初めての
ガタゴトと揺れる馬車の中、リュベルは目を閉じ寝たふりをしていた。共に同じ馬車に乗っている二人はリュベルが眠っていると思っているのか、好き勝手に会話をしている。
「本っ当に気に食わんガキだなっ! こいつはっ!」
「うるさい黙れ」
「酷いっ」
とはいえ、それは会話と呼ぶには一方的なもので、男が何か喚き、もう一人のフードの人物が突っ込みを入れるといったものばかりだ。さっきからこんな事の繰り返しである。
男はリュベルが入れられている檻の近くに座り、フードの人物は距離を取っている。リュベルはこのフードの人物が自分に怯えに似た感情を抱いていることに気づいていた。檻から距離を取っているのもそのせいだろう。
「いや~、思ったより愉快な旅になったね」
リュベルがそう呟くと、二人が睨み付けてくる。フードの人物は口を開きかけるが、声を出すことなく、男は檻に掴みかかり、ガタガタと揺らし出した。
「お前という奴は、何で自分の立場を理解出来ないんだよ~!?」
男が檻を揺らす度に反動で馬車も揺れる。その不規則の揺れは檻の中にいるリュベルにかなりのダメージを与えた。
「おっさん……」
「何だよっ!」
「先謝っておく……。ごめん……。」
「おわぁぁぁっ!?」
リバース。
すえた臭いが馬車の中に充満した。
「何て事すんだっ!」
「いや……、おっさんがあんなに揺らすから……」
文句をいう男にリュベルは顔を青くしながら答える。その顔は先程まで男たちをからかっていたとは思えない位、辛そうであった。
「何をやっているんだ、お前たちは……」
フードの人物が呆れたように呟く。
その後リュベルに哀れみの視線を向け、未だ騒いでいる男に声をかけた。
「何時まで騒いでいるんだ。いい加減にしろ」
「だって、コイツがっ!」
「うるさい、くさい、近寄るな」
「酷いっ」
フードの人物は男からリュベルに顔を向けると、ゆっくりと近付いてくる。
檻の近くまで来るとしゃがみこみ、リュベルを見る。
「お前もいい加減にしろ、これからどうなるかわかっているんだろ」
フードの人物はリュベルにそう言い放つ。顔は見えないが、睨み付けていることは雰囲気でわかった。
「へぇ……」
リュベルの口からそんな声が漏れる。顔を下に向けているので表情は見えない。
その声を聞いたフードの人物は檻を蹴る。
「聞こえなかったか? いい加減に……っ!?」
フードの人物の声は唐突に途切れた。何故なら顔を上げたリュベルは、気持ち悪いほどの笑顔を向けていたのだから。
リュベルは先程までの青ざめた表情が嘘のようにニヤニヤと口角を吊り上げて笑っていた。
「あんた、もう平気になったんだ? 奴隷ごときにビクビクしてたのに。あ~んな演技に引っ掛かって強気になるなんて、馬鹿みてぇ」
リュベルはそう言ってクスクスと笑う。
その様子にフードの人物は一歩檻から離れる。完全に無意識の行動だったが、本来リュベルの歳では浮かべないだろう酷く醜悪に歪んだ笑顔を見て、何も出来なくなってしまった。
「なぁ」
リュベルが再度口を開く。
「あんた、背伸びしすぎじゃね? 自分より弱い奴じゃないと威張れないなんて、本当は大したこと出来ないんじゃねぇの?」
その言葉がフードの人物の何かに触れたのか、フード越しにも分かる位動揺し出した。
リュベルの口は塞がらない。動揺したのを見てさらに追撃を開始する。
「あ、図星? 図星だった?」
「……黙れ」
フードの人物が小声で呟く。その声はリュベルの耳にも届いたが、リュベルの口は止まらない。
「あ~あ、そうだったか~、いや~悪かったね、弱虫さん?」
「だまれっ!」
「お~、泣いた? 泣いちゃった?」
フードの人物が嗚咽混じりの声を出す。それをリュベルが茶化す。
「奴隷に泣かされるのって、どうなの? あんた、今の仕事向いてないんじゃないの? そのうち捨てられるよ?」
フードの人物の中で何かが切れた。
「うああああぁぁぁぁぁっ! 『ウォーターボール』ッ!」
突き出した手から出てくるのは水の球、それがリュベルに迫る。
狭い檻の中では満足に動けず、リュベルはまともにそれを喰らう。その時、盗賊の頭に魔法を喰らった時と同じ感覚を覚えた。
ただし、あの時よりもより鮮明な感覚で。
「ああ、そっか」
衝撃でリュベルは吹き飛び檻に体をぶつけるが、そんなことは気にならなかった。今は今味わった感覚の方が大切だった。
吹き飛ばされた体勢で腕を動かす。痛みが全身に走るが無視、盗賊の馬車で行ったように魔力を操作する。
最初に体内にある異物、恐らくフードの人物の魔力を体外に出す。その後自分の魔力を掌に集めるが、今までとは違い、魔力は飛散しない。
(今までと何かが違うのか? 相性? それともイメージ?)
脳内であれこれと考えるが、痛みのせいで全く纏まらない。檻のそばでフードの人物と男が何か騒いでいるが、そんなことも気にならなかった。
(ああ……、もうどうでもいいや……)
リュベルは考えるのを止め、先程聞いた言葉を口にする。
「『ウォーターボール』……」
痛みで引き攣る声で魔法を唱えると、掌から水が出た。フードの人物が出したものに比べれば大したものではない。それでも確かに魔法は成功した。
「はは……、やっと、うまくいった……」
そこでリュベルの意識は落ちる。面白い道具を手に入れたと嗤いながら。