『現在』 新聞記事
興味もない話に頷いて、相づちを打って、口をそろえる。
とても退屈な作業だ。
なんとなくわかる。
これが普通ではないこと。
コトリは普通ではない。
普通ではないことはわかっている。
では、普通とは何だろう。
「――」
「…………」
普通とは何だ。
「一郎、一郎ってば! ねえ。聞いてる?」
目の前にいる友人が僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ごめん。コトリ……ちょっとぼーっとしてた」
「もう」
といってちょっとむくれた顔をする
「で、なんの話だっけ?」
「この記事。この新聞の記事見てみて」
といって指をさした新聞の社会面には小さな記事でこんなことが書いてあった。
『一月三十一日午後十二時頃
――マンション最上階の一室から鈴木アスカさん(二十九)の死体が発見された。
鈴木さんは一人暮らしをしており、鈴木さんと連絡が取れなくなったことを心配した母親が駆けつけたが部屋から反応はなかった。
その後、部屋の中に入ってみたところ胸に深々と包丁が突き刺さり、ベッドで横になり亡くなっている鈴木さんを警察と母親が発見。
その当時、部屋には鍵がかかっていたことから警察は自殺と見て捜査を続けている――』
「ああ……これがどうかしたのか?」
「きっとこれのことよ」
「何が?」
「あの刑事が私に付きまとっていた理由」
今僕たちがいるのは学校の図書室だ。
二、三日前の新聞を見たいとコトリがいい出したので付き合っているところだった。
図書室に来たのはどうやら、大熊という刑事がコトリを尋ねてきた理由を調べたかったかららしい。
刑事の話は聞きたくないが、その話そうとした内容は気になる。
僕にはその気持ちがよくわからなかった。
「ああ、そうか」
「そうかってあんまり興味なさそうね」
「正直に言っちゃうと……あんまりないね」
いつもと変らない日常。
退屈でくだらない普通の人生。
僕の大切な時間。
コトリが事件に首を突っこむたびにそれが壊れていくような気がする。
「この記事、何か変だと思わない?」
そういわれて記事を見返してみるが何が変なのか全然わからなかった。
知らない誰かが自殺したって記事だ。
「いや、全然。普通の記事だろ」
自殺するのは普通ではないが、新聞記事におかしい所は見つからなかった。
「間違いなくおかしいわ」
「お前がそういうなら、そうなんだろうけど……なんでおかしいと思うんだ?」
と僕がいった瞬間「コホン」と誰かが咳き込む声が聞こえた。
そちらのほうを振り向いてみると、図書室の入口近くにあるカウンターに座る女子生徒がこちらを見て何かを指差している。
その指先を見てみると『図書室の利用は静粛にお願いします』と書かれたポスターが壁に貼ってあった。
話し声がうるさいということなのだろう。
コトリと顔を見合わせる。
僕らは他の利用者の邪魔にならないよう図書室を出ることにした。
新聞はもう必要ないので元にあった場所に返した。
とりあえず話しても大丈夫な場所、学校の一階にあるジュース売り場に行くことにした。
そこにはベンチが備え付けてあり座ることができる。
冬のこの時期、少し寒いのが欠点だがそこで話していてもうるさいと文句をいう者はいないだろう。
「まずこの事件を整理してみよう」
とコトリは歩きながらいう。
「ああ」
「これはマンションの最上階で起きた事件だ」
「ということはマンションの外側に面した窓からの出入りは、困難だと考えるのが普通だな。例え、窓に鍵がかかっていようがかかってなかろうが」
と僕がいうとコトリは頷いた。
「マンションの外壁を登れる人物がいるなら別だけどね。今回はその考えは除外しよう。新聞記事からでは窓に鍵がかかっていたのか、かかっていなかったのか特定できないし」
「そうだな」
「そして、連絡のとれなくなった母親が息子を心配してマンションの部屋を訪ねたら、その息子がベットの上で死んでいるのを見つけた。母親が警察と一緒に――」
「で、その息子の胸には包丁が刺さっていた。そして、その息子は自殺だと考えられている」
と僕がいい終えるとジュース売り場が見えてきた。
自動販売機の横にあるベンチに並んで腰掛けることにする。
コトリに何か飲むかと尋ねたが、いらないという。
僕は缶コーヒーを飲むことにした。
自販機のボタンを押しながら、
