『現在』 密室殺人
「あ、刑事さん」
僕が学校の校門から出ようとすると、見知った顔を見た。
何度もコトリに付きまとっていた人物。
大熊刑事だ。
「やあ、今大丈夫かい?」
「コトリなら、今日は先に帰りましたよ」
彼女はどこか出かけたい所があるからと、先に帰ってしまった。
「今日はコトリちゃんじゃなく、君に用事があるんだ」
そういうと刑事は、表情に苦笑いを浮かべる。
「は?」
その言葉に僕はあっけにとられた。
「実はちょっと話を聞いて欲しくてね」
「話を聞くのはかまいませんが……ちなみにどんな話です?」
「そうだな。こんな所ではなんだから、どこか喫茶店にでも入ろう」
「はあ」
気の抜けた返事をしてしまう。
立ち話ではすまない用件か――
(これは長くなりそうだな)
学校の近くにあった喫茶店に入ることにした。
「コーヒーでいいかい?」
僕はその問いかけに「はい」といって答える。
刑事はウエイトレスに「コーヒーを二つ」といった。
「実は妙な事件があってね」
そう切り出してきたのは、コトリが新聞で調べていた事件だった。
鈴木アスカという人物がマンションの最上階で死んでいた事件。
やはり警察はこの事件で困っていたのだ。
「僕に事件の話をされても……」
僕はコトリと違って普通の人間だ。
事件の話をされても全く警察の役にはたてないだろう。
「解決してくれとはいわない。ちょっと考えるのを手伝ってくれるだけでいいんだ」
この刑事が考えていることはなんとなくわかった。
今、コトリがどのようなことを考えているのかを僕を通して知りたいのだろう。
あわよくばコトリ自身がこの事件の解決に乗り出してくれたらいいと考えているかもしれない。
「はあ……」
僕はどうでもいいという感じの返事をする。
「訳のわからない事件でね、本当に困っている」
「どのように訳がわからないんですか?」
そう尋ねると、刑事はため息をついた。
言葉通り本当にまいっているらしい。
どうせ僕が考えても何もわからないだろうが、話だけ聞いてみることにした。
「自殺とも他殺ともいえない事件だ」
「新聞には自殺と見て捜査されていると書いてありましたけど」
「パッとみ自殺としか考えられない状況だからね」
「どうしてですか?」
と尋ねたところでコーヒーが運ばれてきた。
僕と刑事の前にコーヒーカップが置かれる。
「警察があんまりこういう非現実的な言葉を使うのもなんなんだけど……」
といってもう一度大きなため息をつき、
「完全な密室だったんだ」
という。
「窓は全部閉められていたんですか?」
「全部きっちり内側からロックされていたよ。窓だけじゃない、玄関のドアもきちんとロックされていて――ご丁寧にドアにチェーンまでかけてあったよ」
「屋根裏の通路から他の部屋にいけたとか?」
ボクの質問に刑事は首を横に振った。
「屋根裏の通路もないし……人間の通れるような穴も何処にも開いていなかったよ。人が通れるのは完璧に玄関だけだ」
「完全な密室だったということは、基本的に自殺だとしか考えられませんね」
「まあね。でも、これが困った所で自殺と言い切れないところもある」
刑事は大きくうなだれた。
「何処が自殺と言い切れないところなんですか?」
「包丁なんだ」
「包丁?」
「そう。包丁が心臓の反対側の右胸の部分に深々と――貫通して刺さっていたんだ」
「貫通……」
コトリと話していたことだった。
自分で自分の胸を刺す場合、貫通させることなど不可能に近いという話。
「いくらなんでも、自分で自分のことを刺してるのに胸を貫通させるのは不可能なんじゃないかってね」
「そうですね。激痛でそんなことできるとは思えない」
「ああ、激痛……それは大丈夫だと思うよ」
刑事はコーヒーに口をつけながらそういう。
「は?」
意外な返事に僕は間抜けな声をあげてしまう。
「司法解剖でモルヒネが出たんだ」
「モルヒネ?」
「麻薬のひとつで、依存性が高い」
「それは知っていますけど……なんでモルヒネなんか」
「わからない。けど、モルヒネを皮下注射したことにより頭がおかしくなって自殺したと考えるのが有力な線だ」
「なんだ。それで事件解決じゃないですか?」
自分でモルヒネを打って頭のおかしくなった人間が自分の胸を刺して死んだというだけ。
「ところがそうでもない……」
「どうしてです?」
「やはり自分で自分のことを貫通するほどの力で刺すことができるのかどうかで疑問が残る。腕の角度の問題とかでね……それと、万が一自分で自分のことを貫くことができたとしても説明できないことがある」
「?」
「現場からモルヒネを打った注射器が見つからなかった――」
「ということは、誰かが鈴木アスカに打った後持ち去ったってことですよね」
と僕がいうと刑事が頷いた。
「それと、出血の量が少なかったんだ」
「どういうことです?」
「人間の胸に刃物をつきたてるとすごい勢いで血が噴出すはずなんだ……それこそ、仰向けになっていたら天井に届くくらいに……」
「はあ」
「ところが天井や壁に血がついた後が見受けられない」
横になっていた布団や、死んだ人間の服には血がついてたんだけどねと付け加える。
「なるほど――ということは、どういうことなんですかね?」
「わからない」
といって首を左右に振った。
両手を上げて、お手上げのポーズをとる。
そして刑事は、
「このままだと、怪しいところはあるが、自殺という線で処理されそうだ」
といった。




