【過去】 自殺志願
ボクの社会的立場を説明してくれといわれたら少々困ったことになる。
聞かれても話す内容が全然無いのだから。
何もない空気のような人間。
仕事をしていなければ、学校に行っているわけでもない、ましてや有り余る財産で遊んで暮らしているわけでもない。
いわゆる社会不適合者。
自分で言うのもなんだが……どうしようもない人間である。
社会は人間という歯車で構成されている。
社会システムに組み込まれた不遇なサラリーマンがよく使う言葉だが、ボクにとっては世の中に生きている人間は少なからず助け合って生きているという意味に取れなくもなかった。
なぜならその歯車は、世の中を動かすために欠かすことのできない部品だから。
その歯車は社会に必要とされているのである。
その歯車によって社会は回っているといってもいい。
きちんとした歯車でないボクは、社会にとって要らない人間ということになるのかもしれない。
何処にも属していない、不良品の歯車。
誰と……何処とも接点を持たず、ひとりでくるくると孤独に回っていた。
社会で回る歯車とボクという歯車がかみ合わなくなったのはいつ頃からだったろうか……
大学を卒業して一般企業に就職した。
そこまではよかったと思う。
就職した企業をたった半年でやめた辺りからおかしくなったのかもしれない。
そこで社会のシステムからはじかれてしまったのだ。
そして、だんだんと孤独な人間になっていった。
会社をやめた理由は単純で、自分にあっていないからというのが主な理由だった。
他にもいろいろあった気がするが昔のことなのでもう忘れてしまった。
今は実家住まいで親に食べさせてもらっている。
ずっと仕事をせず、好きな時に食べて、起きたい時に起きて、たまに外出するという不摂生な生活を続けていた。
今年で二十九歳になるから、約六年間、そんな感じだ。
友人はいない。
昔はいたが今は疎遠になってしまった。
働きもせず親の世話になっている自分が情けないのだ。
まともな社会生活を送っている人間に合わせる顔がない。
たまに連絡をとってくる殊勝な奴もいたが、なんとなく気恥ずかしかったので、やはり会うことはなかった。
こんな感じだから交友関係が異常に狭くなり、人間と会うのが面倒くさくなった。
そんなことをしていたらいつの間にか、ボクは社会とほとんど接点のない人間になっていた。
人とあまり顔を合わせないし、話すこともしない、外出する機会も極端に少なかった。
世の中のために何の役にたっていない。
役に立つために何かをする気力もない。
ただ親の金で食事をし、二酸化炭素を吐き出す。
正直いって生きている意味のない人間だ。
だがしかし、生きている意味のないような人間でも楽しみはある。
それは写真を撮ることだった。
たまの外出で写真を撮った。
家電量販店で一万円しない価格で買った安物のデジタルカメラを使っている。
どのような写真を撮るかというと、つまらないものだ。
住んでいる家から徒歩で移動できる範囲で撮れる、ありふれた町の風景。
歩いてる人に見られないように歩行者天国の写真を撮ることと、レンガでできたトンネルの上を走る電車の写真を撮るのが好きだった。
そんなつまらない趣味。
ある日、いつもと同じ感じで写真を撮っていると、なんとなしに一人の少女がボクの視界に入ってきた。
場所は駅前のスクランブル交差点。
妙に絵になる少女だった。
華奢な体つきだが健康的な肌の色に、端整な顔立ち、赤いふちの眼鏡がとても知的な感じがする少女。
着ている薄水色の制服で近所の高校に通う学生だということがわかった。
「――!?」
一瞬、こちらを見ているような気がしたが気のせいだったと思う。
あのような少女がボクのことなど気にすることなどある訳がないのだから。
それに、きちんと社会生活を送っている学生とボクに接点などある訳がない。
ボクとは全く違う人生を送っているのだ。
彼女はきっとボクとは正反対の明るく輝けるすばらしい人生を送っているに違いない。
お互いの人生が交差することなど想像することもできなかった。
そんなことを考えていると、ふと彼女をモデルにして写真を撮りたいと思った。
普段、ボクは単独で人間の写真など撮ることはない。
風景の一部として人間を撮ることはあったが、一人の人間をメインにおいて写真を撮ったことなどなかった。
それに、写真を撮るという趣味はそんな熱を入れてやっているようなものではなかった。
適当に、例えばつまらない息のつまるような人生の……息抜きにやっているようなものだ。
そんなに熱心にやることではないのに。
が、その時は違った。
彼女をモデルにすれば、なんとなく自分の求めている写真が撮れる気がした。
求める――などという言葉を使うのは少しばかりおこがましい気もするが……なんとなくボクという人生の新しい扉が開くような気がしたのだ。
しかし、声をかけてモデルになってもらう勇気などある訳がない。
なんとかして彼女の写真が撮れないかを考える。
そこで思いついた。
ボクのカメラには光学ズーム機能というのが付いている。
カメラに付いているレンズを動かすことによって、焦点距離を変化させ被写体を拡大して写す機能のことだ。
それを使って離れた場所から写真を撮れば、少女にバレずに写真を取れるのではないかと考えた。
肉眼では顔を捉えることができないほど、離れた場所に移動する。
これだけ離れて写真を撮ればばれることはないだろう。
カメラの画面を見て、光学ズーム機能を使い少女に照準を合わせる。
画面の中の少女はスクランブル交差点の所にある標識に寄りかかりながら、持つ所が付いた飴を舐めていた。
カメラのファインダーを通しても少女の存在感が伝わってくるような気がした。
彼女の全体像が写るくらいの距離感でズームを調整する。
少女と他の人間がかぶって写らないように気をつけた。
そこでパチリと写真を一枚撮らせてもらった。
ボクの手が震えていた。
ばれないように細心の注意を払ったつもりだ。
カメラのメモリの中にある保存フォルダを確認してみると、先ほどの少女の画像がある。
(大丈夫だ。しっかり撮れている)
久々に緊張した出来事だった。
奇妙な満足感、そして精神的疲労感と共に帰路につこうとする。
目の前にあった横断歩道に付けられた信号が赤くなっていた。
それが青になるのを待ち、渡る。
駅前に出るための側道を歩いていると後ろから声が聞こえた。
透き通るようなきれいな声だった。
「ねえ、あたしの写真撮ってたでしょ?」