つおいしい料理のつくり方が書かれているわけではない。

 殺人用のトリックが大量に書かれている生活に全く役に立たないものだ。


 つまりノートの中には、密室殺人のやり方、指紋や足跡を偽造するためのトリック、どうやったら人にばれないで死体を他の死体と入れ替えることができるのかとか、時計を使ったアリバイ証明の方法、人の声や乗り物による時間差トリック、犯行時どのような場所に隠れれば見つけることができなくなるか、自然現象を利用した殺害方法、正当防衛に見せかけた犯罪、殺害対象を交換し合うことによる冤罪、暗号を使ったトリック、鏡を使ったアリバイ詐称、毒薬を使った殺害、どのような凶器を使えば他人に知られることなく人を殺すことができるのか……等がすさまじい数にわたって記載されている。


 一般人が普通に生きていくためには全く必要のないものばかりだ。

 

 そのノートに記載された内容が人生のどこかで役に立つとは全く思えない。

 役に立つとすれば推理小説を書く時か、実際に人を殺す時くらいなものだろう。

 が、彼女は小説を書く気もなければ、もちろん人を殺す気もない。

 今のところは気味の悪い文章や記号、図形の書かれた、ただの不気味なノートである。

 

 しかし、コトリはそれをとても大切にしていた。

 トリックを分別してノートに記すことは、彼女の生きがいだ。

 どうしてそのようなことを生きがいにできるかは全く理解できないが……


 推理小説は、彼女にとってクロスワードパズルのようなもだといえるだろう。

 ひとつひとつのヒントから、小さな問題を解決し言葉をつなげていく。

 つなげられたひとつひとつの言葉を視覚的に最終確認と調整することでキーワードを導き出し、言葉のパズルを完成させる。

 

 一冊の本に書かれたトリックは、問題提起された個々のパズルのピースであり、それを繋げることによって導きだされるキーワードがトリックの解答なのだ。

 

 彼女はその解答に――そのトリックに魅入られている。

 トリックが想像できないような変ったものほど、彼女は喜ぶし、他の人間がうんざりする様な複雑で壮大なトリックほど彼女は興奮した。

 その過程がすばらしく、文字の並びが美しければ美しい程トリックに魅了され、ノートに書き続ける。


 だから……魅入られているからこそ、コトリにとってトリックは車におけるガソリンのようなものだ。

 ガソリンは車が走るために必ず必要なもの。

 それがなくては車は走ることができない。

 

 そのことと同じで、トリックがなければコトリは生きていくことができない。

 重度の依存症といってもいい。


 それについて少々心配なことがあった。

 ノートにありとあらゆるトリックを書きつけているコトリの頭の中を心配するのはもちろんだが、それ以上に切迫している問題。


 コトリの満足できるトリックがだんだんなくなってきている。


 彼女が推理小説を消化するペースは二日に一回だ。

 十時間~二十時間ほどで本を読むことを完了し、残った時間でノートに書きつける。

 すべての本のトリックを抜き出すわけではない。

 そこは気に入ったものだけらしい。

 

 小学五年製の時からやっていると言っていた。

 テスト期間中に限っては、それをすることを止めている(というか親に止められている)。

 ノートに書き出されたトリックは合計で八百以上あり、今も増え続けている。


 彼女の生きがいであるトリック。

 が、トリックは無限にあるわけではない。


 世界中、数多の人間によってつくりだされてきたトリックといえども数に限界があるのだ。

 化石燃料と同じでいつか枯渇する時が必ず来る。

 自分の満足できる推理小説のトリックがなくなった場合、コトリはどうするのであろうか……


 生きがいを失って白い灰のようになってしまう彼女は見たくないと思った。

 僕はそこを心配していた。


 もう、杞憂であることを祈るしかない。


 ともかく――八百以上のトリックを小説から抜き出した彼女ほどではないが僕も推理小説が好きだ。


 それが彼女と僕の接点だった。



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