「そういえば、さっきあの新聞の記事がおかしいっていってたよな?」
と聞く。
「うん」
「僕は何処もおかしいとは思わなかったけど」
「私もわからないよ。あくまで新聞の記事を読んだだけだから……。でも、ちょっと違和感があってさ」
「どこに?」
「被害者が死んでいるのを見つけたのが、警察と母親になってたでしょ? あれがおかしいなって……」
「そうか?」
僕には何処に違和感があるのか、さっぱりわからなかった。
「普通はさ――死体の発見者の話なんだけどさ。最初に死体を見つけるのって警察じゃなくてマンションの管理人だと思うんだよね」
「なんで?」
「どうして警察を呼ぶことになったのかを考えることが重要だよ。まず息子を尋ねに行った母親はマンションのインターフォン、もしくは呼び鈴を鳴らす」
「ああ」
「でも、何回連絡しても、何度も呼び鈴を鳴らしても部屋の中にいる息子から何の反応もない、しかもドアには鍵がかかっている。そうしたらどうする?」
新聞記事を読んだ今なら、中で息子が死んでいることがわかるが、当時の母親はそんなことはわかるわけもない。
「そうだな……僕が母親だったらまず、マンションの管理人を呼んで鍵を開けてもらうと思う。中から返事がないだけで、いきなり警察なんて呼んだら大ごとになるだろ?」
「そうだよね。だから死体の第一発見者は普通、マンションの管理人と母親だと思ったの。マスターキーを使って部屋の中に入るのだから――でも、あくまで玄関のドアが一枚しかないということと、他の窓からは部屋の中に入ることはできないと仮定しての話だけど」
「そうか、ということは……どういうことだ」
僕は頭がこんがらがった。
「ということはマスターキーを使っても部屋の中に入ることができなかった。マスターキーを使っても部屋に入れない状況とは何かと考えると――おそらくドアに内側からチェーンロックがかかっていた。外側から鍵は開けられてもチェーンロックは外すことはできないから」
「なるほど。それにチェーンロックがかかっていれば、中に本人(もしくは他の誰か)がいることが予想できる」
「うん。そしてその状態で名前を呼んで反応がなければ、中の人が心配になり警察を呼ぼうって話になると思うの」
「そうだな。ドアにチェーンロックがかかっていれば、異常を察知した母親と管理人が警察を呼んで無理やり部屋の中に入ろうという話になるかもしれない。例えばチェーンカッターなどを使ってロックを切断するとかして」
「あくまで仮定の話だけどね」
「で、ドアにチェーンロックがかかっていることの何処がおかしいんだ?」
「これから死のうって人が、ドアにチェーンロックなんてかけるかな」
コトリは首をかしげる。
「自殺する人間の気持ちなんてわからないけどさ、ありえなくはないぜ。いつもの習慣で――何も考えずチェーンロックをドアにかけたのかもしれない。だいたいこれから死のうって人間が後のこと何て考えるわけないだろ」
「そうかな……」
「ようするに死んだ本人がドアに鍵とチェーンロックをかけた後、ベッドに横になって自分の胸を包丁で刺した、ただの自殺ってことだろ」
僕は飲み終わったコーヒーの空き缶を缶入れに捨てるために立ち上がった。
「それは違うよ」
「なにが?」
「これは大熊刑事が私に持ってきた事件だ。普通の自殺だったらわざわざ私のところに来なくても自分たちで問題を解決できる。だからこの事件は普通ではないし、殺人事件の可能性がある」
「そうか。でも、さっきの新聞記事の事件がお前に聞きにきた事件かどうかってのもわからないんだろ? 全然、刑事の話聞いてないんだから」
立ったままコトリと話す。
「さっきの事件で間違いないと思うよ。これは彼の管轄、つまり受け持っている地域で起きた事件。しかもここ数日で新聞記事を調べてみたのだけれど、彼の管轄で起きた死亡事件はこの一件だけだったし」
「刑事がお前に聞きたかったことが、まだ新聞記事になってない可能性だってあるぜ」
ただの交通事故で処理されていれば新聞には載らないこともある。
「大熊刑事は二日連続で私のことを尋ねてきた。おそらく彼は急いでいたのだと思う。いち早く事件を解決しないといけないと焦っていたはず。だから、事件性があると思うんだよね。そして新聞もある程度、事件性があるから掲載したんじゃないかな」
「そんなもんかね」
「あくまで予想だけどね」




